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3人の天才 瞬間移動のジレンマ

瞬間移動とそれに類似した行為を登場人物が葛藤する話にしてみました。


 作業小屋の隅にあるホワイトボードに、複雑な計算式を書きなぐっては消し、書きなぐっては消しを繰り返している。

時折、横にある小ぶりな机の上のノートパソコンのキーボードを叩いている。

塚本政邦がこの小屋でこうやって作業する事は滅多にある事ではない。それでも過去にも数回こんな事があった。そんな時にはある傾向にある事を大石和正は知っている。

そんな塚本をチラチラと見ながら、大石は頭を抱えている。

「本当にいいのだろうか」

塚本に言われた通りに実験用マシンを完成させ、後は塚本がプログラムしたデータをインプットするだけだ。



 中学生時代から天才扱いされてきたこの2人は、お互いを信頼し合って、これまで数々の実験を行ってきた。

ただ、今回のようにロジックの最終段階を、塚本がこの作業小屋で完成させようとする時は理由があった。

当然、塚本が弾き出す様々なロジックに大石は絶対の信頼をしていたし、それについての実験を行う事に異論を挟んだ事などなかった。

ただ、実験の成功うんぬんではなく、その結果自体が狂気じみていると感じる事がまれにあった。

普段、実験の被験者となるのは、実験装置を組み立てる大石が担当していたのだが、

「今回の実験はオレがやる!」

 塚本がそう言う時がある。そんな時は必ず結果が狂気じみていた。

それでも大石は実験を中止しようとはしなかった。それほど塚本が持ち込む実験は魅力的だったのだ。

そう感じた事のある一つの実験例が、「人間瞬間接着剤」だ。それは身体の一部を切り離し、その瞬間に切断面に接着剤を塗り瞬間的に接合するという物だ。

ノーベル賞を受賞したIPS細胞と経過は似ているが、塚本が開発し大石が実態化させたそれは、そもそもの原理が違い、細胞化させる速度が桁違いに速かった。

その時の実験模様が今も大石の頭を離れない。

「痛っー!いてえぇてて!」

 当然だ、塚本は小指の上に出刃包丁を構え、それを大石がハンマーでひっぱたいたのだ。

見事に切り離された小指を大石が拾い上げ、そこに「人間瞬間接着剤」をたっぷりと塗り、塚本の小指に圧着した。

「ぐぅー、痛すぎる!」

 しばらく痛みで顔を歪めていた塚本だが、数分後、

「やった!くっ付いた!」

 十数分後には間接までも元通り曲がるようになり、「完全に成功だ!」

 一面血だらけの光景に、今だ声もだせない大石に、

「どうした?予想通りの結果だぞ?不満か?」

 あっけらかんと言う塚本に、大石は、

「この状況で何で平気なんだ?」

 そう答える事が精一杯だった。

その他にも、「土中生命維持装置」や「ヘリウム融合型ジェット飛行機」など、実験に身体の危険を伴う時や、倫理感を求められるような時は、必ず最後の詰めを自宅アパートではなく、この作業小屋で塚本は行っていた。きっと塚本も不安になるのだろうと大石は思っていた。



「よし、完成したぞ、大石!」

 3時間程ホワイトボードに向かっていた塚本は、そう言うと大石が組み上げたマシンに、プログラムをインストールし始めた。

「塚本、もう一度確認するが、これは本当に瞬間移動と言えるのか?」

 作業小屋内にある送信ボックスと、小屋の外にある受信ボックスからなるこのマシンは、10メートル程離れた距離を1本のケーブルで繋がれている。

大石の懸念を察している塚本は、

「ああ、大丈夫、理論的には瞬間移動とは言えないけど、結果は瞬間移動と何ら変わりないさ!」

 笑顔で答える塚本に、大石がそれ以上問う事はなかった。倫理感に疑問を感じながらも、大石自身、早く実験がしたくて仕方なかったのだ。



 マシンへのインストールが終わると同時に、藤澤マイが作業小屋へやってきた。

「こんにちわ!実験の内容は把握してるわ!今回も私が被験者になるわね!」

 入ってくるなり、勢いよく叫ぶマイに、

「いきなり現れてそれか」

大石は呆れかえっているが、その横で不敵に微笑む塚本が、

「まあ、マイの言う通りにするのは構わないけど、それ以前にこの実験を間違いないものにする必要があるんだよ」

「ん?」 と首を捻るマイに塚本が続けた。

「つまり、この送信ボックスの中には、素っ裸で入る必要があるって事だ、オレ達の前で裸になれるのか?」

 マイの顔が赤く染まるのと同時に、大石の顔はさらに赤く染まっていた。

塚本はニヤつきながら、着ていた服を全部脱ぎ捨て、

「マシンの操作は大石がやるんだから、今回の実験はオレがやるしかないって事だ!」

 素っ裸で言う塚本を前に、大石は思わず叫んだ。

「塚本!お前の裸なんか見たくないんだよっ!」

 つい口が滑った大石を、マイはうつむいたままジロリと睨み、

「大石さん、それってどういう意味!?何を期待してたの!?」

 大石はガクッとうなだれモジモジし始めた。

 「とにかく実験始めるぞ!マイはビデオカメラで記録してくれ!」

 そう言うと塚本は素っ裸で送信ボックスの中に入り、蓋を閉めた。

 送信ボックスの中の壁には、無数の電球のような物がビッシリと並んでいる。スイッチを入れるとそれが一斉に光を放つのだが、それが特殊な光で出来ている。光の粒子一つ一つが強力な電子を帯び、全ての物体を通過するのだ。その際に物体を分子レベルで破壊し、その時の分子構成や微弱電流、電子配列をも記録する。その分析速度は0.01秒未満で、ほんの一瞬で終わる。

