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あの子に当たる

最近自分でも作品のジャンルが分からなくなってきました……

 門をぬけてからどれだけの年月が流れただろうか……と思ってしまうくらいこの屋敷の庭は広かった。林を抜け、川を渡り、湿地帯を走り抜け、湖のような規模を持つ池を眺め

「ここにはうまい魚がいっぱいいるんだニャ。でも時々一メートル位の体躯で鋭い歯がいっぱい並んでる魚もいるから気をつけるニャ」

 という猫神様の言葉をスル―して、やっと、やっとの思いで家の輪郭が見えてきたのは、霞がかった朝日がおでこを見せ始めた頃だった。

「お、屋敷が見えてきたニャ。うちの庭の案内は大体これくらいにしておこうかニャ。この庭に無いのは山と海くらいじゃないかニャ」

「な、なんで直接屋敷に行ってくれなかったのさ」

「うーん、おぬしを猫の身体に慣れさせるためと、散歩ニャ」

「ち、ちなみに門から最短で屋敷までどれくらいかかるの?」

「まー、三分も歩けば着くニャ」

 その軽い調子に一層疲れ、弱った体を引きずり建物へと向かった。


「これが猫専用の出入り口ニャ」

 本当に猫が一匹入れるくらいの大きさの穴があり、そこにドアが付いている。友人の家でも見たことがある。

「うちの猫しか通れないような仕掛けがしてあるから今のおぬしだと入れないニャ」

「そうなのか……っておい。ここまで来させて放り投げる気か」

「そんなわけないニャ、ちょっと待ってるニャ」

 そう言って猫神様は穴の中へと姿をくらませていった。

「ふにゃー」

 そんな声が自然と出てしまったぼくは、力尽きて倒れこんだ。

 話がいろいろと急スピードで進みすぎて、頭からスパークが飛び散っているのではないかと思う位頭が熱い。

 猫になって、変な黒ネコに会って、馬鹿でかい屋敷の庭を無駄に案内されて……

 ダメだ、頭だけじゃなく全身が疲れていてまともに思考が働いてくれない。

 いっそこのまま寝てしまおうか。朝日がポカポカして快適な環境だ。

――リンッ。

 その時、澄んだ空気を震わせて、優しげな音色が聞こえてきた。

 猫神様が音と共に穴から姿を現した。ある香ばしい匂いを周囲に発散しながら……

「お、待たせニャ。ちょっと探すのに手間取ったニャ。すまんすまん」

「探すのじゃなくて、ツナ食うのに時間かかったんだろ」

「! なぜそれを!?」

「匂いがぷんぷんするわ! ってか口の周りべたべたじゃねーかよ!」

「おっと……」

 前足で顔をクシクシ掃除し始めた。

 今更やっても後の祭りだと思うけど、まあそのままにしておくのもおかしいか。

「ま、いいや。それで、その首輪をすればいいのか?」

「あ、そうニャ。これを首に巻くニャ」

 口に咥えていたその首輪をぼくに寄こしてきたのだが、汚れた口で咥えていたため首輪にはツナがベッチョリ付着。

「汚ねーよこれ!」

「文句を言ってもそれしか屋敷に入る方法はないんだから、さっさとつけろニャ」

 まだ気になるところがあるのか一生懸命顔を掃除しながら言ってくる。まったく誰のせいだよ、誰の。

 渋々、首輪をつけようとしたのだが思ったようにはいかなかった。

「む。お、おいこれつけられないぞ」

 猫の手ってこんなに物を掴みにくいのか。

 首輪をつけることなんて自力でできないだろ! 猫の手も借りたいとか言うけど、こんなの役に立たないよ!

「なーにやってるニャ。首輪もまともにつけられんのかニャ。だらしないのぉ」

「て、手伝ってくれ」

「だーれに物を言ってるのかニャ? 聞こえないニャ」

「っく。て、手伝ってください、猫神様……」

「よしよし、最初からそう言えばいいのニャ。ほれ貸してみい。まったくこの程度の首輪ができんとは情けないニャ」

「あ、お、おい。ぞんなに、びっばる――ゴフ」

「あ、ごめんニャ。意外と難しいニャ。ここをこうして……んで、これはどこに接続するんだニャ?」

 一本のひもに鈴が付いた簡素なものなのに、なんでそんなにこねくり回しているんだ? 端っこのフックを掛けて止めるだけだろうが!!

