ぼく 純白の王子様になる!?
デレデレ……
夕食をお腹一杯になるまで堪能して膨れ上がったお腹を抱えながら、のどをごろごろ震わせるのどかな食後の時間。ぼくの頭の中では先程のトロの味に似た魚は何だったのであろうという疑問とミルー
のことがぐるぐると駆けめぐっている。
女の子って本当に難しい生き物だな。
人間の頃は同性である男にもよくなじめなかったぼくは女の子とこれっぽちも話すことはなかったからよく知らなかっただけなのかもしれない。というより知ろうとも思わなかったんだろうな。
「全くもって乙女の気持ちはわかりませんなぁ」
「へー、スズっちは女の子に興味無さそうだったけどそうでもないんだ」
「のわ! いつのまの隣に座ってたのさ。しかもスズっちって……」
「いいでしょ? それよりさー、今日は外行って遊ぼうぜー。今日の月はきれいだぜ。散歩だけでもいいからさー」
昨日は月なんかみてもおもしろくないとか言っていたくせに。でも今日は昨日みたいに特別疲れているってわけでもないし、猫型生活に慣れてきているのか深夜近くになっても眠気を感じず、むしろ目が冴えて身体も起きていた。
「いいよ。散歩でもしようか」
「おっ、今日はノリいいじゃん。スズっちはこの辺は詳しい? いろいろ案内してもいいけど」
「うーん、あまり詳しくはないかなー」
実際この辺はというより夜に出歩いたりしなかったから、夜の街ってどんなものかわからないからな。前に怖そうな猫に鉢当たりしたし、猫のルールやテリトリーとか決まり事とかありそうだ。最初は一人で出歩くのは危険だろうからロイと一緒に行こうと決めた。
「それじゃ、行こうか。やっぱり月が綺麗な日は外に出るに限るぜ」
張りきるロイの後を追ってぼくは久々にこの屋敷から出ることにした。
――ニャー
――ニャオーン
――シャー!
ロイの後に続いて歩く。路地にはたくさんの猫たちが思い思いにうごめいている。街灯りの中心から少し離れるだけでこれほどの猫が集まっていることに驚く。まだ十七年しか生きていないのだからぼくの知らないことがたくさんあって当たり前か。
いや、あの頃は自分から他のことに対して分厚い壁を張り巡らせていただけ。知ろうと思わない情報がそう都合よく手に入るものではないんだな。
昔の自分に自己嫌悪しながら歩いていると、なぜか皆同じような恰好をしてぼくの方を向いていることに気がついた。みんな伸びの姿勢、お尻をこちらに向けて振っている。人間で言うとこのポーズはかなり際どいのでは?
みんな雌猫だし! 七割方予想はできてしまうがロイに尋ねようと振りかえると今日の散歩の友は姿をくらませていた。
慌てているうちに何匹かの積極的な雌猫がぼくを包囲し始めた。それぞれがなんとも魅惑的な香りを放っていてとたんに頭に靄がかかったようにぼうっとなっていく。
いや! ぼくは初体験は好きな子とって決めているんだ!
