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その66 おあとがよろしいようで

「……おい」

「なんですかぁ? 由美さまっ」

「ここに……飛び込めってか?」

 婚礼の儀式当日、朝。今日は生憎の曇天。

 やたらと雪混じりの風が強く、足許では重たい鈍色の海が大きくうねっている。

 いよいよブルーフィッシュへ向かおうとしている俺達。

 おさらいですが、海の世界へ行く方法はごく簡単です。

 飛び込んで、海の住人の誰かにつかまっているだけ。あっという間に海の世界へ到着できます!

 っていうか――あくまでもそれは夏の話だ。

 夏の時とは事情が違う。

 どう見たって寒そう、とかいう以前に飛び込んだが最後、凍え死んだとしてもそれがフツーくらいに思われるだろう。誰からも同情されないに決まっている。

 今日の婚礼は海の世界でやるから、人間の世界から出席するのは当然だが俺、マサ、そして由美さんだけ。親父とおふくろは連れてこなくて正解だった。一緒に来ていたら、間違いなく二人は無事に生きて戻れなくなるだろう。

「じゃあ、皆さん、お先に!」

「溺れないようにお気をつけてお越しなさい」

 ポイズンやレッドバックの連中はひょいひょい飛び込んでいくのだが……俺達はそういう具合にはいかなかった。だって、寒そうなんだもの。

 そんなワケで、埠頭の先端には俺とナーちゃん、マサとリーネちゃん、由美さんにジンベエさんジーナさん夫妻、そしてドルファちゃんと葵さんが残っている。

『達郎さまっ? なにか、お忘れものですかぁ?』

 いつまでも飛び込もうとしない俺を見て、不思議そうな顔をしているナーちゃん。

 るー。

 行きたいよ。

 行きたいんだけど……ここに飛び込まなきゃ、ダメ?

「あー……まいったな、こりゃ……」

 泳ぐのが大好きでアメリカを目指そうとしたこともある由美さんだが、さすがに冬の海に飛び込んで泳ぐだけの気合いはないらしい。

「きゅ!」

 早く! とリーネちゃんに急かされているマサだったが

「ちょ、もーちょっと待ってねぇ、リーネたん。心の準備があるからねー!」

 多分、この調子だと一晩過ぎても心の準備は整わないに違いない。

 三人そろってもたもたやっていると

「ああっ、もう! これじゃ、婚礼の儀式に遅れちまうよ!」

 しびれを切らしたジーナさんが、俺とマサの身体ををひょいと担ぎ上げた。

「アンタ、由美ちゃんを連れてってあげな!」

「……うむ」

 え?

 ま、まさか……!

「ちょ、ジーナさん! ちょ、ちょっと待って――」

「ちょっとも何もないよ! ほんの少しの間だから、ガマンをおし!」

 子供でも叱り付けるようにして、ジーナさんはそのまま岸壁を蹴った。

「あーっ!!」

 どぼーん……

 思いのほか、水は冷たくなかった。

 なぜなら――呼吸を整える間もなく水中へ引きずりこまれた俺達は、ほとんど溺れかけていたから。



「げほっ、げほっ!」

「大丈夫ですかぁ、達郎さまっ! 苦しかったですか?」

 ぶっ倒れている俺の目の前に、心配そうなナーちゃんの顔がある。

「こ、今回は失敗した。死ぬかと……思った!」

「ごめんなさい。もう少し波がおさまってからにすれば良かったですね……」

 いや……波はあんまり関係ない。

 よっこらしょ、と上体を起こすと、すぐ傍ではやはりマサが

「うぃーっ……も、もうダメだ……」大の字。

 ヤツの腹の上では、リーネちゃんが不思議そうな顔をしてヤツのほっぺたをちょんちょんとつついている。

「うぉい、タツぅ! へばってないで見てみろよ! アタシらが葵を助けに来た時とは違うぜェ!」

 なんだかんだで泳ぎ好きの由美さん、早くも元気に活動している。

「へ?」

 振り返った俺がその先に見た光景。

 なんだコリャ!?

