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諦念、怨嗟、クエストブック

 人間は殺す。

 そう言って殺気を放つ幼女に対して俺は――


 なんかもう全てがどうでも良くなった。


 横向きに寝転がって肘をつき、頭を手で支えて見上げながらダルそうに話しかける。


「ふーん、殺すんだ?」

「ころす」


 もうね。何もかも嫌になってきた。

 これでも結構頑張ってる方だと思うんよ。

 でも一難去ってまた一難。いつまで続くのこのループ。

 いい加減何もかも面倒だわ。


「なんで人間を殺すん?」

「にんげんはえるふをころした」

「いやエルフとか見たことねーし。お前エルフじゃないんだろ?」

「わたしは、えるふじゃ、ない」


 ダメかー。

 生気が戻った時にエルフ呼ばわりしてたから今度もいけるかなと思ったけど。

 ちょっと声に詰まる感じがしたけど戻る気配はナシ。


「さっき助けたじゃん。そのお礼は?」

「たすけた? しらない」


 都合のいい脳みそだなオイ!

 いや、覚えてねーのか。気絶してたしな。


「どうやって殺すん? あんま痛いのはヤなんだけど」

「……『ふゅーりーぶらっど』」


 幼女はその言葉には答えずドーピング魔法を発動する。

 そういやあったなそんなスキル。

 さっきあんだけ苦しんでたのに懲りねー奴。


 あの様子を見させられたら使うの躊躇しちゃったけど、どうせ死ぬなら使っちゃおうかな。

 後遺症で苦しむ前に死ぬだろうし。


「『フューリーブラッド』」


 発動した瞬間、全身が燃えるように熱くなる。

 周りに身体の熱を放出するように、赤い蒸気もあふれ出す。

 と同時に髪の毛の毛根から毛先までチクチクとした痛痒さが走り抜けた。


 中学生の頃、友達と初めて髪を脱色した時の事をなんとなく思い出した。

 多分今頃髪の毛が真っ赤になってるんだろうなー。


 そこまで考えて、頭を支える手に触れる妙な感触に気がつく。

 気がつくっていうか、どうなってるか触感でわかる。

 エルフ耳だ!俺がエルフ耳になってる!


 ……いや、どういうことなの?


 ちらりと幼女を見ると口を大きく開けて驚いた姿勢のまま固まってる。

 少しの間見つめ合うが、何も言わないので無視してブックのフューリーブラッドの項を探す。


 ……載ってないんだけど。

 載ってないのに使えるの?


「なんで!?」

「うわびっくりした」

「なんでなんで!?」


 いきなり視界外の幼女が大声を出したからびびった。

 再起動が完了した幼女は「なんで」を連発しながらこっちを……あれ、瞳に光がある。

「なんで」はこっちの台詞だよ。いつ変わったの?


 幼女は赤い髪を振り乱し高速でて俺に詰め寄ってくる。

 だから速えよ!なんだその身体能力は!


「なんでふゅーりーなの!?」

「はあ?」

「ふゅーりーはひとりだけなのに!」

「なんでって……スキルで変わったの見てただろ?」


 よくわからんが、希少種としてのプライドで目が覚めたの?


「ふゅーりーしかつかっちゃだめなのに!」

「ンなこと言うなら俺の前で使うなよ」

「だめ! かえして!」

「盗ってねえよ! お前もさっき使ってただろ!」

「かーえーしーてー! ふゅーりーの……あっ……ああああああ」


 何だ?様子がおかしい。

 幼女は頭を抱えて蹲る。


 あ、ドーピングタイムが切れたのか。

 さっきより間隔が短くね?中毒化してるの?

 さっきまで殺すとか言ってた相手に対して甘いよなー、俺。

 でも目の前で苦しまれると気になるんだよ。

 これが未来の俺の姿だと思うと今は他人事じゃねーしな。


「『キュアオール(異常完全治癒)』」


 恐らく状態異常を治すであろうスキルを掛けてやる。

 さっきブックを見た時に追加されてたスキルだ。

 いつからあったのか分からんけど、多分アーニャちゃんの件の後、俺が寝てる間に親父が掛けたんじゃねーかな。


 柔らかな白い光が幼女を包むと、苦痛に満ちた顔から徐々に力が抜けていく。

 やがて光が晴れると、そこには安らかに眠る幼女の姿があった。

 いや死んでないけど。


 ていうかこの子また寝るの?

 一日に何時間寝てんだよ。俺も寝かせろよ。


 もう置いて行っちゃってもいいよね?

 さすがにまた目覚めて殺すとか言われても面倒だし。

 ここまで来れば当面は大丈夫だろ。

 あとは自己責任だ。


 そう考えてそのまま置き去りにしようと踵を返すと声が聞こえた。

 寝言か?


 ―――◆――◆――◆――◆――◆―――


 違う、声がするのは頭の中だ。


(……ニクイ! …………人間ガニクイ!)

(…………イテエ………………イテエヨォォォ! ……ナンデ俺ガ……)

(ヤメロ!…………モウ、ヤメテクレ!…………ヤメロォォ!)

(殺シテヤル……絶対ニ許サナイ……殺シテヤル……)

(キャアアァァァァ! 助ケテエエエエェェェェェ!)

(アァァァァァァアァァアァ! ウゥゥグゥゥゥゥゥ!)


