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#09

 

 前側のバンパーに取り付けてある除雪装置が、路上の雪を取り込んでは両端の噴出口から、スキー場の人工雪散布機のように勢いよく吐き出し、ノヴァルナ達を乗せたトラックは夜の雪道を直進する。


 幸いにも夜空は晴れ渡り、青白い月の光と、フロントガラスに投影した赤外線センサー画像だけでも、どうにか走行は可能だ。存在を知られ難くするため、ヘッドライトなどは点灯させていない。

 麻薬の精製工場を出発して三時間。運転は地理に明るいカールセンが行い、二人掛けの助手席にはノヴァルナと、レジスタンスのリーダー、ケーシー=ユノーが座っている。そして幌付き荷台に、四人のレジスタンス兵とノア、ルキナの二人が腰を下ろしていた。


「―――なるほど、あんたはその戦闘で生き延びただけでなく、殿(しんがり)軍としての役目を充分に果たした功績で、アッシナ家から許されたのか」


 ノヴァルナは手指で軽く髪を撫でながら、カールセンの身の上話に応じる。カールセンがレジスタンスの同胞のダンティス家の人間ではなく、二年前までは敵対しているアッシナ家の武官を務めていた事は聞いていたが、どうやらその事情が分かって来た。


 カールセン=エンダーはタペトスの町を襲ったオークー=オーガーの仲間、アッシナ家参事官レブゼブ=ハディールの元部下で、共にアッシナ家の家老、モルック=ナヴァロンに仕えていたらしい。

 モルック=ナヴァロンと言えば例のアッシナ家の家督相続問題で、ダンティス家のセオドアを強く推した派閥の中心人物の一人である。


 モルックは筆頭家老クィンガによって失脚させられたのだが、クィンガにその機会を与えたのが、実は当時モルックの会計官であったレブゼブ=ハディールの、クィンガへの寝返りによるものであった。

 そして共に寝返る事をレブゼブに要求されたのだが、カールセンはこれを拒否。するとモルックの失脚後、その責任の一部を背負わされたカールセンは、妻のルキナを人質同然にこの惑星アデロンに居留させられ、当時戦端が開かれようとしていたウェルズーギ家との前線に、クィンガ配下の陸戦部隊士官として配属されたのだった。


 この戦いでアッシナ軍は敗北し、前線で取り残されたカールセンのいる部隊は、戦死した指揮官の代理となったカールセンの敢闘によって、味方の撤退を助け、自分達の部隊も大損害を受けながら惑星からの脱出に成功したのである。

  

「ああ。だが酷い戦場だった…」


 ハンドルを握るカールセンは、フロントガラスの向こうを遠い目で見詰め、言葉を続ける。


「生身の人間とアンドロイド兵を合わせて、千名ほどはいた俺の大隊が、母艦に辿り着いた時は百名にも満たなかった…ちょうどこのアデロンみたいな寒い星だ。雪と泥と血で出来た沼の中を凍えながら這い回ったもんさ。生き延びた連中も無傷の者は誰もいなくてな…俺も右の膝をやられて、人工関節に取り換えたよ」


 それを聞いてノヴァルナは「そっか…」とだけ短く応えた。それはカールセンがノヴァルナでも隣にいるユノーでもなく、自分自身に向けた言葉だと感じたからだ。そして少し間を置いて、カールセンに尋ねた。


「…それで、あんたはどうしてアッシナ家に戻らなかったんだ? 元々濡れ衣だった責任とやらはチャラになったんだろ? わざわざこんな何もない雪と氷の惑星で修理工やってるより、いい暮らしも出来たんじゃねーか?」


「虚しくなったのさ」


「?」


「アッシナ家に戻って、またゴタゴタに巻き込まれて…必死に足掻いてみても、全ては上の連中の匙加減次第…民間企業でいうところの中間管理職って身分にな。だがしかし民間企業と違うのが、それに自分や家族の命が関わって来るって事だ。俺はルキナをもう、そんな危険な目には遭わせたくなかったんだ」


「………」


「そこで俺はアッシナ家に自分からエンダー家の改易を申し出て、ルキナが居留させられたこのアデロンで、民間人として暮らす事にしたのさ。だがすぐに、あのオークー=オーガーとレブゼブがやって来て、アデロンの代官に収まり、好き放題やるようになった。俺は元アッシナ家の人間でレブゼブの部下だったという事で、何かと大目には見られたが…とんだ計算違いだ」


 するとそれを聞いたレジスタンスのユノーが、「すまん…」と詫びの言葉を告げる。自分達とオーガー一味の抗争に、エンダー夫妻を巻き込んだ事に責任を感じたのだろう。それにノヴァルナが反応する。


「そういや、カールセン。どうしてこのレジスタンスの連中とかかわったんだ」


「いやぁ…一年ほど前に、こいつらの車が雪道の中で故障して、立ち往生してるところに通りかかってな…レジスタンスとは知らずに、俺の家に連れて帰っちまったのさ」


 そう言うカールセンの顔は暗くて見えないが、声の調子から苦笑混じりであるのが分かる。

  

 レジスタンスとかかわったいきさつを聞き、ノヴァルナは呆れたように言い放った。


「なんでぇ、俺とノアの時と同じじゃねーか!」


 結局はノヴァルナとノアがサンクェイの街で助けられたように、カールセンの親切心が招いた結果だったのだ。


「確かに。そんな人の良さじゃ星大名の家老の武官は、務まんないかも知れねーな」


 ノヴァルナがそう続けると、カールセンは「ハッハッハッ」と笑い声を上げて陽気に応じた。


「ノバック。おまえさん、なかなか手厳しいなあ」


 するとノヴァルナは「ふふん」と鼻を鳴らし、星大名家の嫡男としての見解を述べる。


「だがまぁ…悪くないぜ。あんたの言った、民間企業の中間管理職的な武官には、その人の良さは気苦労の元だろうが、それよりもっと上の地位に行けば、逆にそんな実直さを備えた人間が、一人ぐらいは主家の支えに必要になるってもんだ」


「ほう。そりゃどうも」


 まだ子供のくせに大した口を利くもんだ、と言いたげなカールセンの応答を耳にして、ノヴァルナは自分が言った言葉で、なぜカールセンを信用に足る人物だと判断したのか、今更になって理解した。


“ああ、そっか…カールセンて、セルシュの爺と根っこが同じなんだ”


 ナグヤ=ウォーダ家次席家老にして、ノヴァルナの後見人であるセルシュ=ヒ・ラティオ。その実直な人柄と同じものを、ノヴァルナはカールセンに見出していたのだ。

 無論、カールセンはセルシュの半分ほどの年齢で、性格もセルシュのような堅物といった印象ではない。だが他人から裏切られても、自分から誰かを裏切るような事は決してしないであろう信頼感は、二人から共通して感じる素養であった。




“爺の奴、今頃どうしてるだろう………”




 行方不明になって二週間…俺の生存を親父は諦めてるかもしれないが、きっと爺は俺が生きているのを当たり前のようにして、留守を守っているに違いない―――そんな事を思い浮かべ、トラックが進む前方を見るノヴァルナの視界に、山裾の裏から白い光が点在する光景が現れた。

 目指していた宇宙港である。周囲が雪原ではなく森林であったなら、あの未開惑星にあった農場を連想させたはずだ。トラックの速度を落としながら、カールセンが告げる。


「見えたぞ。あれだ」


 その言葉にノヴァルナは不敵な笑みを浮かべて応じた。


「よし。じゃ、手筈通りいくぜ」




▶#10につづく

 


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