#10
雪山の尾根を回り込む道の向こうから、ヘッドライトの白い光が姿を現した。速度を落としてゆっくりとこちらへ近づいて来る。
宇宙港のゲートを固めるオーガー配下の、貨物宇宙船の乗員やならず者達は、三十人程がブラスターライフルを手にそれを待ち構えていた。
ヘッドライトを点けたまま、トラックは真っ直ぐに進み続ける。やがて想定していた地点に到達したらしく、ゲートまで約百メートルの位置で、オーガーの手下達は一斉に火蓋を切った。月明かりの青い闇の中、黄色い曳光ビームが立て続けにトラックをとらえて車体をえぐる。
トラックは急激に速度が落ち、積雪につんのめった形で停止した。すると一人のならず者がダメ押しとばかりに、バズーカ砲のような形状の大口径ビームランチャーを肩に担いで撃ち放つ。次の瞬間、前面から串刺しにされるようにビームに貫かれたトラックは、紅蓮の炎に包まれた。
それから少し間をおいて、トラックを焙る炎が下火になったのを見計らい、オーガーの手下達は宇宙港のゲートを開けて、ぞろぞろとトラックに近付いた。あれでは誰も生きてはいないだろうという無警戒感が、すでに漂いはじめており、何人かの顔には薄笑いが浮かんでいる。
「おいおい。粉々じゃねーか」
「ああ。死体もバラバラだろうぜ」
「それはそれで、ボスにどやされるんじゃねーか? 何とかの鍵ってのを探してるんだろ?」
「バカ。ボスって言うな。代官様と呼ばねーと、そっちの方を怒って来るぞ」
無駄口を叩きながら、残骸同然となったトラックを囲むようにして近付く手下達。とその時、トラックの上げる炎に照らされた手下の一人が、闇の向こうから響いた銃撃音とともに呻き声を漏らして、積雪の中に倒れ込んだ。
「!!!!」
驚いた手下達は反射的に倒れた仲間に目を遣る。そこにさらに別方向から銃撃があり、もう一人が前のめりに崩れた。ビームランチャーを肩に担いでいた男だ。
「てっ! 敵だ!!」
「どっから撃って来た!」
ようやく事態が飲み込めた手下達は、ブラスターライフルを周囲の闇に向けた。しかしトラックの上げる炎を見ていたため、闇は濃くなって、月明かりがあっても何も見えはしない。そこにさらに二弾、三弾と、また違う方向から銃声が響いて味方が射殺されると、全員がパニックを起こすまでにはそう時間はかからなかった。
「かっ! 囲まれてる! 罠だ!!」
「待ち伏せだ!!」
「逃げろ、戻るんだ!!」
オーガーの手下と言っても、この場にいるのは貨物宇宙船の乗員やただのならず者達である。戦闘で命を賭ける覚悟があるはずもなく、我が身惜しさに喚き、闇雲に銃を乱射し、積雪に足を取られながら宇宙港へ逃げ戻ろうとし始めた。
しかし炎に照らされて姿を浮かび上がらせた彼等が、どのように反応しようとも、今や恰好の標的でしかない。再び銃声が響いて二人が狙撃された。こうなっては反撃どころでなく、全員が一斉に宇宙港へ向けて駆け出す。
オーガーの手下達を取り囲んでいたのは、ノヴァルナとユノー達レジスタンス兵だった。ヘッドライトを消した状態で宇宙港まで接近したノヴァルナ達は、一旦トラックを停車させて下車、闇の中を気付かれないように徒歩で先行し、散開して待機。
トラックの元に残ったカールセンが、つっかえ棒代わりのライフルでアクセルを踏むように細工したトラックを、ヘッドライトを点灯した状態で無人走行させた。そしてそれとは知らず攻撃を仕掛け、炎上したところに集まって来た手下達を包囲して、狙撃したのである。
敵が恐慌状態に陥った様子に、雪の中で身を伏せてブラスターライフルを放っていたノヴァルナは、ライフルを連射モードに切り替えて立ち上がり、腰だめで射撃を始めた。
それに呼応して、ユノーと四人のレジスタンス兵も連射を開始する。ノヴァルナの目的は殺害よりも、連射音と曳光ビームの放つ光、着弾で跳ね上がる降雪による恐怖の助長だ。
本格的な戦闘に関しては素人同然のオーガーの手下達は、完全にこの心理誘導に引っ掛かり、思考が停止して生存本能だけで走っていた。
すると宇宙港のゲートを間近にした彼等の前に突然、上空から一条の光が降り注ぐ。ビーム攻撃ではなくサーチライトのような光で、太くはないが強い光量があった。身をすくませて唖然となり見上げるオーガーの手下達だが、何が光を放っているのか暗くてよく見えない。
そこへカーン!と響くような若者の声が、彼等の背後を獲った。ノヴァルナの声だ。
「降伏しろ! 命は助けてやる!」
その口調は十七歳の若者が発したとは思えない鋭さと、絶対的な威圧感を感じさせる。まさに武将の血脈、星大名の嫡男でなければ発せない、他人を従わせる声であった。
闇に響くノヴァルナの声は厳しく、そして淡々と続ける。
「お前達は包囲されている! 宇宙港もすでに別動隊が制圧した。その場に武器を置いて、うつ伏せになり、頭の上に両手を置け!」
そしてノヴァルナの声は、そこで有無を言わせない調子に変わって、強く告げた。
「命令に従え!!」
茫然となったところに、ノヴァルナの声で気圧された手下達はまるで自動人形のように、言われた通りに武器を捨て、その場にうつ伏せになると、冷たい雪の中で頭の上に両手を乗せる。その直後、降伏した彼等を取り囲む暗がりの中から、ノヴァルナとレジスタンスが銃を構えたまま姿を現した。ノヴァルナは狙撃して殺害した手下が装備していたビームランチャーを、もう一方の手に提げている。
そこへ上空から手下達に光を浴びせたものが降りて来た。ノヴァルナが未開惑星で使用していたSSPがその正体だった。NNL誘導が使えないため、ノヴァルナのパイロットスーツとケーブルで繋がっている。
その時になってオーガーの手下達は、ノヴァルナ達が僅か六人しかいない事を知った。正確には戦闘に参加していないカールセンとルキナ、ノアも加えて九人だ。無論ノヴァルナが口にした別動隊もいなければ、宇宙港も制圧したどころか手も付けていない。
「だっ…騙しやがったな! 卑怯なガキが!!」
敵がもっと大部隊だと勘違いしていた手下の一人が、顔を上げて罵った。身なりからすると、貨物宇宙船の乗員のようだ。それを聞いたノヴァルナは片方の眉を跳ね上げ、「あ?」とその男を見下ろす。こういう態度を取る時のノヴァルナは悪人顔であった。
「てめーら流に言やぁ、“騙される方が悪い”ってヤツだろーよ。クソ野郎が…」
そう言い捨てたノヴァルナは冷淡な目をし、ビームランチャーの砲口をその男の顔に向ける。引き金を引けば、男の頭部は焼け焦げたミンチになり果てるだろう。蒼白になる男に、他の手下だけでなくユノー達も息を呑んだ。
だが次の瞬間、ノヴァルナはその男を見下ろしたまま、ビームランチャーを持つ腕を肩と水平にまで挙げて、あらぬ方角へ発射した。いや、あらぬ方角ではない、その射線にあったのは宇宙港の管制塔である。管理棟からやや斜めに張り出すように作られていた管制塔は、根元にビームを受けて爆発を起こし、その箇所でもぎ取られて管理棟の側面を削りながら落下した。
▶#11につづく




