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化け族  作者: 紅崎樹
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母が語る父の話

「母さんたちはね、もともと中学までクラスメイトだったの。小学生の頃はそんなに話したことがなかったんだけど、中学に上がってから、だんだん話すようになって。割とすぐに打ち解けたような気がするわ。あんたのお父さんは、とても気のやさしい人だったのよ。他人のことばっかり考えてるような人だった。そんな性格だからあんまり人に強くものが言えなくて、リーダー格ではなかったんだけど。それでも、クラスの中で割と中心的な存在だったな。

 その時から、私はあの人に惹かれていたんだと思う。

 ……なんてね。何赤くなってんのよ。

 でね。話戻すけど。

 二年の夏、急に様子がおかしくなった。丁度、二年前のあんたみたいにね。額に変な汗をかきながら、顔色が悪くなって震え始めたり、かと思えば急に元に戻ったり。あの時は本当にあの人のことが心配だった。学校でも、だんだん周りと話さなくなって、私とも距離を取るようになった。それで私は、虐めにあっているんじゃないかって思ったのよ。

 ある日の放課後、適当なところまで連れて行って、私、彼に訊いたの。

 『何かあったんじゃないか』って。

 そしたらね、案の定何にもないって言い張るのよ。それでも引くに引けなくて、暫く問い詰めていたんだけれど。

 急にあの人の息が荒くなり始めてね。額に汗をかきながら、震えながら、膝から崩れ落ちて。震えた声で私に『逃げて』って言うの。私はその時、それがどういう状況なのか全く理解できていなかったから、それがどれほど危険な状況だったのか理解できていなかった。だから『大丈夫?』って、彼に近づいちゃったのよ。

 次の瞬間、ぐわっと彼の手が私の首元に伸びてきて。

 ……そう。私、あんたの父さんに食べられかけたのよ。

 そのままいいなりに殺されるわけにいかないから、私もかなり抵抗してね、結局あの人は私を殺すことができなかった。

 あの時はかなりびっくりしたわ。私に欲情して、気が狂ったのかとさえ思ったもの。……もう、いちいち顔を赤くしないでよ。

 しばらく間をおいて、彼はようやく私に話を聞かせてくれた。

 「化け族」の話をね。

『俺は化け族の子孫だから、新鮮な血肉を食べなければ生きていかれないんだ。本来は、人間を喰うのが、一番腹持ちがいいらしい。今は獣を喰って飢えを凌いでいるが、時たま、自分を制御できないことがある。いつか自分は、人間を喰うことになるんじゃないか』

 って、とても悲しそうに打ち明けてくれたわ。

 ……んー、正直、初めは信じられなかったよ。それでも、目の前でそんな深刻そうに言われちゃえば、嘘だって思う方が可哀想なくらいで。私ももともと変わり者だったから、割とすんなりその話を聞くことができたの。人間だって別の種を食べて生きているわけだし、人間を喰う種だっているのかなって、他人事みたいに聞いてた。

 でもまあ、あっさり信じちゃえるくらい、あの人、あの頃特に酷かったのよ。すっごく怯えているのがわかった。とっても優しい人だったから、獣を殺すことさえ心苦しかったんじゃないかな。相当ストレスが溜まっていたみたい。

 そう、中学の頃のあの人とあんたを比べると、随分と似てないなって思う。でもね、大人になってからのあの人に、とても似てるのよ。あの人、成人してようやく気持ちが落ち着いていった感じだったから。……でも、それを考えると、あんたの場合は、随分早い段階から落ち着いてたよね。辛そうに見えたの、学校を早退したあの日くらいしかなかったもの。あの人と同じで、獣を食べていたみたいだけど――ん? ああ、そんなの、気づくに決まってるじゃない。隠しているつもりだったんだろうけど、ちょっと生臭かったもの。――で、何の話をしてたんだっけ。……ああ、そうだ。あんたも獣を食べてたみたいだけど、そこまで顔には出てなかったからね。そもそも、そこまで辛いと感じたことがなかったんじゃない? その辺が、やっぱりあの人とは違うのよね。小さい頃は割と優しい子だったのに、二年前のあの日以来、ちょっと人として大事なものが欠けてしまったんじゃないかって、少し心配になったくらいだわ。

 それで、ええと、あとは何を話せばいいかな。

 そうそう。その後、私に話したことで少し気持ちの整理がついたみたいでね、学校でも大分元に戻っていったの。そういえば、変な発作みたいなのが少なくなったのも、丁度あの頃だったのかな。

 その後は、あんたたちみたいに大きな問題を起こすことなく中学を卒業。高校は別のところに行ったわ。それから暫く会ってなかったんだけど、同級会で再会して、数年間の交際の末、結婚した。

 話がちょっと変わるけど、私たちが結婚する何年か前に――今からだと、二十年くらい前になるのか、その頃に、県内で大々的な殺人事件が起きたの。殺人事件と言うか、行方不明者続出、みたいな感じになってたんだけど。一向に行方が分からなくて、巷じゃ連続殺人だって騒がれてた。

 後から聞いた話だとね、行方不明になってた人たち、あんたの父さんが食べてたんだって。偶然、出掛け先で兄弟に会って、その魂を食べた後、何年も人間を食べていなかった反動で自我を失った、とか言ってた。詳しい事情は分からないけど、……大体今のでわかった? そう、やっぱり。私も少し話が聞きたいけど、今はそんなことしている場合じゃないってことも、ちゃんとわかってるからね。人間の私なんかが知る必要のないことだってことも十分わかってる。

 んーと、あとは、あの人の最期だけ話しておこうかな。

 あんたを身籠ってから半年くらい経ったときの晩にね、私が横になってたら、多分、私が寝てると思ってたんだろうね。あの人、お腹の中のあんたに向かってこう語ってたのよ。

『俺はたくさんの命を喰ってきた。今日が俺の死に時だという気がしてならない。隆盛、お前の運命は、俺の血をひいてしまっている時点ですでに決まっている』

 私は寝たふりを通したから、盗み聞きみたいな形になってあまり良くなかったけど。そう言いながら、私のお腹に手を置いて、何かをした後、ふっと息を引き取ったわ。それでも、あんまりあの人がいなくなったという感じがしなかった。……きっと、あんたがお腹の中にいたからだろうね。

 ……あんたの体に、あの人の魂が? へえ、そっか、そうだったの。あの、私のお腹に手を置いて何かしていたのは、そういうことだったんだ。いえ全く、そんなこと、知らなかった。……でも、なんとなく、あの人がいなくなったと感じなかったのは、女の勘って奴なのかな。そうは言っても、私は夫としての、クラスメイトとしてのあの人を見てきていたわけだし、それにあんたの場合は産みの親だからね。わかるものはわかるのよ。そういうものなの。


 それで、隆盛。あんたはこの話を受けて、この後どうするつもりなの? あんたがどういった結論を出そうと私はもう止めない。一生会えなくなったとしても、それはそれで、そういうものだと思うことにする。そのくらいの覚悟は、あの人――桐谷誠という人と一緒になった時点で、もう既にできているから。だからあんたは、自分が最も正しいと思う道に進みなさい。

 私からできる話はこれくらいよ」

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