後日談 その2
次の日、俺は所長から道を教えてもらい梟さんの所へと向かった。
前回はタクシーに乗って辺りの景色をなんとなしに覚えていたくらいなので一人で行く事に不安はあったが、何とか辿り着く事が出来た。
しかし相も変わらず豪華な家、いや城?屋敷か?
ここが日本だという事が分からなくなるぐらいの豪華さだ。漫画に出てくるようなお金持ちの家が存在しているとは夢にも思わなかった。
門をくぐり、玄関へ向かう。前と違うのは、今日は白亜さんが玄関前に立っていないことだ。
その事にほっと胸を撫でおろし、玄関の前に立つ。
「・・・・・さてここからだ。」
前回は白亜さんがいて開けてくれたからよかった。しかし今は俺一人である。
辺りを見渡しても呼び鈴ひとつない。門の所にもなかった。
一応今日行くとは伝えてはあるが、いきなり扉を開けるのもちょっとどうかと思う。
ここは扉をノックするべきなのだろうか。けどこんな広い家の扉をノックしたところで梟さんの部屋まで届くとは考えにくい。
・・・・・どうしよう。
そううじうじと悩んでいたら、ポケットの中の携帯が震えた。
慌ててみると、所長からのメールだった。なんだ、もしかして撮影会早くなったとか?
『言い忘れてたけど梟さんち勝手に入っていいからね。梟さん耳がいいから玄関の音聞けばすぐ分かるし。階段上がって左にいけばいいんだからねー。んちゃ!』
・・・・・・この人本当はエスパーとかじゃないだろうか。
まあこれで悩む理由はなくなった。俺は勢いよく扉を開けて、中に入った。
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「やあ。よくきたね。」
「こんにちは、梟さん。」
前と同じ部屋に入ると、そこには梟さんただ一人しかいなかった。
辺りを見渡しても白亜さんの姿は何処にもない。俺のその気配を察したのか、梟さんは教えてくれた。
「白亜には買い出しを命じたんだ。しばらくは戻ってこないと思うよ。君はどうもあの子が苦手のようだから、席をはずしてもらった。」
「は・・・・・あ。あー・・・ありがとう、ございます・・・っていうべきなんでしょうか・・・?」
「どういたしまして。さあ、座って。白亜に飲み物だけは用意するよう頼んでおいたから。嗚呼、安心して。毒とかそんなものはいれるなと言っておいたから。」
「あはは・・・・。」
つーか梟さんが言わなきゃ毒物混入する気満々だったのかあの人。
けど・・・・本当助かった。正直、白亜さんと同じ空間にいるのは少し苦手だ。
心が読めるってのもあるけれど、多分あの人が普通の人でも俺は気が合わないと思う。
梟さん、いい人だ。
すすめられた席へ座り、目の前に置いてあるコーヒーに口付ける。以前俺がここでブラックを飲んだからか、ブラックコーヒーだった。白亜さん、覚えててくれたらしい。
「さて・・・。じゃあ、結果報告を聞いてもいいかな?君の知っている範囲でいいから。」
「あ、はい・・本当に、俺でいいんですか?所長とか隼さんとかの方がいいんじゃ・・・。」
「前にも言ったろう?君と話をしてみたかったんだ。わたしは君から今回の結果報告を聞きたかった。楽しみで楽しみであまり眠れなかったよ。」
「はあ・・・。じゃあ、いいんですけど。・・・あんま楽しい話ではないと思います。」
そして俺は話し始めた。弓親が相談に来たところからもう一度、じっくりゆっくり丁寧に。
あんまり説明なんてした事がなくてよくわからない日本語になってしまっても、梟さんはずっと「うんうん」と聞いてくれた。おかげでものすごく話しやすい。
そして一通り説明し終え、俺は少し冷めてしまったコーヒーを飲んで喉を潤す。
「そうか・・・・。まあ、確かに楽しい話ではなかったね。君には少し刺激が強すぎたかもしれないな。」
