救出 から 戦闘その3
走り出して数分、俺と弓親は目的のビルに辿り着いた。
本来10分弱かかるような所だったが弓親の足が思っていたよりも早かったので、俺もつられて走ったら意外と早く着けた。
「この、ビルに祭ちゃんがいるの・・・?」
「ああ。」
メールには「屋上へごー」と書いてあったので、俺達は屋上へ行くために中に入った。
ビルは全部で13階。様々な会社が入っているビルだった。
外から仕事をしている様子が見えたので、俺達は裏口から階段を登る。
屋上、というとこの13階までの長い階段を登らなければいけない。
さっきまで走っていた俺達にはかなりきついが、それでもいかなければならない。
弓親はかなり息苦しそうだった。それでも、階段を駆け上がっていく。
「弓親、無理すんなよ。」
「これくら、い、へ、き。祭ちゃんに、会うためだ、も。」
そう言ってにこりと弓親は笑った。
・・・・おそらくこれは祭と弓親の立場が逆でも同じことをするんだろうな。
まあ祭ならあれだけ走って階段を駆け上がっても息一つ乱す事はないんだろうけど。(あいつの体力は限界を知らないという噂だ。)
そうして長い階段を上りきり、目的地である屋上へと辿り着いた。
【進入禁止】と書いてあるプラカードを無視し、扉を開ける。
思いっきり体に強風が叩きつけられる。
「か、ぜ強ぇ・・・!」
「・・・祭、ちゃん・・・・?どこ・・、祭ちゃん!!!」
弓親が叫んだ方向に目をやる。祭の姿があった。
屋上から飛び降りを防止するためであろうフェンスの向こう側に。
俺達は同じ考えだっただろう。同時に走り出して、祭の元へ急ぐ。
見れば、無理やりこじ開けてもはやフェンスを呼べない塊が一つ落ちていた。
祭ならこれくらい開けられるだろう。その隙間から、俺は祭の腕を掴んだ。
「お前、何してんだよ!」
「・・・・・間違ってなんか、ないはずなんだ・・・・・。」
「は?何言って・・・・」
こっちを向いた祭の顔を見て思わずぎょっとした。
俺はいまだかつてこいつが泣いたりした姿を見た事がない。
それが虚ろな目からは涙が零れおち、頬は痩せこけ、顔色が青い。
一瞬で理解できた。これはかなり不味い状況だと。
「日比野。あたし間違ってないよな?あたしは困ってる人を助けたかった。手を差しのべたかった。それがうざいと思われようが何だろうが、よかったんだ。よかった、はずなのに。」
「話ならいくらでも聞いてやるからそこから離れろ!こっちこい早く!!」
「助けた本人たちから聞くと残酷だな。『助けなんていらなかった』、『余計なお世話』、『自己満足』、『お前なんていらない』って・・・・狭い部屋で、一日中ずっと言われた。」
「!?」
「あたしはそれでもいい、って思ってたはずなのに・・・・でも、いらないのか、あたしは。いらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないらないいらないいらないいらないいらないいらないいらないいらない。」
「祭!」
「いらないなら、もう、あたしは生きてる価値ないだろ。今まで生きててごめんなさい。大丈夫だ、生まれ変わったらきっと大丈夫だ。」
「何が大丈夫なんだよ!!お前は生きてていいんだよ!」
「そんな考えなら直ぐにそこから飛び降りなよ。」
その一言に、俺も祭も同じ方向を向いた。
弓親は、冷たい目で、怒っているような泣いているような顔をしていた。
「弓親!?」
「馬鹿みたいだ、私。ずっとずっと祭ちゃんを探して、探偵さんにまで頼んで。やっと会えたと思ったらそんなこと言うの?何それ、馬鹿じゃないの。そんな馬鹿を探してた私本当の馬鹿じゃない。」
「り、つ?」
「分かってた事じゃない、そんなことは。昔から言われてた事じゃない。それでも感謝してくれる人だっていた。理解してくれる人がいた。共感してくれる人がいた。だから頑張れた。それが何?たった1日言われ続けただけでそんな風になるの?どれだけ弱いのよ、精神。私だったら3日間言われたって平気だよ。だって、祭ちゃんがいるもん。」
「律・・・・・。」
「もしかして私にも言われたような幻覚でも見たの?そんな訳ないじゃない。お互い分かってるでしょ、そんなの。私にとって祭ちゃんは絶対なのよ。祭ちゃんだってそうでしょ?私は祭ちゃんが間違ってると思わない。いつだって私は祭ちゃんの味方で、友達なんだよ。祭ちゃんは、私の事を信じてくれないの?味方だと、友達だと、思ってくれないの?」
「・・・・ち、がう。律は・・・。」
「私は祭ちゃんが大好きです。誰よりも、大好き。・・・・それでも、そこから飛び降りたいのならご自由にどうぞ。でもね。私が知ってる祭ちゃんは、こんな時。・・・私を力強くぎゅって抱きしめてくれるんだよ。」
俺が掴んでいた祭の腕がいつの間にかなくなっていた。
俺が弓親の方を見た瞬間、祭は弓親を力いっぱい抱きしめていた。
瞬間移動のような早さだった。
「ごめん、ごめん、律、ごめん・・・・!!大好き、大好き、大好き!!!」
「うん。私も大好き。」
涙を流しながら、2人はお互いを抱きしめ合っていた。
傍から見たらカップルに見えなくもないが、いかんせんそこは女2人である。
