捜索 その6
次の日、俺と鷹さんは大学にいた。
鷹さんの衣装は昨日とは打って変わり、色は変わらないが黒いカジュアルめのロングワンピースを身にまとい、足元はスニーカー。かっちりしていた昨日とは違い、傍から見れば同じ大学生に見える。
しかし昨日も持っていたあの長く細長い鞄は肌身離さず持っていた。
おかげですれ違う道中かなり見られていた。おまけに鷹さんは顔も美人の部類に入るから余計だろう。
「・・・・その鞄の中身って何なんですか?」
「仕事道具よ。いずれわかるわ。」
「はあ・・・・・。」
仕事道具、ぱっと見剣道の竹刀いれのようにも見えるから、もしやこの人は剣道の有段者なのだろうかとも思ったがそれにしては鞄が長すぎる。薙刀、とも思ったがそれにしては細い。
俺が悩んでいると、くい、と袖を引っ張られた。
「来たわよ。」
その一言で慌てて姿を探す。見つけた。
いつもと同じ、何も変わらない様子で、弓親は歩いてきた。
辺りをよーく観察していると、猫と鳩の姿がちらりと見える。おお、本当にいたんだ。
俺の姿に向こうも気がついたのか、こちらへと駆け寄ってきてくれた。
「おはよ、日比野君。昨日は休んでたけど・・・・もういいの?」
「え・・・あー・・・。うん、もうだいぶ。」
「そっか、よかった。」
ほっとするような表情で弓親がこっちを見て笑うもんだから、若干良心が痛む。
昨日は風邪を引いたので休むと友人には連絡し、仕事をしていたからだ。
「えっと・・・・こっちの人は?」
「あ、そうだった。えっとこちらは・・・。」
「千種君の従兄です。来年こちらの大学を受験しようと思って、見学に来ました。今日は学校が創立記念日でお休みだったものですから。」
なんて言い訳しようか考えていた矢先、ものすごく抜群のスマイルで鷹さんはそう言った。
え、あなたそういうキャラでしたっけ?
ってああこの人男嫌いなだけで女の人にはそんな厳しくないか。
「あ、そうなの?日比野君にこんな美人の従兄がいたなんて知らなかったよー。」
「ははは・・・・。なんで、今日はよろしくな。」
「うん。えっと名前はなんて?来年受験ってことは、高校生なんだね。」
「はい。夜鶴夜鷹と申します。よろしくお願いしますね。」
「そっか、よろしくね、夜鷹ちゃん。」
そう言ってほほ笑みあう2人を見て周りの男たちはすっかり心奪われていた。
しかし夜鶴夜鷹て・・・・。おそらく偽名なのだろうが、すげえ名前だな。夜が二つに鶴と鷹て。
「なあ弓親、お前今日何限ある?」
「え?今日は2限と3限だけなんだけど・・・・。」
「夜鷹が受けたい授業がさ、お前と同じ授業なんだけど、いってもいいか?俺も心配だから、一緒についていきたいんだけど・・。」
「多分、大丈夫だとは思うけど・・・・・日比野君はいいの?」
「まあ。たまには違う授業受けるのも新鮮だし。」
「ならいいよ。一緒にいこっか。なるべく目立たない席の方がいいから、早めに行っていい席とろっか。」
「だな。」
俺達3人は一緒に歩き出した。2人はガールズトークで盛り上がっているので、俺はひたすら聞き役だ。
しかしボディーガードとはいえ、鷹さんのこの変わりようはすごいと思う。
「ボディーガードっていうのは目立ち過ぎてはよくないんだよ。よくSPとかでごつい人いるでしょ?あれじゃあ隙がなさ過ぎて犯人が近寄れないし、こっちも察せれない。存在感がなさすぎるのはありだけど、ああいう人って陰から守るタイプでしょ?意外とこれ素人にわかっちゃうんだよ。プロには完全に気配消したつもりでも、素人って意外と勘が鋭いからね。一番いいのはそれらしく見せる事。友人、恋人、家族、兄弟みたいにね。なおかつ、殺気をばんばんに出さない。これけっこう難しいんだよ。だから鷹ちゃんって本当にすごいんだよね。僕なんて絶対無理!」と所長が言っていたが、まさしくその通りだと思う。どこからどう見ても弓親の友人にしか見えない。おそらく鷹さん結構こういった仕事をしてきたんだろな。
ちなみに俺には「いつもどおりにしてなさい」という言葉を頂いたので、普通にしている。
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「夜鷹ちゃん、授業どうだった?」
「やはり数学は難しいですね・・・。高校とは全然違います。」
「だよねー。高校で将来役に立たないと思っていた公式とかを今まさに使っている感じだからねー。」
