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#03

 

 ダンティス軍の総旗艦『リュウジョウ』は、全長688メートル、全幅126メートル、全高184メートル。ノヴァルナの専用戦艦『ヒテン』に匹敵する巨艦であった。二年前に建造された新鋭艦であるが、先代の父親の使用していた総旗艦『ライゴーン』が、ダンティス家が大敗したヒルドルテ会戦で破壊されたため、急遽建造されたという、あまり誇らしい経緯ではない。


 とはいうものの、新造艦だけあってその戦闘力は高く、単艦で敵艦隊に挑み、援軍到着まで戦線を支えた事もある。その事もあってノヴァルナの『ヒテン』に比べ、傷だらけで煤けている。


 その『リュウジョウ』に収容された貨物船から降りたノヴァルナは開口一番、「ふぅん…いい艦じゃねぇか」と呟いた。それはドッキング・ベイを動き回る作業員の、キビキビとした態度からノヴァルナが感じた印象である。部隊の士気というものは、こういった末端の兵士や作業員を見てこそ分かるからだ。

 以前クーギス党と共闘した時も、ノヴァルナは整備士達とASGULの調整に汗を流して心を掴んでいたように、そういった事に敏感であった。であるからこそ、この部隊が高い士気を維持している事を理解したのだ。

 ただそんなノヴァルナも、脱出ポッドに入ったままのルキナが、カールセンに付き添われて運び出されて来ると、自然と表情が引き締まった。貨物船にあった診断スキャナーでは、爆発で飛んだ破片が背中から突き刺さり、心臓の寸前で止まっている状態であるほか、脊椎が損傷している疑いがあるらしい。

 ロックを外された深宇宙用脱出ポッドは、四人の作業員によって反重力キャリアーに積まれ、負傷している二人のレジスタンスと共に、そのまま医療区画へ向かって行った。


 それを見送るノヴァルナ達の元へ、黒と赤の軍服姿の若い女性士官がやって来て、ユノーに敬礼した。ショートカットの黒髪の、美しいと言うより可愛らしい感じの女性だ。


「乗艦を許可願います」


 とユノーは答礼しながら申告する。


「許可します。本官はリアーラ=セーガル少尉。マーシャル=ダンティス様より副官を拝命しております。どうぞこちらへ。マーシャル様がお待ちです」


 リアーラ=セーガル少尉と名乗った女性士官は、手を右へ差し出して促した。ユノーがNNLの解除キーを持参した事はすでに知らされており、向こうも待ちかねていたのだろう。ノヴァルナとしても好都合だった。

  

 総旗艦『リュウジョウ』の司令官室は、まるで高級ホテルの応接室のように豪華な内装となっていた。その中央の中世の玉座を連想させる司令官席で、ダンティス家当主のマーシャル=ダンティスは、デスクの上に行儀悪く投げ出した両脚を組んでノヴァルナ達を出迎えた。


 その無礼な姿に、当主と初対面のユノーに加え、二人の部下、そしてノアは唖然とする。ところがノヴァルナだけは不敵な笑みで、「ふふん」と軽く鼻を鳴らした。そのノヴァルナの反応を見たマーシャルも、ニヤリと口元を歪める。そしてその瞬間、二人は胸の内で、相手に向かって同様の言葉を吐いた。


“この野郎!…”


 それがノヴァルナとマーシャルが、それぞれに自分と同じタイプの人間に対する印象だった。ノヴァルナといえば、初っ端にまず相手の意表を突き、自分のペースに引き込むのが常套手段となっている。その自分がやるような事を、すでに星大名の座に就いているマーシャルは、平然とやってのけたのであった。

 また一方のマーシャルも、ユノーの協力者と報告された少年の、動揺を全く見せない態度に、少なからず興味を覚え、“このガキ、只者じゃねえな…”と、隻眼を光らせる。


「よう!」


 マーシャルはノヴァルナ達をひとわたり見回し、挑戦的な笑みと共に右手を挙げて呼び掛けて来た。組んだ足も崩さない。それに対し、ユノーは気圧された表情のまま応じようとする。


