捜索 その1
もう辺りは暗くなっていたので弓親は一里さんに車で家まで送ってもらった。
俺はというとまだ事務所にいる。弓親を送っていこうとしたところに。
「千種はだあめ。ちょっとお話しあるからね。」
と小声で言われ、おそらく弓親抜きで話したい事があるのだろうと思い、その場に残った。
今頃あの無口な一里さんと弓親の車内はどんな空気になっているのだろうか、気になるが。
「一里さんには後で話しておきますので、先にこちらで話をしておきましょうか。」
そう隼さんが言い、俺たちは所長を囲むように再び腰かけた。
そして一里さんが出ていく前に淹れてくれた紅茶を飲む。うん、やはりうまい。
「そーだね。千種、明日は大学休んでね。ちょっと一緒に行きたいところがあるから。」
「あ、はい。わかりました。」
「ではでは、重要なお話しをしましょーか。」
かちゃ、とティーカップが置かれる音が響き、俺と隼さんもそれに習うように置いた。
「実はね、今日千種が来る前にもういっこ依頼が来てたの。」
「もうひとつ?」
「うん、同じ依頼が。それは自殺をした子の両親なんだけど、うちの娘が自殺するなんておかしい!何としても調べてくれ!ってね。有名な資産家だったから、依頼料ぽーん!と置いて行ってくれたよ。」
「だから弓親の料金があんなに安かったわけですね・・・。」
普通に考えてワンコインはありえないだろう。
いくら学生サービスだからってここまでしていたらこの事務所赤字だらけになるぞ。
「つか、依頼料ってどれくらいになるんすか?」
「お気持ちで。」
「アバウト!?」
「相手の状況によっても変わりますからねえ。ここの商店街の方達のように、簡単な依頼ですと大体3千円くらいから。難しい依頼ですと大体10万円くらいからですね。」
「そんなに違うんですか!?」
探偵とかって依頼するのに結構お金がかかることは知っていたが、ここまでとは思わなかった。
まあこの前なんて命がいくつあっても足りないから、それくらいのお金はもらっても当然か・・・・。
「・・・・ちなみに今回は・・・?」
「とりあえず1千万。犯人が分かったらもう2千万ぷらすだって。」
「いっ・・・!?」
資産家にも程があるだろう、それ。
「・・・・と、話は変わるんですけど。所長、さっき祭は生きているって言ってたじゃないですか。」
「うん。」
「何でわかるんですか?」
さっき所長は「まだ祭は生きている」と言った。そしてリミットは「あと2日」だと。
弓親の話を聞いている限りでは、俺は多分もう祭は生きてはいないだろうと思っていた。
弓親もそんな事実を認めたくないから、所長に言われるまで≪魔女の生贄≫のことを話そうとはしなかった。
だが所長ははっきりと「生きている」と言った。この自信は一体どこから溢れてくるのだろうか。
「勘」
思わずずっこけそうになった。
「え・・・それだけ・・?」
「僕の勘は当たるんだよ。というのは半分冗談で。烏くんに聞いたんだよ。」
「烏さん?」
烏、というのは所長の知り合いの医者で掃除屋さんらしい(いまいちよくわからない)。
俺も一度会ったことはある。隼さんと同じくらい背が高く、白衣と眼帯を着けている。しゃべる言語はごく一部の人間にしか理解できない、死体が大好きな人。まあ変わっている人である。
「死体がある所に烏くんあり!ってこの世界じゃ有名だからねえ。」
「・・・・へえ・・・・。」
「さっきメールしてみたの。そしたらそんな女の子の死体はまだ上がってないんだって。だから生きてるって言ったんだよ。んふふーそれにしても烏くんは相変わらずメールだとよくしゃべるなぁ。普段もあんなキャラ作ってないでちゃんとお話しすればいいのにねぇ。」
「え、あれキャラ作ってるんです?」
何だろう、一気に何かが崩れ落ちていくような気がする。
いやまあ現実にあんな片言で話す人なんていないけど、なんていうか、裏切られた感じがするっていうか。
「あ、これナイショだった。まあ烏くんは日本語が苦手だからっていうのもあるんだけど。メール全部平仮名ばっかだし。日本語話すのも苦手みたいだしね。」
「日本人じゃないんですか?」
「日本人だよ。」
「・・・・・・。」
うん、この話はこれ以上しない方がいいと俺は悟った。
「まあ烏くんの話はおいといてー。しっかし≪魔女の生贄≫かあ・・・。やな名前だよねえ。」
「ですね。しばらく見ないと思っていたら、またですか。」
「また?ってことは、前にもあったんですか?」
「ああ、ご存じありませんか?8年前のバスコ信者心中事件、あれの元々の発端は≪魔女の生贄≫だったんですよ。」
「え!?」
嫌なものが繋がってしまった気がする。
俺は所長と隼さんに弓親と祭の両親がその事件に関わっている事を話した。(さっき弓親はそこを誤魔化して話してなかったんだ)
2人ともさすがに驚いたらしく、難しい顔つきになってしまった。
「まさかあの事件の被害者だったとはね・・・。うわーめんどくせー感じになってきた気がするー。」
「隼さん、どういうことなんですか?」
「元々バスコ・リエットがそのサイトの運営者の一人であったと聞いています。その頃は殺人依頼サイトではなく、単なる悩み相談のサイトでした。巧みな話術で人々の悩みを解決し、神に崇められるようになりました。それに味を占めたバスコがそのサイトを利用し信者を集め、教団が完成したという話です。そして教団の集団自殺の後、サイトは閉鎖させられた。他の運営者たちは捕まった者もいれば、今だわからずという者もいます。おそらく今回の≪魔女の生贄≫も当時の運営者の仕業だと思いますが。」
「そんな・・・・。」
「ちなみに閉鎖したのは燕さんですよ。」
「え!?」
「中々閉鎖しなかったそうなので、無理やり燕さんが消してしまったそうですよ。」
「わお・・・。」
まあ、あの人ならやりかねないか・・・。
って8年前ってあの人どう見ても15、6くらいなんだけど。小学生でそんなことしでかしたってことか?
