双子
(新たな兄弟が、二人)
ここ最近、特に何の動きもなかった。俺が化け族として目覚めて二年が経つ。利人が化け族として目覚めてから、利人の方から俺と距離を置くようになった。つい最近まで、学校でも一緒に居ないことの方が多くなり、周りにいろいろ言われていた。
今現在、俺は中学三年生となり、利人との関係も徐々に戻ってきつつある。
そんな時だった。
利人が化け族として目覚めた日に感じたような感覚を、薄らとだが感じた。しかも同時に二人分。利人もなんとなく感じたそうだ。
(どこに居るのだろう、俺の兄弟)
人数はかろうじてわかったが、場所までは特定できない。いよいよ、人間を喰う時が来るのだろうか。
(会わずに済みますように)
そう願ったが、その願いはどうせ叶わないのだろうと、そんな気がした。
「近いうちに隣町のM中の三年生と交流をします」
総合の時間の学年集会で、学年主任の西松先生にそう告げられた。去年の三年生はこの時期にそんな行事は入っていなかったはずだ。微かにざわつく生徒を静まらせると、先生はこう続けた。
「他校の生徒との交流も立派な勉強です。日はまだ詳しく決まっていませんが、決まり次第教えます」
「M中の奴らと交流、ねえ」
利人は授業中から少し興奮した様子だった。
「そういえば、お前が昔住んでた所なんだよな」
「ああ。丁度M中の学区内に住んでたからなあ。知ってる奴は多いと思うぜ」
もう何年も前の話とはいえ、旧友に会えるとなるとやはり嬉しいのだろう。正直、交流なんて面倒だと思っていたのだが、利人が楽しみなのであればそれでいい。利人が此処に来る前はどんな奴らと仲良くしていたのか。それを知る機会だと思えば、おのずと俺も、まだ決まってもいない交流の日が楽しみになってきた。
M中との交流を知らされてから二週間後の木曜日に、五、六時間目の総合の時間を使って交流は行われることになった。二時間しかないので出来ることも少ない。事前に準備することといえば、学校紹介の内容決めくらいのものだった。両校とも三十分程度の内容となっているらしいので、そんなにいろいろ発表しなくても時間は持つだろう。準備時間は二、三時間程度しかとられなかった。
当日。やはり利人はそわそわしていた。授業にもなんとなく身が入っていないようだ。
給食の時に、この前感じた感覚が強くなるのを感じた。利人の時ほど強い危機感ではないが、近づいてきているのだということはなんとなくわかった。しかし、それがどこなのかはまだわからない。
「利人」
「ああ」
声をかけると、利人も少し真剣な顔つきで反応を返してきた。どうやら同じことを考えているようだった。もしそうならば、利人の方が気が気でないかもしれない。
「嫌な予感がする」
清掃中。玄関を掃除しているとバスが着いた。M中の生徒たちが乗っていると思われるものだ。
そして、思っていた通りの最悪の事態が訪れた。
――殺気を感じる……。
兄弟が居る。
利人の旧友だった奴が俺たちの兄弟かもしれない。そうでない可能性もある。
しかし、いずれにせよ。
この前感じた兄弟二人が、このバスに乗っていることだけは確かだ。
バスのドアが開く。生徒が降りて来た。背中がぞくぞくとする。こんなに強く感じるのは久しぶりだ。胃がキリリと痛んだ。
――喰われる。喰われる。
俺が生き残らなければ。
こいつの魂を俺が喰わなければ。
何時かに訊いた台詞が頭の中に響く。背中に嫌な汗がどっと溢れ出る。一緒に掃除をしていたクラスメイトに「顔色悪いけど、大丈夫か?」と声をかけられた。かろうじて声を絞り出し「ああ」と返す。
この場に利人は居ない。知り合いかも知れない相手を喰わせるのは心苦しいが、流石に俺一人で二人を相手するのは無理がある。できれば利人に、この場に居て欲しかった。
相手は、化け族として目覚めてからまだ二週間ほどしか経っていない。急に襲い掛かってくるという可能性は十分にあり得る。それに、この学校には兄弟が二人もそろっているのだ。相手も二人である。合わせて四人。兄弟は恐らく四、五人だろうから、ほぼ全員が揃ったことになる。そんなことになれば、自分を制御できるかわからない。俺でさえそうなのだから、相手二人は勿論のこと、利人も自我を失ってしまうかもしれない。最悪の場合、自分たちは勿論のこと、他の生徒や教師にも犠牲者が出るだろう。
ならば、学校で殺り合うことだけはどうしても避けなければいけない。
と、バスの中が何やら騒がしいことに気が付く。それから間もなく、バスの中から悲鳴が聞こえて来た。
「……、……!」
女子生徒が何やら叫んでいる。直後、二人の女子生徒がバスの窓を割って飛び出て来た。
「ああ……」
あの二人が、兄弟だ。
二人は瓜二つの顔をしていた。俺の前まで来ると、ピタッと動きを止めた。
ネームには「鈴木凛」、「鈴木鈴」と書かれている。その事から、双子なのだろうと判断する。顔立ちは元々整っている方なのだろうが、今は眉間には皺をよせ、額には血管が浮き上がっているような状態なのですごい形相だ。
