捜索 その4
白亜さんと目が合う。その緑色に、光は無い。冷たく、暗い目だ。
さっきまでは無表情ながらもこんな冷たい雰囲気は出ていなかった。
「先程は主がいたからです。」
俺は驚くしかなかった。声を出すなと言われたから、心の中で盛大に。
この人はさっきから俺の心の声でも読んでいるんだろうか。
「読んでます。読心術の心得もありますので。」
読心術。その名の通り心を読む術。けど科学では証明されていない。
俺だってそうだ。人の心を読む事なんで、できないはずだ。
「できる者が目の前にいるのに、否定なさるんですね。訓練次第では貴方でも読めるようになります。単純な人間ほど、読みやすいものはありません。」
つまり俺は単純な人間の分類に入る、ってことか。
確かに、否定は難しいかもな。今俺が思っている事こんなに当てられたんじゃあ、できないなんて言えないからな。
「御理解頂けたようで何よりです。これより私に質問がある場合は心の中でなさってください。できる範囲でしたらお答えします。それでは、着いてきて下さい。屋敷は広いので、迷子になられるかもしれませんので。」
さっきまで考えていた事もやはりばれているようだった。
反転して再び歩き出した白亜さんに、俺は慌てて着いていく。
また無言のまま歩いていく。心の中でなら、質問はありっていってたよな、確か。
どうしてさっきと態度が違ったんですか?
「先程も申し上げましたが主がいたからです。主は人前では普通に話せと仰るので。」
どうしてそんな風になったんです?
「私は主以外の声を聞きたくないからです。」
梟さん以外の声を、聞きたくない?
「主は私の大切な人です。私は主を敬愛している。本当ならば主以外とは会話もしたくないし出会いたくもない。主はそれではいけないというから、こうして仕方なく話してあげています。極力、記憶に主以外のことをいれたくないのです。」
じゃあ所長もいやってことですか?
「石投様は主のお友達です。私のお友達でもあります。お友達なら、記憶にいれても大丈夫です。」
所長お友達になるんですね・・・・。
「私の唯一で単独のお友達です。」
・・・・・・・・。それは友達というんだろうか・・・・。
まあいい、質問を変えてみよう。
いつからここで?こんな広い所に梟さんと白亜さんしか住んでないんですか?
「いつからにはお答えできません。私の他にもメイドは数人おります。今日は全員休みを取っておりますので、いませんが。」
全員休みって、そしたら何から何まで全部白亜さんがやることになるんじゃあ・・・。
「私の仕事は主の護衛とお世話ですので。」
・・・・つまり家事は他のメイドが担当してるのか。
そうこうしているうちに階段を下りて、一階にあるキッチンに辿り着いた。
白亜さんは冷蔵庫からケーキを取り出し、無言で俺に渡した。持て、ということなんだろう。
ポットにコーヒーをいれ、再び2階へと歩き出す。勿論俺もついていく。
白亜さん、って本名ですか?
「いえ。主に頂きました。本名は覚えていません。」
もしかして、ハーフです?
「4分の1です。フランスの血が混ざっています。フランス語は話せませんが。」
いくつですか?
「19歳です。」
年下かよ・・・。外見が大人びて見えるから俺と同い年くらいかと思った・・・。
どうして読心術が使えるんです?
「訓練を受けておりましたので。」
訓練?
「貴方には一生縁のないことだと思いますが。それと。貴方に着いてきて頂いたのは、主と石投様を二人きりにする為ですので。」
・・・・俺がずっと疑問に思っていた事さらりと言いましたね。
「読みやすくていい加減鬱陶しく感じてきてます。主が石投様に何かお話ししたい事がありそうでしたので、邪魔者である私と貴方が出ていけばお話しされるだろうと思ったので。・・・貴方と長い間お話ししていたので、そろそろ良い頃合いでしょう。もう質問がなければ、部屋へ入りますがよろしいでしょうか?」
気がつけば、さっきまでいた部屋の前に来ていた。また話に夢中で道順見るの忘れていた・・・。
質問・・・・多分もうないはずだが・・・・。
・・・・・・。
俺の事、嫌いですか?
そう質問すると、彼女は顔色変えず言い放った。
「好意を持ってもらえると思うなんて、厚かましい人ですね。これが答えです。」
・・・・・つまりは大嫌いという事か。
白亜さんはさっきと同じようにドアを3回ノックする。そして「失礼致します」と言って部屋へと入った。
俺も一緒に入る。部屋には、何やら笑みを浮かべた梟さんの姿があった。
・・・・・ん?
梟さん、しかいない?
「あの、所長は・・・?」
「入れ違いになっちゃったみたいだね。帰ってしまったよ。今玄関で君を待ってるんじゃないかな?」
「帰ったあ!?」
あの人、あんだけケーキ楽しみにしていたくせに!
