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銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児  作者: 潮崎 晶
第14話:天下御免のアイラブユー
244/419

#16

 

 今の衝撃は艦内の誘爆によるものであった。『ヴァルヴァレナ』は戦艦であるため、まだ内部構造は保たれているが、中小艦艇なら艦全体が砕け散っていても、おかしくはない程の規模だ。

 通路を照らすメインの照明システムが停止し、ノヴァルナの周囲は、独房区画でノアが脱出を図った時と同じくオレンジ色の非常灯に切り替わる。換気口が火を噴いたために空調も止まり、温度の急激な上昇と、物が焼け焦げる臭いを感じ始める。近くの空気のある区画で火災が発生したに違いない。


「チッ!…」


 自分が飛び出した十字路で、ノヴァルナは分かれた各通路に目をやって舌打ちした。道案内をしていたSSPが機能を停止したために、どちらに曲がればいいのかが不明となったのだ。

 ノアの近くまで来ている事は確かである。予想では五十メートルもないはずだった。そして時間がないのも確かだ。ノヴァルナはノアと同じように、『ナグァルラワン暗黒星団域』でのサイドゥ家御用船、『ルエンシアン』号の事を思い出した。ノヴァルナは通信機を取り出して『デラルガート』と連絡を取ろうとする。独房区画との相対位置を訊くためだ。


「カールセン。聞こえるか!?」


 ところが通信機からは何の応答もない。誘爆の衝撃が通信障害を引き起こしているらしい。するとその代わりに聞き覚えのある女性の声が、そう遠くない所からノヴァルナの名を呼んだ。


「ノヴァルナーーー!?」


 その声にノヴァルナは弾かれたように反応した。ノアの声である。十字路になった通路の右手奥から響いて来る。自力で独房区画から逃げ出したノアが、こちらに向かって来ていたのだ。


「ノア!…ノアーーーっ!」


 ノヴァルナはノアの名を呼び返すと、右腕にSSPを抱えたまま声がした方向へ駆け出した。ノヴァルナの声もノアに届いたらしく、今度は探すような口調ではなく、自分の居場所を知らせるような調子で、「ノヴァルナーーっ!!」と呼び掛けて来る。


 そこにまた艦内のどこかで爆発が起きたらしく、通路が激しく揺れた。そして天井の換気口から黒い煙が流れ出し始める。いや、それ以前にノヴァルナが駆けて行く方向からは、大量の煙が漂って来ていた。


「ノヴァルナーー!」


 ノアが再び呼ぶ。通路は三叉路になり、声が聞こえたのはその左側だ。ノヴァルナは勇気づけるように力強く言葉を返した。


「すぐに着く! 待ってろ、ノア!!」

  

 だが目の前の三叉路を左に折れ、突き当りを右に曲がる通路に出た途端、ノヴァルナは足を止めざるを得なくなる。直線になっていたと思われる通路の床が、十メートル程もスッポリと抜け落ち、先に進めなくなっていたのだ。そしてその床の抜け落ちた通路の向こう側にノアがいた。


「ノヴァルナ!」


 ようやくの再会―――安堵と不安と喜びと緊張と…様々な感情が、ノヴァルナとノアの二人の間を行き来する。


「ノア! ケガはないか!?」


「ええ!」


 ノアはノヴァルナを安心させようという思いからか、きっぱりと応じた。その言葉に大きく頷いたノヴァルナは、床の落ちた通路の端から上下を見る。下は三階層、さらに上も二階層が崩壊しており、人工重力で全ての破片や鋼材が、一番下のデッキに落下してスクラップ置き場のようになっていた。どうやら今しがたの強い衝撃は二階層上で大きな誘爆があり、その爆発のエネルギーが下の通路の床をぶち抜いたようである。考えようによっては、もう少し早くノヴァルナとノアが再会を果たしていたら、この爆発に巻き込まれていた可能性もあった。ただ、このままいても手を取り合えないのは確かだ。