「「お前が私たちの兄弟か」」
少しのずれもない二つの声が左右から聞こえてくる。
「ああ」
「「もう一人、いるだろう。そいつは何処だ?」」
三人の間で交わされる会話を理解できるものなどその場にはおらず。本来なら教師が止めに来るべきところなのだろうが。
ただ一人としてその場を動こうとしない。
「もう一人? 此処には俺しかいないさ」
俺がそう嘘を吐いた時。もう一人が現れてしまった。
「隆っ!」
利人が上履きのまま校舎から駆け出してきた。凛と鈴は一瞬目を見開いたが、再び険しい表情に戻る。
「「ほら、やっぱり。もう一人、いたじゃないか」」
二人が、じり、と詰め寄ってくる。
「この場に居るのは危険だ。とりあえず、あそこの河原まで二人を誘導しよう」
利人にそうこっそり伝える。尚も、俺たちの間は二人によって詰まっていく。
「「ねえ、利人。あんたは何人人間を食べた?」」
彼女らは利人の名前を呼び、そう問うた。もしかして知り合いだったのか。周りに居たM中の女子が、ひっと小さく悲鳴を上げる。無理もない、と思った。利人に問う二人の表情は、あまりにも冷たくて、もはや人間のそれではなかった。まるで鬼。
それもそのはず。二人は――否俺たちは、化け族であり、人間ではないのだから。
「……」
利人は答えない。その無言の間をどのようにとったのか、二人はニッタリ笑いながら
「「私等はね、もう既に一人喰ってるんだよ」」
そして。
二人は同時に地面を蹴った。
「利人! 逃げるぞ!」
俺たちも、目的地である河原を目指して走り出す。
校舎に残ったのは、窓の割れたバスと状況を未だ呑み込めていない生徒や教師たちだ。
M中との交流の場所が、自分たちの学校で本当に良かったと心から思う。
凛と鈴は、俺たち二人を追っている際に足を滑らせ転んだのだ。
森の中にあるとある橋の脇に、河原に降りていく道がある。俺たちは其処から河原へ向かった。道と言ってもほとんど人の手の入っていないようなところだ。足元は整備されておらず、足を滑らせたらひとたまりもない。幾らか身体能力が上がっているとはいえ、慣れていない二人にとってはあの道はかなりきつかっただろう。俺たちを追うのに必死だったというのもあるかもしれないが、道の半ばあたりから転がり落ちてしまったのだ。幸いその頃にはもう俺たちは河原にたどり着いていたので、その転倒に巻き込まれることは無かった。
二人のそばまで駆け寄る。俺は、気を失う程度にはダメージを受けているだろうと思っていた。
「ぐ、うぅ……」
しかしそうは言っても、彼女らは化け族である。割と急斜面だし途中で石や枝に頭や体を何度も打たれているだろうが、その程度ではくたばらない。頭から軽く出血している程度だった。
「利人、こいつらを生かしておいても、どうせ此処じゃまともな扱いをしてもらえないと思うんだ。俺たちもこいつらも、だ。こんなことをしてしまったからにはな。だからその、お前にはつらいことかもしれないが……なんだ、その」
「わかってるって」
その続きの言葉を言うことに対して躊躇している間に、利人は自ら一歩進みでて、双子の片割れの首に手をかけた。
「俺もちゃんと手伝うよ。こいつらの魂と、一つになろう」
利人は大分オブラートに包んで言っていたが、俺たちは二人を――兄弟とはいえ人間の体を、初めて喰った。つい最近狸を喰ったばかりだったが、案外ぺろりといけてしまった。喰い始めるまではかなり躊躇ったが、一度口にしてしまえば何ともなかった。新鮮な血肉で体が満たされていく。ただの獣を喰った時よりもはるかに満足感があった。喰った相手が兄弟であったからだろう。
「これで二人の魂は俺たちのものとなり、これからは一緒に生きていくんだな」
「これは生き残るための大事な過程なんだ。自分の魂を後世へつないでいくための、大事な過程なんだ」
俺と利人はしばらくの間、そうやって自分に言い訳をするかのように言葉を掛け合った。これが化け族の子孫としての使命であろうが、そうしていなければ精神的にきついものがあったからだ。
利人の口の周りには、兄弟たちの血が付いている。細かな肉片も微かについていた。俺の顔も、恐らく似たようなものだろう。
「とりあえず川の水で顔を洗おう。このままじゃ、まずいだろうからな」
川の水はとても冷たかった。他人を一人喰い、火照っていた顔が冷やされて気持ちよかった。
「これから俺たち、どうなるのかな」
利人が呟く。
もう、この村で生きていくことはできないだろう。こんなことになってしまった今、家にも帰れない。
(これから、どうなるのだろう)
俺も、利人に続いて心の中で呟いた。