甘い痺れを振り切って塀の上に脱出。迷子になったロイを見つけようと目を凝らす。全く世話の焼ける奴だ。
ロイは早々に見つけることができた。ぼくが包囲されていた路地の塀の向こう側で包囲されていたようだ。ただ、ぼくと違って普通に雌猫達相手に腰を振っていた……
そこに割って入っていき盛る友の尻尾を引っ張り、雌猫を蹴散らした。
「獣め」
「もう痛いなあ。かわいこちゃんたちが俺を求めてきたから応えていただけだぜ。やっぱり月の綺麗な夜はこれに限るぜ」
「それで? どれくらい相手したの?」
「うーん、たぶん八くらいは俺の……、った。なにすんだよ!」
「あまりに聞き捨てならない数が聞こえた気がしたので頭をひっぱたいて差し上げただけだ」
「えー、そんなの普通でしょー。スズっちはどうなのさ? もしかしてやってないとか言わないよね? そんなに小心者じゃないよね」
「そのもしかしてですがなにか?」
それを聞いてロイは額に手をやりうめいた。商店街の八百屋のとっつぁんみたいだ。
「かー、なんてこった。散歩って言ったらこれをするために出てきてるのに何しに来たんだよスズっちは」
「なにしにって散歩……」
「くー、君は干からびたおじいさんかい」
「はいはい、ぼくはおじいさんですよー。それより他に面白いところとかないのか?」
「これより有意義なことなんてあるわけないじゃ……って置いてくなよー」
チャラ雄君は置いて公園かどこかに行こう。
「ねーねー、どこ行くのさー」
「目的無き散策」
「なんだよそれー、つまんないじゃん」
ロイの言うことは至極もっともである。これじゃ最初の日の猫神様と同じ意味ない庭めぐりと変わらないじゃないか。流石にロイが可哀想になってきた。
そろそろ引き返して屋敷に帰ろうかと提案しようとしたとき、前方からなにやら怒声が響いてきた。
「なんか喧嘩してるみたいだね」
「うんうん。面白そうだし見に行ってみようよ」
ロイの野次馬魂に丸めこまれて喧嘩現場へと向かうことにした。
なにやら言い合いの響いている空き地の前に着いたぼくらの前には一匹のお高くとまった雌猫とにやけた面を張り付けた大柄なトラ猫、それを囲むように群れているたくさんの薄汚れた猫がいた。
「だからあんたたちみたいな野蛮で汚らしい野良猫になんて触られたくもないって言ってるでしょ!」
「嬢ちゃんそういうなって、数秒で終わるんだからよ」
「いやったらいや!」
「あの灰色の雌猫……」
「うん。ミルーちんだね……」
ロイは深くため息をつきながら言う。虎子望家のツンツンお嬢様、ロシアンブルーのミルーだった。
「あいつらはなにを言い合ってるんだ?」
「うーん、あの野良のトラ猫の方がなにかしたがっているのをミルーちんが嫌がってるみたいだね」
「さっきロイがやってた行為みたいだな」
「……そうみたい。でも俺は無理やりやったわけじゃないからな! あっちがしてほしいって来たから……」
そんなことはわかってる。ロイとあいつらを一緒にするわけじゃない。
「それはいいんだけど、なんであんなに強気なんだ? いくらなんでも多勢に無勢だろうに。強気でいられる理由があるのか?」
「うーん、たぶんないんじゃないかな。虚勢張ってるの遠くから見てもわかるよ。ほら後ろ足がガクガクで今にもお尻ついちゃいそうだし。でも最初から強気だったなら今更引くわけにはいかないんじゃないかな。ミルーちんのあの性格上」
「どうせ最初はあのトラ猫だけだったんだろ。それで騒いでいるうちにあの野次馬が飢えたカラスみたいに群がってきたんだろうさ」
ぼくとロイがのんびり観察している最中、言い合いはエスカレートしていて、ついにはトラ猫がミルーを突き飛ばした。
「あ」「うお!」
ここまで来るともう流石に放ってはおけないと行動を開始した。
「キャ、っつう。なにすんのよ! 」
「ほら! だから尻をこっちに向けろって言ってんだろ? それともそんなお嬢様ぶってるくせして言ってることがわからないんでちゅか? ギャハギャハ」
トラ猫の下品な笑い声に周りの野蛮な奴達も一緒になって笑う。
悔しい!
無様に汚い空き地にうずくまってるなんて……
でも、でも怖い。やっぱり怖いの。
内心じゃもう大泣きしたいほど怯えているのが自分でもわかる。あいつの方も虚勢を張っているだけだってわかってしまっているんだろう。猫神様からもきつく言われていたのに……
『ミルー。最近野良猫達の動きが活発になってきてるニャ。決して喧嘩を売ったり馬鹿にするようなことは言っちゃいけないよ。いや、なるべく近づかない方にした方がいい』
『わかってるわ。あんな汚い連中なんてこっちから近づきたくなんてないし』
あの時の猫神様はいつになく真剣な様子で言ってたっけ。語尾にニャがついてなかったし……
「ほら、早くしろって」
乱暴な手が私の腰をとらえた。私の純情はこんな低俗なデブ猫に奪われてしまうのか。瞳から流れてきた一筋の液体が口元を湿らせた。
「ちょっと待ってもらおう」
「!」「!」
突如として響き渡った声に完全に流れを乱されたトラ猫は舌打ちしそうなほど不快さを露わにした。
「だーれーだー。せっかくの楽しみを邪魔してくれた奴は。ああん? 前出てこいや!」
私も一時的に魔手から逃れられたことで落ち着いた思考に浮かび上がる疑問。ここにいるだれもが私の敵だと思っていたのに、誰?
