相談 その3
事務所に着き扉を開けると、紅茶のいい香りが漂ってきた。
弓親を招き入れ、所長の前にある椅子に座らせる。
俺も自分の椅子をその隣に持ってきて、並ぶように座った。
「ちゃおちゃおー。君が弓親律ちゃんだね。僕はここの事務所の所長の石投命。こっちの執事が副所長の隼で、今紅茶を淹れてて留守なのが副所長補佐の一里。よろよろしく!」
「は、はい・・・。ええと、所長さん、ってことは・・・。貴方が、探偵さんですか・・・?」
「探偵、ってわけではないけど。まあ今は探偵ってことにしておこうか。仲良くしてね、律ちゃん。」
「は、い。」
最初俺が所長を見たときと同じような感想を、今の弓親は持っているんだろうなと俺は思う。
探偵のイメージって某見た目は子供頭脳は大人とか、松田さんとかそんなイメージだ。大抵は。
それがこんなあどけない可愛らしい少女が探偵だなんて、あまり信じれはしないだろう。
そんな事を俺が考えていると、給湯室の扉が開き、中から一里さんが紅茶をもって現れた。
弓親の分と、俺専用のマグカップをそれぞれに手渡す。うん、相変わらずいい香りだ。
弓親は戸惑っていたが、一口飲むとそれまで緊張していた顔が、一気にいつもの優しい顔に戻った。
「美味しい・・・こんなの、はじめて飲んだ・・・。」
「おいしいよねー。一里の紅茶以外は僕は紅茶とは認めないよ。これこそ本物!って感じだよね!」
所長の言う事も最もだ。俺もここの紅茶を飲んでからよそでは飲めなくなってしまった。
ここの紅茶は絶対に週に1度は飲まないと物足りない。
「さてと。それじゃ、依頼を聞こうかなー。とりあえず、今までお話ししてきた事全部話してもらおうかな。」
*********************************
「ふいーん、成程ね。まあ猫探しよりは人探しの方が簡単かな。」
「そうなんですか?」
「うん。それに祭ちゃんって大きいんでしょ?見つけやすくっていいねえ!」
「・・・・なんか違う気が・・・・。」
「さて。では、律ちゃんに質問があります。よい?」
「は、はい。どうぞ、お願いします。」
「何があった?」
その言葉で、弓親は凍りついたように固まってしまった。
俺は所長の言葉の意味が理解できなかった。何があった、って祭がいなくなったこと以外なにがあるのだろうか。
しばらく重たい空気が流れる。その空気をやぶったのは、沈黙していた弓親だった。
「・・・・認めてしまう事になるから、」
「え?」
「それを認めてしまえば、私は嫌でも認めてしまう事になる。嫌だったの、怖かったの。だって、それは。私は。でも・・・・。」
「弓親・・・?」
「・・・・皆さんは、≪魔女の生贄≫というサイトをご存知ですか?」
俺以外の3人は心当たりがあるのか表情が険しくなった。
俺はというと、いまいち状況についていけていない。何故なら、知らないからだ。
≪魔女の生贄≫・・・?
