引きこもり王女様のへりくつ
「私、ここから出たくありません!」
それは、小さな国で起きた、大きな事件でした。
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その国の自慢は、美しい四季があることでした。
春は穏やかに、彩どりの花が咲き乱れます。
夏は派手派手しく、虫たちと共に人も騒ぎます。
秋は厳かに、月や紅葉の風情を楽しみます。
冬はしとやかに、真っ白な世界で人の温もりを感じます。
その四季を作るのは、王様自慢の四人の娘、王女様たちでした。
春の王女様は、可愛らしく可憐な人でした。
夏の王女様は、元気で活発な人でした。
秋の王女様は、慎ましくも賢い人でした。
冬の王女様は、気丈で国で一番美しい人でした。
王女様が国の中心にある不思議な塔の中にいる間、その国にはそれぞれの四季が訪れたのです。
そのため、王女様たちは順番に、決められた日にその塔に入ります。なぜなら、誰もがそれを望んでいたからです。
国民のために働くのが、王族の務め。
それを不思議に思う人は、誰もいませんでした。
しかし、王女様が妙齢になった時、その事件は起こりました。
冬の王女様が、塔に閉じこもってしまったのです。
いつになっても、冬の王女様が塔から出てこないのです。
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召使いは、冬の王女様に問います。
「どうしてですか? 塔から出たら、素敵な皇子様と結婚だというのに」
「それが嫌なのです!」
ぷいっと顔を背ける王女様は、その顔も綺麗でした。
腰まで伸びた銀色の髪は、キラキラ輝きます。金色の瞳は、凍てつく雪原を照らす月のようです。雪のように白い肌の上で尖らせている唇は赤く濡れ、その極端な色っぽさに、召使いの少年の心が跳ねます。
けれど、召使いだって、引き退るわけにはいきません。
この国の命運がかかっているのです。
「ですが、冬姫様が城から出ないと、春姫様がここには入れません。知っているでしょう? 不思議な力で、一人の姫が塔にいる間に他の姫が立ち入ってしまうと、四季を司る力が消えてしまうという言い伝えを……」
「だから、なんだというの? そんな能力のために、私は結婚をしなければならないというの?」
むっと、冬の王女様は召使いを睨みます。
その眼差しの冷たさに、召使いの口は止まりかけるものの、気力を振り絞ります。
「では、冬姫様の我儘で、国民が死に絶えても構わないとおっしゃるつもりですか!?」
「それは……」
冬の王女様は口を閉ざすと、シュンと眉をしかめます。
その悲しげな顔を見て、召使いが抱き締めたいと思うものの、それは叶いません。
何故なら、少年は塔専属の召使い。
各四季の間、外と塔を往復し、それぞれの王女様の面倒を看るのが仕事なのです。
少年は代々、その由緒ある仕事を任されている一族なのです。私情で、王女様に触れようなど、許されることではありません。
そんな複雑な少年をよそに、冬の王女様はコタツをバンッと叩きました。
「でも! そんなのは政治の怠慢ではありませんか! 冬が終わらぬというのなら、雪の中でも育つ稲を開発すればいいです! 水が凍らぬよう、貯水池の工夫を考えればいいのです!」
「ですが、冬姫様……」
そう豪語しながら、蜜柑の皮を剥く冬の王女様に、召使いはため息を吐きました。
「半纏着てそんなことを言われても、まるで説得力はありませんよ……」
床が見えないほどの本が散らばった狭い部屋の真ん中で、布団とテーブルが一体となったコタツというものに潜って、ぬくぬくと寛いでいる冬の王女様は、小さく舌を出しました。
「私がこんな恰好でいることは、二人だけの秘密よ?」
「言えませんよ。国一番の美女が、こんなだらしの無い生活をしているなんて」
それは国の威信にも関わります。
外では凛として美しい冬の王女様。彼女は美味しそうに、大きな口で蜜柑を頬張ります。
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ですが、冬に終わりが来なければ、草木の芽は生えません。食料や燃料がどんどん底を尽き、生活ができなくなってしまいます。
業を煮やした王様が、おふれを出しました。
『冬の王女を外に出した暁には、欲しいものを何でも与えよう』
国民が皆、冬の王女様に外に出てもらおうと、あの手この手を考えました。
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「冬の王女様! 春になれば、美味しい苺が食べれますよ!」
