表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/66

その8  エビせん

 俺は生涯、忘れることはないだろう。

 コンマ何秒の「は?」のあと、一瞬にして豹変した春香ちゃんの顔を!!

 この世で一番、見てはならないものを見てしまった!

 ――誰か、できることなら俺を今すぐ埋めてください。

 春香ちゃんのいない、遠くのお星様まで連れて行ってくれてもいいです。

 いや、なんなら塵あくたとなって春香ちゃんに踏まれたい……。踏んで踏んで踏みまくって踏みにじられようとも、それで彼女の気が済むのなら、俺は何も考えずに踏んでもらいます。

『――達郎さま? どうかなさいましたか?』

 脳天にエコーするナーちゃんの声。

 どうして、どうしてここに来るんだよナーちゃん……来てはいけないって言ったのにぃ!

 おかげで俺はもう、ゴミバケツのフタ未満な存在になっちまったよ。

 たった今から春香ちゃんは、俺を「つまむのもウザいくらいに汚らしいヤツ」としかみないだろうさ。げんに「つつーっ、つーっ」って、俺から一メートル以上離れていっちゃったし。どーしてくれんだよーぅ。

『達郎さま? もしかして、私が来てしまったので、それで、とてもご迷惑を――』

 何も言わない俺が不安になったのか?

 ナーちゃん、だんだん悲しそうになっていく。

 あーうー。あうあう。

 違うんです。

 そうじゃないんです。

 ええ、そうじゃないんです。

 ――ナーちゃんを釣り上げ、連れ帰ったのはこの私、海藤達郎でございます。

 ナーちゃんのせいじゃない。

 何を八つ当たりしているんでしょうね、俺は。

 春香ちゃんに嫌われたことはもちろん悲しいが、それをナーちゃんのせいにしようとしている自分が一番悲しいかもしれない。

 いや、さ。

 今まで彼女なんかろくにできなかったし、ようやく春香ちゃんとお近づきになれて嬉しかったんだよね。ハンバーガー屋に入って「逆スマイル」余裕でかませるくらいに。無難に変態と思われましたよ、店の女の子にさ。

「――達郎様! お下がりください!」

 葵さん、すっと前に出るなりクイックトリガー。

 タタタタタタタタタッと小気味よい銃声とともに、撃ち落されていく桜エビ達。

 俺が心の旅をしている間に、全エビ野郎から標的にされていたようだ。仲間がボコられて我慢がならなくなったのだろう。

 さすがはブルーフィッシュ共和国護衛隊長、葵さん。一発の逸れ弾もなくエビ達を沈黙させていく。……そういえば、その銃はどういう仕組みなんだろう? 撃たれた桜エビは討ち死しているワケではなさそうである。床にへばって「エー」とか「ビー」とか呻いている。

 タタタタッ、タタンッと銃声が止み――葵さんが両腕をクロスさせて銃口を空に向けた。

「……ほぼ、終わりましたね。アーマー族とはいえ、桜エビ一味。オーシャンイーグルの前では裸も同然です」

 俺の方を向いてにっこりと微笑んだ。

 つ、強い! しかも美しい! セクシー! 

 俺、葵さんみたいな人がこの――ああ、いえいえ、ウソです。何でもありません。

 クラスの連中、ぽかんとしてこっちを見ている。

 人魚の女の子ととびきりの美女が乱入してきたとあれば、ね。無理もないか。

 ところがだ。

 ガシャーン! と窓ガラスが派手に割れ

「調子に乗るなよ、人魚くずれの女スナイパーが!」

 外から新手が飛び込んできた。

 鯛だった。

 マッチョフォーのどれかかと思ったが、違った。奴らよりもさらに腕と脚がムキムキで、筋肉に「てらり」とした光沢がある。ローションを塗っているのかどうかは定かではない。ただ、マッチョフォーよりもウロコに輝きがあって目が澄んでいる。

 つまり――活きがいい。刺身にしなけりゃもったいないほどに。

 ヤツはびしっとポーズをキめ、 

「俺が何者なのか、お前ら知りたいんだろう? 教えてやるよ!」

 ラップのようなノリで独りで勝手に問いかけ、独りで勝手に喋っている。

「俺はさっき、興津からやってきた『THE・鯛・チョー』さ! チョーはロングじゃない、スーパーな方だ! そのほうが、この俺様にはふさわしいからな! だろ!?」

 しーん。

 教室中、沈黙。

 ツッコミどころが多すぎる。

 そのまま、十秒が経過した。

 だんだん可哀相に思えてきた頃、

「あっはっは――」

 突然笑い出したバカがいる!

