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僕に届け  作者: しの
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終章


 「ちょっと、生き返ってくれない?」

 昨晩降った雪がまだ所々に積もっている街の外れの小さな公園の中の一本の桜の木の枝に、白と紺と赤のストライプ柄のマフラーで首を吊って、自殺した杉山太一の魂は私を見て固まっていた。まだ、意識がハッキリしていないのだろうか。放心状態に近い。

 「太一!」

 私は強い口調で、もう一度呼びかける。太一はビクッと体を震わせ、私の眼を見た。先程までの輝きを一切失った濁った眼では無く、意識がハッキリした様子だった。

 「私は死神ののぞみ。あんた、この世に未練とか後悔とか無いの?あんたがその気なら私はあんたを生き返らせる。どんな犠牲を払ってでもね。私の言う事が信じられないかもしれないけど、私にはそれが出来る。」

 太一はじっと私の話を聞いていた。

 「僕が、何で自殺したか知らないから、そんな事が言えるんだよ。」

 「知ってるよ、全部。この辞書に全部書いてあるし。」

私は死神に支給されている辞書の形をしたデータブックを見せた。

「それに、あんたとあんたの妹の事は辞書を見なくても解る。」

 「何で?」と尋ねる太一の質問を無視して、私は嘘では無い事を証明する事にした。

 「あんたは、大同食品のコンプレッサーの発注をミスして、客先の担当者を左遷に追い込み、自分の上司を降格させ、会社に多大な不利益を出し、社員に給与カットを強いる事になった。さらに三千万円の損害倍書を背負わされた挙句、会社を解雇される。」

 辞書も見ずに、すらすらと説明する私に、太一は驚いていたが、私は続ける。

 「雪道で転んだ時に財布を落とし、行きつけの居酒屋も休みで愚痴の一つも言えない。片思い中の同僚が同期の社員と深い仲になった事に嫉妬し、さらに今日のクリスマスパーティーで片思い中の同僚から、発注ミスが自分が原因では無い事を教えられ、逆上して暴行を加えた結果、自己嫌悪に陥り、自殺をした。いや、逃げる為に自殺をした。」

 俯く太一に、「そうでしょ?」と追い打ちをかけると、太一はぎこちなく頷いた。

 「最低だよ。あんた。」

「僕には無理だ。生きる資格なんてもう無い。誰も望んでない。」

 私は「太一。」と呼びかける。俯いていた顔を上げさせる為だ。そして、顔を上げた瞬間に、私は太一の左頬を思いっきり叩いた。公園に乾いた音が響いた。

 「痛い痛い痛い痛い…。」と叫んでいたその声が徐々に弱く小さくなっていく。太一は少しずつ何かを思い出した様子だった。

 「私があんたを叱りたいのは、一回の人生で二回も自殺した事よ。言ったでしょ、次に自殺したら、殺すって。」

 太一は私に叩かれた左頬を擦っていたが、その手の動きは止まった。何かに気付いたかのように、目が大きく開いた。

 「生きる資格なんて関係無い。生きる資格なんて、誰でも持ってるの。だから、この世に生まれてきたの。誰かに望まれたから生まれたのよ。しっかり死ぬまでは、しっかり生きなさい。」

 太一の両目から、大粒の涙が零れ落ちる。一滴。また一滴。

 「でも、僕は取り返しのつかない事をした。生き返ったとしても…」

 「あんた、もう一回叩かれたいの?」と低い声で呟くと、太一は焦って首を横に何度も振った。

「私に考えがある。もし、それが成功すれば、未来が変わる。いや、今が変わる。私が過去に戻って、あんたの事を助けてあげるから。事が上手く進めば、あんたが生き返ったその世界は、希望の光が射す世界になっている筈。」

太一は意味が理解出来ていない様子で、私の話を聞いていた。太一が理解出来てなくても良い。私は太一を救う。そして、その後、私のいない世界でも、強く生きてくれればそれで良い。いや、強くなくても、支えあって生きてくれればそれで良い。もし次に太一をトラブルが襲ったとしても、再び絶望が心を蝕んだとしても、もう私には二度と救えないのだから。

「私の全てを失っても、あんたを救う。」

 私は桜の木の下で座り込んでいる太一の形をした、太一の魂を抱きしめる。

 「あんた、困った時は助けてって言いなさいよ。何でもかんでも一人で抱え込んで、抱えきれなくなって死ぬぐらいなら、プライドなんて捨てて、助けてって言いなさい。あんた、一人で生きてると思ってるの?馬鹿じゃない?あんたが死んだら悲しむ人はいる。絶対にいる。少なくとも、ここに一人。」

 私の涙も止まらない。これが最後の説教だと解っているから。

 「あんたの父ちゃん、事故で死んだ後、あんたと綾香が心配でずっと成仏出来なかったんだよ。あんたの母ちゃんは、あんたと綾香が心配で、霊界で働きながら、ずっとあんた達を見守ってたんだからね。あんた達を大切に思う人がいる事、忘れないで。」

 死神になって約十年が経つ。まさか、最初の仕事は夫を成仏させる事で、最後の仕事が息子を生き返らせる事だなんて、私は本当に運が良い。

 私はもう一度、太一の魂を抱きしめる。全力で抱きしめる。

 「いっぱい叩いて、ごめんね。」

「本当はエレキギターが欲しかったのに、アコースティックギターしか買ってあげられなくてごめんね。」

「お金が無くて、貧しい生活をさせてごめんね。」

「あんまり、そばにいてあげられなくてごめんね。」

「あんたが苦しんでいた事に気付いてあげられなくて、本当にごめんね。今でも後悔してる。」

「あと…次に自殺したら、殺すから。」

 何を言えば良いのか解らない。伝えたい事が多過ぎて、整理が出来ない、涙が止まらない。

「綾香、守ってあげてね、お兄ちゃんなんだから。綾香の方がしっかりしてる気もするけど。」

 最後に私は精一杯の笑顔を作った。最後の記憶は笑顔を残したいのだ。

 「私の元に生まれてくれて、ありがとう。」

 さようなら、太一。



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