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#22

 

「うグッ!!」


 硬い石畳に体を叩き付けられ、ノヴァルナは呻き声を上げた。エンダー夫妻に続いて住宅の間を駆け抜けていたノアが、爆発の閃光と轟音に振り返って、その光景に顔を強張らせて叫ぶ。


「ノヴァルナっ!!」


 万が一に備えてパイロットスーツを着ていたことが幸いし、ノヴァルナに大した怪我はない。だが間近で起きたトラックの爆発で路面に叩きつけられた衝撃は大きく、全身を包む苦痛に、すぐには体を起こせなかった。そこに敵の護衛兵が、破壊されたドラックの上げる火炎を飛び越えて現れる。ノヴァルナとの距離は十メートルもない。


 素早くライフルを構えてとどめを刺そうとする敵に、ノヴァルナは咄嗟に路面を転がった。その元いた路面に、敵兵の放ったライフルのビームが、幾つもの焦げた穴をあける。“死のうは一定”を座右の銘とするノヴァルナだが、それは死に直面するにあたって漫然とそれを受け入れるのではなく、足掻きに足掻いた後の結果としての境地である事は、これまでの戦いで示して来た通りだ。


 そんな相手の反応の素早さに驚く敵兵が見せた隙に、ノヴァルナは抜け目なく反撃の銃口を突き出した。手練れの護衛兵も思わず身をすくませる。ところが敵兵に向けた銃口からはビームが放たれない。これまでの連続使用で銃床のエネルギーがゼロになっていたのだ。

 無論、拳銃型ブラスターはエネルギーの枯渇に、警告を発していたはずである。だがそれに気付かなかったのは、明らかにノヴァルナ自身の手落ちであった。


“チッ! 俺も所詮はこの程度だったか…”


 ライフルを構え直す敵の護衛兵の寒冷地迷彩服姿を、ノヴァルナは睨み据えた。成り行きで助かった今しがたと違い、今度は敵も冷静に狙いを定めている。


 だが次の瞬間、ライフルを構えた敵兵は、突然響いた銃声と共に、胸板にあいた穴から血を噴き出して崩れ落ちた。一度、二度、体を痙攣させた護衛兵はそれ以上動かない。銃声がした方向を見上げるノヴァルナの目線の先にいたのは、両手で銃を構えるノアの蒼白となった顔である。


「ノア」


 呼び掛けるノヴァルナだが、ノアは銃を構えた姿勢のまま呆然自失となっていた。ノヴァルナは立ち上がってノアに駆け寄り、彼女の肩に手を置いてもう一度、「ノア」と呼び掛ける。


「は…初めて、人を撃った…」

  

 ノアはトラックを運転していたならず者に対して躊躇いなくそうしたように、人に向けて銃を構えた事はあったのだろうが、実際にその引き金を引いたのは初めてだったのだ。


「ノヴァルナ…わたし…」


 怯えた顔を向けるノアの目は、まるで迷子になった子供のようであった。ノヴァルナはノアの肩に置いた手に力を込めて、感謝の言葉を口にする。


「ノア、ありがとうな。おかげで助かった」


「…うん」


 彷徨いそうになる心を、自分が守ったノヴァルナの言葉に抱き留められた思いで、ノアは小さく頷いた。改めて自分たちの生きている世界が、決して優しくはない事を思い知る。住居の向こうからカールセンの自分達を呼ぶ声が聞こえ、ノヴァルナが「行くぞ!」と告げた。


“そう…大切だと思うなら、自分の手で守らなければならない。それが今の私達がいる世界…”


 そしてノアは駆けながら、前を行くノヴァルナの背中を見詰めて、自分が咄嗟にとった行動の意味を理解する。




“そうか…私にとって、たいせつな背中だったから―――”




