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僕に届け  作者: しの
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序章


 「ちょっと、生き返ってくれない?」

 悩みに悩んだ末、私はその言葉を選んだ。

 「あなたに生き返るチャンスをあげましょう。」これでは断られる気がする。

 「あんたを生き返らせる事にしたから。さっさと現世に戻りな。」喧嘩腰過ぎる。

 「あなたを生き返らせてさしあげましょう。」そんな私らしく無い言い方、途中で笑ってしまいそうだ。やはり、深刻さを感じさせない上、命名形では無く、あくまでお願いをしている辺り、相手の気分を害する事無く、要求が出来るという点から考えると、この言葉しかない。

街の外れにある小さな公園の枯葉が散らかっている土の上を、私は一歩、そしてまた一歩、その歩みを進める。古びた青いベンチ、誰かが忘れていった玩具のスコップやバケツが転がっている砂場、錆びたブランコ、所々に昨日降り積もった雪が残っている風景を眺め、昔この場所に遊びに来た時の事を思い出しながら、進む。公園の奥に植えられた、葉が全て枯れ落ちてしまった桜の木の枝に括り付けたマフラーで首を吊り、動かなくなった先程までは人間であったと思われるそれに、心を落ち着かせながら、そして決意を固めながら、ゆっくりと近付いていく。

一人の人間が死んだ。ただ、それだけの事だ。本来であれば、その魂を成仏させ、霊界へと案内する。それが霊界に存在する死神商会で働く、私の仕事である。死神として働き始めてから約十年、毎日一人か二人の魂を成仏させている私にとって、特に造作もない事である。ただ、今回だけは事情が違った。

生涯を全うし、役目を終えたその元人間の目の前に辿り着いた。いや辿り着いてしまったと思っている自分に気付く。心の底では、まだ心を決めかねているのだろうか。私はゆっくりと深呼吸をし、自分を落ち着かせた。

私は死神商会から支給された辞書を開き、元人間の身元を確認した。その辞書とは、真っ黒のハードカバーで作られ、ページ数八百枚ほどで綴られている、私の担当地区で生活している人々の個人情報が詰まった物である。通常、死神商会で働く社員達はこの辞書を頼りに魂の身元や生涯を確認し、それを頼りに成仏させる。私は震える手で辞書を捲り、目の前の元人間の身元を調べる。この地区を担当して十年が経過した私にとって、本来であれば調べるまでも無い。目の前の元人間について、はっきりと身元はわかっているのだが、間違いがあってはいけないのがこの仕事、確認は念入りに行う。

身元の確認を行い、辞書を閉じた私は、桜の木の枝に括り付けたマフラーで首を吊った元人間の体にでは無く、その足元に座り込んで周囲を見渡している、その元人間の魂に対して話しかけた。

「杉山太一さんね?」

人間の形をしたその魂は振り返ってこちらを見た。

 「私は霊界の死神商会に所属している死神、のぞみです。あなたの魂を成仏させ、霊界へ案内する為に来ました。」

こいつ、何を言っているんだという表情でこちらを見る杉山太一の形をした、彼の魂。だが、死神歴十年の私はそんな視線には慣れている。構わず説明を続ける。

「あなたは現世において死を迎えました。これからあなたの肉体は自然に還り、また次の何かへと移り変わっていきます。そして、あなたの魂は霊界へと運ばれ、裁きを受けた後、罪を償うまで試練に臨むか、また次の生へと生まれ変わる為の旅路を歩むことになります。」

はっきりと自分の口から説明すると、眼の奥が熱くなっていった。声が少し震えてしまったが、すぐに持ち直した。

「今、この場において、現世に別れを告げ、霊界へと旅立ちましょう。」

杉山太一の魂は、私をじっと見たまま、表情一つ変えない。現世に絶望し、衝動に身を任せた為だろうか、思考は停止し、何も理解していない様子であった。目の奥は濁っていて、一筋の光も射していない。

この世界というのは二つに分けられる。「現世」と「霊界」の二つである。簡単に言うと、「この世」と「あの世」である。現世を生きている人間や動物など、命がある全ての生物は肉体的な死を迎えると、肉体と魂の分離が行われる。肉体はそのまま現世の中に溶け込み、土へ還り、あるいは風と交じり、その世界の一部となっていく。そして魂は霊界に運ばれ、浄化され、霊界の端にある転生門を通過し、長い長い旅に出る。長く険しい旅路の中で、魂の浄化を行い、現世での罪を浄化するのである。その旅路を終えた魂達は再び輪廻転生の輪に入り、現世へと生まれ変わる。しかし、現世で大き過ぎる罪を犯した魂は一度「地獄裁判所」に運ばれ、閻魔大王の裁きを受ける事になる。その結果、地獄へ行き何百年、何千年、何万年もかけて罪を償う魂もある。また、罪を犯していない魂でも、すぐに転生門に向かわず、現世に未練を残し成仏する事が出来ずに霊界で働きながら未練を断ち切る魂などもある。そうして罪を償った魂、または未練を断ち切った魂は転生門へ向かい、輪廻転生の輪に加わるのだ。そうやって、魂は廻る。命は繋がっていくのだ。私達、死神は魂を安全に霊界に運んだり、現世への未練が強過ぎて成仏出来ない魂などを救い、霊界へ導くのが仕事である。

だが、当然そのような事は現世を生きる魂達には理解が出来ない。生まれ変わる時に、記憶がリセットされるからである。そのため、杉山太一の反応は至極当然であった。

「…死んだ?僕が?」

私はようやく喋った杉山太一の目を見て、そのまま彼の上を指差した。杉山太一は、その指の先へと視線を移し、自分の死体を認識した時に目を大きく開き、そして止まった。

「あなたは、あまりの絶望により生きる気力を失い、衝動に身を委ね、自らその生涯に終止符を打った。」

杉山太一の魂は、私の言葉に一切反応を見せずに、首を吊られた自分の肉体から目を離さなかった。

人間としても、死神としても、長年生活したこの町はクリスマスムード一色に染まっており、色とりどりの光輝く電球によって、様々な形のイルミネーションで彩られている。カップルや家族連れで賑わっている町の外れで、まさか一人の人間の人生が終わりを迎えた事など、誰も考えもしないのであろう。幸せな町、平和な町、その裏で確実に生まれた不幸。この不幸を、不幸のまま終わらせない。そう決めた。

「そっか…」

消えそうな声で呟いた光を失った無表情のそれは、落胆しているのか、安堵しているのか、私にはその感情が読み取れなかった。後悔しているのか、それとも解放された喜びなのか、私には分からなかった。ただ、どちらの感情が彼の中にあっても関係ないのだ。私がやる事に変わりは無い。

「後悔は無い?」

私の質問に、杉山太一は答えない。

「未練は無い?」

私の質問に、杉山太一は答えない。

「会いたい人はいない?誰かに言いたい事は?やりたかった事は無いの?取り戻したい事は無い?ここが終わりで良いの?」

私の質問に、杉山太一は何も答えない。

私は座り込んでいる杉山太一の背中から、彼を抱きしめる。

「あのさ…」

無表情の彼の頬を伝う涙を私は信じる。その涙に込められた願いを信じる。

「ちょっと、生き返ってくれない?」


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