果樹園の人が塔の下で叫びます。
「苺がなければ、蜜柑を食べればいいじゃない。お肌に良い栄養素は同じだわ」
「傲慢のようで、なかなか言い返しにくいこと言いますね……いつものことですが」
今日も、冬の王女様はコタツから出ません。
召使いはお部屋のお掃除です。冬の王女様がすぐに本を放り投げるので、いつになっても片付けが終わりません。
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「暖かくなれば、可愛いドレスがたくさん着れますよ」
洋服屋さんが塔の下で叫びます。
「ドレスより、半纏の方が着心地がいいわ」
「そう言ってくださると、頑張って作った甲斐があります。中に羽毛を入れるの、大変だったんですよ」
今日も、冬の王女様はコタツから出ません。
召使いは食事の準備です。お米を叩きまくって、冬の王女様が食べてみたいという切りたんぽというものに挑戦です。
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「春になれば、綺麗な花が咲き乱れますよ!」
頭にお花が咲いてそうな人が、塔の下から叫びます。
「あー! その切りたんぽ、私のー!!」
「僕が作ったんだから、一本くらい食べされてくだふぁい……ふぁふ、ふぁふひせぇすね」
「もう! 慌てて食べるから熱いのよ。こう、ふーふーして食べなさい。ふーふー」
「ふぅ、ふぅ……」
今日も、冬の王女様はコタツから出ません。
召使いもコタツに入って、花よりお鍋を楽しみます。
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「なんだか、最近外が騒がしいわねぇ」
「わねぇ……じゃないですよ。みんな、冬姫様に出てきてもらおうと必死なんです」
「お父様も、何でも褒美をとらすとか言っちゃって……『王の座を寄こせ!』とか言う奴が出てきたら、どうするのかしらね?」
それは、冬の王女様はコタツに頬杖をつきながら、召使いの剥いた林檎を食べようとしていた時でした。
「おーい! ふっゆひめー!!」
聞き慣れた声に、冬の王女様は半纏を脱ぎます。その下には、シンプルながらも、ちゃんとしたドレスを着ています。
「寒っ」
「じゃあ、早くここから出たら如何ですか?」
召使いの差し出すブラシを受け取りながら、冬の王女様は口を尖らせます。
「……そんなに、私のことが嫌い?」
「せっかくこんな寒い中、会いに来てくれた姉妹を待たせる薄情な人は嫌いです」
「わかっているわよぉ……」
コタツ大好きな冬の王女様も、大好きな姉妹が遊びに来てくれた時は、部屋の窓を開けるのです。
ブラシを通したサラサラの髪が、北風になびきます。
「夏姫ー、秋姫ー! こんな寒い中に、何の用?」
「何の用? じゃないでしょー!?」
太陽のように眩しい髪をした夏の王女様が、ぷんすか怒ってます。
その隣で、秋の王女様が悩ましげな顔をしています。
「冬姫の我が儘もここまで来てしまうと……こちらもお手上げですわ」
二人もどうやら、引きこもる冬の王女様を説得しに来たようです。
「それで? 二人は私をどうやって説得するつもりなのかしら?」
にやりと笑う冬の王女様に対して、秋の王女様は淡々と答えます。
「王道的に、婚約者に説得してもらおうと思いますの」
そして、現れるのはピカピカの王子様。
地面の雪よりも輝く金色の髪。利発な瞳は翡翠色。
足の長い凛々しい王子様が、赤いマントをなびかせます。
「僕の冬姫よ! 何が不満でそんな塔に閉じこもるのか?!」
「あんたが不満なんだけどね」
冬の王女様が真っ向から言い返すと、後ろから召使いが文句を言います。
「冬姫様?! 仮にもあのお方は、強国の第一王子です! なにか粗相があれば、国にどんな被害が起こるか……」
「この程度の暴言で、キレるような奴が第一王子とか、それこそ、その国の今後が怪しいと思うわよ」
振り返り嘆息する冬の王女様に、塔の下から王子様が呼びかけます。
「どうして僕が不満なんだい? 僕の国に嫁げば、この国も君の暮らしも安泰だ! 僕自身も文武共に励んできたし、そして何よりこの美貌! 僕と結婚したいという姫君は、今まで何十人といたが、それを差し置いて、僕は君を選んだというのに!」
「誰も頼んでないわよ」
「冬姫様ーっ!!」
氷よりも冷たい視線の冬の王女様を、召使いは引っ張ります。
冬の王女様は、必死の召使いを振り払って、王子様に問います。