「マーシャル閣下。初のぎょ…御意を得ます。じ、自分は―――」


 するとノヴァルナはユノーに“チッ!…向こうに呑まれてやがる”と内心で舌打ちし、ユノーの顔の前に大きく腕を振り出して、言葉を遮った。そして代わりにマーシャルに言い放つ。


「辺境の田舎モンは、人と会う時の礼儀も知らねーのか?」


「ああん? なんだと…」


 応じるマーシャルが挑戦的な笑みを絶やさずに言い返し、ノヴァルナの背後でノアが、“どの口が礼儀とか言うのかしら?”と呆れた顔をする。だがノヴァルナの暴言はそれだけにとどまらなかった。


「言ってる意味が分からねーか? 悪ィのは耳か? それとも頭か?」


 さすがにその言い草は駄目だろうと、ノアは顔を引き攣らせる。これではもはや貨物船の中で聞いた、“気に喰わない相手だったらぶん殴る”以上だ。ユノーとその二人の部下に視線を移すと、自分達が連れて来たノヴァルナの物言いに、卒倒寸前で口から泡を噴きそうだった。

  

 出会って早々言い放ったノヴァルナの挑発的な言葉に、ノアもレジスタンス達も体を凍り付かせる眼前で、その言葉を投げかけられた当のマーシャル=ダンティスは、デスクに投げ出していた両脚を降ろして、おもむろに立ち上がって腕組みをすると、「あ?」とノヴァルナを攻撃的な目で睨み据えた。


「おまえ。この俺が誰か分かって、言ってんだろうな?」


 無論、そのような脅しに引き下がるようなノヴァルナではない。両手を腰に当て、斜に構えて言い返す。


「俺は別に、あんたの肩書と喋ってんじゃねーんだよ」


「………」


「………」


 そのまま二人は睨み合い、無言の時間が流れた。ノアとユノー達は固唾を飲んで見詰める。するとノヴァルナと睨み合ったままで、マーシャルはユノーに問い掛けた。


「ユノーとか言ったな。解除キーは持ってるか!?」


 叩きつけるような口調に、ユノーは弾かれたように背筋を伸ばし、「は、はい。ここに!」と応じる。解除キーとはユノー達惑星アデロンのレジスタンスが、代官のオーク=オーガーから奪取した、銀河皇国によるNNL封鎖の解除キーだ。


 ユノーの返事にマーシャルは、なおもノヴァルナと睨み合ったまま、デスクのインターホンのスイッチを操作し、ノヴァルナ達をこの部屋まで案内した、副官のリアーラ=セーガル少尉を呼び出してここへ来るように命じた。そしてリアーラが了解すると通信を切り、ノヴァルナのパイロットスーツ姿を問い質す。


「おまえ、BSIとか乗れんのかよ?」


「だったら、どうだってんだ?」


「腕は?」


「すげーいい」


 その言葉に、マーシャルの瞳の攻撃的な光が一段と増した。そこへリアーラが到着する。しかしリアーラもまた入室と同時に、自分の主君がユノーの連れの若者とデスク越しに睨み合う、異様な光景に唖然とした。


「リアーラ=セーガル少尉。こっちに来い」とマーシャル。


「は…ははっ!」


 畏まりながら躊躇いがちに歩み寄るリアーラに、マーシャルが言う。


「そこにいるユノーから、NNL封鎖の解除キーを受け取り、解析班に回せ」


「御意」


 今一つ状況が呑み込めない様子で、リアーラはユノーから、解除キーのデータを収めた細いメモリースティックを受け取る。だがマーシャルがリアーラを呼んだ要件は、それだけではなかったのだ。


「それと訓練用のBSIを二機、用意しろ!」



▶#04につづく

 

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