#06
モルタナの案内でノヴァルナ達が向かったのは、『クーギス党』を名乗る集団の移動基地となっている、大型宇宙タンカーの船倉部分の先端であった。
タンカーというだけあって、船の構造のほとんどは船倉が占めている。その船倉は50メートルごとに、分厚い隔壁で仕切られており、一つの区画の大きさは、ちょっとしたビルがまるごと入るほどの空間だ。
『クーギス党』はその船倉に居住棟を組み上げ、軍用宙雷艇を改造した海賊船の、整備場をはじめ簡単な工場や、水耕農場まで造っていた。
モルタナとヨッズダルガ、そしてカーズマルスに案内され、それらの光景を目にしながら進むノヴァルナ達だったが、彼等が驚いたのは、特に居住棟を組み上げだ船倉である。
八区画ある船倉の、三つまでを使ったそこは、バラックが何層にも積み重ねられており、まるでどこかの植民惑星の貧民街を、そのまま船倉に放り込んだようだ。
そして何より、船倉の居住棟が貧民街そのままなのは、女子供や年寄りまでがそこで暮らしている、という事であった。
船倉の中央に一本の通りがあり、幾つかの小路がそこから左右に伸びている。
その両側に建ち並んだ、アパート状のバラックを見上げると、赤ん坊を背負った母親が、バラックの間を縫うように張ったロープに、洗濯物を干していた。
また別のバラックでは、軒先に老人が椅子を持ち出し、古びれた本を読んでおり、通りを挟んだ向かい側のバラックでは、ガラスも何もない窓の奥から、何かを炒めるジュウジュウという音が響いて、香草と油のいい匂いが、船倉の天井でゆっくりと回る、巨大換気扇の生み出す風に乗って漂って来る。
「へえぇ…こいつはすげえや」
ノヴァルナは素直に感心しながら、首を右へ左へ、物珍しそうに見渡していた。
ヤヴァルト皇国が銀河へ進出し、ヤヴァルト銀河皇国となった最初期の頃は、重力子を使用した恒星間航行技術も未熟で、植民星へ移民するにも、何年もの時間をかけて目的地へ到達していたという。
その時の移民船の中も、こんな感じだったのかも知れない。というのも移民として、皇都惑星キヨウより送り出された人々の大部分は、皇国の打ち出した、新封建主義による社会政策で切り捨てられた、貧民達であったからだ。
ノヴァルナの後ろに続くイェルサスとキノッサ、そしてランとハッチも同様に、辺りを見回す様子に、モルタナが口を開く。
「ここに住んでるのは、あたいの仲間の家族と、あと、昔の領地の住民達さ」
「昔の領地?」とノヴァルナ。
「そうさ。こう見えてあたいのクーギス家は、元は『シズマ十三人衆』と呼ばれた、シズマ恒星群を仕切る、独立管領衆の筆頭だったんだ」
「独立管領ってなんスか?」
そう尋ねたのはキノッサだった。それに答えたのは、並んで歩くイェルサスである。
「星大名がまだ、銀河皇国の宙域総督だった頃に、その下で宙域内の各恒星系を監督してた執政官のうち、総督の星大名化の際に完全には服従せず、半ば独立した立場を取るようになった人達だよ」
「へぇえ~。よくご存知ですね。さすがはミ・ガーワの名門、トクルガル様」
あげへつらう口調で返事するキノッサに、イェルサスは困惑気味で応じた。
「い…いや。僕のミ・ガーワにも独立管領が何人かいてね。父上も彼等をまとめるのに苦労してたから…」
そう言ってイェルサスは、ふと遠くを見る目をする。その表情はどこか淋しげであった。
思えば自分は、ミ・ガーワの星大名の子として生まれ、本来ならいずれは父の跡を継いで、ミ・ガーワの民を導かなければならなかったはずなのだ。
だがそれが、今はウォーダ家の人質となって、父親にも見捨てられ、ノヴァルナに保護されなければ、殺されている立場にまで落ちている………
温厚で、どこかおっとりしているイェルサスだが、それでもその体に流れるのは、星大名の血であり、今の自分に悔しさが込み上げて、奥歯を噛みしめる。
「あれ?どうしたんスか?トクルガル様。俺、なんかイヤな事言っちゃいました?」
イェルサスの微妙な表情の変化を、キノッサは見逃さなかった。つかみどころのない性格のキノッサだが、“人の顔色を窺う”のは得意なようだ。