「じゃあ訊くけど、あなたは私のどこがいいの?」
「それはまさしく、その美貌! 美しき僕の隣に並ぶには、あなたのその凍れる薔薇の如き美しさが相応しい!」
「そんな比喩しちゃう自意識過剰ぷりに反吐が出るわ」
召使いが制止しようとする前に、冬の王女様は、視線を夏の王女様に向けました。
「ところでさー、春姫は一緒じゃないの?」
「春姫は……」
それに、夏の王女様は、秋の王女様と顔を見合わせて、口を閉ざします。
代わりに、秋の王女様が答えました。
「春姫は、体調が優れないと休んでいますわ。これだけ不必要に寒さが続けば、誰でも身体を壊すものよ」
「それは、嫌味のつもりなのかしら?」
「それが分かる程度には賢いのに、どうしてこんな我が儘を通すのかしら?」
冬の王女様は、髪を掻き上げました。
「じゃあ、今度は春姫とお父様を連れてきてくださらない? そうしたら、私も外に出ることを考えてあげるわ」
そして、冬の王女様は窓を閉めます。
部屋の中では、召使いが顔をしかめていました。
「春姫様が来れば、本当に外に出られるのですか?」
冬の王女様は、片目を閉じます。
「春姫次第かな?」
その笑顔は、とてもあざといものでした。
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そして、あくる日。
冬の王女様の提案で、今日の朝の食事は豪勢にしようということになりました。
だから、召使いは頑張ります。
霜降りたっぷりのお肉を甘めの割り下で焼いて、卵に絡めて食します。
デザートには、生クリームたっぷりのケーキです。もちろん、ふわふわのスポンジも、召使いが早起きして、腕によりをかけて焼き上げました。
そんなご馳走を、冬の王女様は満面の笑みで頬張ります。
「本当、召使いの作るご飯は美味ひいはね!」
「喋るか食べるか、どちらかにしてくださいね」
そう言いながら、冬の王女様の頬っぺたに付いたクリームを、ハンカチで拭う召使いの顔は、まんざらではありません。
冬の王女様は、口の中の物を呑み込むと、そんな召使いにニコリと微笑みます。
「私はね、どんな晩餐会での食事よりも、こうやって、あんたと食べるご飯が大好きよ」
「ななな……いきなり何をおっしゃるんですか!」
冬の王女様は、国で一番の美女です。
そんな王女様に真っ向から微笑みかけられると、召使いの顔は真っ赤になってしまいます。
「まあ、当分こうやってご飯は、食べれないでしょうからね」
その時です。
窓の外から、冬の王女様を呼ぶ声が聴こえます。
「冬姫……わたしです。春姫です……」
か細いその声に、冬の王女様はやれやれと立ち上がります。
そして、半纏を脱ぎ捨てました。
「さて。じゃあ、君は外に出ててくれないかな?」
「え……どうして……?」
「真剣に話したいからさ、一人にさせてよ。茶々入れられたくないのよね」
「……かしこまりました」
シュンとして、召使いは部屋を出ます。
大事な時に、側にいるなと言われることは、とても悲しいことでした。
ですが、相手は冬の王女様。
召使いが、その命令に逆らうわけにはいきません。
トボトボと、召使いは塔を降りました。
この間に、今晩の食材を調達しようか……時間の有効活用を考えるものの、どうにも気が乗りません。
結局、召使いは塔の裏口から外へ出ると、物陰に隠れて、こっそりと王女様たちの会話を覗くことにしました。
外へ出ろとは言われたけれど、話を聞くなとは言われていません。
「こんな屁理屈は、まるで冬姫様みたいだけどね」
そっと顔を覗かせると、桃色の髪をした小柄な春姫が、泣きそうな顔をしてました。
もしかしたら、今まで泣いていたのかもしれません。
「どうして……どうして、こんな素敵な人との結婚を嫌がるのですか?!」
「だって、好みじゃないんですもの」
窓辺で頬杖をついている冬の王女様が、ぷいっと顔を背けます。
春の王女様は、顔をくしゃくしゃにします。
夏の王女様と秋の王女様は懸命に、今にも泣き出しそうな春の王女様を慰めています。
強国の王子様も、ばっさり拒否されて、悔しげに顔をしかめています。
王様も、冬の王女様も我が儘に、頭を掻きむしっています。
そんな人たちを見下して、冬の王女様はニヤリと口角を上げました。
「春姫さー。前からその王子様がカッコいいって、言ってたよねー。どうして、春姫じゃなくて、私なわけ?」
それに、王子様が声を張り上げます。
「それは、僕ほどの王子の相手なら、国一番の美女じゃないと相応しくないからさ!」
その言葉に、春の王女様はうつむきます。
