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僕とぼく

 あの猫はどうなってしまったんだろう。

 あの後、猫が助かったのかどうか確認したくてもできない。僕はもちろん死んでいるんだろう。だけどあの猫は助かったと信じたい。一緒にひかれてしまったのなら僕は何もできなかったことになる。最後の最後までなにも出来なくて終わる人生だったと今更ながら涙が出てきそうだった。しかし生きていてももう会うことはないだろうな……

「それがあるんだニャ~」

「!!」

 突如として僕以外のなにかが割り込んできて反射的に頭をかきむしった。

 さっきの声、今音としてじゃなくてもっと変な感じ……直に頭で理解したのだろうか?

 というより……ここどこだ? ただの僕の思考じゃなかったのか?

「頭にハテナマークばっかり浮かべて混乱しすぎニャ。戸惑う気持ちもわかるが鬱陶しいニャ。でもまあ命の恩人だし強くは怒れないニャ」

「命の……恩人?」

「またハテナかニャ。もう気にしない気にしない。。そうそう命の恩人だニャ。わしはおぬしに救われた猫だニャ」

 ゆらりと闇の奥から現れたのは一匹の猫。

「あの時の猫? で、でもあの時助けたのはたしか詳しく見る暇がなかったけど三毛だったはず……君のようにその……金色ではなかった」

 その猫は毛が艶やかな光沢を放つ金の毛を持つ猫だった。

「カカカ。そうだニャ。あの時は仮の姿、三毛猫として生活してる状態ニャ。でもただの三毛猫じゃないニャ。オスの三毛猫ニャ。すごくないかニャ?」

 愉快そうに僕に理解を求めてきたがこれっぽっちもすごいとは思わない。なにがすごいのだろう化けられるからか?

「む、これはわからんって顔だニャ。まったく無知だニャ。三毛のオスは遺伝的に……って話すと長くなりそうだからやめておくけど、それよりもっとわしがすごいのはニャ――わしが猫の神、猫神様であることニャ! 敬意をこめて猫神様と呼ぶことを許してやるニャ」

 得意げに胸を張る猫。二本足で立ってるよその方がすごいよ。

「何か反応しろよ!――って興奮しすぎてうっかりニャ(設定)を忘れてしまったニャ」

 僕が黙っているとその猫はぷりぷりと怒りだした。仕方ないので思ったことそのままに言ってみることにした。

「へー。なんか金色で偉そうな態度だし、僕の頭に勝手に入り込んできてるから、そんな感じなんだろうなと思ったからさ」

「――なんて面白みのない奴だニャ」

「すんません」

「ま、気を取り直せわし。うん。こんな若造になめられちゃいかん」

 自分を応援している神様ってなんだか斬新だなあ。

「それでわしは神だニャ。猫のだけど」

「神様なのになんで車なんかにひかれそうになってるんですか」

「わしも考え事をする時だってあるんだニャ。あの時も今日のおやつは……」

「あー。それで僕に何か用があっていらしたんじゃないんですか。あ、もしかして死んじゃったから生き返らせてくれるとかですか?」

 その後の言葉を聞くとさらに神様であることが信じられなくなりそうだったので途中で話を捻じ曲げて言った。もちろん本気で言ったわけじゃない冗談である。

「んニャ、死んではないニャ」

「死んでないんですか」

「――意識不明の重体、わしの見立てでは目立覚めるまでに半年以上はかかるニャ」

「半年……」

 呟いてはみたものの正直実感はない。一度は死神が迎えに来たと覚悟していた。けど実際来たのは自称猫神様。何が目的かわからないので尋ねてみることにした。

「それでこんな頭の中にまで何しに来たんですか? お礼とか? 別にいらないですよあんなの僕の自己満足でしかないし」

「お礼か。そんなののためにわざわざわしが腰を上げるわけないニャ。面倒なのは嫌いなんだニャ。単刀直入に言おうかニャ。目が覚めるまででもいい。おぬし、猫として生活してみないかニャ?」