 葵さんを助けにやってきたあの日、がらんとして寂れていたブルーフィッシュのエリアには、どこから湧いて出てきたんだというくらい、海の連中がびっしり集まっている。青魚達やレッドバックにポイズン、アーマーな連中はもちろんのこと、その他俺の頭の図鑑にもない方々でごったがえしている。

 それに、岩や地面(海底だけど)、いたるところがサンゴとか綺麗な石で飾りつけられていて、テレビで観たどっかの国のお祭り状態にフィーバーしていた。

 魚人たちはやってきた俺やナーちゃんを見て

「おお、新郎新婦が来られたぞ!」

「あれがナタルシア様ね! それと人間のダンナ様だわ! すてきなお二人!」

 なんか、すげぇちやちやされている俺達。

 これから婚礼するどっかの国の王子王女みたいで、こっぱずかしいったらない。……ああ、ナーちゃんはお姫様だった。

「ささ、ブルーフィッシュのお屋敷へ行くよ! 姫様にドレスを着せてあげなきゃならないんだからね!」

 ジーナさんに促され、俺達はかつての総督府――今はお屋敷というらしいが――に向かって歩き出した。

 まるで花道のように、注目されっぱなし。

 慣れない俺は召使いロボットみたいに淡々と歩くしかなかったが、ナーちゃんは嬉しそうに

「ありがとうございまーす、みなさーん!」

 手を振りまくって笑顔を振りまきまくっている。

 由美さんやマサもブルーフィッシュを救った勇者という扱いになっているから、特に青魚な皆さま達に人気がある。

「キャー、由美様ーっ! 握手してくださーい!」

「あれ、マサ様だろ! おお、お姿を一目見られるなんて、ありがたやありがたや……」

 握手を求められるやら拝まれるやらで、二人はたちまち青魚さん達にもみくちゃにされてしまった。

 そんな二人とリーネちゃんはおいといて、俺とナーちゃん、葵さんにドルファちゃん、ジンベエさんジーナさん夫妻はお屋敷とやらへたどり着いた。

 あの厳つく見下ろすようだった総督府はすっかり様変わりし、今ではブルーフィッシュの民が自由に出入りできる場所として、ブルーフィッシュの象徴みたいになっている。中もセイゾーがいた頃とは違っていて、意味不明な調度品なんかはなく、どちらかといえば青魚たちに相応しく青い色調の美しい内装に整えられていた。可笑しかったのは、誰が描いたか知らないが由美さんやマサの似てない肖像画が飾ってあって、下に「海の勇者・由美殿」「海の勇敢なる戦士・マサ殿」とか書いて貼ってあったことだ。よく見れば、俺がアザラシ野郎を蹴り飛ばしてぶち開けた大穴がまんま残されていて「偉大なる自由の日の穴」とか命名されている。誰だ? こんなもの残したのは。

 ナーちゃんが到着したのを聞きつけて、たくさんのアジやらニシン、サバにサンマのおばちゃん達がやってきた。

「お待ちしておりましたわ、姫様。早速、お召し物にお着替えくださいまし」

「達郎様はどうぞ、こちらにてお休みを」

 VIP扱い。

 照れくさくて仕方がない俺は

「あ、どーもすんません……」

 ぺこぺこと頭を下げてばかりいる。

「じゃ、達郎さまっ! すぐに着替えてまいりますから!」

 ナーちゃんは別室へ。

 その間、休憩室といって連れて行かれた部屋には――

「……あら? ナタルシアのダンナ様だわ! やーん、ステキ!」

「うらやましいですわ。私、まだ人間の男性と出会えないんですもの……」

 何人かの人魚のコ達がいた。

 どのコも花のように美しい。さすがは人魚族。

「は、はじめまして。か、海藤達郎でっす……」

 挨拶をすると、美しい金髪に褐色の肌をしたダイナマイトボインな人魚のコが寄ってきて

「はーい! はじめまして、達郎さん! あたし、アンジェリカでーす! 大姉さまに言われて、今度アマゾンからブルーフィッシュに来ることになったの。よろしくね!」

 褐色な人魚もいたのかと、ちょっと驚いた俺。

 それはともかく、ナーちゃんと同じ人魚族かと思うくらい、陽気だったらありゃしない。これだけ明るかったら、さすがのピラニアだって黙るだろう。ふと見ると、鱗が金色? これって……。