その後、そのデータはケーブルを伝って受信ボックスへと送られる。

受信ボックスの中は高濃度の培養液で満たされており、送信ボックスから送られたデータを元に分子構造を瞬時に再構築する光粒子が設置されているという仕掛けだ。

ボックスの壁だけは光も全て遮断する材質を使っている。



「いくぞ」

今だマイと目を合わせられないでいる大石は、しれっと呟きスイッチを入れた。

その瞬間、「ゴトンッ!」 と大きな音が、塚本の入った送信ボックスから鳴ると、続いて「ガタンッ!」 と外の受信ボックスが鳴った。

やっとこさマイと目を合わせた大石は、マイを顎で促し外へと走り出た。

10メートル離れた受信ボックスに向かうと、蓋がガタゴトと開き、中から、やはり素っ裸の塚本が現れた。

「よっしゃ!またしても成功だっ!」

 そう叫ぶ塚本の裸の身体は艶やかにヌメッと光り、それが培養液のせいなのはすぐに分かったが、マイは顔を背け、かろうじて片手に持ったビデオカメラだけは塚本に向けていた。

後にそのビデオカメラが捉えていたのが、塚本の大事な部分のアップだと知り、マイは随分とからかわれる事になるが、そんな事を塚本は全く気にしないのである。

「あなた、本当に塚本さんなの?」

 「本当に塚本なら、今朝オレと一緒に食べた物を言ってみろよ!」

 マイと大石に矢継ぎ早に質問責めされ、塚本は困った顔で頭をボリボリ掻きながら、

「今朝は、大石が作ってくれたトーストとハムエッグを食べだよ。そんな事より、今回はたった10メートルだったけど、これをネット回線に乗せて、さらに世界中に受信ボックスを設置したらスゴイ事になるぜ!」

 マイと大石の心配など我関せずといった塚本の態度にムッとした大石は、

「成功だなんて言うけど、こっちにきてみろよ塚本!」

 ヌルッとした塚本の手を、気持ち悪いな、と思いながらも引っ張り、小屋の中まで連れていった。

「いいか、塚本、この送信ボックスの中を見てみろ!」

 そう促されて、蓋を開けて覗き込むと、その中にはドロドロとした赤黒い液体で満たされていた。

「マイも見てみなよ、この赤黒い物体がさっきまでこの中に居た塚本なんだ!」

 大石の言葉に、そうっとマイも覗き込むと、一瞬難しい表情を浮かべたが、開き直ったのかフッといつも通りの明るい表情に戻り、淡々と言ってのけた。

「確かにこの赤黒い物体は塚本さんの残骸と言わざるを得ないわね。でも、ここにこうして塚本さんは存在するわ、きっと記憶も性格も塚本さんそのものじゃないかしら」

まるで問題ないかのようなマイに塚本が続ける。

「んー、オレはさっき送信ボックスに入って光を浴びた事も覚えている、確かにその後一瞬だけ記憶がないけど、すぐに受信ボックスに現れた。オレは変わらずオレだよ、周りの人達には何の影響もないんじゃないか?」

 「だけど、この赤黒い物体は・・・。マシンを操作したボクは塚本を殺してしまったのか?」

 こんな神妙な面持ちの大石を塚本は見た事がなかった。そんな大石を説得するのは難しいなと感じた塚本は、

「エイッ!」 と送信ボックスをひっくり返した。

赤黒い液体はドロドロと小屋の脇の排水溝へと流れ出し、さらにマイが追い撃ちをかけるように、蛇口に繋がれたホースで勢いよく水をばらまいた。

赤黒い液体が綺麗になくなると、

「証拠隠滅完了!」

 と、マイと塚本は声を合わせて、ハイタッチした。その拍子にマイは慌てて気付いたのか、

「塚本さん!早く服を着て!」

 「ああ、悪い悪い」

塚本がそそくさと服を着終えると、

「ほらっ、いつも通りの塚本さんでしょ」

マイが大石の肩をボンッと叩き、

「じゃ、私は帰るね」

いつも通りマイがあっけらかんと帰ろうとする背中に慌てた大石が、

「マイ!今回の実験は他言無用だぞ!」

 やけに真剣なその声に、

「はいっ!」

 とはっきり返事をし、マイは帰っていった。

「じゃ、オレも帰るよ」

大石の気持ちを悟ったかのように、うつむきながらドアを開け、

「この実験は今回限りにするから、大石も深く考え込まないでくれ」

そう言い残し塚本も帰っていった。


一人残った大石は椅子に腰掛け、ふうっと息をつくと、

「ボクは塚本を粉々にして殺し、新しい材料で全く同じ塚本を造ったって事か、しかし、こんなにも罪悪感に苛まれるとはな」

「罪悪感?いや、違う」

大石はさっきまで感じていた感情が嘘のように気持ちが高ぶっていた。

「これは高揚感ではないのか」

自分の持つ探究心に塚本の頭脳が火を付けたのだと、その時大石は気付いた。


「塚本が居れば、ボク達は人間をも造り得る!」

自分の嘘偽りない感情が、こんな倫理感のかけらもないものとは。大石は天を仰ぎ呟いた。

「仕方がない、ボク達は研究者だ」



作業小屋の空気は冷たく、大石の頭を冷やしていった。


第一弾では1万文字位になってしまったものを、今回の第二弾では半分位におさめました。最終的には千文字位におさめたいです。

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