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#17

 

 エンダー夫妻の家に負傷者を担ぎこんで来たのは、およそ一週間前、ノヴァルナとノアがサンクェイの街でオーガー一味との戦闘に遭遇した、レジスタンス達であった。

 斜め向かいに住むノヴァルナが、物音と人の声を不審に思って様子を探りに来た時、カールセンと共にいた銀髪角刈りの青年は、彼等レジスタンスのリーダーだという。


 負傷者をガレージで仲間に治療させ、リーダーの若者はカールセンと、ノヴァルナとノアの四人でリビングにいた。若者とカールセンはソファーに腰掛けているが、ノヴァルナとノアは立ったままで、気を許していない事を示している。


 カールセンは壁に寄りかかるノヴァルナにリーダーの若者を紹介した。


「彼はケーシー=ユノー。レジスタンスの指揮官の一人で、星大名ダンティス家配下の大尉だ」


「………」


 ノヴァルナは無言でケーシーを見据えた。星大名の一族であるノヴァルナの見立てでは、ケーシーはその居ずまいから武人の家系ではなく、士官学校出の民間人のように思える。武人の家系なら、どこかしらそういう空気を纏っているのが分かるからだ。

 一方のケーシーは疲労が目立つ顔であっても、その目は鋭く、ノヴァルナとノアに視線を注いでいた。乾いた声でカールセンに問い掛ける。


「こいつらは? カールセン」


「ああ。ノバック=トゥーダと従姉のノア…俺の仕事仲間さ」


 少し間を置いて仕事仲間と紹介したカールセンの言葉に、ケーシーの警戒する眼差しが厳しさを増すのを感じ取り、ノヴァルナはあえてさりげなく付け加えた。


「ウォーダ家の軍でパイロットをやってた」


 それを聞いてケーシーは「なに?」と怪訝そうに言い。カールセンは小さくため息をついて、ノアは“なぜそれを言う”と僅かに眉をひそめた。


「ウォーダ家だと? なんで関白の軍のパイロットが、女連れでこんなとこにいる? それにこんな子供がパイロット?…ASGUL乗りの訓練生だろ」


 ケーシーの言い分ももっともだった。ノヴァルナらは星大名の子弟であるからこそ、パイロットをやっているようなものであり、世間一般の十代半ばの若者であるなら、訓練生が関の山なのだ。ただやはり今のウォーダ家は関白家というのが、この世界では常識であるらしい。

 その辺りは置いといて…とばかりに、ノヴァルナはノアを指差してあっけらかんと言い放つ。


「こいつと駆け落ちして来た」

  

「はぁ!? ちょっと、何言ってんの!!」


 カールセンに冷やかされる度に二人で散々否定していた“駆け落ち説”を、ノヴァルナ自身が口にしてノアは頓狂な声を上げた。するとノヴァルナはノアに顔を寄せ、小声で告げる。


「いーじゃねーか。もう、いちいち否定すんのも面倒臭ぇから、そうしとけ」


「そ、そうしとけって…」


 不満を言いたいノアであったが、口調と裏腹なノヴァルナの真剣な目つきに、いま話を混ぜ返すのは得策ではないと感じて思い止まる。その直後、ケーシーは「はん!」と鼻先で笑った。


「おかしなガキ共だな。カールセン、こいつら信用できるのか?」


 顎をしゃくって問い質すケーシーに、隣に座るカールセンは苦笑混じりに応じる。


「まあ。悪い奴じゃないのは確かだ」


 するとノヴァルナは、壁にもたれていた背中を跳ねさせて直立し、不敵な笑みを見せた。


「信用できるのか…か。それなら俺達からも言わせてもらうぜ」


「ん?」と振り向くケーシー。


「カールセン。あんたこそ、何者だ?」とノヴァルナ。


「………」


 ノヴァルナが疑念の目を向けたのはケーシーではなく、カールセンであった。無言のままに、カールセンの表情が俄かに曇る。ノヴァルナは柔らかな口調でさらに追及した。


「…本当はあんたも、元は武家の出だろ? 俺のパイロットスーツの家紋を見た時、あんたは俺に“ウォーダの家中の者か”と訊いたよな。素人の一般人が、即座にそんな物言いはしねえぜ」