すると、そんなイェルサスの気配に気付いたのか、ノヴァルナは前を向いたまま、とぼけた声で言う。
「イェルサ~ス。今は我慢しとけよぉ~」
その言葉でイェルサスは、ハッ!と我に帰った。そして父親に見捨てられた代わりに得られた“兄”に、微かに笑顔を浮かべて応じる。
「わかったよ、ノヴァルナ様」
一方、最後尾を歩くランは居住棟を見上げ、隣を歩くハッチに話し掛けた。
「貴方にとっては、懐かしい感じじゃないの?ヨリューダッカ=ハッチ」
「い、いや。そういう感じでも、ないッスよ」
赤く染めた髪を、目が隠れるほどの長さまで伸ばしたハッチは、緊張した面持ちで応える。ただしそれは、美女のランの隣で舞い上がっているのではなく、ランが苦手なのだ。
実はハッチは、ノヴァルナに『ホロゥシュ』として連れて来られたばかりの頃、一番の乱暴者であり、ランに目をつけ、力ずくで事に及ぼうとしたのだが、寝込むほどに股間を蹴り上げられ、鼻の骨までへし折られたのである。
しかもそれを聞いたノヴァルナは大笑いし、意地悪な事にハッチだけは、ランが教育係になるよう命じたのだ。
ランのスパルタ教育の甲斐あって、ハッチは『ホロゥシュ』のスラム街出身組でも、トップクラスの実力を得るまでになったのであるが、それでもいまだにランは苦手で、頭が上がらないのだった。
とのその時、居住棟の曲がり角から、追いかけっこをする子供達が飛び出して来て、笑いながら前を横切っていく。
「ああいうの、俺の住んでた通りじゃ、見掛けなかったッスから」
ハッチの言う通りであった。バラックを積み上げた居住棟の作り出す“貧民街”…ただそこに住む人々を見る限り、貧しい身なりをしてはいるが、生きる活力は失っていないようだ。
隔壁に設けられた給水管の蛇口に集まる主婦達は、“井戸端会議”に花を咲かせ、足元を走り回る子供達を、時折叱り付けている。
一方で老人達は、通りの脇に置いたテーブルを囲み、カードゲームに興じる者もいれば、何かの装置を熱心に修理している者もいた。
そんな光景を眺め、ノヴァルナもハッチの言葉に同意して振り返る。
「まぁ、少なくとも…初めて出逢った時のてめぇと、同じ目はしちゃいねーよな?ハッチ」
「いやぁ…それ出して来るのは、勘弁して下さいッス」
困り顔で頭を掻くハッチ。しかしノヴァルナは追い討ちをかける。
「コイツさぁ、初めて逢った時、いきなりナイフ取り出して、俺の目玉えぐり出そうと……」
「ぅええ!だからもう、勘弁して下さいって!!」
慌てて止めるハッチに、ノヴァルナは「アッハッハッハ!」と高笑いし、モルタナに向き直って問い掛けた。
「ところで、ねーさん。元は独立管領だったって、どういう事なんだ?」
「ああ、もう20年も前の話だけどね。あたいの親父の兄貴…つまり伯父さんが独立管領の時に、『シズマ十三人衆』で揉め事があってさ。いわゆる、内乱ってやつだよ。で、あたいらはシズマ恒星群に居られなくなって、一族郎党まとめて飛び出した…ってわけさ」
モルタナは苦笑を浮かべて告げ、ノヴァルナは「ふーん…」と応える。モルタナの表情から、言葉で語る以上の想いがある事は容易に察しられ、ノヴァルナはそこから先の詮索はやめた。
それはモルタナの父親のヨッズダルガも同様らしく、娘を睨みつけて、しわがれた声で文句を垂れる。
「おい、モルタナ。その辺にしとけ。あんまり余計な事を、言うんじゃねぇ」
やがて一団は、目指していた一番前の船倉の前へ辿り着いた。エアロック付きの二重構造になった隔壁をくぐり抜け、中へ入る。
そこは物資の搬入搬出や、作業場に使われているらしく、片隅に鋼材が置かれており、海賊船の修理で部品を取るために、半ば解体状態となった宙雷艇もあった。
そしてノヴァルナ達の目を引いたのは、その船倉の中央に積み重ねて並べられた、黒いコンテナである。それはあの旅客船『ラーフロンデ2』の、船倉で見掛けたものだ。
ただその数は『ラーフロンデ2』にあった時より増えて、二百はあると思われた。おそらく、これまでにも黒いコンテナを狙って奪って来たのだろう。
「こっちだよ」
モルタナはノヴァルナ達を促して、黒いコンテナへ歩み寄る。
「やっぱ、そのコンテナが目当てで、旅客船を襲ったのか?」