 猫への転生。誰もが一度は憧れたことがあるのではないだろうか。好きな時に起きて、ご飯も飼い主がいれば特に努力しなくても与えられる。勝手に家を出ていっても文句は言われないし、かまってほしい時だけ甘えた態度をとればあわよくばおやつなんかも出てくる。悠悠自適に生活できる素晴らしい生き物である。と僕は勝手に想像している。

 一度死んだと思っていた身だ。特に人間にこだわりや未練とかあるわけじゃない。むしろ猫っていいなーと屋根の上を見上げていた自分を思い起こした。なにより覚醒するかどうかもわからない意識のない身体に居たってつまらないだけだろう。あの子の長く綺麗な髪が記憶の影としてちらついたがそれも一瞬のことだ。

 僕は決意した。

「よし。それじゃあ僕を猫にしてください」

 想像していたより早い返答で逆に提案してきた猫の方が呆気にとられた顔をしていた。

「ほ、本当に良いのかニャ? 時間は余裕があるからもっと考えて良いんだけどニャ。その元に戻れるのかとかうまい飯食わせてくれるのかとかおやつは何回までとか毛糸の玉はいくつ与えてもらえるのかとか気にならんのかニャ?」

「うーん、別に。後半の疑問は思い浮かびもしなかったけど」

「そ、そうか。まあおぬしが良いというならわしも恩返しができたと喜べるしニャ」

 トラックにひかれたそうになった猫を助けた僕は、助けた猫に猫にしてもらうことになった。


 僕は人間が嫌いだ。だから、自分だって嫌いだった。

 何かになりたいという夢なんて持っていないし、ただ漠然と流れに身を任せて生きてきただけだと思う。

 もし死んだら何になって何がしたい、なんて考える事が多かった僕。

 むろんその中に別また人間になりたいと思ったことなどただの一回もなかった。


「それで、おぬしはどんな猫になりたいとか要望はあるのかニャ?」

「そうだなー、毛は長いほうがいいなその方が可愛いし、夏は暑いだろうけど我慢できるだろう。ほら、だってあの短毛っていうかもう肌がむき出しで気持ち悪い猫いるじゃん? あれは流石に嫌だよな」

