誕生
言うほど怖くは無いかもしれませんが、そこそこホラーな話です。
俺の寿命はもう長くはなかった。魂は五分の一しか残っておらず、その残りの魂も、今まさに使い果たそうとしていた。
「俺は今までに、どれだけの命を喰ってきたのだろうな」
誰にともなく言う。視線の先にはベッドに眠る我が妻の姿。妊娠数か月のその腹には、新たな命が眠っている。
不思議と今までの自分の生き様が頭に浮かぶ。これが走馬灯という奴なのだろうかと、ちらりと思った。俺の人生、何だったのだろう。たくさんの命を殺し、たくさんの命を喰ってきた。大事な人も殺したし、関係のない見知らぬ誰かも殺した。
唯一殺すことができなかったのは、俺の兄弟のうち一人だけ。
(そういえば、あいつに会ったのはあれが最初で最後だったなあ)
それでも最期に思い出したのは、あいつの顔だった。
「俺はまだ三十半ばだが、そろそろ死に時なのだという気がしてならんのだよ」
妻が目を覚ますかもしれないということなど気にも留めず、俺はただ続ける。俺は妻の腹の子に向けて話していたのだということに、ようやく気が付いた。
「今ここで俺が何もしなければ、お前は普通の人生を送ることができる。だがな。お前の運命は、俺の血を引いてしまっている時点で既に決まっているんだ」
そして俺は、そっと妻の腹に手をのせた。規則正しく上下しているのが分かる。確かな命の温もりを手に感じた。
「恵美にも、随分迷惑をかけてしまったなあ」
薄暗い部屋の中。気持ちよさそうに寝ている妻の顔が薄らと見える。昔から俺のことを支えてきてくれた、馴染みの顔。
「これからも――俺は死んでからも、こいつに迷惑をかけることになるのだろうなあ。すまんな、恵美……」
そして俺は、俺の唯一の理解者であり、最愛の妻に別れのキスをした。自分からそんな大胆なことをするのは初めてだったが、不思議と緊張はしなかった。
そして妻と決めた我が子の名前を呼びながら。
新たな命に、自分の魂を吹き込む。
「母さんを頼んだぞ」
「――隆盛」
真田誠。旧姓桐谷。
ある晩、『化け族』としての最後の義務を終え、その短い生涯に幕を閉じた。三十六歳だった。