戦闘 その4
目の前の死体の首からは夥しい血が溢れ出ている。
俺の傍に落ちている頭からも同じ色が流れている。
よくテレビとか、お化け屋敷とかで見るようなあの赤い血の色とは違う。
もっと濁ってて、もっと生温そうで、匂いがする。
小説なんかに書かれているような、錆びた鉄の臭いだ。
世界中にこの映像を流してみろ。こんなの見たら戦争なんかする気になれない。
そんな風に冗談めかして考えてなければ、思考が保てない。
だってそうしなければそうしなければなんだよこれ気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い死んだ女と目が合う見るなこっちを気持ちが悪いんだよやめろやめろなんだこれ。
胃から何かが持ちあがってくる。口にすっぱさを感じて、思わず口を両手でふさぐ。
気持ちが悪い、吐きそうになる。
「ちょ、なによぉ君こんなの慣れっこじゃないの?たかが頭と胴体離れた死体見て何グロッキーになってんのよ。え、それともただのシロートってこと?はああもう意味分かんない!」
そんな俺の様子に目の前のセーラー服の少女は呆れたようにそう言った。
お言葉を返すが、俺はこんなの慣れっこじゃない。気絶した人間なら沢山見た事があるが、血を流して倒れている姿なんて俺は見た事がない。
けどこの少女は「たかが頭と胴体が離れた死体」だと言った。たかがってことは無いだろう、たかがってことは。
しかしマジで気持ちが悪い。吐いた方がいいんだろうか。けどなんとなくこの少女の前では吐きたくない。
「目撃者だろーが関係者だろーがどうだっていいんだけどさー。どっちも殺すし。けど君は報告になかったのよねー・・・あの子がそういうの伝え忘れるとかなさそうだし・・・・。ね、君は誰?」
「お、れは・・・・。」
「あれに啖呵切ってたってことはあれと何か関係あるのよね?ひょっとして≪魔女の生贄≫の犠牲になった人の身内?ね、答えてよ。」
そう言って少女は俺に向かって真っすぐ鉈の矛先を向ける。
答えなければこの死体と同じ目にあわす、ということだろうか。
俺は何とか再び込み上げてきたものを胃に戻し、答えた。
「友達、が、巻き込まれたから、助けに来ただけだ。」
「友達?友達、ねぇ・・・・。んー・・・ま、いいわ。私はこれにはあんま関わんなって言われてるし。んじゃ、死んどこうか。一応見られたからには消さなきゃね。怨むんならこれを怨んで死ねばいいんじゃない?」
淡々と、簡単に言う。
俺は疲れと恐怖からか立ち上がることも出来ない。少女が鉈を振りおろそうとした。
「はいはいストップー。」
が、突如入ってきた呑気な声に少女の動きが止まる。
突然俺と少女の間に乱入者が入ってきたからだ。
しかもそれは、見覚えのある人物。
「あんた・・・。」
「よう、久しぶりだにゃん。しょおねん。」
「【猫】!!あんたこんなとこで何してんのよ!」
【猫】さん。所長の天敵であり、鷹さんからはかなり嫌われている人だ。
今日も相変わらず黒と赤で染まっており、瞳には赤のカラコンが入っている。
「まーまー落ち着いて。俺っち死吊サンに伝言伝えにきたんだって。」
「軽々しく人の名前言わないでって言ったでしょ!その名前を呼ぶ許可をあんたにやった覚えないんだからっ!」
「えー冷たいにゃん。少年、こんな女の子どー思う?」
「・・・・・俺に振られても・・・・・。」
「だよにゃー。とりあえず可愛くても男受けは悪いよにゃー。女にもだけど。」
「うっさい!!とにかくそこ退きなさいよ!邪魔するならあんたも一緒に切るわよ!?」
「だーかーら、伝言。『引きあげろ。速やかに帰れ。』だってさ。」
「・・・・・その子の始末は?」
「なし。つーか少年殺されたら俺っちちょっと困るのよね。せっかく面白い逸材がいるんだにゃん。まだまだ観賞してたっていいっしょ?」
「あんたがそんな事言うなんて珍しいわね。てっきりあの女にしか興味がないんだと思ってたけど・・・。・・・・まさかあの女関係じゃないでしょうね?」
「さあ。」
「・・・・もういいわ。詳しい話はあの子から聞くから。命拾いしたわね、君。私と出会って殺されないなんて、運がいいにも程があるっての。」
死吊、と呼ばれた少女は血まみれの鉈をぶん、と振って血を飛ばし、再びバイオリンケースの中に閉まった。
それを肩にかけると、踵を返して歩き出す。
「じゃあーね。後はその馬鹿猫に何とかしてもらえばー。」
「馬鹿猫は酷いにゃあ・・・。」
俺と【猫】さん(あと死体ひとつ)だけがその場に残った。
すると、聞きなれた声が後ろから聞こえてきた。
「千種!」
振り向けば、所長と鷹さんの姿があった。
所長は息を切らして俺の傍に来ると、きっ、と【猫】さんを睨んだ。
「・・・また君か。」
「そう露骨に嫌な顔すんなって。俺っち少年助けてあげたんだぜー?むしろ笑顔できてくれてもいいくらいだにゃー。」
「だからわざとらしくにゃんなんてつけなくてもいいってば。・・・君がどういうつもりか知らないけど、感謝はしないからね。むしろとっとと去ってくれると嬉しいなー。」
