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双つの月  作者: 氷月優莉
2/7

I  違和―イワ―

 呼ばなければ。

 私の半身を―――





 肌を焼く太陽の灼熱に、神木かみき凛音りんねは空を見上げた。

 夏も盛りだ。蝉は一時も休まずに鳴き、校庭の隅にあるプールからは常に嬌声と水音が上がっている。

 そして、他のクラスがプール授業をやっている間に自分のクラスは校庭で汗だくになりながら50メートルのタイムを取っている、というのは、なかなか納得しがたいものがあった。

「あっつ…」

 体育着の胸元をつまんでパタパタと振る。汗で体操着がぴったりと張り付き、気持ち悪い。

「あ〜もう! 何でこんなに暑いの〜!」

 タイムを取り終えたクラスメイトの相沢美奈子がだるそうに歩いてくる。凛音は苦笑した。

「ん〜…。やっぱり夏だし、ね?」

「ね? じゃないよ〜…」

 でもまぁこの暑さは耐えがたいよね、と言おうとして、凛音はふと言葉を飲んだ。そして、唇をかむ。


 まただ。


 奇妙な違和感。自分が思っていることと、自分の中の何かの、ズレ。

 体育教師が出席番号七番から十四番までの集合をかける。凛音は七番。50メートルのスタートラインに向かって、だらだらと歩き出した。

 ライン前で右ひざを後ろに両膝を地面につき、両手をついて、体を前傾させる。土の匂いがした。空気が熱い。その空気を吸い込む。

 乾いたピストルの音とともに、凛音は勢いよく地を蹴った。

 自分の中にある違和感を振り払うように、全力でコースを駆けた。


 クラス全員タイムを取り終え、体育教師が集合をかけたところでチャイムが鳴った。次には二十分間の中休みがあり、そこで解散となった。

 凛音は一刻も早く比較的涼しい校舎に入ろうと、ためらいも無く校舎に足を向ける。

 が。

 凛音は目を見開く。

「凛音〜?戻んないの?」

 美奈子が声をかけてくる。凛音はそれに手を振った。

「ごめん、先行ってて」

 美奈子は驚いたようだったが、暑さに耐え切れなくなったのだろう、さっさと校舎に戻っていった。

 凛音は、プールとは反対側の校庭の隅に向かう。

 そこには、陸上部の幅跳び用の砂場があった。砂場のふちにしゃがみこみ、さらさらとした砂をすくう。

 どうしようもない違和感を抱え、凛音は息を吐いた。

 この暑さは耐えがたいと思っているのに、どこかでこんな暑さは軽いものだとおもっている。もうこんな暑さから解放されたいと思っているのに、どこかでもっとこの灼熱の中に身を置きたいと思っている。

 ズレている。自分の中で何かが微妙に、しかし確実にズレている。そして、このズレの正体がわからない。

 わからないことはまだあった。最近、どうしようもなく砂に目が行く。教室から校庭を見下ろしている間も、気づけば視線は砂場に向かっていた。また、外にいるとき、無性に砂に触れたくなることがあった。今のように。

 わかることといえば、自分の中でズレが生まれ始めたのは、<夢>を見たときからだ、ということだけだ。

 凛音は立ち上がり、ひとつ伸びをすると校舎に向かった。

 先週、夢を見た。異国の風景、不思議な声、頭の痛み、引き裂かれる感覚。

 そして、「月の」と「呪羅ジュラ」。

 凛音は現実主義者だ。ファンタジーなどの本も、めったに読まない。だからなおさら、あんな夢を見たことが不思議だった。

 そして、最近、何かが凛音を駆り立てる。

 行けと。早く、在るべきところへ進めと。

 そして、ともすれば、足が勝手に動きそうになる。

 だが、そういう風になることはごくまれだ。そして、そうなったときは、凛音は理性で押さえ込む。

 その衝動にだけは、絶対に従ってはいけない。従ったら、戻れなくなる。

 何かがそう叫ぶのだ。そして凛音は、戻れなくなることは嫌だと、全身全霊でその衝動に抗う。

 自分で自分がわからないなんて、こんなことは初めてだ。

 なにか恐ろしいものが自分の中に潜んでいるようで、凛音はそっと、わが身を抱きしめた。

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