 俺がまじまじと眺めていると、アンジェリカちゃんは気がついたらしく

「ああ、コレ? アタシ、黄金鱗じゃないのよ! 金色に見えるけど、黄色よ、黄色! ひまわりとおんなじ! よっく誤解されるのよねぇ。だから未だに人間の男性と結ばれないの。あははは」

 とにかくよく笑う。

 ブルーフィッシュもアンジェリカちゃんがくるなら安泰だろう。ちょっと安心。

「ほら、あなたも達郎様にご挨拶なさいよ! お世話になってるんだから!」 

 彼女に引っ張られてやってきたのは、対照的に真っ白い肌で、大人しい感じのコだった。

「あの、あの、私……南氷洋のセリーヌですぅ……。ど、ドルファがいつもすみません……」

「え……ドルファちゃん? ってことは……」

「はい、私……南氷洋バランサーの皆さんと一緒なんですぅ……。以前、ドルファは私の護衛でして……今は交代しましたけどぉ……」

 このコは大丈夫かというくらい、自己主張が乏しくて存在感がぺらぺらな人魚。見た目キレイなのに。よくまあ、強力な面子ぞろいのバランサー達の中心にいるものだ。

 そういう具合に、アンジェリカちゃんが次々と人魚族のコを紹介してくれた。

 彼女達がいるエリアを詳しく把握していくと、日本の近海にいるのはどうやらナーちゃんとリーネちゃんだけらしい。元々リーネもフィルーシャも別のエリアにいるべきだったハズが、一番おっとりしていて甘えん坊さんなナーちゃんがいるエリアに目をつけて狙ってきたようである。

 そのリーネやフィルーシャとの一件について簡単に話して聞かせてやると

「知ってるわよぉ! リーネったら、ずいぶん悪いコトしてたらしいじゃないの。……でも、達郎様のおかげで人間の男性と結ばれることができたからいいじゃないの。ちゃっかりしてるわぁ」

 と言って、アンジェリカちゃんは笑った。

 リーネちゃんはまだ幼いから、結ばれたという関係かどうかはわからないけど……。

 人魚族のコ達はやはり人間の男性に強く興味があるようで、ナーちゃんとの出会いとか生活とか、あれこれと質問をされた。

 そうこうしていると

「――達郎さまっ! お待たせしましたっ!」

 葵さんに抱っこされてナーちゃんがやってきた。

 アジーノさんとニシンシアさん合作のデザインドレスをまとっている。

 胸まわりが白い生地、そこから下は刺繍の入った薄いブルーの透けた生地になっていて、かなりセクシーではあるが清楚なナーちゃんにはとても良く似合っていた。頭には純白のヴェール。どこから見てもすっかり花嫁姿だ。

「どぉですかぁ……?」

 ちょっと恥かしそうに、俺の感想を待っている。

「うん、似合ってるよ。照れくさくて真っ直ぐ見られないくらいだ」

「えへへ……」

 ほんのりと頬を赤らめたナーちゃん。

 アンジェリカちゃんはじめ他の人魚のコ達も

「あーん! いいなぁ……うらやましい!」

「私も早く人間のダンナ様見つけなきゃ!」

 羨望することひとしきり。

 そこへ、自分も綺麗に着飾ったドルファちゃんがやってきた。

「さ、始まりますよぉ! みんな、お屋敷の前にならんだならんだ!」

「はーい!」

 めいめい各自の護衛に抱っこされ、人魚のコ達は外へ出て行った。ちなみに、人魚族には一人一人に葵さんのような護衛がついていて、みんな女性。ついでに、どの護衛も葵さんのような美人。