「辛辣だなあ、石投サンは。そんなところも好きなんだけど・・・・鷹サンの殺気が怖いから、今日は帰ってあげるとするにゃん。」
「あら?わかりやすく出してあげて正解だったわね。だったら空気読んで早く去ってくれればよかったのに。もう少しで風穴どれだけ開けれるか実験できたのだけど。」
「こーわ。んーじゃ、殺されないうちに帰りますよ。またにゃ。」
そう言って、【猫】さんも少女と同じ方向に向かって去っていった。
俺はと言えばいまだに立ち上がれなかったりする。色々あって腰がぬけてしまったらしい。
近くにある死体は出血は収まったものの、その生々しさはいまだ抜けない。
・・・・思い出したらまた気分が悪くなってきた。
「千種」
俺に所長が覆いかぶさる。抱きしめられた。
所長の手が俺の背中を優しく撫でる。泣いた子供をあやす母親のようだ。
「しょ、ちょう?」
「大丈夫。怖くない。気分悪くなったんでしょ?ごめんね、僕がもう少し早く着いてればあんなの見なかったのに。」
「・・・・・。」
「落ち着いて。大丈夫。ね?」
所長の心臓の音が聞こえる。それはとても静かで、心地よい音だった。
口のすっぱさも、胃のむかつきも、全部気にならない。やさしい匂いがする。
・・・・俺はいつも年上のくせに年下のこの人に慰められてばかりだ。
「・・・・もう、大丈夫、です。」
「そ?よかったぁ。」
俺から離れるとえへへーと所長は笑った。つられて俺も笑う。
離れられた時、ちょっと寂しいなと思ってたり・・・・って俺は何を考えてるんだ何を。
「じゃ、いこっか。祭ちゃんと律ちゃんは隼と一里が保護してくれたし、サイトも潰せた。犯人、クラッカーは逃がしちゃったけど≪魔女の生贄≫の実行犯はもういないし。とりあえず解決ってとこかな?」
「そっか・・・・。2人、無事なんですか?」
「2、3日すれば回復するわよ。今はあの2人は休ませてあげなさい。それに、貴方も。」
「俺?」
「そうだね。今日は早く帰ってゆっくり休まないとねー。祭ちゃんたちが元気になったらしか話聞けないし。とりあえずしばらくはゆっくり休む事ーいいね?」
「・・・・・はい。」
所長が俺に手を差し伸べてくれたので、有り難くその手を掴ませてもらって俺は立ち上がった。
不思議だ。あれだけ立てなかったのに、この人のおかげで。
握られた手はそのまま、繋いだまま俺達は歩き出した。(鷹さんは何だか微笑ましげにこちらを見て笑っていた。)
・・・・・何だか恥ずかしい気もする、がそれと同時に嬉しいと思う自分がいる。
・・・・・何だこれ。何か俺、今日変な気がする。
あれだけ怖い経験をしたからなのだろうか。それとも疲れなのだろうか。
・・・・とりあえず、所長たちが言うように、今日は早く寝ようと思う。
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人々が行き交う駅前の大通りを、赤のセーラー服に身を包んだ少女が歩いていた。
その容姿は10人中10人が振りかえる美少女で、この辺りでは見慣れない制服に人々は興味を持っていた。
その視線を感じ、少女は思わず舌打ちする。
「なーにがそんなに珍しいんだか・・・・。あーもうたまに人込み歩くとうざいったらありゃしない。」
「・・・・・・それは死吊がめだっているからだよ。」
いつの間に現れたのか。セーラー服の少女の隣に、もうひとつ人影が出てきた。
こちらは少女よりかなり小柄だ。ウサギの耳がついた大きい星柄プリントのパーカーをはおり、そのパーカーの裾からちらりと見えるショートデニムパンツ。そこから出る細く白い脚。フードをかぶっているため顔はよく見えなかったが、口元には大きく「×」と書かれたマスクが異様に目立っていた。
「あんたも十分目立ってるっての。それより、そっちはどうだったの?」
「・・・・みつかったのでへやはぼこぼこにしてきた。」
「燕に?やっぱ天才ハッカーは違うわねー。」
「わざと。もうかえっていいっていわれたから。」
「そういう事・・・。何、予想外の邪魔でも入ったわけ?」
「・・・えーえむしー。」
「!なーる・・・・あはは、嗅ぎつけたわけ、あいつら。・・・ってことはあの男も仲間だったわけね。ふーん・・・・やっぱ殺しときゃよかった。」
「だめなんだって。あれはだいじなこまだから。」
「駒、ねえ。主様、あんなの集めてどうするのかしら?」
「じゃくてんになりうるものかもって。でも、ねこのでんごんがとどいてよかった。」
「あー・・・あの馬鹿猫調子乗りすぎよね。どうしてあんなの使ったのよ!?」
「たまたま。」
「・・・・・うん、まああんたはそういう子だったわね。しかしあの猫マジでムカつく。ちょっと切ってやれば良かった!」
「・・・・おこられるかも。」
「知ってるわよ。あれが野良猫になったら、真っ先に私が殺してやるんだから。」
「それまで、がまん。」
「・・・・努力してみるわよ、一応ね。」
「きっと、すぐ。」
「・・・・・・・・・へえ。」
「もうすぐ、せかいはこわれるから。」




