頬に何か当たる
結構間があいてすいません。
また楽しんでいただければと思います
ぼくが虎子望さんの家に住むことになった長い一日が終わろうとしていた。ガラス張りの天井には目が覚めた時と同じように痩せた月が淡い光を放っている。
ただ人間にとっての一日の終わりはぼくら猫にとっては一日の始まりであるのだが
「流石に眠いな~」
猫になって覚醒したのも夜だったから丸一日起きていることになる。時差ボケに似たなんとも言えない怠惰な気持ちになっていた。
「なんだよ~、でかい欠伸なんてしちゃってさ。まだまだ遊ぼうぜ~」
「うーん昨日から肉体的にも精神的にも疲れることが続いたから。少し休ませてくれ」
「そんなぁ、もっと遊ぼうよ~夜は始まったばっかじゃん」
せがむように足や尻尾に軽く噛み付いてくるロイを軽く振り払う。飴をせがむ小さい子供を相手にしているみたいだ。
「だぁー! あっちでシャルト―と遊んでくればいいだろ!」
「だってシャルトー動くの遅いんだもん。遊んでても全然おもしろくないよ」
そのシャルトーは天井のガラスに一番近い、最も高いタワーの上でぼーとなにかを見ている、と思う。
「た、たまにはシャルトーみたいにさ、こう月をだな、じっくり眺めて感慨にふけるっていうのはどうだ?」
「はぁ? 月を見てて何が楽しいのさ。わかった。もういいよ外出て遊んでくるから」
「あ、あぁ」
そういってロイは前足で転がっていたおもちゃを蹴り部屋の外へと姿をくらませていった。
拗ねてしまったようだが他人のことまで思いやっている余裕がぼくにはなかった。まぶたが重力以上の力で下に引かれる。
疲労が眠気を誘い、眠気がぼくを夢へと誘う前に、近くにあった暖かそうな毛布の揃った寝床を見つけそこにもぐりこんだ。
「そこは……の……こよ!」
という叫び声もぼくの鼓膜には届いたが脳には届いて来なかった。
ひげをくすぐられているようなむずがゆさを感じてぼくはぼんやりと視界を開いていった。
「おーい、こんなところで寝ていたら風邪になっちゃうんだよー」
「ぁ、へ?」
ぼくのひげをいじっていたのはシャルトーだったようだ。
「あ、れ? 君がなんでここに? というよりなんでぼくはここに?」
寝る前の意識はあいまいだったけれど確かぼくは毛布にくるまったはずなのに、なぜこんな固くて冷たい大理石の床で寝ている? 酒に酔った覚えはないのだけど。
「まー、起きたならいーや。それじゃおいらはねるよー、ふにゃーぁ」
「あ、おい。マイペースな奴だな。なんでここにいるのか聞こうと思ったのに」
ぼくの寝ていた所はもぐりこんだと思われる寝床からそこまで離れていない。こんなに寝ぞう悪かったかなぁ。
しかも右の頬がなぜだかズキズキ痛む。頭を抱えて唸っているとセンプスさんがちょこちょこと短い足を優雅に動かして歩み寄ってきた。
「あら? やっとお目覚め?」
「あ、センプスさんおはようございます」
「おはよう? わたしはお散歩を終えてこれから寝るのよ。夜なのに寝ちゃうなんておもしろい猫ねぇ」
「あ、はは。ちょっと昨日はいろいろありまして」
「あらら、それは大変。ミケさまと一緒なら確かにいろいろあって疲れそうね」
「ま、まあ。ハハハ……」
やっぱりあいつは神様だからだけではないめんどくささがあるんだ。センプスさんの言葉からはそれが明確に窺えた。
「それじゃあね。朝型猫ちゃん」
そういってまたちょこちょこ歩いて行きそうになるセンプスさんをひき止める。
「あのすいません。ぼくがなんでここで寝ていたのか知りませんか?」
「あら? さっそく質問? ま、いいんだけど。というよりスズ君のほうは覚えていないの?」
「それが寝床に入って寝ていたつもりだったんですが……」
「あら、そこから記憶がないのね。フフフ……」
口元を尻尾で隠し、おかしそうに笑いながら彼女は座った。
なぜテディベアのように座るのだろう? そこも聞きたかったけど今聞くべきではないとぐっと堪えた。
「あの、知っているんですか?」
「ええ、私は食事をしている時だったけど、ミルーが大きな声をあげるものですからびっくりしてね。あ、ミルーっていうのはロシアンブルーのあの子ね」
ほう、あの子はミルーというのか。
「それでミルーが『そこは私の寝床よ! 勝手に入るんじゃないわよ、豚やろう!』なんていうものですからはっきり覚えてますよ。基本ミルーはおとなしい子だから」
「ほ、ほんとにそう言ってたんですか?」
あのプライドが高そうな子が大声をはってまでそんな罵声を吐くなんて。豚やろうって。どんだけ嫌われてるんだぼく……
「ま、豚やろうっていうのは嘘だけど。フフ」
「ちょ、ちょっとしゃれになってないですよ」
「フフフ。スズ君からかいがいがあって面白いわ。とまあそんな感じで怒鳴ってるのに聞こえてないみたいで君がぐうすか寝ちゃうものだから、ミルーもぷんぷんでね。頭から湯気まで立ち昇ってたわよ」
「は、はぁ」
最後のは流石に冗談だとしても、疲れていたとはいえ女の子の寝床で寝てしまうなんてすごい失礼だったなぁ。後できちんと謝ろう。
「それで君をすぐに寝床から蹴って出してたわね。その右の頬が少し赤いのはそのせいかしらね。かなり手荒な出し方だったわぁ。というかそれで起きない君もどうかと思うけど」
それで右の頬が痛かったのか。なるほどなるほど、人間の女子でいうほっぺにびんた状態だな。
「まぁ、そんな感じでスズ君はここに叩きだされたってわけ。それじゃ私もう眠いからいくね~」
「あ、すいません。ありがとうございました」
センプスさんはまたちょこちょこ歩いて去って行った。
「んー、それじゃあミルーさんに謝まらないとな。でもその寝床にいないし」
昨日ぼくが誘蛾灯に誘われるようにして入って行った寝床に彼女の姿はなかった。
空は厚い灰色の雲で覆われていて太陽を見ることはできない。
しかし流石にこのお腹の減り具合は朝の九時くらいと予想した。腹が減っては戦はできぬということで見つけにくそうな彼女ではなくて先に食事を見つけることにした。
ミルーはツンばかりでデレてくれるのでしょうか?