 後には俺とナーちゃん、それにドルファちゃんと葵さんだけが残っている。

「達郎様とナタルシアと葵さんはこっちへどーぞ。お屋敷正面の入り口が開いたら、二人そろってみんなの前に出てくださいな。護衛隊長の葵さんもご一緒に!」  

「出たら、どうすりゃいいんだ?」

 未だに段取りがよくわからない。

 俺にそう尋ねられたドルファちゃんは楽しそうにウインクして見せて

「あとはもう、なりゆきですから! ――そうそう、エルシナさんの言葉が終わったら海洋の鐘、オーシャンベルが鳴らされますから、そしたらお二人であっつーいキスをどうぞ!」

 なんだ。

 ちゃんと式次第があるじゃないか。つってもかなりアバウトではあるけど……。

 俺はナーちゃんを抱っこして、彼女の目をしっかり見つめ

「……じゃ、行こうか。いよいよだぞ?」

「はいっ! 達郎さまっ! ……でも」

「でも?」

 そこでナーちゃんはちょっといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「……達郎さまとお呼びするのは最後かも知れませんね。婚礼の儀式が終わってからはダンナさま、ですから!」

 ダンナさま、か。

 俺が誰かにそんな風に呼んでもらえるなんて、今まで考えた事もなかった。

「では達郎様に姫様、まいりますよ? たくさんの方がお見えですから、笑顔で応えてあげてくださいね?」

 葵さんが優しく促してくれた。

「葵さん」

「はい、達郎様」

 いつもどこでも、俺達を見守ってくれていた葵さん。とっても強くて優しい人。葵さんがいてくれたから、俺はここまでくることができたといってもいい。

 あの晩、リーネの前で彼女は言ってくれた。

 俺とナーちゃんが結婚しようとも、いつまでも二人をお守りします、と。

「これからも……これからも、よろしくお願いします! いつも迷惑ばっかりかけてるけど……」

 お辞儀した俺に合わせて、ナーちゃんもゆったりと頭を下げた。

 葵さんはいつもと変わらない素敵な笑顔で

「私こそ、よろしくお願いいたします! 達郎様と姫様のお傍にいられることが、私の生き甲斐ですから。どうか、いつまでもお二人のお傍においてくださいね?」

「葵さん……」

 ちょっとこみあげてくるものがあったのか、たちまち涙を浮かべたナーちゃん。

 だよな。

 どんな時でも葵さんは、ナーちゃんを守るために全力で、命すら投げ出そうとしていた。彼女にしてみれば、葵さんはただの護衛じゃなくって、お姉さんでありお母さんみたいなものだったし。