 ――よりによって、史郎のヤツだった!

「そーかそーか! 鯛・チョーで隊長か! そりゃ気付かなかった! あっはっは――」

 何故そこで笑う?

 こいつのツボがまったくわからん……。

 すると、鯛・チョーは

「なにをっ! 笑ったな!? よくも笑ったな!? よくもよくも、この俺様の美しすぎる筋肉を笑ってくれたな!?」

 ……ええと。

 とりあえず、殴っておいたほうがいいのだろうか。

 史郎もこの鯛野郎も、天然だけに手に負えない。……鯛野郎が天然? 興津からきたってことは天然ものなんだろうさ、きっと。

「この俺様の見事な背ビレを笑った奴は、誰であろうと許さんからそう思え!」

 誰も笑ってねぇよ。

「そこにいるナタルシアに女スナイパーもろとも海のもずくにしてやるぞ、人間ども!」

 さぞかし栄養満点でしょうねぇ。やっぱり酢でいただくのがいいよ。

 って、そこ「藻屑」だよ! 

 いい加減に付き合いきれなくなってきた時だった。

「……悪しき者達に魂を売り渡したレッドバックの下っ端さん? そろそろ、いいかしら?」

 ジャキッ

 葵さんがオーシャンイーグルを構えた。

 が、鯛・チョーはちっちっと人差し指を振り

「俺様にそういうモノを向けてもイミないぜ?」続けて「そういう一言、心にシミないぜ?」

 ラップのつもりらしい。

 岩塩で固めて焼いてやりたくなったが、その前に葵さんが無言でトリガーを引いてくれた。

 が、しかし!

「エビーッ!」

「エービー!」

「AB!」

 床中にぶっ倒れていた桜エビ一味がいきなり一斉に飛び跳ね、鯛・チョー目掛け宙を飛んでいった。

 奴らはこちらに背中を向け、皆で積み重なって鯛・チョーを庇うように壁をつくったのである。

 タタタタタタッタタタッタタンタタンッ

 葵さんはリズミカルなクイックトリガーで、オーシャンイーグルを乱射した。

 ところが、放たれた銃弾(?)は桜エビ一味が寄り集まって作った壁にことごとく弾かれ、一発たりとも鯛・チョーには届かなかった。

「があっはっはっ! みたか! これが『エビせん』だ! お前の射撃など、効かんわ!」

 高笑いしている鯛・チョー。

 言われてみればエビせんか。いや、言われなけりゃわからんな。

 しかし、これはまずいぞ。

 無敵だと思われた葵さんの射撃が通じないのだから。    

「ふん。女スナイパーさえ封じれば、コワい物などないわ」

 鯛・チョーがぱちんと指を鳴らした。すると

「うおーっ」

「うおーっ!」

 どこからともなくあの「マッチョフォー」が現れた!

 奴らは今日に限って素早い動きを見せ、瞬時に「今この場にいる美女ベスト四名」の咽喉元に、あの錆びた青龍刀を突きつけた。ちなみにその四名とはいうまでもなく「葵さん」、あとは「金井洋子」「白根あみ」そして「貝田理美」である。

 それよりもこれはどーいうことだ!?

 なんで春香ちゃんが入っていないんだ!

 納得いかねーぞ! 責任者呼べ!

「おい、ナタルシア」

 鯛・チョーがエビせんの影からちょこっと顔を出した。

「まずは大人しく、我々のアジトへ来てもらおうか。抵抗すれば、そこの女どもの命はもらう」

「……」

 いつになく真剣な表情で黙っているナーちゃん。

「どうするんだ、おい? 俺様の言っていることがわかるだろ、ああ?」

 ガサッ

 葵さんの咽喉元の青龍刀が鳴った。

 マッチョフォーの一匹が脅しのつもりでやったのだが、錆びすぎていて情けない音しか出なかったのだ。

「……姫様、私が代わりにまいります。あのような者の言いなりになってはいけません」

 おお! 毅然とした葵さん、素敵だ! 俺が身代わりになってもいいです!

「黙ってろ! 女スナイパー!」鯛・チョーは怒鳴ってから「……早くしろ、ナタルシア」

 ナーちゃんは覚悟を決めたように顎を引いた。

 そして口パクで鯛・チョーに何かを伝えたあと、俺と額をくっつけて

『申し訳ございません、達郎さま。このような、取るに足らない海の世界の争いに、皆さんを巻き込んでしまって……』

『いや……そんなことはないよ。それより、どうするんだ?』

 ナーちゃんの眼差しが深くなった。

『私を、レッドバックに引き渡してください。そうすれば、また達郎さまも普通の生活に戻ることができるでしょう』

『……』

『そもそも、私がいけなかったのです。素敵な人間の男性に出会えたばかりに、一緒にいたいと思ってしまって……。達郎さまには、心に思う方がいらっしゃったのに』

 どき。

 きちんと話してないのに、なんでわかったんだ?