「ノバック、ノア。こっちだ!」


 カールセンの声に従って一区画隣の通りに出てみると、そこに敵兵の姿はなく、カールセンとルキナが道路脇のマンホールの蓋を開けて待っていた。地下インフラ通路網への入り口だ。


「カールセン。こん中はマズいぞ。奴らの配置状況から見て、逆に袋のネズミんなる」


 ノヴァルナはレブゼブとオーガーの会話を聞いたわけではないが、敵がこの町へ配置した包囲戦力の状況から、当然この地下通路網にも対策があるはずだと読んでいた。しかしカールセンはそれも承知の上であるようだ。


「いや、大丈夫だ。まだ間に合うはずだ」


「間に合う? 何にだ?」と怪訝そうなノヴァルナ。


「話はあとだ。奴らの誰かが来る前に、中に入れ」


 カールセンに促され、ノヴァルナは半信半疑な顔をしながらもマンホールの中に入った。細い梯子を降りると、太いパイプやケーブル管が壁を走るトンネルがある。これが『地下インフラ通路』と呼ばれるもので、上下水道やNNLをはじめとする各種通信ケーブルの統合管理。整備を行う通路であった。

 これらは銀河皇国の植民星では普通に見られるもので、基本的に都市や町村の地下に、碁盤の目状に設けられている。壁面はセラミック製で、青緑色の発光管が埋め込まれ、人間が横に二人並んでどうにか歩ける広さだ。


 

 ノヴァルナに続いてノアとルキナ、そして最後にカールセンが地下通路へ降りて来る。「こっちだ」と言ったカールセンの案内で、一行は薄暗い通路を早足で歩き出した。


 するとしばらくして、ドン!と通路の天井から叩きつけたような震動が伝わって来る。オーク=オーガーが言っていた、町を焼き払う攻撃―――見せしめが始まったのだ。さっきノヴァルナが引き起こした混乱が収拾したのであろう。最初の一弾に続き、大小の震動が次々に響く。


「カール…この通路、崩れて来ないかしら」


 不安そうに言うルキナに、カールセンは感情を押し殺した声で応じる。


「奴等の目的は地上の建物を破壊する事だ。この通路が崩れるような攻撃はしないさ」


 カールセンの判断は正しいとノヴァルナは思った。上から叩きつけるような今の震動は、オーガー一味が、空中で炸裂する榴散弾を使用しているからだろう。

 ただ、それを知ったところで、地上で家を焼かれて、逃げ惑っているであろうタペトスの住民達に対して、今の自分達に出来る事は何もない。


 ギリッと歯を噛み鳴らすノヴァルナ。正直、今回の件にノヴァルナ自身とノアは全く関係ないと言っていい。だがこの場に居合わせた以上、オーガー一味に対して怒りを覚えない訳にはいかなくなった。そもそもあの未開惑星で、原住民を虐殺していたのもオーガーの手下なのだ。物理的に助けるすべがなかったとはいえ、あとからノアに打ち明けた通り、見殺しにした事に心情的な納得など出来るようなノヴァルナではない。


「それより警戒しなけりゃならんのは、通路の中には奴等の兵も降りて来てる方だ。急ぐぞ」


 そう言いながら先を行くカールセンの歩みに迷いはない。碁盤の目状になっているはずの地下通路網の角を的確に曲がり、直進し、また曲がる。まるで自分の庭のようである。


 前を行くカールセンの肩越しに、さらにその先の暗闇を鋭い目で見据え、脳裏に二年前の初陣の時の、焼死体が累々と横たわる惑星の光景を思い起こしたノヴァルナは、胸の内で憤怒の言葉を吐いた。なるべくこの宙域の揉め事に首を突っ込むのを避け、元の世界に戻る事を考えていたが、もはや座視する事は出来ない。




“オーク=オーガー!…あん時の胸糞の悪さを思い出させてくれるたぁ―――てめぇの所業は、このノヴァルナ・ダン=ウォーダの借りにしといてやるぜ!”







【第9話につづく】

 


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