「あ、ここにこう通せばいいのかニャ。それで……」

「ダー、おまえどこに何を通してるんだよ!」

「だから、これをここに……」

「グエッ」

「あ、ごめんニャ」

――結局この作業はお日様が一日の半分の仕事を終えるまで続いた。

 

 薄暗いトンネルを抜けると、そこは異世界だった。

――別に次元を超えたとか、平行世界に飛んだわけではない。

 ただただ現実離れした屋敷の雰囲気に飲まれ、そう錯覚しただけである。

 本やアニメに出てくるヨーロッパの貴族が住んでるような屋敷の和風版とでも言えばいいだろうか。

 玄関の扉の横の猫通用口から出てきたようなのだが玄関からして違う。

 玄関前に人間でも見上げてしまうほどの木彫りの像がある。魚をくわえているから鮭をくわえた熊の像かなと思ったが、鯛っぽい魚をくわえた猫だった。こっからもう猫様様なのね、なんて少し呆れていると

「どうしたのニャ? ただでさえ阿呆な面をさらに阿ッ呆な面にして」

「う、うるさい。阿呆とかいうな」

「そんなにむきになるニャ。ちょっとからかっただけだニャ。この家はわしがご利益をもたらしてやってる家系の本家の屋敷ニャ」

「ご利益?」

「わしが成功させてやった商談は数知れず、いくら優秀でもわしがいなかったらここまでは大きくならなかっただろうニャ」

「……」

「ま、自分の家だと思ってくつろぐといいニャ」

「お、おう……」

 たじたじと少し気後れしてしまっていた自分がいた。

「まずは、わしのご主人に挨拶でもしようかニャ」

「ご、ご主人ですか……いきなりボスからかよ。な、なあ、もし受け入れてくれなかったらどうするんだよ。野良生活?」

「うーん、ご主人は大の猫好きだし、飼うスペースがないわけじゃないし大丈夫だろうニャ。ただ、奥様の方は純血種は大好きなんだけど、その分雑種を見下してるところがあるからちょっと気をつけるニャ」

 そう言いながらぼくらは、立派な盆栽がいくつもそそり立つ中庭を眺めながら縁側を歩き、いくつもの襖を横目にした後、一番奥の部屋の前にやってきた。

「なんでこの扉だけ重々しい黒檀の扉なんだ? 和風の屋敷にこれは……」

「そりゃ、ここがご主人の部屋だから特別製なのニャ」

「へー、ここまで大きな屋敷の主ともなると違うものだな。で、この重そうな扉どうやって開けるんだ?」

 白銀に輝く取っ手は丸型で、こんな短い可愛い手で開けられると思えなかった。

「どっちを見てるニャ。猫用はこっちニャ」

 言われて視線を下に移すと、そこにはわざわざ猫の肉球のマークが描いてある小さな取っ手が猫神様によって握られていた。

「猫に優しいキャットフリーな屋敷設定になってるニャ」

 すごいというよりもう呆れてきた。なんて猫バカなのだろう。

 しかし自慢げに話していた猫神様は自分が入れるほどの隙間を必死に作っていた。

 取っ手を回すのは楽なようだが、やはり見かけ通り扉自体は重いようだった。小さく区切られているが黒檀自体が重いのだろう。

「眺めてないで手伝うニャ。こ、これが意外と重くて……」

「ったく、なにがキャットフリーだよ。全然優しくないのな」

「ぐちぐち言ってないでもっと強く押すニャ!」

「わかってるよ! っと、おお!?」

 全身の筋肉をフル稼働させてドアにぶつかりにいったのだが、突然内側から全ての扉が開いたため、ぶつけるはずのエネルギーを空回り。ぼくは床を転がっていた。

「たた。なんなんだよもう」

 転がっていった部屋はひっくり返って眺めているとはいえ珍妙だった。

 イグサの香ばしい匂いを発するのは背中に感じる畳だろう。扉は洋風なのに部屋は和室。

 さらに普通はフローリングの部屋で使うであろう重厚な机と椅子は、窓からの薄い橙色の西日を受けて部屋の雰囲気に溶け込もうとしているのだが露骨に浮いていた。

「統一感の無い部屋だな」

 いつまでもだらしない姿でひっくり返っているのは忍びないので起き上がる。そして世界を正しい視点で捉え直してから、部屋の様子を再度見渡した。

 扉の方には呆れ顔で部屋に入ってくる猫神様。何をしてるんだかおぬしは、とでも言いたげだ。

 さらに窓の方に目をやると一人の人間と、一匹の猫がこちらに注目していた。

 さらに扉を開いた張本人であろう人がもう一人。扉側の一人はアイロンのきいたシワひとつないスリムな背広を着こなした壮年の紳士。こちらがここの主人だろう。

 そしてもう一人は猫を腕に抱きかかえ、二重まぶたの下のくりくりした瞳を一等星のごとく輝かせた少女。

 その少女を見たとたんぼくの心臓は悪魔に握りしめられたかと思うほど、ひどく苦しくなった。

 その少女とはかつての僕が恋したあの虎子望さんだったのだ。

ここの猫神様のおバカ加減が一番好きかも。

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