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#08

 

 だがギルターツの態度には煮え切らないものがあった。母親がイースキーの一族であっても、それだけで自分もイースキーの名を名乗るには、些か無理があるように思ったのだ。しかしタンゲンの入れ知恵はそれだけではなかった。


「さればこそ、ギルターツ殿。ミノネリラ宙域の巷間で広がっている、噂を利用するのです」


「なんと、それは…」


 タンゲンの“噂”という言葉に、ギルターツは巨体をピクリと震わせて反応する。


「無論。他ならぬ、“トキのご嫡子”の噂にございます」


 それはギルターツ=サイドゥが、実はドウ・ザンの嫡子ではなく、追放された主君リノリラス=トキの嫡子なのではないかという噂であった。


 ミノネリラ宙域の領民の間でまことしやかに囁かれるこの噂は、ドウ・ザンが中背細身なのに対し、ギルターツが身長二メートル近い巨漢である事と、顔つきもあまり親子にしては似ていない事に端を発したのだが、やがてそれ以上の“根拠”が付随するようになったのだ。

 それはギルターツの母親のミオーラが、元はドウ・ザンの主君であったリノリラス=トキの妻であった事による。


 ミノネリラ宙域星大名リノリラス=トキの妻ミオーラは当時、ミノネリラ一の美女と呼ばれるほどの美貌であった。それをドウ・ザンが星大名の座を奪った際、リノリラスをミノネリラ宙域からの追放にとどめ、助命する代わりにミオーラを夫と別れさせ自分の妻としたのである。

 そしてそのほぼ十か月後にギルターツが生まれたのであるが、これが本当はミオーラがドウ・ザンの妻として略奪された時に、すでにリノリラスの子を身籠っていたのではないか…と言われ始めたのだ。




 やがてこの話は、ギルターツが成長するにつれ彼の耳にも届くようになった。しかもその話を届けたのは、母親のミオーラ自身の秀麗な口だ。


 愛する夫のリノリラスと引き裂かれ、あろうことか夫の星大名の地位を奪った張本人…自分達の家臣であった男の妻にされたミオーラは、ギルターツが十六歳になった時に、現代でも難病とされるSCVID(劇変病原体性免疫不全)で早逝した。

 その長くはない生涯を終える間際まで、ミオーラはドウ・ザンを許す事も愛する事も無く、ギルターツに“あなたはリノリラス様の…トキ一族の子よ”と言い続けて来たのである。

  

 この経緯が現在のギルターツの人格に及ぼした影響は非常に大きい。ギルターツが父親のドウ・ザンを、他人行儀に“ドウ・ザン殿”と呼ぶのもこの事に根差している。


 無論、今はドウ・ザンへの恨みしかなかった母の言葉を、鵜呑みにするような年齢ではない。だがその一方でギルターツ自身も近年になって、これは事実なのではないかと疑う要因が、幾つか現れていた。

 ミオーラの存命中、すでにドウ・ザンはギルターツを次期当主に指名していた。それは他に嫡子がいなかったからだが、ミオーラが死去した直後、ドウ・ザンは突然、二人のクローン猶子を誕生させた。そしてさらにトキ一族の支流であるアルケティ家の女性、オルミラと再婚し、娘と二人の男児を得た。ちなみにこの娘というのがノアである。つまりギルターツとは異母兄妹というわけだ。


 これが、“自分は廃嫡されるのではないか?”というギルターツの疑念を呼んだのだ。


 自分を次期当主に指名しておいて、ミオーラが死ぬとほぼ同時にクローン猶子を二人も作り、さらに後妻を迎えて嫡子を増やす…考えようによっては、自分の次期当主の指名は、ミオーラが生きている間だけの贖罪ともとれる。

 後妻として迎えた女がトキ一族の支流であるのも気掛かりだ。


 事実、最近のドウ・ザンは二人のクローン猶子や二人の異母弟の教育に熱心であった。そしてさらにギルターツがタンゲンと接触するようになったきっかけ―――皇国貴族であるイマーガラ家の諜報部が、皇都キヨウで入手した情報もその一端を示している。

 その情報とは、ドウ・ザンがノア姫の政略結婚の相手としてリノリラス=トキの子、リージュを考えているというものだ。


 リージュはリノリラスが隣国エテューゼに追放されてから、再婚相手との間にもうけた子で、エテューゼ宙域星大名アザン・グラン家やオ・ワーリ宙域星大名ウォーダ家の支援の元、トキ家復権を目指していた。

 そのリージュにノアを嫁がせてミノネリラに迎え入れ、トキ家の復権と和解、そして融合を果たせば、サイドゥ家はミノネリラの領民にも受け入れられ、同時に皇国貴族の地位も手に入るはずである。


 だがそうなると一番邪魔になるのは、リノリラスの落胤かもしれないギルターツだった。そして“マムシ”と呼ばれるドウ・ザンの、これまでの所業を鑑みれば、血の繋がりの真実がどうであろうと粛清の対象になる可能性は十分だ。

  

「噂を利用するとは、どのように?」


 双眸に興味深げな光を湛えて、ギルターツはタンゲンの言葉を促した。


「ギルターツ殿のまことの父君と言われるリノリラス殿の祖父君は、イースキー家からトキ家へ養子に入られた御方…つまり、ギルターツ殿の母君の血縁如何に関わらず、ギルターツ殿がリノリラス殿のご嫡子ならば、イースキー家の血筋に連なる方という事です」


「おお…」


 ギルターツの目が見開く。


「であるならば、主筋たるトキ家を追放せしめた、奸臣ドウ・ザンのサイドゥ家を駆逐し、イースキー氏をお名乗りなさる事に、何の遠慮が要りましょうや。先に申し上げた通り、我がイマーガラ家もご支持致しますれば」


「確かにタンゲン殿の申される通りだ…だが」


「だが?」問い質すタンゲン。


「そこまでして頂いて、どのような見返りをお求めか?」


 するとタンゲンは低く笑い、自らの戦略構想を開陳した。


「なに、我の求めるは安定した宙域…つまりもう一つの三国同盟にございますよ」


「もう一つの三国同盟と?」


「さよう。現在我がイマーガラ家はホウ・ジェン家、タ・クェルダ家との間に、三国同盟を締結しております。それをもう一つ、サイドゥ家…いや、ギルターツ殿のイースキー家ですな。これとオ・ワーリのウォーダ家との間で結びたいと考えております」


「なんと。ウォーダ家とも?…ですがウォーダ家の実情は…」


「みなまで申されますな―――」と遮るタンゲン。


「すでにキオ・スーのダイ・ゼン=サーガイ殿とは懇意の仲。加えてイル・ワークランのカダール=ウォーダ殿とも繋ぎを取っております」


「なんと…」


 言葉を失うギルターツだが、その代わりに両眼が対面にいるタンゲン共々、いよいよ怪しげな光を帯びて来る。


「如何ですかな、ギルターツ殿…またとない機会だと思いまするが?」


 ギルターツは無言のまま、ゴクリと喉を鳴らして大きく頷いた。


「機会と申せば、実はダイ・ゼン殿がノア姫を人質に所望されておりまして。作戦を授けておったのですが、ギルターツ殿にとってノア姫が目障りならば、この機会を利用してご退場頂くのはどうでしょう?…ダイ・ゼン殿には些か不本意でしょうが、此度は我慢して頂いて」


「それはありがたい」


「ではそのように。皇都キヨウからお帰りになるノア姫の御用船に乗せるコンテナを、もう一つ増やすと致しましょう…」




▶#09につづく

 


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