#05
シャトルの目的地、オ・ワーリ=カーミラ星系に到着したのは、シーモア星系のゲート内に進入して数秒後の短い時間である。
星系外縁部のため、視界に捉えたカーミラ星系の恒星、パタラの光もここでは弱々しい。ただゲートの周囲を行き交う、宇宙船の数はノヴァルナの住むシーモア星系のゲートより多い。こちら側の方が銀河皇国中央部に近いためだ。
ノヴァルナ達が乗る準恒星間シャトルは、ゲートとの同調機能があるだけで、超圧縮重力子恒星間航法のDFドライヴは搭載していない。従って惑星サフローのあるベシルス星系へは、ゲートの連絡プラットフォームからの定期航路便を使うのである。
これはオ・ワーリ宙域国と、隣接するオウ・ルミル宙域国を幕状に隔てる、中立宙域にベシルス星系が含まれているためだった。
この中立宙域があるおかげで、オ・ワーリとオウ・ルミルは一度も戦火を交えた事はない。その中立条約が、『両国が認めた定期航路便以外の進入を禁じ』ていたのだ。
「お待たせしました。ノヴァルナ様」
貸し桟橋にシャトルを係留して来たマーディンとササーラが、ロビーで輪になって待つノヴァルナ達の元へ戻って来ると、ノヴァルナは「ふぉう」と、何かを口に入れたまま応じて振り向いた。二人を待つ間、イル・ワークラン側で領域を接するもう一つの宙域国、イーセの名産スイーツ、『アッカーフック』をフェアンやマリーナ、イェルサスと頬張っていたのである。
一応今回はお忍びであるため、ノヴァルナの着衣にいつもの派手さはない。ダークグレーのワーキングパンツに赤いパーカーとオリーブグリーンのジャンパー。しかしシューズは紫のラメが輝き、豹柄のバンダナと金のピアスが復活していた。
そして二人の妹もやや控え目ではあるが、フェアンの赤白ピンクの色使いとマリーナのゴスロリ調は変わらない。
イェルサスはまだまともで、ゆったりとしたジーンズに白のトレーナーの上着だが、逆に旅向きではなく部屋着である。
一方の『ホロゥシュ』も着衣はバラバラで、マーディンとランはスーツ姿でビジネスマンぽいし、古着でまとめたササーラは、むしろ馴染み過ぎて、ゲートの住み込み作業員が非番でうろついているようだ。
不良あがりのハッチやモリンや、ヤーグマーはイェルサスと同じような姿だが、普通な衣装のわりに、辺りにガンを飛ばす目付きに違和感があった。
「しかしお前ら、統一感ねーな」
さすがにノヴァルナも気になったのか、全員を見渡して言い放つが、当然みんなからは一斉に、“お前が言うな”という目を返される。
“お、やんのか、コラ”
とふざけて身構えるノヴァルナ。するとそのノヴァルナの背後から、甲高い声が掛けられた。
「『ム・シャー』のにーさん達。サフローの虹色流星雨を見に行くのかい?」
「ん?」
振り向いたノヴァルナは、175センチある身長の、真っ直ぐ向けた頭をやや下げて、声の主を見た。
そこにいたのは160センチをやや越えたほどの背丈の少年。歳はノヴァルナよりやや若いぐらいであろうか。栗毛の短髪で眼と耳が大きく、猿顔とも鼠顔とれる印象だ。
いきなり声を掛けたその少年に、いち早く反応したのはノヴァルナではなく、元不良のハッチ達三人であった。
「あ!?なんだ、てめぇは!?」
ウッ!と個性的な顔を引き攣らせ、身を引く少年と、三人の後ろで“やれやれ…”と額に指をやるマーディン。
その三人を左腕で制して、ノヴァルナが進み出る。
「へぇ。俺達が『ム・シャー』だと、どうして分かった?」
『ム・シャー』とは皇国公用語で上級兵士…つまり士官・将官クラスを表す言葉であった。
「血の匂い…」
そう言って、ニヤリと微笑んだ少年に、ノヴァルナは一瞬真顔になり、ピクリと肩を揺らした。だがその直後、少年の微笑みは「エヘヘ…」と屈託ない笑顔へと変わる。
「冗談っスよぉ。でも目の配り方や、身のこなしでわかるもんスよ。なんたって俺ぁ、森羅万象何でも来いっスから」