俺は疲れと安堵からか、その場に座りこんでしまった。
「あー・・・なんか一気に力抜けた・・・。」
2人の姿を見て口元がにやける。本当に、よかった。
しかし弓親があそこまで言うタイプだとは思わなかった。けどその弓親がいたからこそ、祭を救えたんだ。俺一人だったら、絶対に祭はあそこから飛び降りただろう。
弓親の思いが、届いてくれてよかった。
と、その時だった。
「・・・・・・っち。」
小さな舌打ちが聞こえ、扉の方向を見るとそこには全身を黒で包んだ一人の姿があった。
そのまま逃げようとしたので、俺は立ち上がり急いで追いかける。
「弓親!あとはまかせた!俺ちょっといってくる!」
「え、日比野君!?」
「祭と一緒にいてやれ!」
俺が追ってくるのが分かったのか、黒づくめの奴は走るスピードを上げる。
負けじと俺も急いで階段を駆け降りる。
向こうのスピードは弓親に比べ遅い。頑張れば追いつけそうだ。
地上へ着き、まだ逃げようとする奴を追う。ビルとビルの間の暗い細道に入り込んだので、俺も追いかける。
「待て!!お前、染脳師だろ!止まれ!!」
「・・・っ・・・っ」
そう言っても止まってくれないので(当たり前か)、俺は足元に落ちていた空き缶を拾って思い切り奴に振りかぶった。空き缶は見事に相手の頭に当たり、そのまま奴は転んでしまった。
俺は奴の前に行き、通せんぼの形をとる。
「も、逃げらんねぇよ。この距離なら、簡単に捕まえれるしな。」
「この餓鬼・・・!」
さっき転んだせいだろう。服のフードが取れて、顔が見れるようになっていた。
女だった。年は30代くらいだろう。頬は痩せこけ、目は鬼のように血走っていた。絵本に出てくる魔女の鷲鼻のような鼻だ。
「あと少しであの女を自殺に追い込めたというのに・・・!」
「何のために祭を狙った?」
「決まってるだろ?≪魔女の裁判≫の根城を見つけられたからだ!!あいつは独自に調べて私たちのアジトまで辿り着いた。腕っ節は強かったけど、うちにはとびきり強い奴がいたからね。気絶させて、監禁して、ずっとあいつを苦しめてやった。生意気だよねぇ人助けなんてさ。あんなの唯の自己満足の大馬鹿女だ!!それを知らしめてやったまでだ。」
「・・・・弓親を狙った理由は何だ?」
「あの女もいずれ辿り着くと思ってたから、一緒に地獄に落としてやろうかと思ったんだよ。けどあいつに近づくにはタイミングを守れって言われてたからね・・・染脳してうまいこと使えればと思ってたんだけど・・・それをお前が邪魔してくれて・・・・!!!」
女は近くに落ちていた木材を拾うと、俺に向かって構えた。
「もういい、お前を殺す!!邪魔ばっかしやがって・・・ふざけんな!!!」
俺の正面に思い切り振りおろされる。
ふざけんな?それは俺のセリフだ。
俺はその木材をよけ、女の腕を取る。
肘関節を曲げ、そのまま仰向けに叩きつけた。
「っが・・・・!!!」
「一教・・・だっけか?久々にやるんで忘れるな。」
「お、ま・・・・!」
「一応合気道経験者だよ。ふざけんな、って言ったよな?それは俺の台詞だよ。お前ら、何でそんな事できんだよ。簡単に人殺して、簡単に騙して。それで楽しいとか思えるなんて、変態かよ。ふざけんな!お前らみたいなのに、人の命弄ぶ資格ねえよ!!」
「・・・・・っく、そ・・・!」
「ふーん。まあ間違ってないんじゃない?」
張りつめていた空気の中に場違いのように明るい声が聞こえた。
俺は前を見る。そこには、一人の少女が立っていた。
くるくるとカールがかかっている赤毛のツインテール。
着ているセーラー服やレースの付いたオーバーニソックスも赤く、履いているブーツと瞳、持っているバイオリンケースだけが黒かった。セーラー服は見た事がない。このあたりの学校ではなさそうだ。
「あんた・・・?」
「クラッカーに言われてそれを探しに来たの。」
それ、と俺の足元で倒れている女を指さす。
女はその言葉に笑みを浮かべ、這いつくばってセーラー服の少女の元へと向かった。
「た、助けにきてくれたの!?いいところにきてくれた!!あいつ!あの餓鬼殺すの手伝って!!邪魔されて、困ってたの!!」
「っおい・・・!」
「はあ?んな訳ないでしょ。」
あっという間だった。俺の視界が赤く染まったのだ。
目の前で、女が倒れていく姿が見えた。
けど倒れていくのは体だけで、首から上がなかった。
俺はセーラー服の少女を見る。いつ手にしたのかわからない。彼女の両手に握られていたのは、血に染まった鉈だった。近くには空のバイオリンケースが落ちている。中身はバイオリンじゃなくて鉈だったらしい。
俺はその場にしゃがみこんだ。左手で、何かを掴む。
恐る恐る目を向けると、さっきまでしゃべっていた女の頭が、落ちていた。
首からは血が溢れだし、血走っていた目がさらに虚ろな状態になって―――――
「う、あ、ああああああ!!?」
「始末しといて、って頼まれたの。もーこんなもん殺したって何の得にもなりゃしないのにあの子は・・・。あ、そういえば君がさっき言ってた言葉覚えてる?お前に人の命弄ぶ権利ないって。合ってるわよーそれ。そいつにはないわね。けど、私にはあるんだよねー。」
「人の命を弄んでいいのは、強い奴だけってこーと。」