ゴロゴロ、外見、名前
ぺちっ。ぺちっ。
そんな音と共に頬を叩かれる感触で目を覚ました。
天井に取り付けた光魔法の付与されたランタンはテント内を煌々と照らしている。
しかしテントの外は真っ暗。まだ陽は出ていないようだだ。
辺りを見回すまでもなく俺を起こした人物と目が合った。
強い意志を感じさせるルビーの瞳は好奇心に満ち溢れている。
一本の赤いラインを残した白髪はかなり長く、腰まで届きそうに見える。
日に焼けたのか元からなのか判別が付かないが、褐色の肌とのコントラストが明かりの中でも良く映えている。
出会った時に被っていたフード付きのローブはどこかに落としたのか、白くてフリルの付いた可愛らしいドレスしか身に纏っていない。
見た目だけなら可愛いもんだ。
俺を犯罪に巻き込まなければ将来見越してお近付きになりたい所ではあったけど。
ただ散々振り回された身からすると小憎らしさしか感じない。
そんな犯罪幼女に寝袋の上から圧し掛かられてる。
「おきて」
「ん~……起きたよ。なに?」
「おきて」
「いや起きてるじゃん。一体なによ?」
相変わらず何言ってるか分かりづらい幼女に返事をしながら寝袋から出ようとする。
が、幼女が上に乗ってるから出られない。
「おきて」
「ちょっと邪魔。出れない、どいて」
「やだ」
「……!」
「わっ。わっ」
一向に上からどかない幼女にイラッときたので振り落とそうと暴れるが、しがみついて中々離れない。
なんなのこの娘。
「……! …………!」
「わああ、あああ。あははっ」
振り落とすのを諦めて、幼女を巻き込んだままテント内をゴロゴロ横に転がるも全然離れない。
テントの端までついたから往復で転がるも何が面白かったのか笑い声が上がる始末だ。
何が悲しくて寝起きからこんな運動しなきゃならんのだ。
「あははっ。あはっ。……あれ?」
「ぜーはーぜーはー。あー、疲れた」
「もういっかい」
「疲れたからやだ」
「むー!」
次のゴロゴロを催促してくる幼女に断ると、頬を膨らませて俺のほっぺたをぺちぺち叩き始める。
自分は断るのに俺が断ったら怒るのかよ、自分勝手すぎる。
「やって! やって!」
「はいはい、疲れたからまた今度ね。いい加減どいて」
「どいたらやってくれる?」
「また今度って言ってるじゃん。ほら」
「むー……」
しぶしぶ俺の上から転がり落ちる幼女。
一体さっきの転がりの何が気に入ったのか知らんけど、もう寝袋使うのはやめよ。
寝袋から出ると、キャンプブックにしまいながらそう決意した。
「で、何のよう?」
「?」
「いや、何で起こしたの? なんか用があったんじゃないの?」
胡坐をかいて尋ねると仰向けに寝転がったままの幼女に首を傾げられた。
まさかさっきのが楽しくて忘れたとか言わないだろうな。
と、何かを思い出したようでこっちをじっと見つめてくる。
「なかま! ふゅーりーのなかま!」
「仲間? 一人だけじゃなかったん?」
「ん! んん!」
こっちをビシッと指差してくる。
いや、俺は人間だけど。
って所で今更気が付いた。俺未だにエルフ耳のままだ。
身体から立ち上る赤い蒸気が消えてるからてっきり解除されたと思い込んでたけど、まだ『フューリーブラッド』の持続中っぽい。
「俺は人間だ」
「ちがう! なかま!」
「いや仲間じゃねーし。えーと、解除! エンド! オフ! ……あっるぇー?」
解除できないんだけど。
え、これずっとこのままなの?
そうだ、こういう時の説明書!
