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立ち読み処

幸せをいっぱい

作者: 浜月まお


 明るい歓声が弾ける。

 春のうららかな陽射しのもと、純白のドレスを纏って初々しく笑う我が娘の姿は、父親の贔屓目を差し引いても充分に美しかった。

 一点の翳りもない、圧倒的なまでの幸福感。優しい香りが庭園全体を染め上げ、柔らかな風に乗って周囲を巡る。


 吸い込まれそうな青空と、大きく舞い広がった色とりどりの紙吹雪。

 目の前に流れてきたひとひらを手に取ると、ハート型に切り抜かれているのが分かった。友人一同による心のこもった祝福だ。

 盛装した若者たちが、口々に寿ぎの言葉を上げていく。新郎新婦をぐるりと囲む、華やいだ笑顔、笑顔、笑顔……。

 その光景を眺めているうちに、なんとも言えない感激が胸いっぱいに満ちてきて、私はまたしても唇を引き結ばねばならなくなった。


 一人娘を送り出す、その万感の想い。

 隣でしきりに拍手を送っていた妻の京子も、いつの間にかハンカチでそっと目元を押さえている。

 きちんと化粧した顔は驚くほど娘とよく似た面差しで、花嫁衣装に身を包んだ愛娘の姿に、若かった頃の京子の面影が重なった。

 記憶が、溢れる。

 津波のように押し寄せてくる。たくさんの想い出が、無数の色鮮やかな花となって胸中に広がる。



 ──見合い結婚だった。

 あの衝撃的なジャンボ機の墜落事故が連日のように紙面を占め、根底から覆された安全神話に全国民が慄いた真夏。

 世話焼きな親類の紹介で知り合って、お互い緊張の中で挨拶を交わした。はにかんだ笑顔は可愛らしく、まっすぐ見つめてくる黒い瞳が印象的だった。


 それからすぐに交際を始め、彼女の明るい気質に触れるにつれてどんどん惹かれていき……やがて昇進を目前に控えた早春に、思い切って求婚したのだ。京子は目を瞠って、すぐに応えてくれた。「はい! ありがとうございます!」

 その声はわずかに震え、瞳は潤み、けれど表情は陽射しを浴びた海のように輝いていた。


 出会ってから一年余り。それから私の日々は一変することになる。

 世話になった人々への挨拶回り、式と披露宴の準備に追われ、万端を期した挙式。新婚旅行で初めての渡米。

 子どもができたと言われた時の、あの驚き。後から後からこみ上げてくる喜びに我を忘れ、「ベビーベッドを買いに行こう。服とおもちゃと、ええとそれから絵本とオムツ。画数の良い名前を調べるのに辞典も要るな」などと口走って京子を呆れさせた。

 妊娠中も、娘が生まれてからも、口うるさく言うことばかりだったような気がする。重いものを持つな。身体を大切に、周りを頼れ。夕方帰りが遅くなる時は遠回りしても大通りを歩け。娘の送り迎えくらい私にもできる。


「本当にあなたって心配性ね」

「ねー」


 エプロン姿で苦笑する妻と、母親に瓜二つの仕草をしてみせる幼い娘。陽の差し込む台所には焼き菓子の甘い匂いが漂っていた。

 幼稚園児、小学生、中学生。一人っ子の特権で、娘は周りの大人の愛情を集めながら健やかに育っていく。

 高校生の頃、夏休みにオーストラリアへ短期留学したいと言い出した時にはひどく驚かされた。けれど京子のほうは意外と動じず、外国を知るのも良い経験になるだろうと娘をすんなり送り出したのだ。私は例によって気がかりなことが山ほどあったのだが、一ヶ月して帰ってきた娘が楽しそうに土産話をする様子を見て、ホームステイを許可してよかったとしみじみ思った。


 大学生から社会人へ、娘は見る見るうちに大人の女性になって……

 そうして今、生涯の伴侶を得て、花嫁のブーケを手にした娘は輝く笑顔を浮かべている。

 ──二十八年。あっという間だった。


 平凡でも、かけがえのない家族に恵まれた。京子に出会って、娘が生まれて、二人で支え合うようにして愛娘を育ててきた。京子の朗らかさと柔軟さに、一体どれほど助けられてきたのだろう。

 子は巣立ち、これから再び二人の生活が始まるのだ。

 娘の晴れ姿を見つめながら、私はそっと妻の手を取った。

 ありったけの、感謝の気持ちを込めて。




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