相談 その2
店内は人が多かったが、さすがにまだ3時はこの店にしては空いているらしく俺と弓親は席を確保する事が出来た。
俺はカプチーノ、弓親はキャラメルマキアートを頼んだ。
一口飲む。うんうまい。もうこれからはホットの時期だな。
「それ、でね。」
弓親も一口飲んで落ち着いたのか、道中全く開かなかった口をようやく開いてくれた。
「祭ちゃんがね、もう4日間も連絡取れないの。おかしいの。いつもなら毎日メールくれるのに、4日もメールが来ない。絶対変なの。」
「・・・お前ら毎日メールしてんのな。つか、祭がそこまでマメだとは思わなかった。」
「当たり前でしょう、祭ちゃんは女の子なんだから。ちゃんと絵文字もデコ文字も使うし。」
「・・・全然イメージにねえな。あいつはもっと了解、とかうん、とかですます人間だと思ってた。」
さっきから話に出てくる「祭」という単語。勿論行事とかではなく人である。
その名を大学で、いやこの辺りで知らない人間はまずいないだろう。
桐山祭
生物学上は女だが、あれはもはや男よりも男らしい奴だ。実際去年のバレンタインは大学一のイケメンよりも倍のチョコをもらっていた。しかも女子からのみならず男からも。
身長も178センチ、すらっとしており無駄な肉は一つもついていないような体つき。長い栗色の髪を常にポニーテールにしている。いつもジーンズにシャツとジャケットというかっこいいスタイル。
目の前にいる弓親とはまるきり正反対のタイプの奴だ。
そして何がそこまで有名かと言うと、単純に言えば「かなりのおせっかい」ということだ。
『目の前に困っている人がいたら助けなければそいつは人ではなく悪魔である』、という理論の元とにかく人を助けることが趣味な奴。人助けが趣味だなんて、履歴書にも書きづらい。
『人助けサークル』というサークルの部長を一年生から努め(つーか部員が祭と弓親の2人だけだった)、構内でも構外でも助けを求めるならばいつでも助けた。困っているところを助けられれば誰だって感謝するし、また何か困ったらそいつらに助けを求めれば助けてくれる。しかも顧みは要らない。この辺りの人達からすれば無償で手助けしてくれるいい子にしか見えないんだろう。
その評判が評判を呼び今では部員数が100人超えだという。
・・・いや別に俺だって困ってる人がいたら手を貸すことはあるけれど部とかにまでは入りたくはない。
けど中にはその行為を「暑苦しい」「恩着せがましい」「自己満足」という奴もいる。
だがその意見を聞いた祭は大学の放送を使って全教室に言い放ったのだ。
『暑苦しくて構わない、寒い人間よりましだ。恩着せがましくて構わない。恩なんて着せるもんだ。自己満足で何が悪い。あたしが満足すればそれで良くて何が悪い。陰で悪口しかいえない人間があたしに意見するな。あたしに意見したくば目の前で言って見せろ。あたしはそれを受け止める。そしていくらでも喧嘩してやる。あたしは、人助けサークル部長、桐山祭だ!」
これが録音されてご近所でも流されたらしく、もう殆どが祭に対して何も言わなくなった。
俺も確かに暑苦しいとは思ったが、実際今の時代にここまでできる人間っていないだろう。
俺は大きな声では言えないけれど、ちょっと尊敬はしていた。かっこいいと思っていた。
・・・・そしてこれは影の噂なのだが。
文句を言っていた奴ら全員どこぞの誰かに叩きのめされたらしいのだが、そのどこぞの誰かが今俺の目の前にいる弓親っていう噂だ。
・・・・こんな細い可愛らしい女の子が暴力なんて無理だと思うんだけどな。
「・・・・祭ちゃんは優しい子だよ。女の子だよ。アナコンダが苦手な可愛い女の子だよ。」
「アナコンダは男でも怖えよ。」
「私は平気だよ?」
「・・・・・・。」
あの噂、ちょっとマジかもしんない。
つーか話を本題に戻そう。
「えーと、祭が4日間連絡とれないってことは4日前は連絡が取れてたってことか?」
「うん。えっと・・・14日の金曜日の夜いつもみたいにメールしてたの。それから眠って、それであれは・・・15日になるちょっと前に電話が来たの。一回鳴って切れちゃっって、私は特に気にもせずにそのまま寝ちゃって・・・。朝起きてみたら祭ちゃんからの電話でびっくりしちゃって。」
「何でびっくりする?」
「だって祭ちゃん電話嫌いだもん。耳元で話すくらいなら直接話が聞きたいんだって。だから自分から電話もしないし、相手から電話が来たら会いに行くの。」
「電話は駄目で、メールはいいのかよ・・・・。つーか会いに行くってあいつらしい・・・。」
「それで、メールしてみたんだけど返事がなくて・・・おかしいなって思って大学に来たけど祭ちゃんいないし・・・。それで家に行ってみたんだけど・・・。」
「・・・・留守だったのか?」