「・・・・・お前よく理解できるよな、あんなもん。」
「私は理系だから。日比野君文系だもんね。やっぱり数学苦手なんだ?」
「俺は数学なんて嫌いだから文系を選んだんだ。数学なんて本当に社会に役立つのかよ・・・。」
「今役立ってるからいいじゃない。国語が得意な人って、本当に数学苦手なのね。」
「・・・・ちなみに祭ってどっち?」
「オールラウンダー。全国模試3位以内が基本だからね、祭ちゃんは。」
「化け物かあいつは・・・・。」
現在。俺達3人はカフェテラス(という名の食堂)にいた。
授業が終わり、丁度お昼の時間だったので俺と鷹さんはAランチ(ミートスパ、サラダ、スープ)に、弓親はBランチ(焼うどん、サラダ、味噌汁)を食べ、雑談中だ。
この大学に入ってから久しぶりに数学なんて授業を受け、俺の頭はショート寸前だった。
弓親、外見は文系少女って感じなのに、かなり数学ラバーのようだ。
「ジュース買ってくるけど、いる?」
「オレンジで。夜鷹さんは?」
「じゃあ私もそれで。」
「了解。ちょっといってくるねー。」
そう言って弓親は近くにある購買へと走って行った。
食堂はお昼時なので込み合っている。これくらいの騒音なら、多少の会話も聞こえないだろう。
それに購買もこの時間は買うのに時間がかかる。俺は鷹さんに話しかけた。
「・・・・どうですか?」
「今のところ何も怪しい気配はないわ。至って平穏ね。それにしても・・・・・数学って何で存在しているのかしら・・・。算数で世の中上手くいくでしょうに・・・。」
「相当疲れてますね・・・。」
「数学なんてやったことないもの。」
「・・・・・はい・・?」
「言ってなかったかしら?私小卒だから。算数で止まってるのよね。」
「・・・・鷹さんっていくつなんですか?」
「20歳。それでもやってけるんだから、数学ってごく一部の人間にしか役立ってないのよね、きっと。」
驚いた。まあ年下だというのは感じていたが、それにしたって小卒って・・・。
どうりで俺以上に数学を理解できていなかった訳だ・・・。
「あと、夜鶴夜鷹ってのは本名です?」
「まさか。よく仕事で使う偽名よ。本名は忘れたわ。似たような名前だったと思うけど。」
「へえ・・・しかし、すごいですよね、あの演技力。本当に弓親の長年の友人って感じでした。」
「これくらいはね。小さいころからの訓練受けてれば貴方だってできるわよ。私が小卒なのはね、そういった事を学ばなければいけなかったから。本来小学校だって行かない予定だったけど、さすがに色々と学ばなければいけないと言われたからね・・・。・・・大学って初めて来たけど、小学校とそんな変わらないわね。同じ学校って感じ。」
「まあ、学校に間違いはないんでしょうけど・・・。」
白亜さんといい、鷹さんといい揃って「小さいころからの訓練」と言うが、一体どんな訓練をしてきているんだろうか。読心術、上手く溶け込む術。俺の小さいころからは想像できない事を、この人たちはやってきているんだろうか。
「貴方は何故あそこにいるの?」
「・・・・へ?」
「AMCに。元々貴方みたいなのを採用することになったのにも疑問はあるけど、そもそも貴方・・・前に怖い思いしたんじゃないの?」
「怖い思い・・・・。」
おそらく夏のあの事件の事を指しているんだろう。
確かにあの時は何度か命の危険に晒された。怖かった。逃げ出したくなった。けどそれは、その思いは。
「いつの間にか、消えてたんですよ。」
「・・・・。」
「多分、というか、絶対。あの人のおかげだと思うんですけど・・・。」
あの人、所長は、いつだって俺を安心させてくれた。年下に安心させられる年上ってのもなんだかなという話だが、でも俺はあの人がいることで、こうして事件に関わっていけるんだと思う。
・・・・自分で言うのもなんだが、俺はあの人にかなりの信頼を寄せているらしい
「ふうん・・・・。・・・・成程、分かった。」
「何がですか?」
「貴方があそこにいられる訳が。あの子が貴方を採用した訳が。・・・・気にいったわ。燕の次に気にいる男ね。珍しい事もあるものだわ。機嫌がいいから、何か知りたい事でもあったら教えてあげるわよ?」
「え?」
「どうせあの3人は何も言わないでしょ?少しくらいなら、私の知っている範囲で教えてあげるわよ。」
そう言われて、少し考える。聞きたいこと・・・・。そりゃあ、たくさんある。