・・・・と、俺はそこで考える。確かにあの人はマイペースだが、いつも行動には何かしら理由があるはずだ。
玄関で待っているなら、俺も向かった方がよさそうだ。
「じゃあ、俺も帰ります。あの、ケーキ・・・。」
「持って帰ってくれて構わないよ。白亜、包んであげてくれるかな?隣の部屋にラッピングとかあったろう?」
「かしこまりました。」
白亜さんは俺の手からケーキを取ると、部屋の中にあったもう一つの扉の方へと消えていった。(おそらく、隣の部屋と繋がっているんだろう。)
白亜さんの姿が見えなくなると、梟さんは俺を見てくすくす笑っていた。
「白亜に大分苛められてしまったようだね。」
「・・・分かるんですか?」
「白亜の態度と、君の落ち込み具合を見れば分かる。わたしから謝るよ。ごめんね、うちの者が。」
「あ、いえ・・・。」
梟さんは何も悪くないのに謝られても困るっていうか・・・・。
「ふふふ・・・めーちゃんの言ってた通りだ。君はとても面白い。飽きない。やはり、君があちら側の人間だからかな?」
「ああ・・・白と黒、表と裏でいう俺は白で表ってことですね。」
「うん。君は一応こちら側に足を踏み入れてはいるが、まだあちら側の人間だね。わたし達みたいなずっとこっちで育っている人間にとって、君の存在は実に興味深い。新しい知識を吸収するようで、面白い。」
「はあ・・・。」
「君の価値は希少だ。君は絶対にこちらへ染まってはいけないよ。君は君が常に正しいと思う事をやりなさい。そうすれば、きっと。」
「・・・・・きっと?」
「めーちゃんのこと、よろしくね。」
言葉を濁されてしまったが、そう言って微笑まれてしまっては、それ以上追及できない。
扉が開き、会話が中断される。白亜さんが、可愛らしい包装をしてくれたケーキを俺に渡してくれた。
「もう少しお話ししてみたいけれど、今は依頼があるからね。終わったら、また来てくれると嬉しい。わたしはいつでもここにいるから。話し相手になってくれるかい?」
「そう、ですね。また、ぜひ。」
白亜さんに「お前また来るのかよ」みたいな目で睨まれたので、俺はその視線から逃げるように部屋を後にした。
白亜さんは怖いが、梟さんは何だかもっと話してみたい雰囲気だった。
多分本当に優しい人なんだろうなあ。今まで会ってきた人達の中で、一番まともな人な気がする。
俺は何とか帰り道を思い出し、何とか玄関までたどり着いた。
重たい扉を開けると、近くにちょこんと座った所長が俺を見て「やあ」と笑った。
「いじめられてやんのー。」
「・・・・何でみんな知ってるんですか。」
「僕と梟さん以外に対しては白亜ちゃん苛めぬいてるしね。ある程度予想できた。でもこれだけ時間がかかったとなると、相当言われたみたいだね。だいじょぶ??」
「・・・・何とか、って感じです。所長。」
「ん?」
「もしかして、急に帰ることにしたのって俺のためだったりします?」
さっき言っていた通り、所長はこうなることは予測できていたんだろう。
ずたぼろにされて一緒の空間にいることに耐えられなかった俺を、助けてくれたんだろうか。
そう言うと、所長は笑った。肯定、ということだろう。
「さ!帰ってケーキ食べつつ今日約束している人に会おうか!ちなみに今の精神ゲージはどれくらい残ってる?」
「100を最高だとしたら残り20くらいですかね・・・。」
「すくなっ!んーまあ・・・あんまり苛めないでって言えばだいじょぶか・・・・。千種、ふぁいと。」
「俺にこれ以上頑張ることってあるんすか・・・?」
嫌な不安を抱えつつ、再びタクシーを捕まえ事務所へと向かった。
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見慣れたいつもの事務所の前につき、なんだかすごくほっとする。
ああ、なんかいま精神ゲージ10くらい回復した気がする・・・・・。
そうだ、一里さんの淹れてくれた紅茶で心を癒し、ケーキを食べて回復させよう。
そう思って扉を開けた。ら。
「お帰りなさいませ所長、千種さん。お客様がお見えになっておられますよ。」
「鷹ちゃんもう来てるの?ちょうど良かったーケーキ貰ったの。一里切ってー!」
一里さんは俺の手に持っていたケーキを受け取ると、給湯室の方へと向かった。
部屋の中には紅茶の香りが立ち込めている。ああ、癒される・・・・・。
と、俺はさっきの言葉を思い出した。「お客様」「鷹ちゃん」
部屋を見渡すと、所長の机の前に俺の椅子が置かれていた。そして座られていた。美女に。しかも紅茶を飲む姿がかなり優雅だった。
しばらく見とれていると目が合い、ものすごい形相で睨まれた。え、えええ。
「男が私の事見ないでくれる?吐き気と胃のむかつきと頭痛がするから。」
辛辣だった。所長は美女の隣に行って、じゃじゃーんという効果音が似合うように両手を広げた。
「こちら鷹ちゃん!狙撃手の鷹ちゃんだよー!今日会う約束してた相手!」
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・俺、今日女難の相でも出てんのかもしんない。