 葵さんもそっと目頭を拭ったが、すぐにまた笑顔になって

「姫様? せっかくの儀式なんですから、泣いていてはいけませんよ? 笑顔になって!」

「はいっ!」

 そうして、入り口の前に立った俺達。

 ドアを開けてくれるのは、ジンベエさんジーナさん夫妻らしい。

「ほれ、始まるよ! 腹いっぱい、祝福されておいで!」

「……そうだ、そうだ」

 こんな時でも「そうだ」しか言わないジンベエさんが可笑しくて、俺とナーちゃんは思わず笑ってしまった。

 外の方へ耳を澄ませば、なんじゃかんじゃと前フリをやっているようだ。

 どうやらエルシナさんらしい。

 ジーナさんはドアにピタリと耳をつけて様子をうかがっていたが

「……お! エルシナちゃんの話がひと段落したようだね。いよいよだよ! 準備はいいかい!?」

「はい!」俺とナーちゃんの声がそろった。

「それじゃ……ほーれ! 行っといで!」 

 ドアは開かれた。

 わーっ……いきなり耳に届いたものすごい歓声。

 予想を超える祝福の嵐に驚いた俺。

 目に飛び込んできたのは――数え切れないほどたくさんの海の世界の住人達。

 誰もが拍手喝采で、俺達を祝ってくれていた。

「……行くよ、ナーちゃん!」

「はいっ!」

 ゆっくりと一歩づつ踏みしめながら、外へ出た俺達。

 ――ただ、感動。

 こんなにたくさんのみんなに祝ってもらえるなんて、夢にも思わなかった。

 つい呆然としてしまって、ナーちゃんに小声で「……達郎さまっ! そこで立ち止まってください! 行きすぎてはいけません!」言われなかったらどこまでも歩いて行ってしまうところだった。

 俺達の傍には、海の世界の頂点に立つ人魚・エルシナさんがいる。

 彼女はカイおばさんが伸ばした足の一本に腰掛けるようにして、ゆったりと大勢の群集を見回していたが、やがてすっと両手を上げた。

 途端に、拍手や歓声がピタリと止んだ。

「……みなさん、今日この良き日に、人魚族でブルーフィッシュの姫・ナタルシアと人間の男性・達郎様が晴れて結婚することとなります」

 パチパチ、というよりもどどどどっという嵐のような万雷の拍手が鳴り響いた。

「達郎様とナタルシアは、人間の世界と海の世界をつなぐ架け橋です。私達は二人を心から祝福するとともに、両世界がいつまでも平和であるように、そして二人の愛が永久に続くように、祈りを捧げましょう!」

 エルシナさんがそこまで言った時だった。

 ごぉーん……ごぉーん……

 いつの間に取り付けられていたのか、屋敷の屋根の上で大きな鐘――海洋の鐘、もしくはオーシャン・ベルというらしい――が厳かに鳴り響いた。

 俺とナーちゃんは視線を合わせてうなずき合い、そして――キスをした。

「二人は今、結ばれました。……みなさん、どうか、二人へ祝福をお願いします!」

 エルシナさんが宣言するや、たちまち沸き起こった歓声、そして拍手喝采。

 俺達は今、晴れて結婚したことになる。

 ゆっくりと離れると、ナーちゃんは瞳をうるうるさせていた。

「私、私……幸せですっ! 本当にこんな日がくるなんて……」

「くるさ。二人で一緒に目掛けてきたんだもの。こないワケがないんだ」

 ってか、俺達二人の力だけじゃなくて。

 ふと見れば、すぐ目の前に由美さん、マサにリーネちゃん、ドルファちゃん、ジンベエさんジーナさん夫妻、ドツボさん率いるポイズンチーム、トビタロー・トビノ兄妹、THE・鯛・チョーほか鯛軍団にキンメ達、スミスさんとカイさん、そしてアンジェリカちゃんほか人魚族のコ達などなど……みんなの姿があった。

 そう。

 みんなのおかげなんだよな。

 決められた仕切りが済んだとみるや、みんながどどどっと俺達二人を取り囲んだ。

「おい、タツぅ! この幸せ者! アタシにもちったぁ分けろよな!」

「おめでとぉございます! 達郎様っ! それにナタルシア!」

「たつろーにーちゃん、よかったねーっ!」

 なんかもう……ただ笑っているよりない。

 四方八方から祝福されまくっている俺とナーちゃん。

 ――その時だった。

「……ひどい、ひどいですわ! この私を見捨てるなんて!」

 突然、嘆きのオスカルボイスが聞こえてきた。

 この声……!