こくん、と弓親は力なく頷いた。
「・・・祭ちゃん、旅行に行くのだって何だって、まずは報告とかしてくれたの。必ず。最初は急ぎの依頼でもあったのかなっと思って待ってたんだけど、4日間も連絡とれないのはおかしいよ。どうしよう、って悩んでたら日比野君の話を聞いて・・・。」
「だから俺は探偵ではなくて事務だからな。それに、何で俺?警察にいえばいいだろまずは。」
「警察は駄目なの。」
力強く、弓親はそういった。その迫力に思わず俺はたじろいでしまう。
まるで警察に恨みがあるような、そんな雰囲気だった。
「・・・そ、そうだ実家は?祭実家に帰ったとか・・・?」
「・・・祭ちゃんはひとりだもん。」
「え?」
弓親は一瞬話そうかどうしようか迷ったそぶりを見せ、俺の顔を見るとゆっくりと話し始めた。
「・・・・8年前のバスコ信者心中事件覚えてる?」
「え、ああ確か・・・・。」
バスコ信者心中事件。
バスコ・リエットというカルト教団の教祖が信者と共に自分の自宅に立てこもり、建物を爆破させて無理心中を図った事件。当時中学生だった俺だがずーっとテレビで騒いでいたのでよく覚えていた。
元々小さな悩み相談から始まった教団は次第に大きくなり、犯罪を繰り返すようになった。
教祖様の言う事は絶対であると信じる信者たちは罪の意識もなく窃盗、詐欺、殺人を繰り返す。
そしてとうとう警察に追い詰められたバスコは自分が神のまま死んでいきたいと思い、信者を道連れにして自殺。死者は50人以上にもなったと言われている。
「・・・・だったか?」
「・・・その信者に、祭ちゃんの両親と私の両親がいたの。」
「!?」
「勿論一緒になって4人とも爆死したわ。残された私と祭ちゃんは施設に引き取られた。・・・周りからはあいつらも信者じゃないかって疑われたけどね。私も祭ちゃんも教団が嫌いだったから、そんなことは絶対になかった。むしろ憎かった。嫌いだった。滅んでほしかった。必死で両親を説得した。けど聞いてくれなかった。あの人たちにとって実の娘の言葉よりも、教祖様の言う事が絶対だったから。・・・皮肉よね。あの頃から、何もできない事が悔しかった。だから私も祭ちゃんも、そんな悔しい思いをしている人達がいたら助けたいと思って、人助けを始めたの。」
・・・・知らなかった。
いつも明るい祭と弓親に、そんな過去があるなんて知らなかった。
「警察の人ね・・私たちを助けてくれた時は嬉しかったわ。ヒーローだったし、正義の味方だった。けど聞いちゃったの。私たちが保護されて警察署で寝てた時、聞こえちゃったの。『狂信者なんて死んで正解だ』って。」
「・・・・・最悪だな。」
「・・・確かに、その通りだと思った。けど、家族だった。救いたかった助けたかったどうにかしたかった。でもできなかった。それなのに、そんなこと言われたら・・・。」
「だから、警察に相談できないのか・・・。」
「警察のデータベースには私たちのデータが載ってる。もし祭ちゃんを捜してって頼んだらすぐにあの時の子供だってわかるわ。そして探すと言いつつも探してはくれないのよ。『狂信者の子供なんてどうだっていい』ともあの時言っていたから。だから警察は信用しない。関わらない。・・・・残されてる道は、日比野君だけだったの・・・・。」
「・・・・・。」
そこまで話し終えると、弓親は冷めきってしまったキャラメルマキアートを一気に飲み干した。
そしていつものように、にっこりと優しく笑う。
「・・・・ごめんね?暗い話になっちゃって。これは私と祭ちゃんの秘密なんだけど、日比野君になら話してもいいかなと思ったの。」
「なんでまた?」
「なんとなく。日比野君はちゃんと聞いてくれると思ったから。」
「・・・・」
「それで、その。・・・日比野君にしか頼めない事、聞いてくれる。」
「待った。」
「え?」
俺は話しを止めると、鞄から携帯を取り出した。
電話帳を開き、あの人の電話番号を押す。
『はろはろはろはろ!どうこの新しい挨拶!可愛いでしょ!?」
「所長、なんかそれどっかの漫画にあった挨拶な様な気がします。」
『えーまじかよーがっくりー。それでどしたの?え、まさかの留年?』
「不吉な事を言うな!・・・・依頼です。」
『・・・・・・ほう。りょーかい。一里、紅茶の準備してちょーだい』
「今から向かうんで、待ってて下さい。」
『うん。楽しみにしてるよ。』
電話を切る。俺は残っていたコーヒーを飲み干すと、弓親の腕を掴んで店を飛び出た。
「え、え、日比野君!?」
「探偵に依頼なんだろ?祭を探してほしい、って。」
「!」
「俺だけが話聞いて立って分かるわけがないんだよ。俺よりも知恵のある人に話聞かせてくれよ。お前、紅茶好きか?」
「え、うん。」
「なら絶対気に入るな。行くぞ、事務所に」