『さあ、達郎さま』優しく、そして気高く微笑んだナーちゃん。『私を、あの者に引き渡してください。お願いします!』

 お願いされても、な。

「はい、わかりました」ってのは、ちょおーっと、どうかと思うぜ?

 なんとか、方法はないのだろうか。

 一瞬、天井を仰いだ俺。

 と、その時だった。

「ちょっとぉ! きたない錆びた鉄の塊、くっつけないでよね! 制服が汚れるじゃない!」

 そう叫んだ女がいる。

 人質の一人、白根あみ。

 彼女は露骨にイヤそうな顔でひょいと青龍刀をつまみ、自分からぐいーっと遠ざけてしまった。

「お、おいっ! 逆らうのか! うおっ!」

 思わぬ抵抗をくらい、マッチョフォーAは慌てたらしい。青龍刀を振り上げた。

 が、次の瞬間、白根あみはぱっと離れたかと思いきや「げしっ!」とマッチョフォーAにタメ蹴りをかましていた。

「だいたいさぁ、生ぐせーんだよ、てめー! 気安く寄ってくんな! バーカ!」

 こわー!

 可愛いカオして、言う言う!

 キレた白根あみ、別名「般若」。

 こうなれば、貝田理美も金井洋子も黙っているワケがない。

「どけェ! オラ!」

「てめェ! 誰に断って触ってんだよ!」

 ――あとはもう、語るに忍びない。

 形勢逆転。

 哀れなマッチョフォー達は、寄ってたかってボコられたのだった。



 ちなみに。

「ちっ! 今日のところは見落としてやる! 次回はカミングスーンだからな!」

 わかったような全くわからない台詞を放って、その場から脱走しようとした鯛・チョー。

 俺は追いかけたものかどうか、一瞬迷ってしまった。

 その時。

「……逃げるのですか? いつ見てもあなたは卑怯ですね!」

 そう叫びながら天井から降ってきたヤツがいる。

 青くひょろ長いボディ。

 えらくひ弱な腕、脚。

 表情のない、でかい顔兼ヘッド。

 もったいぶるだけの価値はないので正体をあかすが、バカイワシ、じゃなかったイワシャールである!

 ヤツは身の危険を顧みず、果敢にも鯛・チョーを追い――ということはまったくなく

「達郎どの! 姫様をこのような危険な目に遭わせるとは、救いがたいカスですね!」

 聖なるポセイドンのヤリを振り回しながら、いきなりグチグチと俺を罵り始めた。

「そもそも、あなたのような意気地なしで頼りなくて女にモテないような人間に、姫様をお守りする役目などはどだいあり得なかったのです! だから、私は最初に言ったではありませんか。こんなグズに一体、何ができるのか、と」

 ……ほう。

 よくもまあ、毎回毎回違った悪口雑言をプレゼントしてくれるものだ。

 特殊スキルであると認めてやってもいいかもしれない。

「……イワシャールさん」

「お? ようやく、まともに私の名前が言えましたか。達郎どのにもナマコ程度の知恵が備わっていたのですねぇ」

 俺は無言のまま、お姫様だっこしていたナーちゃんを葵さんに預けた。

 そうして大きく首をひねると、ゴキゴキといい音がした。

「あんたさっき……天井にへばりついていたよな?」

 そう、俺は見逃さなかった。

 ナーちゃんが「私を差し出してください」と必死に哀願している最中、彼女を助ける素振りすらみせず、ただゴキブリのように無表情で天井に貼り付いていた大きなイワシを――。

「なっ! 何を言うのですか! 私は……そう! ほら、スキを見て、鯛のヤツに一泡吹かせてやろうと思って――」

 イワシャールは動揺しているらしい。

 その証拠に、両手を振りながらずりずりと後退りしていく。

「……だったら一緒に吹いてこい!」

 キラーン!

「あーれー――」

「エービー――」

「俺様としたことが失・鯛(失態、と言いたいらしい)――」

 窓から逃げようとしたが怖くて飛び降りるのを躊躇していた鯛・チョー、そして分解に手間取っていたエビせんを巻き添えに、イワシャールは遠く空の彼方へと消えていったのだった――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