「む…」


「それにあんた、このレジスタンスの連中とは直接の繋がりはねえようだが、その反面、一目置かれてるのが、連中の態度から見て取れる…少なくとも、そういった敬意を払われる立場にいたはずだ」


「若いのに、なかなか鋭いじゃないか。ノバック」


 感心してみせるカールセンの目は、いつの間にか鋭い眼差しになっている。


「こういう展開になった以上は、俺達もあんたを信用しておく“担保”が欲しいからな」


 カールセンは、自分が武家の出だという事を見抜いた上で、臆することなく対等以上の立場を貫くノバック(ノヴァルナ)を、やはり単なるパイロットではないと感じた。正規パイロットであれ、訓練生であれ、相手が十歳前後も離れた高級士官だと分かれば、他家であっても謙譲的になるよう、基礎訓練課程で精神に叩き込まれているはずだからだ。

  

「おまえさんの言う通り、俺は武門の出だ」


 カールセンはこれ以上隠し立てしても仕方ないとばかりに、ノヴァルナに打ち明けた。


「ただし、ウチの家系は武官だった」


 それを聞いて、ノヴァルナはなるほどと思った。この世界で言う武官とは、代々軍人である事を表す武門出身の、政治官僚を示す場合が多い。それに対して民間出身の政治官僚は文官と呼ばれている。ノヴァルナはカールセンを只者ではないと思ってはいたが、武将と言うには違和感を感じていたのだ。


「武官か。レジスタンス側って事は、ダンティス家の駐在武官か?」


 この惑星アデロンは、今はマフィアのオーク=オーガーというピーグル星人が、独立管領気取りで支配しているという話だが、以前は星大名のダンティス家の支配下にあったらしい。ノヴァルナはカールセンが、そのダンティス家の駐在武官の居残り組だと推測したのである。ところがカールセンは「いいや」と否定する。


「俺は…アッシナ家に仕えていた」


「アッシナ家? だったら敵側じゃねえのか?」とノヴァルナ。


「ま、その辺りはいろいろと事情があってな…」


 言葉を濁すカールセンに、ノヴァルナは「わかった」と簡単に了承し、言葉を続けた。


「事情があるのは俺も同じだからな。レジスタンスの連中がいる前で普通に言えるってのは、まあそういう事なんだろぜ」


 そこにカールセンの妻のルキナが現れて沈痛な声で告げる。着衣には負傷者のものと思われる血液が、所々に染みついていた。


「怪我人の治療は終わったわ。でも…」


 “このままじゃ助からない”という言葉を言外に感じさせるルキナ。カールセンはケーシーやノヴァルナに目配せしてソファーから立ち上がり、様子を見に行く事を促した。ノアに目配せがなかったのは、重傷者をわざわざ若い女性のノアに見せる事はないという配慮だったが、ノアも当然のようにノヴァルナについて行く。


 負傷したケーシーの部下は、肩から胸に幾重にも包帯が巻かれた状態で、シートの上で意識を失っていた。傷口の中に刺さる榴弾の金属片を注意深く抜き取り、止血処置と消毒を済ませ、大判の組織再生パッドを並べて貼った上に包帯を巻いたルキナの手当は、手持ちの器材を使用して出来得る限りのものだったが、それでも出血がひどく、包帯には血が滲んでいる。


「ごめんなさい。ウチにある医療キットじゃ、これが精一杯で…」

  

 詫びるルキナにケーシーは「いや、感謝する」と頭を下げた。然るべき医療機関で手術しなければ、どのみち助からないのはケーシー達も充分理解しているはずだ。そのケーシーに、カールセンはあえて事務的な口調で告げる。


「二日だけだ…ガレージの奥に隠れて、明後日の夜には出て行ってくれ」


 それはつまり、二日間はエンダー夫妻の家で、このレジスタンスの兵士達をかくまうという話である。だがそれでも、かなりの危険を冒す事に違いないらしく、カールセンもルキナも苦衷の表情を浮かべていた。


