勝利、脱出、殺意
「くっ! おのれ……!」
剣を杖のよう屋根に突き立てて青髪オッサンが立ち上がる。
所々鎧がひしゃげているが元気そうだ。
木を根元からへし折る威力のはずなんだが、鎧のお陰なの?どうなの?
ていうか普通に人間に向けて撃ってたし!
あれはしょうがねーよ、殺され……ないにしても達磨にされるくらいなら殺しちゃってもいいかなって思うわ。
うん、正当防衛だ。
「てことでもう一発! 『ハイドロランサー』!」
「調子に乗るな!」
虚空から現れた水球から水の槍が――って青髪オッサンのと比べるとなんか規模が違うんですけど!
数は4つ、水球の大きさも倍以上になってるし!
だが放たれる前に青髪オッサンが一気に距離を詰めて剣を振り下ろしてきた!
ちょっ、速――!
無意識に掲げた腕に刃先が吸い込まれるように命中し。
カンッという空き缶を蹴った様な音と共に弾き返した。
「…………へ?」
何が起きたの?
確実に斬られたと思ったんだけど、衝撃すら無かったぞ。
と思ってるのは俺だけじゃないようで、青髪オッサンも呆然としてる。
そりゃ舐めてかかった相手に攻撃が一切通じなかったらそうなるわ。
「お前は、一体……?」
だけど既に発動したスキルは止まらない。
空気の読めない水の槍――いやもう槍じゃないだろこれ!
青髪オッサンのは鉄パイプくらいの太さなのに俺のは水道管くらいあるぞ!
同時に撃ち出されたものと重なり合わさって、激流となり青髪オッサン押し流す。
ていうかここ屋根の上なんだよね。
哀れ青髪オッサンはまともなリアクションも取れずに地面へと流されていった。
通りの屋台に人と大量の水が上からぶつかるけたたましい音が響き、店主と思しき悲鳴と騎士たちの騒然とした声がこちらに届いてくる。
勝った、の?
安堵して身体から力を抜こうとした所で頭の中で親父の声がした。
(オイ! 無事か!?)
え?どこから?
いや、通りの騒がしさを無視したように頭の中で直接声がしたぞ?
キョロキョロ辺りを見回すと、通りを挟んで向かいの、元いた民家の屋根の上から親父がこっち見てた。
(テレパスってスキルだ! 今念話でお前に話しかけてる!)
へえ、そういうのもあるのか。
(無事みたいだな、良かった)
(良くねーよ! さっきの態度! アイツに俺を売りやがって!)
(騎士団長を倒すとは驚きだが、これはこれでマズい。騒ぎがより大きくなっちまった)
んん?
なんか話繋がってなくね?
(無視すんな! 何事も無かったような顔して――)
(何とか話を収めてやりたいが今すぐは無理だ。ほとぼりが冷めるまで街を脱出したほうがいい)
話してる最中で被せられた。
あー、このテレパス。
間違いなく一方通行ですね。
「『テレパス』!」
(今から家に戻って旅装備一式を取ってくるから、お前はテレポートで東門から港方面へ向かってくれ。街道の途中で落ち合おう)
(勝手に話を進めんな! そもそも東門ってどっち――)
(じゃあ俺は行くぞ。くれぐれも捕まらないように気をつけてな)
その言葉を最後に親父の姿が消える。
恐らくテレポートを使ったんだろう。
というかテレパス使ったのに声が届いてないのはどういうことなの?
使い方間違ってる?
これからどうしよ。
迷子なんだけど。
―――◆――◆――◆――◆――◆―――
俺は今、意識のない幼女をおんぶして森の奥へと進んでる。
あの後、苦しんでたと思ったらいつの間にか気絶してた幼女を抱えて、テレポートで街を脱出した。
さすがに四肢切断と言われて意識の無い幼女を置いていくなんて寝覚めの悪い事は出来なかった。
こいつのせいだけど!こいつのせいだけど!
