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銀河戦国記ノヴァルナ 第1章:天駆ける風雲児  作者: 潮崎 晶
第2話:風雲児と宇宙海賊
15/419

#04

 

 翌々日。ヤディル大陸の昼前のNNLニュースでは、ノヴァルナと二人の妹が大陸北方の景勝地、マガジャ大氷河峡谷に“避暑”に向かう様子が映し出されていた。

 三人はそこで五日間、スノースポーツに興じて過ごす予定だという話を、アナウンサーが告げている。


 ただ当然それは偽装であった。北に向かったのは、ノヴァルナの親衛隊『ホロゥシュ』から選抜した、三人の若者…つまりは影武者である。


 そして本物の三人は、イェルサス=トクルガルを加えて28時間前に惑星ラゴンを離れ、今はオ・ワーリ=シーモア星系の外縁部に達していた。護衛役として同行するのは、『ホロゥシュ』のラン、マーディン、ササーラ、ハッチと、さらにスラム街出身であるシンハッド=モリンと、同じくナガート=ヤーグマーの六人だ。


 護衛が六人というと、ノヴァルナの人柄からすれば多い気もするが、より多くの目でイル・ワークラン=ウォーダ家勢力圏の実状を見るのも目的であり、それ以上に自分はともかく、二人の妹や弟分のイェルサスのための備えであった。


 総勢10人が使用しているのは、準恒星間シャトルだが、機体にウォーダ家の家紋は入っていない。地元民間企業…ウォーダ軍主力BSIユニット『シデン』を製造、納品しているガルワニーシャ重工のナグヤ支社から、固い口止めの上に借りたものである。


 ノヴァルナは自分専用の宇宙戦艦『ヒテン』を所有しているが、勿論、このような事に使用出来るはずもなく、それ以前にウォーダ家の機体を使用すれば、ナグヤ以外のウォーダ家に動向を知られかねない。


 先日の傭兵によるキオ・スー城奇襲未遂事件の時も、ノヴァルナは招かれたキオ・スー城で用意されていた部屋を使わず、わがままを通して使用人の部屋を借り上げ、弟のカルツェや父ヒディラスから、“遊ぶために城から逃げ出し易いよう、一階隅の部屋を借りた”と思われていた。


 しかしその真意は、同じウォーダの一族であっても、油断出来ないという見識からである。そして事実、最初に用意されていた部屋には、何者かの手によって隠しカメラや、盗聴器が設置してあったのだ。




 シャトルのコクピットからは、前方の宇宙に浮かぶ、巨大な超空間ゲートが見えている。それは六角形のフレームを二つずらして回転させ、重ねた構造をしており、その左右に縦向きの円柱を五つ横に並べた、超大型対消滅炉を二段四組に配置してある。

  

 ゲートの内側は真っ黒で『虚空界面』と呼ばれる、いわゆる空間の虫食い穴…ワームホールとなっていて、対角線の長さは五百メートルに及ぶ。さらに六角形のフレームが重なる部分には、それぞれ高さ30メートル程の六角柱が突き出ていた。それが恒星間の通信を円滑にする、超空間通信サーバーである。


 また対消滅炉の他にゲートの前方には、税関検閲区画のプラットフォームが、幾つも並んでおり、商業区画や宿泊区画といった球状の構造体と接続している。


 これがヤヴァルト銀河皇国の、シグシーマ銀河統治の骨子をなす通信、輸送の要であって、標準的なゲートの全容だった。

 オ・ワーリ=シーモア星系には、外縁部にこのゲートが二つ並んで設置されている。進入用と着出用である。


 そしてゲートは銀河皇国の直轄施設であり、『ヤヴァルト協約』により各星大名によって保護と整備はされているが、政治的に中立である事から、僅か10隻だが皇国中央軍の警備艦隊が駐留し、かなり強力な自動防御砲台が複数配置されていた。




 ノヴァルナ達を乗せたシャトルは転移手続きを済ませ、マーディンとササーラの操縦でゲートに接近中だ。オ・ワーリゲートの整備も請け負っている、ガルワニーシャ重工の役員用シャトルという事と、いくばくかの“袖の下”で、手続きはすぐに終了していた。