「『スキルブック』!」
詳細なスキルの説明が載った黄色い表紙の本を召喚。
『フューリーブラッド』の項を検索して詳しく読み進めようとするも、幼女がわきの下から頭を突っ込んで本を覗こうとしてくる。
邪魔なんだけど。
「みえない」
「見なくていい! ちょ、この!」
ぐりぐり押し付けられる頭を肘で押し返してガードしていると、ふいに立ち上がった幼女が俺の肩に顎を乗せてきた。
俺の顔を見上げて、してやったりみたいなドヤ顔をしてる幼女にイラッとしたからそれ以上構わずに無視する事にする。
えーと、何々。
フューリーブラッド 不明種族魔法
使用者の全能力を一定時間強化する。
強化幅は、使用者の物理ステータスと魔法ステータスの影響を受けて変動する。
効果時間は、使用者の魔法資質の影響を受けて延長される。
効果時間中、エルフ種族の『始源魔法』を使用可能。
効果時間終了時、属性値に応じたステータスペナルティを受ける。
効果時間終了時、状態異常『怒りの怨嗟』発生。
やっぱり時間制限ありだよな。
魔法資質で延長されるようだけど、どのくらい延長されるかは書いてない。
俺の魔法資質最高ランクなんだけど、さすがに永続は無い、よね?
それとやっぱりペナルティがあるのか、しかも状態異常まで。
『怒りの怨嗟』って何かと思ったけど、ページの最後に注釈があった。
怒りの怨嗟 魔法系状態異常 ランク3
生者に対する死者の怒り、恨み、嘆き。
同種族の死者が多いほど効果が大きくなる。
一定時間の間、聴覚異常。音を感知する技能にペナルティ発生。
一定時間の間、状態異常『衰弱』発生。
一定時間の間、状態異常『恐怖』発生。
一定時間の間、状態異常『沈黙』発生。
魔法資質、魔防ステータス、魔法属性が高いほど効果時間が短縮される。
ああ、ジジイの声の前に流れてたアレね。
ん?効果時間終了時に『怒りの怨嗟』が発生するってことは、もう終了してる?
いや姿は元に戻ってないけど、強化効果と外見変更は別物なのか?
「よめない。よんで」
「……『エンド』! 『ステータスブック』!」
「あっ」
うるさい幼女は無視してスキルブックを消すとステータスブックを召喚。
強化効果が終了してるのかを確認する。
が、よく分からん。
そういや前に見たのは『フューリーブラッド』を使用して『怒りの怨嗟』が発生した後の一回だけだな。
『フューリーブラッド』使用前と比べられないから、現状で分かるのはその一回目と変化がないってくらいだ。
「よんで! よんで!」
絵本じゃないっての。
纏めるとこんな感じかな。
『フューリーブラッド』使用。強化効果開始。外見変更。
『フューリーブラッド』終了。強化効果終了。
『怒りの怨嗟』発生。ステータスペナルティ不明。
『キュアオール』使用。状態異常完全治癒。
『怒りの怨嗟』終了。
ステータスペナルティは状態異常に含まれないから治せないって『キュアオール』の項に書いてあったけど、外見変更はどういう扱いになるんだろ。
ステータスに関係する状態異常のことはステータスブックのヘルプで見れるけど、外見変更は載ってない。
外見が変わったらステータスも変化すると思うんだけど別物なのかね。
あれ?
でも『フューリーブラッド』のスキル説明には外見が変わるなんて書いてなかったな。
どういうこっちゃ。隠し要素か何かだったの?
いや、待てよ。
そもそも『フューリーブラッド』は種族スキルだ。
不明種族ってなってるけど、恐らく種族フューリーにしか扱えないんだろう。
でも俺は人間だ。本来だったら使えない。
通常は使えないけど魔法資質で無理矢理使用したから、扱えるように種族フューリーに変化した、ってことか?
でもそれだと『ラプラス』で変化しないのは何でよ。
『ラプラス』は獣種族スキルだから、『フューリーブラッド』を使えるように種族フューリーに変化するなら『ラプラス』でも獣耳が生えたりするはずだろ。
いやこれ使った親父には獣耳生えて無いけどさ。
獣耳の筋肉ダルマおっさんとか誰得なんだよ。
思考が逸れたな。話を戻そう。
親父は半獣って話だけど、純血以外の使用した種族スキルだったから外見変更が起きなかった、とか?