春の王女様は、とても可愛らしいお方です。
小柄で、少しぽっちゃりとして、笑うととても朗らかな、誰からも愛される優しい王女様です。
だけど、外見の美しさでは、細身でスタイルもよく、顔立ちも作り物のような冬の王女様にはかないません。
冬の王女様は、その神秘的な銀の髪を掻き上げます。
「それなら、私はここから飛び降りることにします」
そう言って、冬の王女様は、すらっとした白い脚を持ち上げて、窓の塀に足を掛けます。
「そ……そんなことは辞めなさい! お前が死んでしまえば、季節は廻らなくなってしまうではないか?!」
「もう、それがウンザリなのです!」
冬の王女様は、唇を噛み締めて、顔を振ります。
「国のために、一年の四分の一は、こんな狭い所に閉じ籠もらなければなりません! 挙句に、一生を共にする伴侶にも、見た目が第一と言われて! 私はもう、何の為に生きているのか、わからなくなりました!」
高い、高い、塔の上から、一雫の煌めく何かが落ちてきます。
それは、雪の積もった地面に当たると、溶けていきました。
「私が、私らしく居られる場所は、どこにあるのですか!? 私が、私自身を受け入れてくれる場所は、どこにあるのですか?! 私はそれを探しに、空へ旅立とうと思います!」
そう宣言すると、冬の王女様は、ヒョイっと塔の上から飛び降りてしまいます。
下から見上げると、塔はかなりの高さです。
落ちてしまえば、冬の王女様の細い身体など、簡単に砕けてしまうでしょう。
春の王女様は、息を呑んでいました。
夏の王女様は、目を見開いていました。
秋の王女様は、顔を背けていました。
王様は、口を開いていました。
王子様は、頭を抱えてうずくまっていました。
召使いは、走り出していました。
雪が飛び散ります。
樽を手で払います。
王子様を蹴り飛ばします。
召使いの腕の中に、神々しい王女様が落ちてきます。
雪の中のに、召使いの足が埋まり、ずんっとそのまま尻餅をつきます。
白く煌めく雪が、冬の王女様と召使いの周りを囲みます。
「冬姫様っ! お怪我は……お怪我は……!?」
「痛てて……受け止めてもらったとはいえ、結構痛いわね……」
召使いの腕の中の冬の王女様は、ケロッとした顔で、身体に付いた雪を払います。
「やっぱり、半纏着たまま飛び降りれば良かったかも……」
ぱしん。
冬の王女様の頰は、ひんやりとしていました。
きっと、寒いのでしょう。
「なに馬鹿なことをしてるんですか?!」
だけど、唇を噛み締めて、冬の王女様の頰を叩いた召使いは、雪に埋もれても、それが分かりません。
「あの部屋で、いくら我が儘言っても構いません! 多少色々な人に迷惑をかけていても、冬姫様が幸せそうに笑っているなら、それでも僕は構いません!」
召使いの目から、涙がポロポロ溢れます。
「だけど……危ないことは、しないで下さい! そんなに嫌なことがあるなら、僕に話して下さい。僕、頑張りますから。あなたが少しでも、あの部屋で快適に過ごせるように……また、来年も塔に来るのが楽しみになるくらい、僕、頑張りますから……だから……だから……」
泣きすぎて、召使いの話すことは、だんだん言葉にならなくなります。
そんな召使いの頭を、冬の王女様はポンポンと撫でました。
「居心地いいよ、君のそば。とっても」
「ふ……冬姫様ぁーっ!!」
召使いは、少し恥ずかしそうに笑う冬の王女様を、思いっきり抱き締めます。
その様子を、春の王女様は羨ましそうに見守ってました。
夏の王女様は嬉しそうに見守ってました。
秋の王女様は呆れた顔で見守ってました。
王様は、とりあえず安堵して、腰を抜かしてました。
王子様は、雪の中に顔をつっぷしたままでした。
「さて」
泣きじゃくる召使いを置いておいて、冬の王女様は一人ですくっと立ち上がります。
「お父様、私を塔から出した者には、何でも褒美を取られるとのことですね?」
「そ……そうじゃったが……」
有無を言わさぬ冬の王女様の視線に、王様は呆然と頷きます。
「それなら、自分で出てきた私のお願いも、聞いてくれるってことですよね?」
冬の王女様の満面の笑みに、言葉を返せる者はいませんでした。
冬の王女様は、足元で泣いたままの召使いを指差します。
「では、ずっと頑張って働いていた彼に、お暇を与えて下さいまし」
それに一番驚いたのは、言われた召使いです。
「僕……クビなんですか……?」
召使いの脳裏には、この一瞬の粗相が駆け巡ります。
王子様を蹴り飛ばし、王女様にはビンタをしました。
クビになるなら、軽い方。
