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#06

 

 キオ・スー=ウォーダ家筆頭家老ダイ・ゼン=サーガイが、対サイドゥ軍迎撃戦に参加せず、惑星ラゴンに留まっている理由は、例の一ヵ月前の、独断でミノネリラ宙域を侵犯し、サイドゥ家のノア姫を奪おうとした行動に対し、主君ディトモス・キオ=ウォーダから謹慎を命じられていたからである。

 だがその謹慎の身で、陸戦部隊を動かしているのはどうにも怪しい。それがナグヤの領地の、ヤディル大陸に向けてとなるとなおさらだ。


 ダイ・ゼンの緊迫した空気を混ぜ返すような物言いに、『ホロウシュ』達は一斉に拳を握り締める。とりわけラン・マリュウ=フォレスタは美しい女性であるがゆえに、眼前の相手に憎しみを込めたその表情には、背筋が凍るような凄まじささえ感じさせた。


 ナイドルはダイ・ゼンの、そんな気を削ぐような言葉を跳ねのけて問い質す。


「サーガイ殿。これはどういう事ですか!? なにゆえに部隊を、我がナグヤの領地に差し向けておられる!?」


 するとダイ・ゼンは事もなげに「なに、ご心配召さるな」と告げ、さらに続けた。


「惑星ラゴンの各重要拠点に対する、防衛強化の一環にございますよ」


 ダイ・ゼンの理解不能の言葉に、ナイドルは怪訝そうな顔をする。一方の『ホロウシュ』達は最初から、ダイ・ゼンの言葉になど聞く耳を持ってはいない様子だ。


「防衛強化? 何の話でありましょうか?」


「先日、御家が本土防衛艦隊として残されていたセルシュ殿の第2艦隊を、ミ・ガーワ方面軍の本拠地があるヘキサ・カイ星系へ向かわせられましたゆえ、このラゴン全体の防衛力が低下しております。よって、我等キオ・スー家がその穴を埋めるために、敵がこのラゴンに到達した場合に備え、海洋全域に対宙能力のある防空艦を、重要拠点にBSIを含む陸戦部隊を配置するのでございます」


 明らかに胡散臭い理由づけにナイドルは眉をひそめ、柔らかな言いようで拒絶した。


「ならばこのヤディル大陸については、我等ナグヤで備えるべき事。そのようなご配慮は無用に願います」


 それに対し、ダイ・ゼンはわざとらしく肩をすくめて言い放つ。


「これはしたり。我等キオ・スー家はイル・ワークラン家と並び、ウォーダ一族の全てを統べる総宗家。ウォーダ宗家がその臣下たるナグヤ家を防衛するため、戦力を派遣する事に何の問題もありませぬ。ご遠慮は無用でありますよ」

  

 確かに名目上、ナグヤ=ウォーダ家は現在もキオ・スー=ウォーダ家の臣下であり、惑星ラゴンの統治権をキオ・スー家が掌握している以上、ダイ・ゼンの発言は正しい。


 だが当然ナイドルや『ホロウシュ』達が、ダイ・ゼンのそのような言葉を鵜呑みにするはずもなかった。キオ・スーの部隊が大陸南西部の中心拠点、フルンタールに向かう理由はおそらく、ナグヤ家次期当主ノヴァルナのクローン猶子、ヴァルターダ、ヴァルカーツ、ヴァルタガの三兄弟が住んでいるからだ。


 ナグヤの現当主ヒディラス・ダン=ウォーダはミノネリラ軍の迎撃に、次男のカルツェを伴って出陣しており、次期当主とされるノヴァルナはいまだ行方不明。そしてこれはまだナグヤ家の知らない事だが、ヒディラスのクローン猶子であるルヴィーロ・オスミ=ウォーダはこの時、すでにイマーガラ軍に捕らえられていた。つまり現在、出陣中または行方不明になっている者の全てが生還しなかった場合、ナグヤ家の家督継承権はこのクローン猶子三兄弟へ渡る事になる。それを考えれば、ダイ・ゼン―――いやキオ・スー家の目論見も、おのずと知れて来るというものであった。