東門がどっちかわからなかったから、城から延びる道を通って騎士たちの数がまばらな方へと移動した。
四択、いや南門は覚えてるから三択かな。
それでも親父がわざわざ東門から出ろって言ったって事は、そっちの方が逃げやすいと判断してのことだろう。
だからこっちで合ってる。
たぶん合ってると思う。
合ってるんじゃないかな。
ま、ちょっとは覚悟しておけ。
正直な話、親父と青髪オッサンとの会話から100%信用しない方がいいとは思うけど。
実は罠でしたー、とか。
それは無いか。あの場に限ればそうするより親父自身が捕まえた方が早いし。
門まで行くのは楽だったけど、出るのは結構大変だった。
何しろ高い塀があるから門しか通れるところが無いし、当然騎士が詰め掛けて検問を行ってる。
塀の上から脱出するにはテレポートの飛距離が足りない。
俺だけならともかく、手配書の回ってる幼女を抱えながらじゃ誤魔化すことも不可能だ。
だから塀をぶち破った。
マジカルバレット一発撃って、開いた穴から外にテレポート。
でも街の周りって見晴らしのいい草原なんだよね。
定期的に魔物の駆除を行ってるせいか、人目も結構多いらしいし。
身を隠す場所が無さ過ぎてすぐに見付かりそう。
だから草原に火を放った。
進行方向以外にファイアーボールをばら撒いて、炎に紛れて連続テレポート。
ちょっと熱いけど通った痕跡は火が消してくれるはず。
人がいないかをちゃんと確認して撃ったけど、着弾時の爆音で人を集めちゃった時は焦ったね。
多分誰にも当ててない、と思う。
森に入ると先まで見通しづらくてテレポートの効率が悪かったからこうやって歩いてるんだけど、緊急時に備えてブック出しっ放しにしてるから邪魔でしょうがない。
後ろから誰かが追ってきてる感じはしないけど、一応森にも少数魔物がいるらしいし戻せないけど。
やっぱ盾くらいは持って出歩くべきだったな。いや、アイテムブックとやらで鎧も持ち運べたのかな。
でもアーニャちゃんもそんな事は一言も……って彼女が着替える所は見てないから、常識レベルだと思って言わなかっただけかも。
そんなことを漠然と考えながら歩く。
急激に事態が進みすぎたせいか、今になってようやく現実感が湧いてきた。
え?この状況ってヤバくね?
―――◆――◆――◆――◆――◆―――
これ街にはしばらく戻れないっしょ。
てことはほとぼり冷めるまでサバイバル生活なの?
幼女と二人でホームレスなの?
いや指名手配されてる分、ただのホームレスよりもっとタチが悪いけど。
武器防具アイテムなし、犯罪者だから街に入れずお店縛り、食材調理道具テント寝具なしで野宿。
いやいやいや!無理だろ絶対!
色々と考えて絶望してたら背中でもぞもぞ動く気配がした。
どうやら元凶の目が覚めたらしい。
「お前ふざけんなよ。俺に何か恨みでも……」
幼女を地面に降ろしてしゃがんだまま話しかけるが、途中で言葉に詰まった。
目の前にいるのに俺を見ていない。
最初に会ったときや、アイスの屋台を見ながらぶつかった時みたいに目が死んでる。
暗く濁った赤い瞳には、アイスをねだって追いかけてきた姿が幻だったんじゃないかと思えるほど何の感情も篭っていなかった。
こいつ――っ!
「おまっ! はああああ!? ふざけてんじゃねえぞ! ここまで巻き込んどいて無視かよ!」
「…………」
「しかも巻き込んだ相手に助けられといて礼も無しかよオイ! 何がしたかったの? ねえ、何がしたかったの!?」
「…………」
気付けば幼女の両肩を掴んで罵倒してた。
や、キャラじゃねーとは思うんだけど、さすがに我慢の限界だわ。
「強えんだからテメエ一人で勝手にやってろよ! 何がフューリーだ! 犯罪に俺を巻き込むな!」
「…………ふゅーりー」
「! テメエ喋れるんじゃねえか! さては聞こえてないフリして無視してるだけだろ! まずはごめんなさいから言ってみな!」
「…………にんげん」
ん?感じが変わった。
目の焦点を合わせてこちらを見つめてくる。
こっからメラメラ燃える瞳になるってのか?上等だ!
……いや、違う。
「にんげんはころす」
その瞳に生気は戻らなかった。
だが宿る物が確かにあった。殺意だ。
暗く冷たい濁った瞳を俺に向けて、その幼女は人間を殺すと呟いた。
怒りに沸騰していた身体の熱が、一瞬で氷点下まで下がったような気がした。