「そうですね・・・。俺、グロいのが好きな人間とは一生話が合いそうにないです。」
ああいう人たちは一度でいいから本物を見た事があるのだろうか。
映像とか文字では絶対に分からない。実際に見て大丈夫な人こそ、グロいのが好きと名乗っていいと思う。
「・・・・・どう思った?」
「へ?」
「死体を見て、君はどう思ったのかな?あ、思い出して気分が悪くなるようなら答えなくてもいいけど。」
「・・・・・・・ええと・・・・・。」
しばらく考える。とりあえず、あんまり思い出したくはないけど思い返してみた。
「・・・・いやです。」
「いや?」
「俺、できればもう見たくないです。・・・この世界にいたのならそういったものを見るのって慣れなきゃいけないのかもしれないですけど・・・俺は二度と見たいとは思いません。人を殺したいとも思いません。嫌な奴とか見て、あんな奴死ねばいいのにとかもう思う事もないと思います。俺は、人が死ぬのがこわいです。」
「・・・・・・。」
「だから人殺しも見たくない。俺、すっごい都合のいい考え方かもしれないですけど誰も殺したくないし、誰にも死んでほしくは無いです。」
「それは正解だよ。」
「・・・・・正解?」
「君の考え方は正しくて、真っすぐだ。それは正解だよ。わたしにはとても思いつかないようなことだ。恥じることも悩む事もない。君は間違ってなどいないよ。間違っているのは、君じゃない。・・・君の周りにもそういった考えの子は多いのかな?」
「こんな話をしないからよくわかんないですけど・・・多分。」
「素晴らしいね、全く。これだから世界は面白い。価値観が違うからこそ、お互い刺激を受けて成長する。白と黒が混じり合えば、それはまた違う考えを生み出す。うん、わたしはますます君が気にいったよ。」
「は、あ。」
何だかよくわからないけれど気にいられたらしい。
価値観が違うからこそ、お互い刺激を受けて成長する、か・・・。その通りかもしれない。
俺だってあの事務所に入ってからだいぶ変わったというか、多少成長はしている気がする。
「君はそのままでいておくれ。」
「そのままって・・・?」
「その考えのまま、あの子の傍にいてあげてほしい。実際、あの子は変わりつつあるのかもしれない。わたしには出来なかった事を、君なら出来るかもしれない。」
「あの子って・・・・所長の事ですか?」
「・・・・めーちゃんを、頼むよ。」
そう言って、梟さんはいつものように優しく微笑んだ。それ以上は聞いてはいけない、そんな雰囲気だった。
と、ここで俺は今日のメインイベントの事を思い出した。
慌てて部屋を見渡し時計を見ると、既に2時半を過ぎていた。
確か撮影会、3時くらいからっていってたような・・・不味い、遅刻だ。
「と、梟さんすいません!もう行かないと!」
「おや、もうそんな時間か。すまなかったね、長い事話させてしまって。」
「いえ、楽しかったです。・・・・また来てもいいですか?」
「勿論だとも。その代り、来る前には連絡をくれると助かるよ。白亜にお使いを頼まないといけないからね。」
「・・・・ありがとうございます。」
「いえいえ。では、また。」
「はい!失礼しますね!」
俺は頭を下げて部屋から飛び出した。ここから向かうと30分くらいはかかるから、かなり急がないと間に合わない。
玄関を飛び出し、門の所まで来るとタクシーが止まっていた。
よく分かっていない俺に運転手さんは「ここの人に君を送るよう頼まれた」と梟さんの家を指さしてそう言われた。
・・・・・あの人には頭が一生上がらない気がする。
俺は再び家に向かって頭を下げ、タクシーに乗り込んだ。
「・・・・・渋滞て。」
乗り込んで15分。事故があったらしく道路では車がごった返していた。
こういう時に限ってついてない。
辺りを見渡して、大体の場所は分かった。ここからなら歩いてでも事務所にいける。
