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化け族  作者: 紅崎樹
7/8

遭遇

 地元を離れて四、五日が経った。まだ特定はできないが、もう三、四か所くらいは市町村を渡り歩いたのではないだろうか。

 食べ物については、獣を喰って飢えを凌いでいた。肉ばかりで体が持つか心配だったのだが、利人も俺もピンピンしていた。案外化け族として目覚めた時に、俺たちが気づいていないだけで、体の構造が変わっていたのかもしれないとちらりと考えた。

「それにしても、こうも毎日肉だと、だんだん萎えて来るよなあ」

 毎日、毎日、獣を殺してたらさ、と利人が言った。

 時計を見ると、今は午前七時だ。

「……だよな」

 俺はそこまで苦ではなかったが、利人は優しい奴だからきっと心苦しいのだろう。

 この辺には森がなく、取りあえず広場で休んでいた。今日は日曜日なので、子供が日中ぶらついていても、そこまで不審に思われないだろう。と言っても、公園には俺たちしかいないのだが。

「大分、森が少なくなってきたな。そろそろI市にでも着いたか?」

 I市は、この県内で、元居た村から南にある唯一の市だ。市ともなれば、背の高い建物も大分増え、人通りも多い。それから、森が一気に減るということ。俺たちに重要なのはその点だった。

「これからだんだん、獣を喰うことすらできなくなっちまうんだぜ、きっと」

 利人がふうっと長いため息を吐いた。そこで俺は提案する。

「母さんから一応金をもらってあるし、ここらで一回、食糧調達にでも行くか」

「ま、マジかよ、金持ってきてあったの?! それを早く言えってばー!」

 思いのほか、利人が食いついてきた。というより、怒られてしまった。クズる利人を適当に宥める。

「まだ店は開いてないだろうからさ、もう少し日が高くなったら、一緒になんか買いに行こうぜ」


 午前九時を回った頃。流石に、同じ場所にずっと居ては不審に思われてしまうので、俺たちはその辺の散策に出かけた。そうは言っても、此処についてからまだ一睡もしていないので、二人とも足取りが覚束ない。ゆっくりと歩いていたら、あっという間に正午になった。

「よし、それじゃあ、店を探そうぜ」

 利人が言う。一応、今までも店を探していたのだが、住宅地の方に来てしまったようだ。

 此処がI市内だろうということは確信したが、生憎俺は、I市に来るのは初めてだった。

 向こう側から、一人の女性が歩いてくるのが見えた。二十歳半ばといったところか。仕方ない、あの人に道を聞こうという話に落ち着いた。

 距離がかなり近くなってきて、声をかけようとしたとき。

「あっ」

 俺は咄嗟に、その女性の腕をつかんでいた。

「な、何よ、君」

「……っ! すみませんでした、急に」

 俺は慌てて手を離したが、女性には完璧に引かれていた。

「おい、何やってんだよ隆」

 利人に小さく小突かれる。しかし、利人だって感じたはずなのだ。この女性から――

「あの、失礼ですが、『化け族』ってご存知ですか?」

 当初訊こうとしていたこととは全く違うことを、その女性に問いかける。その瞬間、彼女が微かに動揺したのを、俺は見逃さなかった。

「……小説か、何かの話?」

「いえ、実在する種族として、という意味で訊きました」

 利人が「おい、なあ、どうしたんだよ」と俺の腕を引いて来る。まさか、利人は感じないのだろうか。

 俺が、本当に微かだが、この女性から化け族の気配を感じているというのに。

「君たちまさか、その、化け族だというの?」

 この反応……。俺は手ごたえを感じる。ゆっくりと頷いた。

 利人はその光景を、ただただ茫然と見ている。

「……そうね、話をしようか。私の家に寄って行きな。ずいぶん顔色も悪いし、立話じゃ疲れるでしょ?」

 そう言うと女性は、初めて俺たちに微笑みかけた。


 女性は、涼風真理と名乗った。涼風さんが連れて行ってくれたのは、一戸建ての小さな家だった。此処で独り暮らしをしているらしい。

「父は私が子供の時に行方不明になって、もう死んだことになってる。母も一昨年、病気で亡くなったの。私、お相手もいないしね」

 俺たちに食事を用意してくれている途中、そう言って笑っていた。

「はい、どうぞ。こんなものしかないけど」

 小さな机に並んだのは、味噌汁とご飯。随分と質素だが、ここ最近まともなものを食べていなかった俺たちにとって、それらはとても有難かった。涼風さんは、夢中でご飯を貪る俺たちを暫く眺めていたが、俺たちの食器の中身が少なくなってきたところで、話を切り出した。

「そう言えば、まだ名前、聞いてなかったね」

 そこで俺たちは慌てて食べるのを止め、口の中の物が無くなってから答える。

「向田利人です」

「真田隆盛です」

「利人君に、隆盛君ね。君たち、どのあたりから来たの? この辺じゃないんでしょう」

 そこで俺が、自分たちの住んでいた村の名前を出し、更には歩いて此処まで来たと言ったら、涼風さんは目を丸くした。

「そんなに歩いたの? なんで?! ……いやあ、それにしても、若者の力ってすごいね~」

 後半は、半ば呆れつつも感心しているようだった。

「若者って、涼風さんだって若いじゃないですか」

 利人が言うと、涼風さんはただ笑った。

「それで、此処まで歩いてきたのはやっぱり、さっきの質問の内容に関わってくるのかな? そうだね、例えば……、化け族だってのがばれて、泣く泣く地元を離れて来た……とか」