「・・・そういうことですか。と、千種さんは、ご存じないですか?」
「・・・・すみません、さっぱり。」
「え!?」
何も分かっていない俺に弓親は口を開けて驚いていた。
え、何。
「そんな有名なのか、それ?」
「祭ちゃんと同じくらい有名なんだけど・・・。そっか、大学では今その話禁句だから・・・。でも、何で知らないの日比野君。携帯持ってるよね?」
「いや、持ってるからさすがに。」
「よろしければ俺が説明しますが、千種さん。」
「え、あ。じゃあ、お願いします。」
「はい。簡単に言ってしまえば≪魔女の生贄≫は殺人依頼サイトですね。」
「・・・・・は?」
「突然携帯にメールが送られてくるそうですよ。内容はこのURLサイトにいくとそのサイトに行き、名前、住所、相手の写真さえあれば12時間以内に憎い相手を殺してくれるんだそうです。メールが来るのは決まって夜中。それも一日一通。今若い方達の間では密かに人気があるそうですよ。」
「・・・訳がわからない。それって、通報とかされないんですか?警察だって・・・。」
「証拠が残らないそうですよ、一切。」
「え?」
「そのメールは自動的に消えるそうです。そのURLもある時間が経つと勝手に消えてしまうそうです。そして何より、殺される人間は全員自殺するそうですから。」
「・・・・はあ?」
「証拠もない、標的の人間は自殺。これでは警察も動こうにも動きません。自殺した家族も自殺で片づけているようですからね。むしろ動く気すらないのかもしれませんね。」
・・・・なんだ、それ。
まるで都市伝説のようだ。それも最低、愚劣、最悪の。
「それ、送った人間はなんとも思わないんですか?冗談で送って本当に死んだら、自分から自首なりなんなりするもんじゃ・・・。」
「そんな優しい人間は君くらいなもんだよ。てゆーか、冗談で送った人間は誰一人としていないらしいし。」
「・・・え?」
「本当に本当に憎んでる相手だったみたいよ、全員。あーあ、馬鹿みたい。自分の手を汚したくないからって人に頼むなんてさ。どうせ殺すなら自分の手を汚せよ、って感じ。・・・と、話がずれた。で律ちゃん、続き!」
「・・・・うちのサークルの子が3人自殺したんです。急に。」
「!?」
「一人は飛び降り、一人は首つり、一人は手首を切って。でも、ありえないんですそんな事。お前に何がわかる、って言われるかもしれないけど、でも、あの子たちは自殺をするような子たちじゃない。絶対そう!・・・祭ちゃんも、同じ気持ちでした。」
そこからのことは考えるまでもないだろう。祭という人間は、探しまくったんだろう。
サイトを、実行者を、主犯を。あいつはそういう奴だ。サークルの人間をまるで家族のように大切にしている。その家族を守るためなら、あいつは何だってするのだ。
「それで金曜日にメールがきたんです。『犯人分かった。明日潰しに行くぞ!!』って。それから、・・・会えなくなりました。」
「・・・・普通に考えれば、完璧に捕まってるね。」
「・・・やっぱり、そうですよね。それに、もしかしたら・・・・。」
もう、生きていないのかもしれない。
その言葉こそ発しはしなかったが、ここにいる誰もがそう思っていただろう。
俺も思った。4日間、もう祭の姿は見ていない。あいつはそう簡単に死ぬような奴じゃない。
でも、4日間だ。犯人を祭は分かっている。敵のアジトに乗り込んで、もしかしたら・・・なんてこと俺でも考えるんだ。弓親だって・・・。
「まだ大丈夫。」
俺と弓親は同じ方向を見る。
所長は、笑っていた。それも普通に。その顔は、何だかとても安心した。
「え・・・・?」
「まだ、祭ちゃんは生きてる。でも急がないとまずい。最悪の事態になりかねない。おっけえ律ちゃん。君の依頼は引き受けた!任せてくれたまえ!!」
「・・・あ、ありがとうございます!」
「千種、しばらく大学は授業でなくても平気?」
「あ、はい!」
「ならいいよ。んじゃあ仕事、しましょうか。リミットは2日間。しばらく死に物狂いで働いてもらうから覚悟してよー!」
「かしこまりました。」
「・・・・・・・・。」
弓親はすごく嬉しそうだった。
俺もだ。ほんと、この人の言葉には絶対の安心感がある。
所長が言うんだ、本当に祭は生きているんだろう。なら、助けたい。
「あ、依頼料とか、って・・・・?」
「んー。学生さんだから格安にしてあげる。500円。」
「はあ!?安くないですかそれ!!?」
「学生さんは大体こんなもんだよ。うしし。それにちょっとこっちも色々あるからね。」