外見で獣耳生えてないけど獣種族だから外見変化しなくても種族スキルは扱える。
それを見て覚えたから、俺は外見変化しなくても『ラプラス』が使えた。
でも『フューリーブラッド』は外見が種族フューリーの幼女を見て覚えたから、俺も使うに当たって外見変化が必要だった。
なんとなくこれっぽいけど確証が無いな。
起きた事から推測してるだけで殆ど仮説だ。
でも仮説なりに次に検証することが浮かんだな。
『フューリーブラッド』を使うために種族フューリーになったなら、人間種族スキルを使おうとしたら人間になるんじゃないか。
ただ問題は、人間種族スキルを覚えてないって事だな。
人間だったのにどういうことなの……。
多分だけど、異世界から来た人間だったから覚えてないとかそんな所だろうと思うけど。
まあこれは機会があれば見て覚えるなりすればいいか。
あ、でも現状街に戻れないじゃん。
「よーんーでー! よーんーでー!」
「ああもう、うるさい」
「ごほんよんで!」
肩に腕を回して足で上半身にしがみついた幼女が俺の身体を揺さぶってきて思考が中断される。
見た目10歳くらいなのに中身幼稚園児だなこいつ。
しかし見た目に反して軽いな、昨日運ぶ時は筋力強化のスキルかけてたけど……あ、そっか。
もしかして今も『フューリーブラッド』の強化効果中なのか?
終わったものとして考えてたけど筋力強化のスキル使用中と同じくらいの重さしか感じないし、よく考えたら重装鎧の騎士を吹っ飛ばす幼女の怪力を受けてぺちぺちで済むのもおかしな話だ。
ホントどうなってんのこれ。誰か説明してくれ。
「ごほん! ごほ――」
「わかったわかった! 読んでやるから大人しくしてろ。騒ぐと読んでやんないぞ」
「ごほん!」
根負けしてそう答えると、嬉しそうな声を上げて素早く俺の隣に女の子座りをしてキラキラした瞳で見上げてくる。
これが幼女なりの「大人しくする」らしいけど、今座った瞬間に地響きと共に地面が揺れたぞ……。
どうやら幼女パワーは健在のようだ。
「むかしむかし、あるところに」
「?」
「フューリーという名の白い髪の女の子が――」
「! ちがう! ふゅーりーはなまえじゃない!」
「いやお話にツッコむなよ」
適当に即興で昔話を語ろうとしたらいきなり遮られた。
「ふゅーりーはひとり! なまえはない!」
「お前さっき俺を仲間って言ってなかった? じゃあフューリー二人じゃん」
「え……あっ」
「じゃあ俺は仲間じゃないって事だろ? はい俺は人間って認めたー」
からかうように告げると幼女の顔がくしゃりと歪み、その目から大粒の涙がこぼれ出した。
「ちが……ちがう。ふゅーりーは……ふゅーりー……う……」
「ちょ、おま、泣くなって! 俺が虐めたみたいじゃん! 冗談だって!」
どんなに小憎らしくても泣いた幼女と大学生じゃどう見てもこっちが悪者じゃん。
いや見てるやついないけどさ。
泣かせた負い目がある分良心の呵責を感じるっていうか。
俯いて泣き続ける幼女の肩を掴んでこちらに引き寄せ、胸に抱いてあやすように声を掛ける。
それと同時に背中をトントンと叩いてやる。
幼稚園児っていうより赤ん坊のあやし方だな。
「はいはい、フューリーは二人ねー。仲間仲間、良い子良い子」
「う……ふゅー……ふたり……なまえ……なまえは……」
泣き止むまで後一歩って所かな。
しかし本当に名前がないみたいだ。
今までそれでよく困らなかったなー。
……いや、名前を呼んでくれる存在が身近にいなかったのか。
あのジジイはフューリーを知ってるっぽかったけど、無理矢理言う事を聞かせてるような口振りだった。
俺も人の事は言えないけど、こいつも結構過酷な人生を送ってきたんだろうなあ。
あ、それなら――
「なまえは……ない……」
「名前はナイちゃんかー。そっかー、ナイちゃんは良い子だねえ」
「え……?」
「ナイちゃんが言ったじゃんね。名前はナイ、って」
「わたしの……なまえ……は、ナイ」
「ナイちゃんとシンゴでフューリーが二人ねー」
名前がないなら付ければいいじゃん、ってね。
我ながら安直だとは思うけど、こんな名前でも無いよりマシだろ。
俺が名付け親になるのはどうかと思ったんで、自分で自分に付けてもらった。
泣き声が止んだのでもういいかと思って身体を離すと、目の前の幼女――ナイがはにかみながらも笑顔でこう言った。
「ふゅーりーはふたり、なまえはナイ」
「ナイ……」
「あはっ。……なに?」
「お前、なんか臭い」
「むー!」
「痛って! おま、蹴んなよ!」