#01
夜の帳が降りた、キオ・スー城………
幾つもの照明にライトアップされた巨大な城は、平和な世であれば、まるでおとぎの国が具現化したようでさえある。
だがその城に巣くう者達は、到底おとぎの国の住民などという、可愛らしい生き物などではなかった。
キオ・スー=ウォーダ家筆頭家老のダイ・ゼン=サーガイは、城の執務室で超空間通信で届いた、メッセージホログラムを机の上で開いている。
メッセージを送って来た相手は、まるで神話に出て来る、龍のような姿の上半身を立体映像で浮かばせていた。モルンゴール星人と並ぶ戦闘種族のドラルギル星人だ。
ただモルンゴールと違い、ドラルギルは古くからヤヴァルト銀河皇国に参加しており、星大名の家臣の中でも、重要ポストに就いている者が多い。
そして今、ダイ・ゼン=サーガイが見ているドラルギル星人も、そんな重要ポストに就いている人物の一人であった。セッサーラ=タンゲン…イマーガラ家の筆頭家老にして、軍の総参謀長である。
だがイマーガラ家は、ウォーダ家の宿敵のはずだった。それがなぜ、キオ・スー=ウォーダの筆頭家老の元へ、メッセージを送っているのか…
「貴殿の提案を受け、我が主君、ギイゲルト様の仲裁により、カイのタ・クェルダとエティルゴアのウェルズーギは、未だ非公式ながら停戦の合意に至った―――」
ホログラムのタンゲンが、無表情で告げる。
「―――これで貴殿の思惑通り、シナノーラン宙域がタ・クェルダ支配で安定すれば、これと隣接するサイドゥ家のミノネリラも、迂闊に貴殿らオ・ワーリに手は出せまい―――」
そう言ってタンゲンは、念を押すような重い口調で、メッセージを締め括った。
「―――よいな、貴殿…見返りを忘れるなよ。我等とて、これを奇貨にナグヤと手を組み、貴殿らキオ・スーを滅ぼす事も、出来得るのだからな…」
そこでメッセージホログラムが消滅すると、サーガイは一人呟く。
「忘れはせぬよ、タンゲン殿…」
それは以前にサーガイが、キオ・スー宗家当主ディトモス・キオ=ウォーダに密かに告げた、サイドゥ家との和睦を有利に運ぶための、例の腹案の中身であった。
サーガイは口元を禍々しく歪め、続く言葉を胸の内で吐き出す。
“ククク…これでよい。あとはサイドゥ家のノア姫さえ手に入れれば………”
細長い紡錘型の旅客宇宙船、『ラーフロンデ2』の右舷下部から、舌平目のような形状の海賊船が銀色の細かな破片を撒き散らし、接合連結機を強制分離する。
無重力状態でフワリと、『ラーフロンデ2』から離脱した海賊船だが、次の瞬間、船尾に二つ横並びする推進ノズルから、重力子と反転重力子を最大出力で放出し、黄色い光りのリングを残して一気に加速した。
するとそれにあまり間を置く事なく、同じ型をした別の海賊船がニ隻、『ラーフロンデ2』の陰から姿を現し、離脱した海賊船を猛然と追い始める。
「ニ隻追って来たぞ!」
奪った海賊船の操縦室で、探知士席のナルマルザ=ササーラが、センサー画面を睨んで声を上げる。
「思った以上に即応力があるな」
操舵席についた『ホロゥシュ』筆頭、トゥ・シェイ=マーディンが、冷静な表情で応じた。
「落ち着いてる場合じゃないッスよ!マーディン様!」
機関士席のナガート=ヤーグマーが、緊迫した声で口を挟むと、火器管制席でシンハッド=モリンも強い口調で言い放つ。
「応戦しましょうぜ!」
「いかん。今は、逃げるのが優先だ!」
と却下するマーディン。
「ですが、追い付かれたら!」
追尾して来るニ隻の海賊船との相対位置が、ホログラムで浮かぶのを指差し、食い下がるモリンだったが、それを制したのは、操縦室中央の艇長席に座る、マリーナ・ハウンディア=ウォーダであった。
「マーディンの言う通りになさい。シンハッド=モリン」
「は!…はいッス!!」
左腕に抱える、悪人顔の犬の縫いぐるみは、些か口調にそぐわないが、まだ16歳を目前にした少女でありながら、すでに星大名の一族の気概を纏ったマリーナの言葉に、荒っぽいモリンもピリッと身を竦める。
さらにマリーナはマーディンに告げた。
「任せます。マーディン」
マーディンは「はっ」と応え、船を右に変針して言葉を続ける。
「ちょうど良い場所を見つけました。そこで追っ手をかわします」
やがて操縦室の前方に、そう大きくはない惑星…準惑星らしきものが、小さく見えて来た。
マリーナは艇長席に身を深く沈め、傍らの通信士席に座る、妹のフェアン・イチ=ウォーダに視線を向ける。そのフェアンは、立てた両膝を腕でかかえ、兄の無事を一心に祈っていた。
“絶対絶対絶対。無事でいて、ノヴァルナ兄様………”
「この紋所が目に入らねぇか!!」
