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双つの月  作者: 氷月優莉
3/7

II  運命―サダメ―

 早く、早く、早く、早く。

 間に合わなくなる前に、早く―――




 今日は土曜日だ。からりと晴れて、それでいて風が出ている。

 久々に、ちょうどいい気温だ。凛音は満足げに笑うと、スニーカーに足を入れる。

 二時に、駅前の本屋で待ち合わせ。

 そう美奈子と約束していた。本も物色したかったので、凛音は約束の三十分前に家を出た。

 空は青い。どこまでも、広々と広がっている。

 その空がふと、この間見た夢の空に重なった。

 けれど、夢の中の空のほうが数倍鮮やかに青かった。すべてを包み込んでしまうほどに、青く、広く。

 凛音は頭を振った。

 あんな夢なんか、忘れてしまえばいい。忘れてしまえば、今もなお頭の中をくすぶっている違和感が、消えるかもしれない。

 そうなることを願いつつ、凛音は足を早めた。


 書店の中は冷房がきいていて涼しく、凛音は体がほうと弛緩しかんしていくのがわかった。

 雑誌のコーナーをざっと眺めたが、凛音はもともと服への興味は無いのでファッション誌はパス。ゲームの攻略雑誌もゲームを持っていないから読む意味が無い。それでも二時まで十分ほど時間があり、凛音は何の気なしに「歴史の謎」という雑誌を手に取った。

 適当にぱらぱらとめくっていき、――凛音はあるページで、凍りついた。


呪羅ジュラとは一体なんだったのか!? 〜中国三千年に現れた恐るべき存在〜』


 呪羅。

 凛音は心拍数が跳ね上がったのがわかった。

 よみがえる夢の記憶。

 

(((呪羅様の呪いの眠りも、時を置かずして解ける)))―――


 正体不明の声。あの声は確かに、呪羅と言ってはいなかったか。

 震える手を押さえて、凛音はゆっくりとページに目を落とした。




 呪羅とは、古代中国に現れた妖怪。

 呪羅の<呪>は「呪い」、<羅>は「絡めとる」という意味がある。その名のとおり呪羅は、呪いで人の心を絡めとり、もてあそぶ妖怪。

 何万人もの人々を殺し、何千万人もの人々を恐怖に陥れた。

 当時呪羅は、畏怖と恐怖の対象だったという。


 あるとき、見かねた始皇帝が、五人の戦士を呪羅のもとに放った。

 五人の通り名は<五連迅ごれんじん>。五人とも人にあらざる力を持ち、一人は火、一人は木、一人は風、一人は金、一人は水の力を持っていた。

 五連迅と呪羅は、三日三晩戦い続けた。だが五連迅の力を以ってしても呪羅を完璧に倒しきることはかなわず、封印にとどまった。

 その封印の維持は、代々五連迅の子孫が担ったという。




 呪羅についての記述はそこまでで、後の記事は検証に入っていた。

 震える手で、凛音は雑誌を閉じた。心臓が走り続けている。

 とにかく落ち着こうと、深く息を吸った。

「凛音!」

「わっ!」

 思わず雑誌を投げ出してしまうところだった。見ると、美奈子がすぐそこに立っている。

「凛音、店の外でって言ったじゃん! 探したんだからね!」

「ごめんごめん」

 凛音は苦笑を浮かべて誤り、平静を装いながら店を出た。だが、まだ震えはとまらない。

 心の一部分は、こんなことくだらないと冷めている。だが、一番奥のところで、凛音はおののいていた。

 コワイ、コワイ、コワイ、コワイ、

 怖い――――!

「あ、凛音。この間、学校に行くときの近道見つけたんだ!教えたげる!」

 言うなり、美奈子は凛音の手をとって駆け出す。そのまま、美奈子は人通りの無い路地に入っていった。

「ちょっと美奈子、やばくない?」

「平気平気! ここ抜ければすぐ学校に出るんだよ!」

 そのまま細い路地を通り抜け、急な曲がり道を曲がりきったとき――

「きゃっ」

 美奈子は突然立ち止まってしまった。凛音はぎょっとして、思わず一歩後ずさる。

 老婆がいた。ただ、年齢が計り知れない。凛音の祖母は八十になるが、この老婆はもっと年を重ねているように見えた。

 たとえるなら、社会の教科書で見た屋久杉。長い時を生きすぎてねじれ、枝は節くれだち、凛音は恐怖すら感じた。

 老婆はにやりと笑う。美奈子はすでに涙目だ。カタカタと震え、凛音の後ろに回る。凛音は動けずに、じっと老婆を凝視した。

 老婆が口を開く。

「お前は、運命さだめの子だね」

 しわがれ、掠れ、聞き取りづらい。だが、なぜか凛音にははっきりと聞き取れた。

「稀なる数奇な運命さだめを背負って産まれてきた。いや、創られた――のかな?」

 凛音は目を見開いた。老婆は続ける。

「だが、数奇な人生をたどるのは同じ。娘、娘よ。心すがよい。やがて、否応いやおう無く、そなたは道から外れる―――」

 老婆は高笑いした。その乾いた笑い声は路地に響き、老婆は笑い声の余韻を残して去っていった。

「なんなのよ、あれ。脳イカれてるんじゃないの?」

 半泣きの美奈子が凛音の腕にすがりつく。凛音は愕然としていた。


「そなたは道から外れる―――」


 その言葉が、妙に頭にこびりついていた。

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