十八時の鐘が鳴ってから暫く経った頃に、ようやく俺たちは今後の方針について話し始めた。凛と鈴、それから俺と利人の四人は今、探されているだろうから、下手に動いて見つかるわけにいかない。見つかれば、まずは凛と鈴の居場所を聞かれるだろう。それに、学校をいきなり飛び出していった理由も。聞かれたところで答えられないし、その後、どんな扱いを受けるかわからない。
この村を出て、取りあえずは行けるところまで行こうという話になった。できるだけ遠くに行って、そしてから今後については考えよう。
とても無謀なことをしようとしていることくらい承知している。化け族としての食欲は獣を喰えばどうにかなるが、果たしてそれだけで体まで持つかどうかと言われれば、正直不安だ。動物を喰うわけだから、栄養不足は免れるだろうが、それでも。身体は人間なのだから、どこまで体が持つかわからない。
残していくことになる母も心配だ。
「とりあえず南へ向かおう。夜は流石に肌寒いな。制服のままだと目立つし、一度家に戻れるといいんだけどなあ」
利人が言う。利人の小母さんは専業主婦だし、家には小父さんだって弟だっている。夜だろうと、家に戻るのは無理だろう。しかし。
「俺の家なら、母さんしかいない。夜が深くなれば、もしかしたら」
それを言うと、利人に目を見開かれた。
「さっきのあれ、冗談だったんだぜ? そんな、マジに考えなくても……さあ」
後半は、苦笑交じりだった。そんなリスクを負う必要はないということなのだろう。それでも俺は言う。
「俺は本気だ」
「……マジで?」
「ああ」
俺は深く頷く。
「母さん、もしかしたら俺たちのことを知っているのかもしれない。案外、見つかっても、知らん顔してくれるかも」
言いながら、二年前の、あの日の母の顔を思い出す。化け族として目覚めた日の俺の顔を見て、どこか寂しそうな顔をした母。あの時までは一度も言われたことのなかった「あの人に似ている」という言葉。
二人がどういう経由で結婚したのか俺は知らない。しかし母は、化け族である俺の父と結婚し、少しの間だったとはいえ、共に生活してきているということだけは事実だ。
学校を飛び出してから陽が落ちるまでの間に、母はいずれこういう日が来ることを、ずっと前からわかっていたのではないかという結論にたどり着いた。母は俺が化け族であることを知っている。その可能性に気づいた今、そんな気がしてならない。
結局、村を出る前に俺の家に寄っていくことに決めた。うまくいかなかったときのことを考え、行くのは俺だけだ。俺だけ最後に家族に会いに行くようで利人に申し訳ない気もしたが、そんなことを言っている場合ではなかった。
夜もだいぶ深まった頃、頃合いを見て俺は動き始めた。
川沿いをしばらく歩いたところに、森を抜けるための一本の登り道がある。其処は、橋の脇道よりも整備されているので、目の効かない夜でも十分に歩ける。丁度、その道を使って森を抜けたところは俺の住んでいる地区の近くなので、これほど良い道は無い。昼間のうちはそんなところまで気は回っていなかったが、ここへきておいて正解だったなと思った。
十分も歩けば森を抜ける。其処からさらに十分も歩けば俺の家に着く。幸い、誰にもすれ違うことなく家までたどり着くことができた。
家の前まで来ると、流石に緊張してくる。もし俺の読みが間違っていて、母に止められてしまえばこの先俺たちはどうなるのだろう。仮にうまくいったとしても、母と別れるのは少し心苦しい気がした。
何にせよ、橋の下で一人待っている利人のためにも、此処はうまく話を持っていかなければならなかった。
玄関の戸を開ける。少し重めの戸なので、ギギ……という音が立った。普段は気にならないその音が、今はとても大きく感じた。
入ると、電気はついていなかった。とりあえずは居間に向かう。もしそこに母が居なければ、そのまま服とその他に居るものを幾つか持って、さっさと出ていこうと思っていた。
居間の前まで来ると、ふすまの隙間から明かりが漏れていた。
一気に緊張が増す。早まる鼓動を整えるために大きく息を一つして、そっとふすまを開ける。
「母さん」
母は机に突っ伏したままうつらうつらとしていたが、俺が声をかけるとはっとこちらを振り向いた。
「隆盛?!」
「しっ」
時計を見ると十一時を回っていた。あまり大きな声を出して、近所に聞かれるのは困る。
「……今日、先生から電話が来たのよ」
俺がどう話を切り出したものかと悩んでいると、母が話し始めた。
「他校の生徒二人と利人君で、掃除中にもかかわらず、学校を飛び出したんだって? 四人とも帰ってこないって、先生たちも、保護者の方も気を揉んでいらっしゃるみたい」
そして、ふぅっっと長く息を吐き
「やっぱりあんたも、あの人と同じなんだね」
『あの人』。
「母さん、……父さんとの話を、訊かせてくれないか」
橋の下で待っている利人の顔が浮かんだが、俺は自分の気持ちを抑えられなかった。
……というわけで、化け族を久しぶりに更新しました。暫くためていた分、一気に更新していこうと思っています。