本当ならば、打ち首になっても文句は言えないことをしてしまったのです。
現実に戻って、震えている召使いに、冬の王女様はニコリと微笑むと、その指を別の方向に向けます。
「そして、とりあえず春の間、あの方を塔の番人としてでも何でも、塔に置いてくださいまし」
それに一番驚くのは、やっぱり指を差された王子様です。
雪からようやく顔を引き抜くと、真っ青な唇で、
「ぼ……僕が……どうして……?」
そう呟きます。
それに、冬の王女様は言いました。
「その間に、あなたの気が変わらず、私を愛してくれるのなら、私はあなたと結婚いたしましょう。それで、いかがですか?」
王子様は、ごくんと固唾を呑みます。
その様子に満足した冬の王女様は、髪を掻き上げました。
「じゃあ、これで私は来年の冬まで自由ね。春の終わりまで、ちょっと隣国回って来るから」
「な……ちょっと待ちなさい、冬姫!?」
ずっと呆気に取られていた王様が、スタスタ歩いていこうとする冬の王女様を引き止めます。
「どうやら、西の国には魚が死んでしまうというすごく大きな湖があるらしくてね。そこの岸辺には、海でもないのに塩が取れるらしいの。その地域では、その塩を使った保存食が特産品として売られているらしいから、それがどんなものか調べてくるわ。もしかしたら、多少冬が延びたりして、食料不足に陥っても、なんとかできるヒントになるかもしれないし」
ペラペラと王様を説得する冬の王女様をよそに、秋の王女様は愕然としている召使いに問います。
「あの子、今年はどんな本を読んでいたのかしら?」
「えぇーと……近隣諸国の地理や名産の本や、食料不足の際の対策などが書かれた本が多かったかと……」
「やっぱり、ここまで全部計算づくってことね」
秋の王女様は苦笑して、立ち去ろうとする冬の王女様に呼びかけます。
「冬姫! あなた、従者の一人も付けなくて良いわけ?」
それと同時に、夏の王女様は、召使いの腕を引っ張りあげます。
「ちょうど暇をもらったオススメの従者がいるよ!」
話についていけない召使いは、目をぱちくりさせてます。
春の王女様が言いました。
「少しでも暇があれば、美味しい鍋料理を研究してたわね。春には暑いっていうのに」
夏の王女様が言いました。
「少しでも暇があれば、鳥の抜けた毛を集めてたよな。夏には暑苦しいっていうのに」
秋の王女様が言いました。
「少しでも暇があれば、その毛を洋服に詰めて縫ってたわね。秋でもまだ暑いっていうのに」
召使いの顔が赤くなります。
それを見て、冬の王女様は小さく笑いました。
「……私、馬に乗れなくってね?」
「乗れます! 僕、馬乗れますよ!!」
まくし立てるようにアピールする召使いの声が、暖かな陽射しの空の下に響きます。
雪が溶けるのも、もうすぐのようです。
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春が終わり、夏の始まり。
塔から出てきた王子様が、王様に頭を下げてます。
「お願いします! 春姫と結婚させて下さい! こんな献身的な女性、他にはいません!」
「……冬姫はどうするのじゃ?」
王様の問いかけに、王子様は首をぶんぶん振りました。
「無理! 無理です! あんな汚い部屋で過ごすような女なんて、女じゃありません! 春姫が掃除や食事の支度など、頑張ってくれなければ、僕は生きていなかったでしょう!」
「ふふ……大袈裟ですよ、王子様」
そう苦笑する春の王女様も、どこか嬉しそうです。
桜の木は、桃色の花の代わりに、鮮やかな緑の葉っぱで、溢れんばかり着飾ります。
これから、塔の王女様が交代すれば、暑い夏がやってくるでしょう。太陽よりも元気な向日葵が道端に咲き誇る頃には、彼女の結婚式の予定です。
春に頑張った春の王女様を、彼らは陰から見守ります。
「本当にあの二人、うまくいっちゃいましたね」
「だって、昔から春姫、あの王子様好きって言ってたし。姉妹の中で、一番したたかだしね」
満足げに、彼女は立ち上がります。
「さて、次は東の貯水池調べに行くわよ! 長い冬になっても、国民が元気に生きていけるように、頑張らないとね!」
「ちょっと、また引きこもるおつもりですか?!」
「もちろん! 今年の冬も楽しみだわ。今年はコタツの中で猫を飼ってみようと思ってるの!」
銀色の髪を大きく翻す、国一番の美女は、また半纏を着て過ごす日々が楽しみでありません。
召使いは、今から猫のしつけに頭を悩ませます。
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