「呆れたものだ。こうも簡単に転移許可が下りるとは」


 主操縦士席に座るササーラが、ゲートの『虚空界面』上に浮かび上がった、進入位置を示す黄緑色の光線が描く六角形の枠を見詰め、不満げに言う。

 副操縦士席のマーディンは、計器の数値をチェックしながらそれに応じた。


「気に入らないか?封建主義の悪しき慣例が。なんならカガンの連中のように、民主主義とやらに、宗旨変えするか?」


 それに対しササーラは、ふん!と鼻を鳴らして言い捨てる。


「そんなもの、政治体制などより、個人や組織の資質が問題なだけだ」


 マーディンが話題にした“カガンの連中”とはおよそ40年前、カガン宙域で起こった民主主義復古革命の事であった。

 そこでは星大名が民衆によって倒され、民主主義政府が誕生していたのだ。本来、民主主義の弱点を補うためのものとして誕生した銀河皇国の新封建主義が、その民主主義によって否定されたのは皮肉な話である。


 すると丁度、ノヴァルナがコクピットに姿を見せ、その話を耳にしたらしく、二人に告げる。

  

「カガンの民主主義なんてのは、ただのインチキだろ」


「これはノヴァルナ様」


 後ろを振り向き会釈する二人に、「よ!」と軽く手を挙げたノヴァルナは、空いている機関士席に腰を下ろし、脚を組んで言葉を続ける。


「カガン人民政府の実態は、イーゴン教団のヤツらが裏で糸を引いてる傀儡政府さ」


「噂には聞きますが、イーゴン教団…それほどの力を持ってるのでしょうか?」


 眉をひそめてマーディンが尋ねる。ノヴァルナは不敵な笑みを絶やしてはいないが、やはりここでも普段の無軌道ぶりは、微塵もなかった。


「ヤツらが根城にしている、総本山の自治星系オ・ザーガや、隣接する商業自治星系ザーガ・イーの繁栄ぶりを見りゃあ、良からぬ事を企んでてもおかしくはねぇよ」


「それはそうですが」


 と応じるササーラ。イーゴン教団とは、ヤヴァルト皇国が銀河に進出し始めた頃、皇都星系ヤヴァルトに隣接するオ・ザーカ星系に興った、宇宙真理を信仰する宗教イーゴン教の教団で、今ではあちこちの宙域で信者を増やし、星大名達にも無視出来ない一大勢力となっている。

 カガン宙域の場合は、イーゴン教団による支配の有無は不透明だが、銀河皇国内にはイーゴン教団直轄星系群も幾つかあり、オ・ワーリ宙域もイル・ワークラン側で、イーゴン教団直轄星系のナナージーマと領域を接していた。


「惑星の土着信仰だった頃から、宗教ってのは儲かる商売だからな。そして唸るほどの金を手にしたヤツが、次に手を出したがるのが…政治さ」


「なるほど」と再びササーラ。


「だがな、これも土着信仰の頃からそうだったんだが、宗教が政治に絡むのほど危ねぇ事はねえ。そのせいでいまだに内戦に明け暮れ、発展が滞っている未開文明の星も、山ほどあるだろ」


 そうノヴァルナが言うと、冷静なマーディンがシニカルな微笑みで口を挟む。


「内戦に明け暮れてるのは、我等も同じですが」


 それに対し、ノヴァルナは不敵な笑みをさらに大きくし、大袈裟に手を振って応じた。


「いやいや。居るのか居ねーのかも分からねぇ神様が、自分の拝む神様と違うってだけで、女子供まで殺すようなヤツらよりは、よっぽどマシってもんだぜ」


 その直後、シャトルはゲートの作り出す『虚空界面』の目前に到着した。管制局からの指示が入る。


「申請番号5536。空間転移に備えて下さい。グリッド固定。30秒前秒読み開始…マーク」

  

 秒読みの声がスピーカーから流れ、カウントダウンがモニターに表示されるコクピットの中で、前を見据えたノヴァルナは『虚空界面』を見詰めて、胸の内で呟く。




“イーゴン教団か…この俺が、いつか化けの皮を剥がしてやるぜ”




 やがて秒読みとカウントダウンが、同時にゼロを告げると、『虚空界面』上に浮かぶ六角形のフレームの内側が、真っ白な光を放った。目的地のゲートと繋がったのだ。ノヴァルナを乗せたシャトルは、その真っ白な光の中へ進んでいった………





▶#05につづく

 


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