俺は運転手さんに降ろしてもらい、事務所まで徒歩で向かう事にした。
若干小走りで向かう。携帯を見ると3時5分前。遅刻は確定だ。
近道、と俺は公園を突っ切る事にして走る。が、その足は止まってしまった。
本来ならここは無視をして突っ走るべきなのだが・・・・。
「・・・・何してんですか?」
「おおお?おー少年。きぐーだにゃー。」
ベンチに寝転り、数匹の猫と戯れているこの【猫】さんを、無視することは出来なかった。
何故なら、一応この人は命の恩人であるからだ。
あのセーラー服の少女から救ってもらって、そういえばお礼を言ってなかった。
「あ・・・の。」
「ん?」
「この前は、ありがとうございました。お礼、言ってなかったですよね。」
「・・・・・りっちぎー。」
よっ、と勢いよく【猫】さんは起き上がり俺を見上げる。
その目はやっぱり赤い。カラコン、と所長は言っていたがこんなに派手な色のカラコンって本当に存在するんだろうかってくらい赤かった。
「石投サンから俺っちの事聞いてにゃいの?あんま近づかない方がいいって言われなかった?」
「言われてますけど・・・・でも、助けてもらいましたから。」
「しょーねん、良い奴だねー悪い意味でも良い意味でも。ま、あれは少年を助けたっていうかたまたまって感じだよ。ご主人様からの命令がなければ死んでたし、少年。」
「ご主人様?」
「俺っちの飼い主。俺っちは今飼い猫なのだーここ最近は野良野良してたんだけど自由がなくなってしまってにゃー。にゃはははは。」
「はあ・・・。」
「んな至極どうでもいいって顔すんなって。ところで少年。」
「・・・・その少年っての止めてもらえません?俺そんな年じゃないですし。」
「ええ?だっていくつよ?」
「22です。」
「俺っち24だもん。年下なら少年でいいっしょー。」
ここで年齢発覚、まさかの24歳だった。俺の2つしか上じゃないのかこの人。
鷹さんの「いい年こいて自分の事俺っち」っていうのには納得が出来た。24にもなって俺っちて。
「でも少年は恥ずかしいというか・・・・。」
「じゃ青年?」
「それもどうかと。」
「もー少年でいいじゃん。けってー。にゃはん。でだ少年。」
「・・・・・はい。」
「急いでたんでないの?」
「・・・・・・・・・・・・あ。」
しまった。携帯を見る。3時などとっくに過ぎていた。
「やっべ・・・・!じゃ、じゃあ失礼します!」
「へいへーい。じゃ、またな。しょおねん。」
「また」に少し引っかかったが、急いでいた俺はそれは聞き流すことにした。
とりあえず全力で走る。・・・・最近俺は走ってばかりだな・・・・。
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「・・・・・・・・。」
【猫】は千種が去った後再び横になり目をつぶる。
野良猫が寄ってくるので、体を撫でてやると気持ちよさそうに鳴いた。
「・・・・・あれは、何なんだろうねえ。」
先程まで話していた、千種のことについて考えた。
【猫】の知っている石投命は、ああいったタイプを苦手としたはずなのに。
なのにあれはまだ傍にいる。それも数カ月は。【猫】には信じられなかった。
「気にいってんのかね、あれを。」
心がざわつく。どす黒い感情が、心を色づかせる。
「俺っちは、気にいらないなー。」
にゃ、と苦しそうな野良猫の鳴き声がした。起き上がれば、野良猫は絶命していた。
「ちゃ、殺しちった。ま、いっか。こんなもん、どうだって。」
ベンチから立ち上がり、体を伸ばす。辺りには、数匹の野良猫の死骸が転がっていた。
「あーあ。少年の事は気にいってたのに・・・ああ、でもしばらく見てんのも面白いか。・・・楽しみは後にとっておくのがベスト、だし。」
にゃはは、と不敵に【猫】は笑いながらその場を立ち去った。