「スフィンクスだニャ。あいつらだって立派な純血種だニャ。――しかし人間にそんな風に思われていたのかニャ。哀れニャ……」

「あと、ブチャ鼻の奴も勘弁な。あれじゃ息しにくそうだし……」

「おぬし結構わがままな奴なんだニャ……」

「あと毛色は真っ白な! あの白い猫っていうのはたまらなく可愛い。フフフ……」

「わかった、わかったニャ。白で毛が長い奴でいいんだニャ?」

「うん。――人間をやめるのか、少しわくわくしてきたな」

「んじゃ、行くかニャ。人の思考に入り込むのは結構重労働なんだニャ。基本猫はめんどくさがりなんだから、こんなことは普通したがらないんだニャ。感謝せいニャ」

「それは猫神様だけの話じゃないのか。というより行くってどこに行くんだよ? 僕の身体は動けないだろう」

「そんな人間の身体など置いていくに決まってるニャ。あの時の余裕はどこへ行ったのやら。おぬしが行くのは――猫の世界だニャ」

「猫……」

「そう、猫、すぐ意識が覚める。その時はもうおぬしは猫だニャ」

 そう言って金の猫は来た時と同じように、ふらりと姿を消した。そして僕の思考も眠るように、より深い闇へと沈んでいった。



「みゃ~」

 かすかな猫の鳴き声のようなものに無理やり反応させられぼくは目を見開いた。

 一部雲に隠れてしまって形がおぼろげな三日月が空を、大地をぼんやりと照らしている。

「ここはどこ? ぼくはだれ?」

「べたな目覚め方はしないでほしいニャ」

「おい! そのべたな目覚め方をさせてくれよ!」

「だっておぬしのおバカに付き合ってたら時間かかりそうだし、さっきも言った通り猫はめんどくさがりなんだニャ」

「そんなこと言うなよ。一生に一度あるかないか位貴重な一瞬だぞ。それをよくも……はー、なんかもうどうでもよくなってきた」

「カカカ。おめでとう。これでわかったろ? おぬしも猫の仲間入りニャ」

「な、なんか、あっさりしすぎというか拍子抜けするな」

「ま、自分を見てみれば実感するんじゃないかニャ? そしてわしの偉大さも……」

「おー。ほんとだ、すげー。ほんとに猫の身体だ。ふわふわ真っ白、想像通りだ」

「そうじゃろう? だ、だからわしの偉大さに……」

「頬ずりしたい位ふわふわだよこれ。でも自分の身体だからできないか。あ! でもこの尻尾がある。うおーふわふわ」

「――完全わし無視。うっ、うっ」

「あ、ありがとな。お前見かけだけじゃなくてすごいのな!」

「い、いきなり思い出したように褒められても、ウ、うれしくなんてないミャ~」

「あんまりくねくねするな気持ち悪い」

 興奮して周りを見ていなかったが、ここは白を基調とした殺風景な部屋簡単にいってしまえば病室だ。ベットが一つということは個室のようだ。その部屋の窓際にあるベッドに僕は横たわっていた。

 今のぼくのように身体は真っ白で、顔の一部と布団で隠れているところ以外包帯で覆われている。

「あの日から一週間は過ぎてるニャ。安定はしているけど回復の進展はないニャ」

「ここの僕が死んだら、今の猫のぼくはどうなるんだ?」

「別に、今のおぬしとあの身体は全くつながってないニャ。死んでも猫のおぬしは変わらず猫として生きていけるニャ。だがあの身体が意識を取り戻すことができる状態になっても、おぬしが猫として生きていっている間は動くことは無いニャ」

「――そうか」

 これといって人としての生に未練は無い。無いはずなのだが頭の片隅に、染みついて拭いきることができない不安、恐怖があることを身震いと共に実感する。

 ふとあの流れるような髪を思い出した。

 僕はあの髪が好きだったみたいだ。自分を捨ててから気がつくとはいかに自分が適当に生きていたかを実感する。だからこそこれから始める生ではおもいっきり生きていこう。 


「よし。それでこれからどうする? 猫なんてどんなふうに生きていけばいいかわかんないんだけど」

「まずはわしの住んでいる家にくるニャ。でっかいからおぬし一匹増えたところで変わらんと……思うミャ」

「なんで最後自信なさげなんだよ。神様なら威厳持てよ。しかも動揺すると設定間違えんのな」

「そうわしは神、大丈夫、大丈夫ミャもん」

「ったく大丈夫かよ」

 全く神様らしくなく最初は敬語で恐る恐る話していたがだんだん呆れてきてため口になってきているが、相手も何も言わないのでそのままでいくことにしよう。

 先に猫神様が部屋の窓から外に飛び降りてしまい若干びくびくしながらも思いきって飛んでみたけれど、想像していた足の痺れなどはなく無事に着地できた。

 猫の身体の使い方は勝手にできるみたいだ。たしかに三日月の頼りない微光でも夜の街も見通せるし、体が軽いので動きがスムーズだ。四足歩行もなめちゃいけないな。

 病院は僕の家の近くのだったようで表に出てもなじみのある風景ではある。あるのだが、やたらと視点が高い。そりゃ人様の家の屋根の上を歩いてりゃ目の位置も高くなる。

「さっきから、なにをぶつぶついってるニャー。気持ち悪いニャ」

「んぐ。気持ち悪いとか言うな、つかお前もっとまともなとこ歩けないのか?」

「まともなとこ? こんなに高くて清々しいとこ歩いてるのになにが不満なんだニャ?」

「屋根の上が清々しい気分になれるか……ん? あ、なんか気分爽快楽しくなってきた」

「そうだろニャ。おぬしも猫なんだニャ。人間の時の常識なんて無意味なんだニャ」

「そうか、ん? でもおまえなんで人間の時の俺の……」

「っし、静かに!」

 突然鋭い叱責と共に、静止がかけられた。

「伏せて動くでないぞ」

 今まで聞いたことのない猫神様の声色に多少ビビりつつ屋根に身を伏せた。ピンと立たせた耳をあちらこちらへと揺らしながら、鋭い目で辺りを油断なく窺っている。その後ろでぼくは伏せていたのだが、猫神様のある部分に気を取られて仕方なかった。