つかみどころのない言い回しをする少年である。
ノヴァルナはチラリと、後ろにいるフェアンに目をやった。そのフェアンは珍しく普段の人懐っこさを見せず、隣のマリーナの腕をとって、警戒心をあらわにしている。それが逆にノヴァルナの興味を誘った。
「それでその“森羅万象何でも来い”が、俺達に何の用だ?」
「いや、サフローに行くんなら、連れて行って貰おうかと思って」
「はぁ?」
初対面の相手に事もなげに言われ、ノヴァルナもさすがに面食らったようであった。さらに少年は早口で続ける。
「実は職探しで、初めてサフローに行こうと思ってるんスがね、俺ぁまだ14歳なもんで、一人じゃ恒星間移動が許されないんスよ。もちろん連れて行ってくれたお礼に、にーさん達がサフローにいる間のお世話を、荷物運びから道案内まで安くさせてもらうっスよ、はい。じゃ、早速行きましょうか」
「いやいやいや、ちょっと待て。色々おかしいだろーよ!」
自分とはまた違った傍若無人さを見せる少年に、いつものペースを乱されてはいるが、ノヴァルナはどこか愉快そうであった。
「安くさせてもらうってなんだよ!?何勝手に雇われてんだよ。それに道案内って何?初めて行くんじゃねーのかよ!?てゆーか、あてもなしにゲートまで来るんじゃねーっての!だいたい十四で職探しって、おめぇの親は何やってんだよ!?」
負けずに早口で言い返すノヴァルナに、今度は少年の方がポカンと口を開ける。
「こりゃ驚いた…にーさん、やるっスねぇ。俺の言った事全部に、ツッコミ入れるとは!」
「んなもん、褒められても嬉しくねーっての!」
ノヴァルナがピシャリと言い放つと、生真面目なラン・マリュウ=フォレスタが、“こいつ、追い払いましょうか?”と目配せしながら歩み寄って来た。
すると少年は笑顔を消し、静かな声で告げる。
「今の俺には、言葉だけが生きる方便なんスよ。二年前のキイラ星系で、親父もお袋もイマーガラの艦砲射撃で殺されて以来、一人で生きて来た俺にとっちゃ、ね」
「!!」
二年前のキイラ星系とイマーガラの艦砲射撃という言葉を聞き、ノヴァルナは目を見開いた。ランとマーディン、ササーラも身をすくめる。それこそが、ノヴァルナが初陣を飾った戦いだからである。
しかしその実態は悲惨なものであった。ノヴァルナを捕らえようと罠を張ったイマーガラ軍により、ミ・ガーワ宙域キイラ星系の第二惑星バリオンは壊滅。救援に向かったノヴァルナ達を、イマーガラ軍BSI部隊が待ち伏せしていたのだ。
戦いはノヴァルナの覚醒により勝利したものの、バリオンの住民はほぼ全てが死亡するという無残なものであった。少年はその生き残りだという。
しかし少年の訴えに、ノヴァルナは急に鼻白んだ表情になり、はぁっと溜め息をついて告げた。
「つまんねーヤツ。おまえ、もう行っていーよ」
「へ?」
それは少年には思いもよらぬ言葉だったらしく、目を点にして動きを止める。
「俺に雇って欲しけりゃ、お涙頂戴じゃなくて笑わせるんだな」
そう言い捨てたノヴァルナは、仲間を引き連れて、ベシルス星系行き定期航路の桟橋へ向かい始めた。
「あ、あの…」と少年。
「じゃーなー」
すっかり興味を失ったノヴァルナは、イェルサスに寄り掛かり、後ろも振り向かずに左腕だけを振って去っていく。二人の妹がそれに続き、さらに『ホロゥシュ』達がノヴァルナ達の後ろ姿を遮った。そして最後にハッチとヤーグマーがひと睨みして人混みの中へ消える。
呆気にとられて見送った少年は、我に帰るとチッ!と舌打ちした。
“噂通り一筋縄じゃいかねぇヤツだぜ…ノヴァルナ・ダン=ウォーダ”
胸の中で呟いた少年は、拳を握ってさらに続ける。
“だけどこのチャンスは絶対逃がさねぇ!この俺、トゥ・キーツ=キノッサがひと旗揚げるチャンスをな!………”
▶#06につづく