すると周りにいた汚れた猫の中からひときわ目立つ純白の毛を持つ猫がへこへこしながら輪の形を乱しながら姿を現した。
あ、あいつは最近家に住みついたいけすかない雑種猫じゃない! なんでこんなところに。
「あーすいませんねぇ。はいはい、道開けてくれてありがとう。あ、どうもこんばんわ。うわー間近見ると迫力ありますねぇ。片目つぶれちゃってますし」
「それでおまえ、こんな邪魔してただで済むと思ってないよな」
「いやー、ぼくのお尻じゃだめですかね。なんて嘘ですけど」
「お、おまえ俺をなめてんのか、こら!」
「いやー、あんたみたいな汚らしい奴なめるわけないじゃないですか。自分から汚物をなめるやつなんていないでしょ? ってあ、でも猫だと舐めるやつもいるのか。でもぼくは違いますからね」
「なにをわけのわからないことを!」
トラ猫はすでに私から離れ、さらに周りの注目はあの白猫へと移っていた。そこへこそっと近寄る見慣れた姿を見つけた。
「おーい、ミルーちん。大丈夫か?」
「ロイ! なんであんたまで!?」
「たまたま通りがかったんだ。それより注意がスズちんに向いてる間にミルーちんは安全な所に」
「あ、うん」
ロイに支えられながら私は空き地を出て近くの家の屋根の上で伏せて様子を窺った。
「あんなにいっぱいいるけどあいつ大丈夫なの?」
「えー、あんなにいっぱいにしたのはミルーちんのせいなんだけどね。大丈夫かどうかはわかんないなー。とりあえずぼくが気を引くからミルーを連れて逃げてって言われただけだし」
「え! なにか考えがあって飛び込んだんじゃないの?」
「うーん、わかんないなー。でもさ……」
「なによ」
ロイの横顔は真剣そのものだった。
「例えぼくが傷ついても、無様に散ったとしてもミルーは助かるだろ。それで充分だって、あいつはそう言ってたよ」
ロイとミルーが何とか無事にどこかへ去っていくのを目だけで追う。これでよし。さてこれからどうしようかね。
「さて俺をあれだけ侮辱したんだ。覚悟はできてるんだろうな」
「覚悟か。特にしてないけど……君今いくつ?」
「はぁ? なんで今そんなこと答えてやる義務がある?」
「ぼくは一七年生きてる」
その発言にトラ猫だけでなく周りの猫たちも一斉にふきだした。
――まじかよー、じじいじゃん。
――そんなのでドラさんとやるつもりなのか。命知らずにも程があるだろ。
「ギャギャギャギャハ。そんなヨボヨボでおれと張り合うつもりなのか? 命知らずというかそこまでいくとボケちゃってるのか?」
「一七歳をなめちゃいけないよ。ぼくは一七歳こそ人生で一番悩み苦しみ、そして希望に満ち溢れた歳だと思う」
「なにをわけの分かんないことをいってるんだ、じいさん!」
奴は真正面から鈍く光る爪を閃かせ、ぼく押しつぶそうと間合いを詰めてきた。能ある鷹は爪を隠すっていうのに相手に爪見せちゃだめでしょ。あ、猫だからそんなこと知らないのか。
お腹が大分だぶついている割には俊敏な動きをする奴に心の中で称賛の拍手を送りながら、空中にいる奴の腹下にくぐり醜くだぶついた腹を両足で蹴りあげた。
――ゲェェェェェェブ
あたりに吐しゃ物をまきちらしながら派手に野次馬の輪に飛んでいくトラ猫。まあ、お腹の脂肪が厚いから内臓にそこまでダメージは通らないだろう。
汚らしい胃の内容物と泡を吐いているトラ猫に周りが気を取られているうちにぼくはその空き地から撤退した。別にここの猫たちを全部相手しに来たわけではないのだ。第一目標はミルーさんを逃がすことだからぼくもさっさと逃げることにした。
なんとか虎子望家の敷地内、庭までたどり着いたぼくは一息ついた。
ロイには強がってみたものの結構緊張して声が震えるところだった。あのトラ猫が頭に血が上りやすくて助かった。