 意外とたまたまちっこいな……神様だからもっと立派なのかと思ったけど、哀れ。

 そんな不謹慎事を考えていることも露知らず猫神様は真剣な顔つきで、鋭い刺に覆われた茨の道を歩くかのように用心深く進んでいた。

 そして隣の家の屋根に飛び移った、先の正面にもう一匹猫が座っていた。

 唐突に姿を見せたその猫は元々そこに存在していたかのような錯覚をぼくに植えつけていた。

 身体はぼくと対象で真っ黒。闇色とでも表現した方がしっくりきそうである。。その中にくっきりと浮かぶ満月のような金色に輝く瞳。これほど夜という印象をもたせる猫はいないだろう。

「やあ。ご機嫌いかがかニャ? 夜猫やねこ族の頭殿」

「おうおう。いつ見ても小っさい玉やな。こっちは上機嫌だよ。夜だしな」

「三毛のオスは生殖機能がないんだからしょうがないんだニャ。しかもこの体は仮のものだと何回言ったらわかるんだニャ」

「あーあー、何回も聞いてっから耳にたんこぶできてるよ。ったく」

「それをいうなら、たこ焼きニャ」

 どっちも惜しいが、余計なのが付いてるぞ。しかもたこ焼きって食べもののことしか頭にないのだろうかあの神様は。

「それで? この辺にはいつもは来ないのに今日はどうしたのニャ?」

「あん? ただの散歩、と言いたいがどうせわかってるんだろ? 神様にゃかなわんよ。おい、猫神様にご挨拶しろ」

 黒猫に呼ばれて、さらに奥の家の屋根から猫が飛び乗ってきた。そして何度も黒猫の目を窺いながら彼の一歩後ろに座りこんだ。

 その猫は神様というよりすぐそこにいる黒猫の方に、おずおずとしているように見えた。

「こいつは今日俺のとこの仲間になったもんだ。ま、新人だからよろしく頼むぜ」

「やはりおぬし、また……」

「あん? 説教とかやめてくれよな。一応新人の手前だぜ。かっこつけさせてくれよ」

「ふー、わしも今日は忙しい。とりあえずこのことはまた今度にしよう」

「へへ。ありがとさんよ。おい、行くぞ!」

 そういうと、二匹の猫は闇の中へ溶けるように飛び去って行った。

「もう動いても大丈夫ニャ。こっちに来るニャ」

「わかりにくい語尾だな……」

 ぼやきながら猫神様のところへ飛び移った。

「んで? あいつら何なのさ?」

「今説明しても、頭がついていけないと思うからまた、機会が来たら詳しく説明するニャ。ただ……」

「ただ?」

「奴と会ったら全力で逃げるニャ」

「――だから語尾がわかりにくいって、それ設定ならやめろよ」

「関わりを持たないようにするニャ」

「無視しやがった……」

「危険な奴だニャ。わしとも敵対関係のような立場にあるニャ」

「ふーん、そうなんだー」

「真面目に聞けニャ!」

 後ろ足で蹴られた。

「いたいなあ、真面目に聞かせてくれないのはお前が原因なのに」

「フン、行くぞ、ニャ」

「思い出したように付け足すな……」

 少々機嫌を損ねてしまったようだ。

 先程の慎重な歩き方とはうって変わって大地に八当たるかのように踏みしめて歩いていた。それにぼくはひょこひょこついて行った。


「ココ、ニャ」

 そう言って立ち止ったのは、見上げるほど大きな門がある屋敷の前だった。猫だから見上げるというわけでなく、人間の大きさでも見上げる大きさである。

「でっかいなー」

「ま、わしを祀る位の家柄だから大きくて当然ニャ。古くからお世話になってるニャ」

「お、おまえ祀られてるのか!?」

「神様だからニャー。ほれ行くニャ」

「あ、ああ」

 いまさらこいつの神様性を実感しつつ後について敷地を跨いだ。


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