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くちがあたる

 虎子望さんは腕に抱いている美しい灰色毛並みの猫を、そっとソファにおろし、ぼくに近づいてきた。

 下ろされた猫はよわよわしく鳴いた。が、その声も耳に入らないのかぼくに興味津々だった。煌めくひとみが直視できない程だ。

「ま、真っ白。あふ~可愛すぎ!!」

 とぼくを優しく抱きあげ、頬ずりしてきた。

――お、おい! まずいって! そんなに急にスキンシップとられても……ぼく女子耐性そんなに高くないっての! というか学校の時とテンション違いすぎだろ! 

 助けを求めるように猫神様のほうを見たが、あいつは目を細めて笑ってるよ! あいつこうなることわかってやがったな。

 あ、やばい。この肌ざわり気持ちいいんだけど、そろそろ恥ずかしくて死にそう……

「ありさ。そろそろおろしてあげなさい、にゃんこが怯えているぞ」

「む~、わかりました」

 天国でのジェットコースターは終わったようだ。

 先程の猫と同じようにぼくをソファにそっとおろしてくれた。ぼくは一応また急に恥ずかしい思いをしなくていいように猫神様のいる扉付近まで避難した。

 その逃げるような動作を見て少し残念そうな顔になってしまった彼女。

 別に嫌いになったわけじゃないんだ。ただその無垢なスキンシップにぼくの小さな心臓は耐えられないのです。胸の内で謝っておいた。

 喜劇、十分楽しませてもらった、とでも言いたいのか猫神様はこちらににやけた面を向けてきた。

 心底噛み付いてやりたかったが二人の人間の手前流石にこいつを攻撃するのは、状況を悪くするだけだったのでぐっと大人の対応をする。

「それで猫神様、このにゃんこ殿は新入りですかな?」

「ニャ」

「ほうほう。ずいぶん珍しい新雪のように美しい毛並みのにゃんこですな。全身真っ白とは珍しい……」

「ニャ」

「うんうん……わかりました。すでに首輪も付けていることだし、ありさもかなり気に入ったように見える。ただあいつは少し文句をたれそうですが、大丈夫でしょう」

「ニャ~」

 あの~この光景、傍から見ると頭おかしい人が猫に語りかけているようにしか見えないのですが……

「なあ、これってちゃんと意思疎通できてるのか?」

「当たり前だニャ。わしは人間の言葉など何ヵ国後でも理解できるニャ、おぬしにもできるだろニャ?」

「い、いやぁまぁぼくも理解できるっていうのも不思議なんだけど、あちらのかたは理解できてるのかなぁと……」

「ま、なんとなくはわかってるんじゃないかニャ。わしが鳴いてるからニャ。ご主人もわしが神様だとわかってるし」

「さ、左様ですか……」

 呆れるほど何でもありな感じだけど、このもやもやした感じは押し潰して無かったことにしてしまおう。

「ね、ねっ、この家で飼うの?」

「ああ、猫神様直々に連れてきたにゃんこだからさぞかし徳のあるにゃんこ様なのだろう」

 なんだか変なふうに解釈が進んでいるな……この状態じゃ正すのは無理があるから放っておくしかないのだけど、後々どうなるのかが怖い。

「それじゃ名前決めなきゃね! う~んシロじゃありきたりすぎてつまらないし」

 あぁ、虎子望さんがぼくを見つめている。

 人間の時の僕ではまったく叶うことの許されなかった至福が、夢が今ここに……

「あっ!」

 夢心地なぼくのまどろみを一気に現実に連れ戻しながらぼくの首元にある首輪の鈴をほっそりとした白い美しい指でつまみあげる。

「鈴のついた首輪をしてるからスズがいいかしら。ん? そういえば男の子かな? 女の子かな?」

 確認するためかまたぼくを素早く、だが丁寧に抱きあげた。あまりの滑らかさで洗練された動きにあっさりと捕まってしまった。

 なすすべもなく抱きあげられたぼくは間近で彼女の美貌を確認させられた。そしてなにがなんだかわからないうちにさらに顔が接近してきて……

 ――くちを奪われた。

「ん~かわい~、どれどれあそこはあるから男の子か、スズじゃ少し凛々しい感じが出ないかな?」

「いや、スズ。父さんはぴったりだと思うぞ」

「そ、そうだよね! それじゃスズこれからよろしくね!」

 もう一度強い力で抱きしめられた後、座った彼女の膝の上にのせられたのだが、ぼくは大きな二度のショックにより四肢をピンと硬直させたまま動くことができずにいた。

「あらら? どうしたのかしら? 足がうまく動かせないのかな?」

 好きな女の子に猫の姿とはいえ、初キスと大事な部分を直視された恥ずかしさ、初心な元男子高校生には刺激が強すぎです。しかもその後に彼女のマシュマロのようにすべすべでふわふわな膝でリラックスなんてできるわけないじゃないか!

 体が極度の緊張により震えだし逃げ出そうとしたところでバランスを崩した。

 彼女の膝の上から横転して無様に背中から絨毯に落ちてしまった。ただ絨毯はふかふかで痛くはなかった。畳にこんな絨毯を敷く家もなかなかなかないだろう。

 逃げ方は無様で第三者が見たら笑い転げている位滑稽だっただろうが、今のぼくはガクガクする足を一心不乱に動かしその部屋から脱出することしか頭に無かった。今の彼女の無垢さはぼくの小さすぎる器では受け切れない。


「あぁ、行っちゃった……私なにか痛いことしたのかしら?」

「んー、あのにゃんこスズにはありさの急なスキンシップには耐えられなかったのだろう。私にはまだ人間に触られ慣れていないように見えたよ。急ぎすぎたのかもしれんな。ゆっくり仲良くなればいいさ」

「はい、お父様。あれ? 猫神様は? さっきまでそこにいたのに」

「あぁ、おまえとスズを満足そうに眺めていたが、さっきスズが出て行くのを追いかけるように出ていったよ。世話のかかるやつだニャなんて言っていそうだったね」

「あはは」

 夕暮れが夜の闇に飲みこまれ、薄暗くなり始めたこの部屋で新しい猫を迎えこれから楽しくなる予感に胸をいっぱいにしながら私は笑った。



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