#15
ノヴァルナとノアは瞬時に表情を引き締めて空を見上げる。すると南西方向の雲の合間から、太陽の光を鈍い銀色に反射させて、ケシ粒ほどの物体が降下して来た。
SSPを呼び戻し、背の高い草藪の中で腰を低くして警戒態勢を取る。青草の匂いが増して、視界は狭くなった。しかし何が来ようとしているのか不明である以上、突っ立って待つわけにはいかない。
ふと心細さが頭の中を掠めたノアは、半ば無意識に隣のノヴァルナに視線をやった。傍若無人で鳴らす隣国の若君は、不敵な面構えで真っ直ぐ空を見据えている。
そのノヴァルナの表情に不安の翳りが消えたノアだったが、不意に自分のとった行動に微熱を感じて前を向き直し、自分自身に問い掛けた―――
どうして私、彼を見たんだろう………
その間にケシ粒ほどだった“それ”は、豆粒ぐらいにまでになっていた。高度も次第に下がって来ている。やがて重力子エンジン特有の金属音が、接近するにしたがって響きだす。
「恒星間コンテナ船。しかも銀河皇国で使ってるヤツだぜ。あれは」
厳しい眼差しで見詰めるノヴァルナ。
「それ、間違いないの?」
エンジン音がさらに高くなって、ノアはその音に掻き消されないように大きな声を出さなくてはならなくなった。ノヴァルナも「おう!」と大声で応える。コンテナ船が下方に放出する反転重力子の影響で風が起こり、“農園”の栽培植物や二人の隠れる草薮が大きく揺れ始めた。
「ありゃあ、ザーカ・イー星系のイル・マル造船が造ってる新型の『C52プリーク』だ」
ノヴァルナがノアに告げたその恒星間コンテナ船は、“農園”上空約50メートル、ノヴァルナとノアが身を潜めた場所から、300メートル程度前方で一気に速度を落とし、ターンをかけてゆっくりと横腹を晒す。巨大なハーモニカとも思える無骨な形状は、全長が100メートルより少々短い。四角い標準型コンテナを五つまで、細長い船体にむき出しで吊り下げて固定する、廉価版貨物宇宙船である。
やって来た貨物船も箱型のコンテナを五つ下げていた。船体もコンテナもくたびれており、黄橙色の船体も赤茶色のコンテナも何度もスペースデブリに擦られたらしく、相当部分で塗装が剥がれて銀色の地金が見えている。それに船体横側に埋め込まれた形になっている積み下ろし用クレーンが、完全に収納されずにはみ出ていた。故障しているのかも知れない。
そんな貨物宇宙船の状態を見て、ノアはノヴァルナが言った“新型”という言葉に対し、疑問を呈した。
「それ、本当なの? 宇宙船の知識、間違ってない!?」
「ねーよ! ウォーダ家でも使ってるからな。船種選定の時、俺もカタログ見たし!」
「だって、新型って言うわりにボロボロ過ぎない!? 何十年も昔の中古船みたいだけど!」
「んな事ねーだろ。型番のC―52ってのは、1552年式―――三年前に販売されだしたって事なんだぜ! 先行販売型でもせいぜいその一年前ぐらいだ!」
「その前までの型と勘違いしてるとかは!?」
「いや。52までは船の先に付いてるブリッジの形が全く違うから、間違えたりしねーぜ!」
とは言え、確かにノアの言う事も完全に否定出来ないほど、その貨物宇宙船は新型とは呼べない外見をしている。ノヴァルナはノアの言葉に、先日共に戦った宇宙海賊『クーギス党』の母船の、二隻の宇宙タンカーを思い出した。二十年以上も前の船をドック入りもさせずに使い続けていたのは、宇宙で活動するノヴァルナ達からすれば“根性”以外の何物でもない。
「それより、あれ見ろよ!」
そう告げてノヴァルナが指差す貨物宇宙船の、傷みの目立つ船腹にはそれ以上に重要なものがあった。それは船体やコンテナに書かれている文字である。
そこにはノヴァルナにもノアにも見覚えのない文字が書かれていた。だがその下に、半ばそげ落ちてはいるものの、船体には銀河皇国公用文字で『クラン・ザレス宙運』と、運輸会社らしき名前が記されており、コンテナにも地名か企業名と思しき公用文字が認められるのだ。ノヴァルナとノアからすれば船の型の真偽はともかく、ここまで来ると自分達のいるのが、正規の植民星ではなくとも、銀河皇国の勢力圏内であるという事を信じてもよさそうだ。
二人の見ている前で貨物宇宙船は、下方から反転重力子の黄色い光のリングを続けて二回、一瞬だけ放出しておもむろに垂直降下を始めた。二人の位置からは見えないが、どうやらその下に離着陸用のプラットホームの類いがあると思われる。
二人を隠す背の高い草の枯れた破片が、降下する貨物宇宙船の起こす強い風に混じって吹きすさび、ノヴァルナとノアは目を開けていられなくなった。そして風が収まってエンジン音が小さくなり、二人が目を開けた時には、着陸し終えたらしく宇宙船の姿は視界から消えている。
自分達のいる位置からは見えないが、貨物宇宙船の着陸が完了したと考えたノヴァルナは、ノアを振り返った。ノアは今の着陸による風で枯草まみれになっている。ノヴァルナは片手で髪を払う仕種をしながら、その事をノアに伝えてやった。
「ノア。髪とか、枯草だらけになってんぞ」
「そう言うあなただって、ノヴァルナ」
ノアは少し慌てて枯草を払い落としながら、自分からも指摘し返す。ノヴァルナも反射的に、仕種ではなく本当に枯草を払い落とそうとした。と、次の瞬間、二人は急にその手を止め、驚いたように顔を上げて見合わせる。意識しないまま互いの名を呼び合ってしまったのだ。俄かに二人の頬が赤らんで引き攣る。
“ヤベぇ! 呼び捨ては、おまえ以上にアカンやつだ!”
もの凄い目で睨んで来るノア。
冷や汗を感じるノヴァルナ。
ところがなぜか、ノアはプイッ!と横を向いて、そのまま怒りもしない。それはそれで肩透かしを喰らった気分のノヴァルナは、「あれ?」と肩を落とした。
「怒らねーの?」
「………」
横を向いてうつむき、顔を隠していたノアは無言の間を置いて、「はぁっ!」とわざとらしいため息を大きくついてから、ノヴァルナを振り返る。その表情は笑っているのか、諦めているのか、それとも納得しているのか、なんともつかみどころがない。
「もう、いいわよ」
「え?」
「何度言っても“おまえ”って呼ぶうえに、今度は当たり前のように呼び捨て…もういいから、あなたの好きなように呼びなさいな」
「お、おう…」
するとノアの表情は変化し、悪戯っぽい笑みが浮かぶ。そして恩着せがましくノヴァルナに言い聞かせて来た。
「なんたって、私の方がおねえさんなんだから、ここは譲ってあげる」
そんなノアの姿はどことなく、これまで以上に打ち解けているように見えた。そこでノヴァルナは“探り”を入れてみる。
「じゃあノア!」
「そうやってすぐ調子に乗らない!」
間髪入れずに指を差し、ピシャリと言い放つノアだが、やはりその目はこれまでのように怒ってはいなかった。一瞬後、ニコリと微笑んだノアは、口調を和らげて言葉を続ける。
「そういうわけで私もこれから、あなたをノヴァルナと呼び捨てにするから」
ノヴァルナからすれば、普段から呼び捨てにされるのは珍しい事ではないが、この時ばかりはなんとなく嬉しい気分になった………
▶#16につづく