そう言いながら、モルタナに従ったノヴァルナと仲間は、一番間近のコンテナの前で立ち止まった。
つやのない黒塗りのコンテナは、一辺が三メートル程の立方体。よく見ると縦側の一つの面は、細い溝で二列三段の六つに区切られており、その六つの一つ一つに、緑の小さなライトが点る、簡単な操作パネルが取り付けられている。
『ラーフロンデ2』の船倉で見た時は、海賊船を乗っ取ろうとしていたために、その奇妙な仕組みに、気付く余裕まではなかったが、こうして見るとますます、ただのコンテナとは思えない。
「あたいらが、このコンテナを奪い取ってる理由は…これさ」
そう告げたモルタナは、腰をかがめて操作パネルの一つに指を触れた。緑色のライトが赤に変わり、「プシュッ、シューッ」という気体の抜ける音がする。
そしてその音が終わり切らないうちに、色の変わったパネルごと、仕切られた部分が下向きに開き、上面が透明金属の細長い箱…まるで棺桶のようなものが、スライドされて中から出て来た。
その箱の中を覗き込んだノヴァルナ達は、「あっ!」と小さな声を漏らし、さらにイェルサスとキノッサは身をすくめた。
箱に入れられていたのは、何かの液体の中で眠ったままの、青い肌の異星人だったのである。
「こいつは?」
ノヴァルナが異星人を見据えたまま尋ねると、それまで無言だったカーズマルス=タ・キーガーが、低い声で告げた。
「水棲ラペジラル人…私達、陸棲ラペジラル人の同胞です」
ラペジラル星人は本来、海の中で生活する異星人で、かつての母星『ラペルザ』も、惑星の表面の97%を海が占める海洋惑星であった。
そして『ラペルザ』が爆発し、銀河皇国中に散り散りになったラペジラル星人の一部が、自らを遺伝子操作し、陸地でも生きられるようにしたのが、陸棲ラペジラル人である。
ただし陸棲ラペジラル人となった数は少なく、そのほとんどが、海洋惑星に新たな居留地を構えた、水棲ラペジラル人だった。
ノヴァルナがカーズマルスを見て、“ラペジラル人で『ム・シャー』は珍しい”と 言ったのはこの事による。
海洋惑星にのみ住むため、水棲ラペジラル人が、銀河皇国の政治に介入する事は滅多になく、また銀河皇国も、水棲ラペジラル人の居住環境は特殊である事から、基本的に不干渉となっていた。
「その水棲ラペジラル人が、なんでこんな目に遭ってんだ?」
そう尋ねるノヴァルナの、目の前で眠るラペジラル人は、耳が魚のヒレのようになっている。カーズマルスの耳が三日月形なのは、水棲ラペジラル人の名残なのだろう。さらに顔のエラの部分は文字通り、魚類のエラとなっており、僅かに開閉していた。
「奴隷として、売られる途中だったんだよ」
忌ま忌ましげに言うモルタナ。
「奴隷だと?」とノヴァルナ。
「この水棲ラペジラル人達は、みんなあたいらクーギス家が昔、本拠地にしてた海洋惑星『ディーン』の、居留地に住んでる連中なんだ」
モルタナが言い放つと、イェルサスがおずおずと問い掛ける。
「それがなんで奴隷に?」
「イーセ宙域国の星大名、キルバルター家が、オウ・ルミル宙域国の星大名、ロッガ家に売ってるのさ。高値でね。」
するとそれを補足するように、カーズマルスが感情を交えない声で告げた。
「ノヴァルナ様は、『アクアダイト』という鉱物を、ご存知ですか?」
「おう、量子崩壊から重力子を取り出す効率を、飛躍的に高める超稀少鉱物だろ?確か超高電磁波照射を受ける、海洋惑星の深海水から、一万立方メートルに一グラムの割合で抽出される…だったか?」
「さようです。その『アクアダイト』を採取する労働力として、海洋惑星『ディーン』に住む、水棲ラペジラル人が連れ去られているのです」
ふむ…と顎に指をあてて頷いたノヴァルナだが、問題はなぜその水棲ラペジラル人が、定期旅客船の船倉にいたのかであった。
その事を尋ねると、それまで押し黙っていたヨッズダルガが、太い人差し指をノヴァルナの眼前に突き付け、怒鳴るように言い放つ。
「何言ってやがる!てめぇら、ウォーダ家が仕組んだ事じゃねぇか!!!!」
「なんだと?…」
ヨッズダルガの言葉にノヴァルナの眼差しは鋭くなった………
▶#07につづく