「わかった。済まない、カールセン、ルキナ…恩に着る」


 硬い表情で礼を言うケーシーに軽く頷き、カールセンはノヴァルナとノアに振り向く。


「ノバック、ノア。これはおさえさん達には関係ない話だ。何も見聞きしなかった事にして、今夜はもう遅いから帰ってくれ」


 するとノヴァルナは、あっさりとした声で「わかった」と応じた。ノアは何か言いたそうだったが、ノヴァルナの“帰るぞ”と促す視線に口をつぐむ。そこにさらにカールセンが、指示を付け加えた。


「それと明日、明後日は臨時休業にする。ウチにも来るな。ルキナに食材を分けさせるから、食事はそっちで用意してくれ」


「ああ、そうするぜ」とノヴァルナ。


「じゃ、二人ともリビングで少し待ってて、すぐに食材を用意するから」


 ルキナは静かに告げると、先に住居へと向かった。






「…あなたにしては随分、簡単に引き下がったのね」


 自分達の住まいに戻ったノアは、キッチンでルキナが用意してくれた食材を並べながら、リビングのノヴァルナに話し掛けた。


「カールセンの言う通り、俺達には関係ねえ話だからな」


 口ではさして興味もなさそうに言うノヴァルナだが、その目の光には厳しいものがある。


「あのご夫婦が、私達に隠し事をしていたのを、怒ってたりする?」とノア。


「ハハハ…まさか。隠し事ってんなら、俺達の隠し事の方がでけえからな。むしろデカ過ぎて、信用されねえレベルだろうぜ」


 冗談めかして応えたノヴァルナだが、そこから口調に真剣さを帯びさせた。


「裏事情はどうであれ、あの夫婦は信用出来る。だが問題はレジスタンスだ。どの程度の規模の組織かは知らねえが、少なくとも今は俺達が関わらねえ方がいい」

  

 ノヴァルナの言葉をキッチンで聞き、ノアは考えた。ノヴァルナと知り合ってまだ二週間ほどだが、複雑怪奇なあの若者の思考も、だいぶ理解出来るようになっている。エンダー夫妻に対して素っ気無いような今しがたの振る舞いも、内心ではひどく気に掛けているに違いない。


 あの未開惑星で、貨物宇宙船の乗組員のならず者達が、原住民の村を襲って住民を遊び半分に惨殺していたのを見た時、ノアは原住民の救助を提案したのだが、ノヴァルナは素っ気無くそれを拒絶、ノアを怒らせた。

 だがその後のやり取りで、ノヴァルナという人間は、自分の判断や行動が自分自身で納得できない場合、むしろその対象の相手に冷淡な反応を見せるらしい…と、感じられたのだ。

 まったくもってタチの悪いひねくれ方だと言えるが、それとわかって以来、二人の口喧嘩の回数が減っているのも事実である。


「あなたがそう言うなら、わかったわ」


 つとめて納得したように応えたノアは、ルキナから分けてもらった食材のジャガイモを手に取り、声高に明るい調子で話題を変えた。


「それより、明日は期待して。私がご飯作ったげるから」


「うげ」


「“うげ”じゃあない!」






 翌日早朝―――


 ノヴァルナ達の暮らすタペトスの町に雪は降っておらず、空は灰色がかった分厚い雲が低く垂れこめていた。町を挟み込むように両側にそり立つ山脈は、頂に向かうほど白い霧が濃くなり、やがては雲と一体化している。


 昨夜もソファーで眠りについていたノヴァルナは、意識の立ち上がりと共に、閉じた瞼に朝の光を感じ取り、毛布を喉元までたくし上げて寝返りを打った。


 すると聴覚が遠くの方で微かに響く、ズン………という音を捉える。




“んん?…山鳴りかあ?………”




 ぼんやりとした意識の中でそう判断し、もう少し寝るか…と考える。そういや今日は、ノアがメシ作るんだっけ?…いつ支度始めるんだ、アイツ………と思いながらまどろみかけると再び、そしてやや大きく、ズズン…と音が聞こえた。


“?…”


 さすがに今度は訝しみ、ノヴァルナは目を閉じたまま神経を集中させる。


ズズズン………


 岩を叩くような音と震動。目を開けて警戒心のレベルを上げる。


ズズズン…ズズズズン…ズズズズズン!…


 規則的な地響きが始まり、ノヴァルナはソファーから跳ね起きた。



▶#18につづく

 


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