「ノア。階段を探して回り込んでる時間はない。そこから下に降りられるか?」


「たぶん、大丈夫だと思うわ」


 三階層下までの穴の深さは十メートル弱ほどあった。ノヴァルナの問いに応えたノアは、早速崩落した床を覗き込んで、下に降りる足場になりそうな箇所を探し始める。この辺りの行動力はやはり、ただの見栄えのいい星大名のお姫様ではない事を感じさせた。


 ノヴァルナは左腕にSSPを抱えたまま、ノアより一足先に崩落個所から下へ降り始める。SSPはいまだに本体に金属片が刺さっていた。内部機構の損傷が拡大するのを防ぐため、SSP自身が機能を一時停止させている可能性が高いのだが、今は抜いている時間が惜しい。そしてそうしてまでノヴァルナがSSPを手放さないのは、緊急の場合、SSPを介して『センクウNX』を遠隔操作する事ができるからだ。


 だがその時だ、降りられそうな箇所を見つけたノアの背後、通路の奥からレブゼブを殴り殺したオーク=オーガーが巨体を現した。


「この女ァァァ!!!!」


 オーガーは眼前に発見した顔見知りの憎たらしい女―――ノアに怒声を放って、半ば反射的に黒い金属棍を振り上げる。

  

「!!!!」


 この突然の状況にノアが驚かないはずはなかった。そしてオーガーが反射的に金属棍を振り上げたのと同様、反射的に跳びずさる。しかしノアが跳んだ先には床がない。


「きゃあああああっ!!」


 宙を泳いだノアは咄嗟に、一階層下の床から突き出た艦のフレームの先を右手で掴んだ。だがその構造材は、爆発の衝撃でひび割れている。ぶら下がったノアをとても支えきれそうにない。しかもノアが宙吊りになったその真下には、崩落した五階層分の構造材が山を成しており、尖ったフレームが何本も上を向いて、非常に危険な状態となっていた。


「ノアッ!!!!」


 緊迫した声でノヴァルナが叫ぶ。一方、オーガーは自分をこのような目に遭わせた、元凶ともいえるノヴァルナがいる事に気付き、さらに大きな声で怒鳴る。


「てめえはッ! あの時のガキ!!!!」


 しかしノヴァルナはノアしか見ていなかった。


「待ってろ!! ノア!!!!」


 オーガーなどには一瞥もくれず、ノアを助けるため血相を変えて、床の崩落部を小刻みに飛び降りて行く。軽々として一見すると簡単そうだが、それはノヴァルナの身体能力の高さ故だ。


「逃がさねえぞ! ぶっ殺してやる!!」


 ノアを助けに行こうとするノヴァルナを、勝手に自分から逃げ出したのだと判断し、オーガーも崩落部を降り始めた。こちらは身体能力というより、体力任せで半分転がり落ちているようなものである。

 だがそこでまた『ヴァルヴァレナ』が誘爆を起こした。しかも断続的にではなく、艦の上部に四つ、五つと立て続けてだ。それに呼応するように艦尾の重力子ノズルも、内側から砕け散る。もはや『ヴァルヴァレナ』が最期を迎えるまで、時間はあまり残っていないはずだ。

 しかし何より最悪なのは、この爆発の連続が起こした衝撃で大きく揺さぶられた、ノアが掴んでいるフレームのひびが大きくなって、へし折れてしまった事だった。


「あああっ!!!!」


「ノアッ!!!!」


 背中から落下するノアに向け、最後の1メートルを飛び降りたノヴァルナが疾走する。ノアが落ちる位置には、構造材の小山から天に向けた剣のように、尖ったフレームが突き出していた。

 そのフレームがノアの背中を貫く直前、腕に抱えていたSSPを放り出して、ノヴァルナは間一髪、尖ったフレームを蹴り飛ばす。そして落ちてきたノアを両腕で受け止めた。





▶#17につづく

 


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