「とりあえずは明日つっくんの所に行くから詳しい事聞いてこないとね。・・・やっぱり、必要かな。連絡しよっと。」
所長は携帯電話を取り出し、どこかへと電話をかける。
時刻は8時を回っていた。こんな時間に、どこにかけてるんだ?
「ちゃおー!久しぶりだねー。元気?うん僕は元気だよ。あのね、頼みたい事があるんだけど。・・・・うん。そう、そうだなーとりあえず4つで。ああごめん匹か。え、羽?んーじゃあ半々で。後で写真送るから、見させといてね。あと、明日行くから。うん、うちの新メンバー連れていくから!ルーキールーキー!あいあい、じゃあねー。よろしくー。」
そう話し終わると所長は再びどこかへとかけだした。
とりあえず今の会話で分かったのは俺は明日電話相手の所に連れて行かれるようだった。
匹とか羽とかは今のところよくわからないので無視しておこう。
そんな悩んでいる俺を見て、隼さんはにこりと笑った。
「大丈夫ですよ。あの方はお優しい方ですから。むしろ・・・。」
「むしろ?」
「今からかける相手の方に少し注意が必要かもしれません。あああと、もう一人いますかね。」
「え・・・・?」
「はろはろーげんき?うん知ってるーいつもありがとー!それでね、お願いがあるの。・・・・うん、えええメイド服?えーミニ?僕ロングがいいなぁ。うん、ロングならいいよ。あいあい!つっくんは・・・うんまあ頼んでみるけど、ごめんね?そんなわけで、明日来てもらってもいい?うん、ありがと!僕も大好きだよ!じゃあ明日ねーばっはーい!」
そして所長は通話を終えた。・・・・なんだ今の会話。
メイド服とか聞こえたが・・・・作るんだろうか、着るのだろうか。よくわからん。
隣を見れば隼さんは「俺もロングに賛成です」と所長に言っていた。なんだこれ。
「んーじゃ。そろそろ一里帰ってくるし、千種も送ってもらって。明日は9時にここね。」
「え、俺別に一人で帰れますよ。」
「いいの。送ってもらいなさい。最近は物騒なんだからー。僕はまだやることがあるから、隼も先に帰っていいよ。」
「いえ、俺ももう少し調べたい事があるので残ります。千種さん、今日は沢山休んでください。明日は体力が持たないかもしれませんから。」
「え・・・はい。」
その言葉に若干不安がよぎる。
何だろうか。とりあえず明日会う人物が関係している事は確かな気がする。
そう思っていたら外からクラクションをならす音が聞こえた。一里さんが帰ってきたんだろう。
「んじゃ、あしたねー!ごはんもしっかり食べてくるんだよー。」
「は、い。じゃあ、先に失礼しますね。」
「お気をつけて。」
2人に別れを告げ、俺は階段を下って一里さんの車に乗り込んだ。
俺が後ろに乗り込むと、何も言わず車を出発させた。
弓親のことについて聞きたかったが、一里さんはきっと話さないだろう。
とりえあず、明日に備えて早く寝ようと思った。
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「・・・・先程は失礼致しました。」
「何が?」
「燕さんのことです。」
「・・・・ああ。まあ、いいさ。つっくんの前で話さなければ、それでいいし。つっくんはあの話は嫌がるからねえ。僕と同じでさ。」
「明日、梟さんと鷹さん、それに白亜さんにもお会いするんですね、彼は。」
「なんか和、洋、中を一気に食べさせられる感じだよねぇ。面白い人たちばかりだから、退屈はしないと思うけど。念のため胃薬あたりでも用意しといたげて。」
「かしこまりました。」
「んじゃ、一里が帰ってきたらもう少し話しこもうか。」
「はい。戻ってくるまで、DVD観賞でも如何です?」
「いいねーちなみに何?」
「現在絶賛放送中『龍神戦隊ドラゴンジャー』です。半分ドラゴンの血が入った主人公たちが自分たちの国を救うべく敵のタイガーン帝国を倒していく、というストーリーです。ちなみにレッドはドラゴニクル王国の王子、タイガーン帝国のボスはかつて自分の幼馴染だったという意外とシリアス展開な感じも評価が高い作品です。」
「みるみるー!」