 頭の中を数々の怨嗟が埋め尽くすように流れていく。

 怒号、悲鳴、苦痛、無念、懇願、様々な負の感情が荒れ狂う。


 そう、か。

 これが、幼女、の、感じ、て、いた……。


 ん?今誰か「肉食いてえ!」って言わなかった?


 一度アホな事を思いつくと、それまで感じていたプレッシャーが嘘のように身体が楽になった。

 まだ怨嗟の声は続いてるんだけど、すごく陳腐に聞こえる。

 B級映画をテレビで見てるような、そんな感じ。

 今の内に一応掛けとくか。


「『キュアオール』」


 状態異常治癒のスキルを自分に発動すると、怨嗟の声が遠くなっていく。

 いや、それでもはっきり聞こえる声があるな。

 なんか年老いたジジイみたいな声だ。


(何故だ! 何故効かん! 貴様はフューリーだろう! その血のままにエルフの無念を晴らすのだ!)

(や、俺フューリーでもエルフでも無いんで)

(! な、何だと!? では何故声が届いているのだ!)


 あれ?通じてる?

 咄嗟に返事しちゃったけど届いてるとは思わなかった。

 テレパス使ってるんじゃないのかな。


(あーあー。テステス。ただいまマイクのテスト中)

(一体何を言っている!? 何故声が届くのだ、答えろ!)


 せっかちなジジイだな。


(何で声が届くのか言われても知らんし。そっちが喋らなけりゃ聞こえないんじゃね)

(我が声はエルフとフューリーにしか届かぬ! エルフに生き残りはいないはず……貴様は何者だ!)


 え?エルフって絶滅してんの?

 じゃあこのジジイは何なの?


(ふつーの人間だよ。そういうアンタは誰なの?)

(にんげっ……人間だとぉ! 馬鹿な! そんなはずはない!)


 こいつ言葉のキャッチボールする気ねーな。

 まさか間違い電話ならぬ間違い念話じゃねーだろうな。

 幼女の近くにいたから間違ったとか言うなよ?


(ンなこと言ってもね……ああ、関係あるか分からんけど『フューリーブラッド』使ったせい?)

(な!? 人間が『フューリーブラッド』を使ったのか! どうやって盗んだ!?)

(盗んでねーし! 目の前で使ったの見たから覚えたんじゃねーの?)


 なんか青髪オッサンにラプラス使った時みたいな反応だな。

 実はラプラスもこれも相当なレアスキルなの?どうなの?

 比較対象が少なすぎて判別に困るな。


(人間が……覚える……? そんな……いや……)

(もしもーし、聞こえないんだけど。念波悪いよー?)


 電波悪いみたいに言ってみたけどそんな言葉があるのかは知らない。

 ジジイは何か考えてるのか、小声でブツブツ言うばかりで聞き取りづらくなった。


 ―――◆――◆――◆――◆――◆―――


(もう用事なくなった? 無いなら切れよ)


 こっちからじゃ切り方が分からんからはよ切って欲しいんだけど。


(そうか、わかった)

(あん?)

(奇妙な人間よ、お前の言う事を信じよう。その上で頼みがある)

(ふつーの人間だよ。頼みってお前、さっきの態度からすると絶対受けたくないんだけど)

(森の奥、我らの住処がある。そこを訪れて欲しい)

(いや話聞けよ)


 こいつも人の話聞かない系かよ!


(頼む。訪れた時に礼と共に先ほどの無礼を詫びよう)

(いやいやいや、まずここで謝れよ。なんで後回しにすんだよ)

(…………すまなかった)

(……まあいいや。それで、森の奥? 道がわかんないんだけど)

(お主が人間ならブックとやらに記載されておるはずだが?)


 は?

 そんな機能があんの?


(知らねーし。ぶっちゃけ異世界からやってきたから一般常識とか言われてもわかんねーよ)

(異世界……? ふむ、成程……。ではクエストブックと言うが良い)

(え? クエスト?)


「『クエストブック』!」


 通常のブックとは色違いのカバーをした本が現れる。

 現在手に持ったブックと合わせて2冊。

 アイテムブックで3冊?

 ちょっと待て、ブックって一体何種類あんの?


(出たけど、これをどうすんの?)

(恐らくそれを開けば我らの住処が示されるだろう)


 言われた通りに開いてみる。

 すると、向かって右奥の方に黄色く光る矢印が現れた。

 俺が動くと矢印も一つの方向を指し示すように動く。


 これは、まさか……。

 ネトゲでよくあるクエスト機能?

 またゲームかよ!


 クエストブックを見ると依頼受注とあり、目的地の場所が書かれている。

 目的地、神樹ユグドラシル、跡地?

 いや待って、俺まだ受注してない。


(頼んだぞ。詳しい話はそこでする。良いな?)

(良くねーし! おい、まだ受けてねーからな! ……切んなよ!)


 用事無いなら切れよとは言ったけど!

 俺の用事はどうなるんだよ!


 はぁ。

 正直信用ならん相手が増えただけで、事態は一向に改善されてないんだよね。

 絶対あのジジイ俺を騙す気だろ。


 でもこれから向かう先が特にあるわけでも無いんだよなあ。

 親父は街道で会おう!とか言ってたけど。

 もはやどっちが街道か分からん。


 まあ向かう先は保留で。

 その前にやる事が出来た。

 ブックがいくつあるのかを調べよう。

 もしかしたらそこからこの状況を改善する糸口が掴めるかもしれねーし。


 自分が出来ることを把握するのは基本だよな。

 その基本が出来てないからこうなったんだ、とは思いたくねーけど。

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