相談 その1
前回のAMC石投事務所続編です。
完全なる続きものではないですが、前回の方を読んでいただくと登場人物がわかりやすいと思います。
季節は秋になり、あれほど暑かった夏が嘘のように涼しく過ごしやすい時期となった。
服装も半袖から長袖へ、7月から10月へ、そして俺、日比野千種はというと。
「・・・論文めんどくせぇ。」
IN大学である。ちなみに授業は終わり、これから家へと帰るところだ。
長かった夏休みも終わり、俺は再び大学へと通っていた。
とは言っても就職先も決まったし、後は適当に試験をクリアし、ある程度の単位を取って、論文を書き終えればオッケーだ。
元々そこまで成績だって悪くないし、授業もちゃんと出ていたのでこれからの授業ほとんどサボっても卒業できるくらいだけど。まあ俺はそこまで不真面目じゃないのでちゃんと授業を受けている。
事務所の所長からも「卒業するまでは土日とか暇な時とかに手伝いに来てくれればいーよ。」と言われている。
就職先。
あれからもう3ヶ月たつんだなあ、としみじみ感じてしまった。
3ヶ月前、俺はあの求人雑誌を見ていなければ今頃必死で就活していたんだろうなあと思う。
AMC石投事務所
俺の働く場所。変人ばかりの集まりだが、面白いところなので気に入っている。
俺は3ヶ月前からここで働き、常に命がぎりぎりの状態の日々を送っていた。
何でも屋、とばかりに毎日簡単な内容から難しい内容の仕事をする日々。
可愛らしい外見で、いかにも俺よりかなり年下にしか見えないがとても頼りになる所長、石投命。
ものすごくイケメンだけどすごく濃いオタク、常に執事服の副所長、綿貫隼。
大きい体からは信じられないくらい手先が器用で、常に無口の副所長補佐、東条一里。
そして副所長補佐の補佐、俺こと日比野千種。
他にもすごい毒舌のハッカーとか猫みたいな人とか色々いるが、あまりにも内容が濃いので割愛する。
とまあそんな常識とはかけ離れた人達と共に働くことになったのだ。
「なー千種、お前就職先決まった?」
そう友人に聞かれた俺は決まったと言おうとしていた口を思わず閉じてしまった。
「おう決まったぜー。AMC石投事務所っていってな、やくざと関わって宝石とか猫を取り戻す仕事なんだぜー。」
とは勿論言っていない。というか説明できなかった。
当たり前だろう、一般人(まあ俺もだけど)からしてみれば俺の仕事はろくなもんじゃないと思う。
なかなか答えない俺に対して友人も怪訝な顔をしていたが、それでもまだその質問をぶつけてくるんだから俺はそこから逃げ出そうにも逃げ出せない。
ほんの数秒だったろう。俺は無い知恵を振りだして考えに考えて出したのは。
「た・・・探偵事務所の事務。」
だった。
当然探偵だって聞きなれない言葉だ。友人たちから矢継ぎ早に質問やら笑い声やらが飛び交った。
「探偵ってドラマとか小説とかの?ウソだろありえねー!」
うん俺もありえないと思うよ。
「え、不倫の証拠現場とかおさえたりするの?」
それはまだした事が無いけどいつかはするかもね。
「てゆうかそんな就職先あるんだ・・・・。」
ですよねー俺もびっくりです。
「その求人?どこで見つけたのー?」
唯の無料配布の求人雑誌です。
ちなみに回答は全て俺の心の中の声である。全ての質問には笑って誤魔化しておいた。
数日は友人たちからのからかいが続いたがもう飽きたのかからかってくる人数はだいぶ減った。
・・・まあ俺も逆の立場だったらからかってしまうかもしれない。物珍しさに。
「あれ?千種もう帰るの?」
「んー、もう講義無いし。家帰って論文の続きするわ。」
「そっかー頑張れよ、探偵さん!」
「だから俺は事務だっての・・・。」
ここまで来るとあしらい方にも慣れてきた。
さて、それじゃあ帰るかと大学の門をくぐろうとした時だった。
「あ、日比野君!」
後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには見知った友人の姿があった。
「弓親。どうしたんだよ。」
弓親律、俺の同級生であり友人である。
この季節にぴったりの紅葉色のショートボブは軽くウェーブがかかっていた。夏休み前にはショートカットの短い髪だったが、3ヶ月でだいぶ伸びたらしい。おまけにリボンまでつけている。
小柄な体にはこれまたイメージぴったりであろう女の子らしいワンピースにカーディガン姿。
正に「女の子」という感じだ。顔も可愛ければ性格も可愛いという最高の女子である。
「今から帰るの?」
「おう、もう講義ねえし。」
「あ、あのね。聞きたい事があるの。日比野君探偵さんだって本当?」
「・・・・・おいそれは誰から情報だ。」
「えっと・・・林檎君。」
「あいつ今度会ったらりんご食わせてやる・・・!」
林檎という名字のくせにりんごが嫌いという変わった友人だ。
ちなみに実家はみかん農家である。
「それでね、あの、相談したい事があるんだけど。」
「相談?珍しいな、お前なら祭にしそうなのに。」
「・・・・その祭ちゃんのことなの。」
いつもはにこにこと明るい様子の彼女がその言葉を口にした途端、表情がものすごく暗いものへと変わった。
・・・・・唯ごとじゃなさそうだな。
「えと、ここじゃなんだから・・・ゆっくり話したいの、いいかな?」
「分かった。行こうぜ。」
俺たちは大学の近くにある有名なコーヒー店に行く事にした。
俺は多分、予感はしてたんだと思う。
あの夏のような、大きな事件になる予感を。
その予感が的中する事は、すぐにわかった。