まずは相手を油断させる。ぼくが一七歳だと言って年寄りを演じることで相手はぼくを下に見て油断する。特に嘘をついていたわけじゃないし、ただあの出だしはなんの脈絡がなさすぎで我ながら脇の汗が止まらない思いだった。それからバカ正直に突っ込んでくるあいつのお腹に一撃を入れることなど赤子をひねるように簡単なことだ。なにしろぼくは熱心にやっていたわけではないが元空手部である。空手であのような技無いけれど片足で蹴りあげるより両足を使った方がバランスが良かったから両方使っただけだ。しかも人間のころよりはるかに視力、動体視力があがっているし、しかも筋肉がない分体が軽いので自分の思った以上の動きができて逆に気持ちいい位だった。今日は良い運動ができたと思えば有意義な夜だったなあ。
そういえばロイ達の方はまだ帰っていないのかな? また捕まってたりしてないだろうな……
東の空が赤みを帯びて朝の雰囲気が漂う頃、ロイは門をくぐって姿を現した。
「おーい、もう帰ってたのか。少し探したけどいないから先帰ってるのかと思ったらほんとにいたよ」
「おー、すまんすまん。自分のことで精一杯だったんだよ」
しかしロイはいるが肝心のミルーの姿がなかった。
「あれ? ミルーさんはどこいったの? まさかまた変な奴にからまれたとかじゃないよね?」
「なによ! 人をやっかい者扱いするの? ここにいるわよ……」
「なんだ隠れてないで出てきてくださいよ。心配しました」
屋敷の門の影からするりとぼくの前に姿を現した彼女を見て長く息を吐いた。
「ベ、別に隠れてなんかいないわ。ただ少し出てきにくかっただけ……」
「ん? 最後の方が良く聞こえなかったんですが、もう一度言ってくれませんか?」
「だー、聞こえなかったならいいの! ロイはちょっと先帰ってて! 私はスズさんに用があるから!」
「へーい、んじゃ俺は先に帰って寝てるぜ。ふぁーぁ」
大きく欠伸をしながらロイの影が去って行った。太陽が明るくなってきたようだ。
「ぼくに用ってのは? あ、そういえばぼくの方も用があるんでした」
まだ初日の失態を謝っていなかった。
「ベ、別にあの日のベッドの件はもういいわ。初めてだしわからないことだらけだったのでしょうしね。あの時の私も大人気なかったわ。ごめんなさい」
「あ、う、そんな謝るのはこっちなのに頭を下げないでください」
先に謝られるし急に態度が変わってなんだかやりにくいなぁ。
「それと! 今日のことなんですけれど……」
「あ、はい」
「助けてくれてありがとうございました。私本当に怖くてあの時あなたが来てくれなかったと思うと……」
あのプライドの高いミルーさんがぼくの前で涙を流していた。やっぱり女の子ならあんなに多くの敵意をむけられて怖くないわけないよな。ぼくだって内心怖かったし。
「まぁ、まだ来たばかりだけど、それでも同じ屋根の下住んでいるんだ。ぼくは君のことを家族だと思っているから守ってあげなきゃってね。ちょっとくさいかな、はは」
「いいえ、くさいだなんて……。とても優しいお方なんですね」
ミルーさんのぼくを見る目が最初の日と全く違っていた。朝日の光は関係なく輝いて見えた。そして頬もちょっと赤みが差しているような……
「あ、あの! 今日はもう寝られますか?」
「あ、うん。もう眠いから。休もうと思うけど」
「な、なら! 私のベッドで一緒に寝てくださいませんか!!」
「? ? え――――――――――――――」
「今日確信いたしました。あなた様が私の純白のナイト様だと。私の初めてを貰ってはいただけませんか?」
錫木一郎。十七歳。彼女いない歴も十七年。
しかし今日今ここで告白プラスベッドに誘われるとういう夢のような展開が。
相手が猫でなければ……
一目惚れって怖いですねー
されたことありませんがね。