海賊達の眼前で上着を脱ぎ、赤いパーカーの背中を向けて、金糸で刺繍された『流星揚羽蝶』の家紋を見せ付ける。
フェアンが無事を祈った頃、その祈られた当人のノヴァルナ・ダン=ウォーダは、旅客船『ラーフロンデ2』に襲撃を掛けて来た、宇宙海賊の一団に大見栄をきっていた。
「あの家紋…『流星揚羽蝶』!!」
アサルトライフルを構えたままで、一瞬、身をすくませる海賊達。それを見逃さなかったノヴァルナの、攻撃的な笑みが一層大きくなった。星大名の家紋を見せられた海賊達の帯びる空気が、動揺するのを感じ取ったからである。
“やっぱコイツら…ただの海賊じゃねぇな。それにこないだみたいな、傭兵でもねぇ…誰かの配下にいる正規兵だな”
ノヴァルナは、『ラーフロンデ2』に乗り込んで来た海賊の映像を見て、その身のこなしから彼等が素人ではなく、どこかの星大名に仕える、正規兵ではないかと睨んだのだ。
それがたとえ敵であっても、星大名などの身分の高い者に敬意を払うのが、新封建主義の元にある、この世界の兵士の根幹を成すものの一つである。
それならば今の場合、変に身分を隠したりせず、堂々と名乗りを上げた方が、道は開けるのではないか…ノヴァルナはそれに賭けたのだった。
「俺の名は、ノヴァルナ・ダン=ウォーダ!キオ・スー=ウォーダの副宗主、ナグヤ=ウォーダの嫡男だ!」
前に向き直って胸を張り、仁王立ちするノヴァルナに、彼の親衛隊である『ホロゥシュ』の女性、ラン・マリュウ=フォレスタが歩み寄り、右傍らで恭しく片膝をついて目を伏せる。すると、トゥ・キーツ=キノッサも見よう見真似で左傍らで片膝をついた。星大名の一族たる、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの威光を示すためだ。
不思議なもので、このような構図となると、俄然、ノヴァルナは絵になる。
不敵な笑みを浮かべていても、日頃の傍若無人な悪童ぶりは影を潜め、少年でありながら、星を束ねる者の血族が持つ、一種独特な気圧の放出を感じさせるのだ。
ただそれに続いて、ノヴァルナの発した言葉は、いつもと変わらぬ挑戦的な口上であった。
「名乗った以上は、てめぇら。これ以降、事と次第によっちゃあ、ナグヤ=ウォーダの軍が相手になるぜ!」
怯むどころか、逆に威圧して来るノヴァルナに、海賊達は僅かに顔を見合わせた。
その海賊達の間から進み出たのは、彼等を指揮している、班長の男であった。ノヴァルナに軽く頭を下げて告げる。
「ナグヤ=ウォーダの若君。このような場所におわすとは…ご無礼への謝罪はのちほど。無用な荒事は避けたく、まずは抵抗なさらないように願います」
「おう」
班長の冷静な立ち居振る舞いに、ノヴァルナはこの男が、間違いなく皇国公用語で士官を表す『ム・シャー』であると、確信した。
そもそも、乗客のほとんどを救命ポッドに誘導して閉じ込めたり、出くわした人間を殺害せずに、麻痺ビームで意識を奪うだけにとどめたりと、双方に人的損害を出さないような、手間のかかる制圧の手法は、およそ海賊らしくない。
「それと若君。先ほど逃がされたお仲間を、呼び戻して頂ければ幸甚なのですが…」
班長は丁寧な言葉遣いで、海賊船の一隻を奪った『ホロゥシュ』達と、二人の妹に投降を勧めるよう、申し出た。しかしノヴァルナは、口元を歪めてキッパリと拒絶した。
「それは出来ねぇ相談だな!」
「それでは、お仲間の命を失う事になりかねませんが…」
事務的な口調で警告する班長だが、ノヴァルナは「アッハッハ!」と高笑いし、言い放つ。
「失わねぇよ!アイツらの腕を、ナメんじゃねーって!」
すると海賊を名乗る男達は、再び顔を見合わせ、班長は微かに呆れたような溜め息を漏らした。彼等が何処の何者に仕える者かは不明だが、ノヴァルナの評判を噂に聞いているのかも知れない。まぁ様子から察するに十中八九、良い評判ではないだろうが………
「分かりました…ではこちらに」
班長が促すとノヴァルナは頷いて、両側に控えていたランとキノッサに、もういいと目配せした。
その向こうでは海賊の一人が、意識を失ったハッチの脇をかかえ、コンテナの陰で倒れているイェルサスを振り返れば、二人の海賊が、脇と足を抱え上げて運ぼうとしている。
少なくとも、絶体絶命とまではいかずに済んだ事に、内心ひと息ついたノヴァルナは、ランとキノッサに「行くぞ」と命じ、班長に従って歩き始めた。その視線が船倉の壁に残った、強制連結機の接合部で留まり、二人の妹に想いを馳せる。
“マリーナ、フェアン。上手く逃げきれよ………”
▶#02につづく