あの3人に関してもそうだが、鷹さんの持っている鞄の中身とか、白亜さんが何故あそこまで読心術がすごいのかとか、聞きたい事は山ほどあるが・・・・。
と、俺は頭の中でとある人物たちを思い出す。
「そういえば、鷹さんって【猫】さんと【烏】さんって知ってます?」
そう聞くと、鷹さんは途端に物凄く嫌そうな顔をした。しまったこの人男嫌いだった。
「あ、やっぱ止めます!」
「・・・・・・いいわ、別に。・・・そろそろあの子も戻ってくるでしょうから手短に言うわ。【猫】は、本当に猫みたいな男よ。飄々としていて、掴みどころのない。転々とご主人様を変えているようだから今どこにいるかはわからないけど、あれはもう本当に気味が悪いったら・・・。今度会ったらあの脳天に風穴あけてやるわ・・・・!大体いい歳して自分を俺っちっていう辺りが頭悪いのよ・・・!」
「お、落ち着いて・・・・。」
けど気味が悪いってのは当たっている気がする。なんていうか、俺も実際そんな長い事会ってはいないのだけれど。初対面で俺は何やら寒気をあの人に感じた。本能的に、交わってはいけない人種だと思った。
そういえばあの人カラコンなんだったっけ・・・・。ていうかいい歳っていくつくらいなんだろう。あれで俺より年下だったらマジで俺悲しいんだけど。
「え、えと【烏】さんってのは?」
「死体狂」
「・・・・何かニュアンスが違うような・・・・。」
「あれに卿なんて漢字相応しくないわよ。あれはまさしく死体狂ね。死体しか愛せない、死体しか興味がない、死体死体死体の馬鹿よ。しー、よくあれと会話なんか出来るわよね・・・。」
「ああ、それは俺も分かります・・・・。」
俺も一度だけ会話(と呼ぶほどの会話ではないのだけれど)したが、全くもって理解が出来なかった。
所長って・・・・改めてすごいよな、あの人。
そんな話をしているうちに、オレンジジュースを3つ抱えた弓親が戻ってきたので、話を切り上げた。
「お待たせ!やっぱりこの時間は混んでるね・・・・。はい、ジュース。」
「サンキュ。あ、金。」
「いいよ、これくらい。格安で依頼引き受けてくれたんだもん、ジュースくらい奢るよ。」
「・・・・・私もいいんですか?」
「うん!さー飲んで飲んで。」
ありがたく奢ってもらい、俺はオレンジジュースを飲む。うん、さわやかでさっぱりする。
「・・・ところで、弓親この後どうするんだ?」
「え?あ・・・・えっと・・・。」
そう言葉を濁して、ちらりと、本当にさり気なく鷹さんを見た。
ああそうか、鷹さんはここでは俺の従兄で、今回の事件には関係ない。
話したくないのだろう、おそらく。
その気配を察したのか、鷹さんはすっと立ち上がった。
「今日はありがとうございました。そろそろ帰らないといけないので、このあたりで失礼します。」
「え、えっと・・・そ、そっか。うん、じゃあまたね。」
「はい。千種くん。また後で。」
「あ、うん。」
そう言うと鷹さんは一気にオレンジジュースを飲み干し、去って行った。
また後で、ということはおそらくは少し離れた所から見守るつもりなのだと思う。
「・・・・全然似てないね、夜鷹ちゃんと日比野君。」
「え?あ、まあ従兄っつっても本当に年に会うか会わないかくらいの間柄だし。」
「・・・・・あの子武術か何かやってる?」
「・・・・さ、あ。俺もその辺はよく知らないからな・・・・。何?なんか感じたのか?」
「ううん・・・なんていうか、その。強い人、って分かるんだよね、なんとなく。それがものすごく感じたというか・・・なんか、只者じゃないって感じの。」
「ふうん・・・・。お前、詳しいのな。」
「私もちょっとかじってたからね。それなりに出来るんだよ?・・・それで、この後だよね。」
「・・・・・まさかお前、祭のこと探しにいくとか言うんじゃないだろうな。」
「ぎく。」
そんな効果音を発してもそれが似合うのはこいつのすごいところだ。
というか、嫌な予感的中。こいつ本当に探す気だった。
「だって、だって。やっぱり、心配なんだもん。探偵さんが言ってたよね、今日までに見つけないとって。だから、協力させてよ。私やっぱり見つけたいの。誰かにまかせきりは嫌なの。お願い、お願い日比野君!」
土下座されそうな勢いでお願いされて、駄目だとは言えない。
でもそれは俺が判断するようなことじゃないだろう。所長に連絡するべきか?