「ご配慮はありがたく存じますが。ともかく我等と致しま―――」


 ダイ・ゼンの真意を見抜き、拒絶の言葉を口にしようとするナイドルだが、通信スクリーンの向こうにいるダイ・ゼンはそれを遮って、慇懃ながらも強い口調で告げる。


「これは宗家キオ・スーの決定事項にございます。御家におかれては即時、我が本土防衛部隊の受け入れ態勢を整えられますよう。しかとお伝え致しましたぞ!」


 それだけ言い置いて、ダイ・ゼンは一方的に通信を終えた。ナイドルはインターコムですぐに通信室を呼び出し、再度キオ・スー部隊と連絡を取るように命じるが、今度は繋がらない。いや繋がってはいるのだが、応答しないとの報告だけが来た。


「これではまるで宣戦布告だ!」


 ヨヴェ=カージェスが拳をもう一方の手で打ち鳴らして、吐き捨てるように言う。おそらくその通りに違いない。しかしこれを下手に迎え撃てば明確な宗家への反逆となる。先日の『ナグァルラワン暗黒星団域』で、ノヴァルナ達がダイ・ゼンのノア姫捕縛作戦を妨害した時のような、相手にとって公にされて不都合な事情が今回はないのだ。ダイ・ゼンがこちらの呼び掛けに応じたのも、一方的に防衛強化の大義名分を告げるためだろう。

  

 キオ・スー部隊と連絡が取れなくなったという報告を聞き、ナイドルの表情に不覚を取ったという後悔の色が浮かんだ。キオ・スーはほぼ確実に、不測の事態にナグヤ家の血筋を絶やさないためなどと言って、クローン猶子三兄弟を人質に取るはずである。防衛強化の大義名分を聞いてしまった以上、これを拒んで戦闘にでもなれば、カージェスの言い放った通り宗家への反逆だ。


 これまでウォーダの三家は互いに裏で暗躍し、小競り合いを繰り返しては足を引っ張りあって来たが、一族同士が正面から武力衝突した事はなかった。その戦端を家老職にある者が、勝手に開いてよいものではない。ナイドルは苦衷に満ちた表情で、“接続不能”の文字のみが映る通信スクリーンを見据えた。執務室の中に重い空気が垂れ込める。


 すると軽く息をついたマーディンが、意を決した顔でナイドルを振り向いて告げた。


「御家老様。これより『ホロウシュ』は、フルンタール城へ向けて出陣致します」


 ササーラとカージェス、そしてランが緊張した面持ちでマーディンに視線を注ぎ、ナイドルは唖然とした目で見上げて「なに!?」と声を上げる。


「これは『ホロウシュ』筆頭である、このトゥ・シェイ=マーディンが、独断専行で行った事。決してナグヤ家の総意ではない…という事です」


「きみは…」呻くように言うナイドル。


「我等『ホロウシュ』はノヴァルナ殿下の親衛隊。殿下をお守りするための、独立部隊にございます。そしてその殿下がご不在である今は、殿下のご猶子の身をお守りするのが順当な務め…と判断致します」


「マーディン…」


 とササーラが呟いたきり、沈黙が広がった。そしてやや置いてナイドルは、眉間に皺を刻んで「分かっているだろうが―――」と確認する。


「たとえきみ達が勝利しても、独断専行の責任は取らねばならんよ」


「辞表を用意致します」


 即座に応えるマーディンに、ナイドルは肩を揺らして大きなため息をついて応じた。


「よかろう、好きにしたまえ。ただしノヴァルナ殿下のご猶子の三人を無事保護し、このナグヤにお連れする事が最優先だよ。フルンタール城は失陥しても構わん」


「ありがとうございます!」


 礼を言うが早いか執務室から飛び出していくマーディン達を、今ではすっかり内政を司る事が多くなったナイドルは、どこか武人としての羨望を湛えた目で見送った………




▶#07につづく

 


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