 今度は俺たちが目を丸くする番だった。二人で顔を見合わせてから、「まさにその通りです」と言う。

「涼風さんも、もしかして化け族なんですか」

 化け族は、兄弟のことしか判別することができない。だから、これは本人に訊いて確かめるしかないこと。だが、その時点ですでに俺は確信を持っていた。彼女は化け族である、と。何故なら、彼女からは化け族の気配がするからだ。

 しかし、それにしても。俺がその気配を感じるということは本来ないはずなのだが、どうしてその本来ないはずのことが起きているのだろう。その辺の理由も、彼女の話を聞けばわかるかもしれない、と思った。

「残念ながら私は、化け族ではない」

 彼女から帰ってきた答えは、俺の予想に反するものだった。

「えっ?!」

 肯定系の返事が返ってくるものだとばかり思っていたから、つい声を上げてしまった。

(それならどうして、化け族の気配を感じるんだ?)

 答えを見つけられると思ったのだが、俺は混乱するばかりである。

「でもね」

 と、彼女の話は続くらしい。

「私に化け族としての魂は宿っていないけれど、化け族だった人の血は流れているのよ。私は、人間と化け族のハーフなの」

 それは、俺の予想をはるかに上回るものだった。

「私の父は、化け族って種族の子孫だった。『時には獣を喰い、時には人間を喰う。恐ろしいだろう? それでも、お父さんが生きていく為には、どうしても欠くことのできないことなんだよ』って、いつだったか教えてくれたわ。本来なら、私も化け族になるはずだったのよね。当初はその予定だったらしいんだけど。でも、いざとなって、初めてできた自分の子供に、自分と同じ道を進んでほしくないって思っちゃったんだって。私に自分の魂を吹き込んでしまえば、自分は死んでしまう、でも、まだ死にたくない、って思っちゃったんだって。私の顔を、成長した姿を、少しでも見ておきたい……って。父が家を出たのは、私が中学に上がる少し前だったから、この話を聞いたのは小学中学年くらいの時だったのかな。その時は、話半分くらいの気持ちで聞いていたんだけど、まさかこんな形であの話が本当だったんだってことを知ることになるとはね。……いや、案外、こんな歳まで覚えていたってことは、私は心のどこかであの話を信じていたのかもしれないけれど。それはまあ、君たちにとっては関係のないことだよね。ごめん、ごめん。父が家を出たのは、最期の使命を果たすためだったんだろうね。ってことは、もうとっくに死んでるのかな。……それで、私の聞いた話だと、化け族って自分の兄弟しかわからないんでしょ? それなのに、隆盛君はどうして私が化け族の関係者だってわかったの? 私、それでさっきからすごい吃驚してるんだけど」

 急に話を振られて、俺は咄嗟に答えられなかった。と言うより、俺だってそれがさっきからわからなくて困っているのだ。涼風さんの話の中に、何か言いヒントを見つけられるかと思ったのだが……。

「それが、俺にもよくわからなくて……」

 言いながら考えていると、ふと、ある可能性を思いついた。

「あの、全然関係ないかもしれないんですけど。涼風さん、お父さんの話の中に、「桐谷誠」って名前が出てきませんでしたか?」

「小父さんの、名前?」

 今まで利人は静かに話を聞いていたが、俺の言葉に不思議そうに首を傾げた。

「なんで此処に、おじさんが出てくるんだよ?」

「ま、もう少し待てって」

 涼風さんは暫く黙っていたが、急に「ああ」と声を上げた。どうやら思い出せたらしい。

「出てきたよ、その名前。確か、幼馴染で、だけど生き別れの兄弟だ……とか言ってたわ。あの時は意味が分からなかったけど、まさかそれ、「化け族として」ってこと?」

 その答えを聞いて、合点がいった。これで、涼風さんが化け族だと分かったことについて説明がつく。

「恐らくは、そういうことなんだと思います。俺の父さんと、涼風さんのお父さんは、元の魂が一緒だった。涼風さんはその血を引き継いでいて、俺は血と魂を引き継いでいる。利人も魂を引き継いではいるけど、血を引き継いでいないし、俺の方が一人分多く魂を喰っている。涼風さんのそれはかなり微かなものだから、より近しい俺にだけ、化け族の気配が感じ取れた……ってところじゃないでしょうか」

「うおー、なるほど」

「ん、何だよ。化け族の気配って」

 俺が結論にたどり着き、涼風さんが感心している中、利人だけが話を今一飲み込めていないようだ。

「涼風さんに会ったとき、俺が腕を掴んだろう? あの時、涼風さんから微かに化け族の気配を感じたんだ。いつもの、変な感覚は無かったけどな。だから、この人は化け族なんだって直感的に思ったんだ。実際のとこは違ってたけどな」

 そこまで言うと、利人はなんとなく理解したようだ。しかし、反応は微妙だった。

「その件については解決したね。問題が解けてすっきり、よかった! しかし、それにしても君たち、これから行く当てはあるの? さっきのご飯へ喰らいつく様子からすると、まともな食事してなかったようだけど」

 利人と二人、肩をすぼめた。久しぶりのまともな食事だったとはいえ、あれは流石に行儀が悪すぎたな、と心の中で反省。利人と交互に「行く当ては、実はなくて……」と事情を説明する。

 そんな俺たちの様子を苦笑いしながら見て、涼風さんはこう続けた。

「それなら、私の家に居ればいいよ。家を出て来たなら、どうせ戸籍も使えないでしょう。私、そこまで裕福じゃないから内職とかしてもらうかもしれないけど、それでもいい?」

 そんな広大な涼風さんに甘え、俺たちは暫くここで住むことになった。

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