と、その時だった。俺の鞄の携帯から電話の着信音が流れ出した。
俺は慌てて取る。映し出された相手は、正に今しようとしていた人物。
「もしもし!」
『今から出てこれるんだよね?なら律ちゃん連れて急いで!メールで地図送るから、そこに急いで2人で行って。君たち2人にしか出来ない事、してきてよ。』
「?それってどういう・・・」
『いーそーぐーの。僕も野暮用済ませてからいくから、早くね!』
そう言って電話が切られた。と同時に、メールが届く。
見ると、大学からそう離れていない会社のビルへの行き方だった。ここからなら走れば10分もすればいける。
俺は状況が掴めていない弓親の腕を取り、走り出した。
「え、日比野君!?」
「俺とお前にしか出来ない事があるらしいから、いくぞ!」
「!祭ちゃんのこと!?」
「かもな!走るぞ!」
弓親も状況を把握できたのか、俺に引っ張られず自分自身で走り出した。
そう、おそらく祭の事だろう。急いで、ってことは何か良くない事でもあったのだろうか?
とりあえず考えることを止めた。今は走る事に集中だ。
門を出て、ビルのある方へと向かおうとした。その時だった。
「・・・・・ん?」
何やらエンジン音がした。それもものすごく嫌な予感がする。
音のある方へ振り向くと、何かがこっちに向かってきていた。
「・・・・あれ・・・・。」
バイクだ。乗っているのは一人。ヘルメットをしていてよくわからない。
しかし遠くから見てかなりの大柄だというのは分かる。・・・大柄?
そういえば、梟さんが犯人に大柄の人がいると言っていたが・・・・・。
そう考えていると、バイクの方向が段々こちらへ近寄ってくる。
直ぐに分かった。あいつ、突っ込んでくる気だ。
俺はもう一度弓親の腕を取ると、自分の背中の後ろに隠した。
バイクはこっちに向かってくる。既に大分距離は縮まっていた。
不味い。不味い不味い不味い!完全に轢かれる!
そう思った。その時だった。
突如音が止んだ。その代り、壁にバイクがぶつかった衝撃が響いていた。
俺は一瞬何が起きたか分からなかった。記憶を辿っていけば、急にバイクが傾いたのだ。
事故が起きたので、周りには人が集まってくる。俺は人込みをかき分けて、弓親の腕を引いて走り始めた。
「あれ、一体・・・・?」
「いいから走るぞ!とにかく走れ!」
後ろから大きな足音がした。ちらりと振り向けば、さっきまでバイクに跨っていたヘルメットがこっちに向かって走っていたからだ。やっぱり狙いはこっちか。
と、携帯が鳴った。慌てて開くと、そこには一通のメール。
[あれは片づけるから、自分の仕事をしなさいよ。]
差出人は、鷹さんだった。
力強い、と思う。全く俺の周りの人たちはどうしてこうも頼りがいがあるんだか。
俺はもう後ろを振り向くのをやめた。弓親と一緒に、目的地に向かって走り出す。
とにかく俺は、与えられた仕事をやるだけだ。