 群集をかきわけかきわけして俺達の前に現れたのは――ヤツだった。

 イワシャール。

 すっかり忘れていた。

 最後にどこの山へ届けてやったのか、それすら覚えていない。

 まったく意味のわからないことに、ヤツはなぜか白い布を身体に巻きつけ、頭にも白い布切れをのっけていた。

 ずざっと立ち止まり、はぁはぁと息を弾ませながら

「達郎どのっ! ひどいにもほどがありますわ! この私を捨てておいて、よりによってナタルシアと一緒になるなんて……許せない!」

 しーん……。

 ヤツの一言で、群集は一斉に沈黙した。

「あら、イワシャール! しばらく見ないと思っていましたが……どこかへ修行に行っていたのですか?」

 ナーちゃんがにこにこして尋ねると、イワシャールはビシッと指さし

「うるさいのよ、このドロボーネコ! 達郎どのは、私が目をつけていたのよ! ……そりゃあ、クズだのペッペケプーだのアンポンタンだのスットコドッコイだのヘンタイだの一生モテない万年独身だの破廉恥だのスケベだの、その他諸々言ったし、今もその通りだと思っているけど! でも、それは愛あるゆえよ! 私の愛が一番なの!」

 突き出した方の手をくるりと裏返して手の平を見せ

「さあ! くるのよ、私と一緒に! あなたのためにほら! こうやって花嫁衣裳まで用意したんだからね! ナタルシアなんかとより、私と一緒に幸せになりましょう! 私、あなたとなら月でも冥王星でもブラックホールでも行くわ!」

 ……ええと。

 イワシャールのヤツ、山で何かあったのだろうか?

 ヘンなバケモノにでも取り憑かれてきたとか、あるいは元々足りなかった脳みそがとうとうカラになってしまったとか――。

 ともかく、式の邪魔。

 このバカをどう始末してくれようと思っていると、

「……おぅ、よく見りゃナーを見捨てて逃げやがったアマイワシじゃねェか。元気してたのか?」

 そう言いながらヤツに近寄っていった由美さん。

 イワシャールはずざっと一歩後退りして

「わ、私に近寄らないで! ナタルシアをちやほやするようなヤツなんか、みんな許せない! どうせ、ゴミダメ野郎のクズレナマコヘタレピッピーなトーヘンボクなクセに! ……そうだわ! アンタだって、いずれは万年どくし――」

 バカイワシはとんでもないカン違いをしているらしい。

 由美さんは別に、話を聞いてやるために近寄ったワケではないのだ。

 その証拠に――由美さんの右脚がすっと前に上がっている。

「……ブラックホールならてめェ一人で行きやがれ!」

 回し蹴り炸裂。

「あーれー……」

 きらーん!

 さらばイワシャール。お前のことは……永久に忘れてやるよ。

 ――みんな、何事もなかったかのように和やかに談笑再開。

 それから俺はナーちゃんと共に、いろんな海の住人達と会って挨拶をしながら、時間を過ごした。

 しばらく経った頃

「……では、達郎様、姫様。そろそろ、次のエリアへまいる時間のようです」

 メイドサンマが三匹ばかり、俺達の方へ近寄ってきた。

「時間? なんだそりゃ? 次のエリアに行くなんて話は……ねぇ?」

 ナーちゃんの顔をみると「ふるふる、ふるふる」首を横に振っている。

 すると、真ん中のメイドサンマが一歩前に進み出て

「ブルーフィッシュのしきたりとして、人間の方と人魚の姫君がご結婚された場合、その日から東の海にあるエリアを順番に回ることになっております。長い間婚礼がなかったものですから、今ではご存じない方も多いと思いますが」

 挨拶回り?

 正月とか引越しじゃあるまいし。

 だいたい、今この場にいろんなエリアからいろんな連中が来てくれているんだから、これでよさそうなものだけど?

 まあ、いいや。

 とっとと挨拶回りを終えて戻ってきてから、またみんなとあれこれ話をすればいいだろう。

 それくらいの気持ちで俺は

「ん。どことどこ? 一、二時間で戻ってこれる?」

 尋ねると、左側のメイドサンマは無表情で頭を横に振り

「いえいえ、とんでもございません。達郎様の世界のネーミングでご説明しますと、瀬戸内海、東シナ海、日本海、オホーツク海、黄海、あとインド洋とアラビア海もございます。ざっとふた月ほど必要かと思いますが……」

 ……おい。

 聞いてねーぞ。

 ってか、なんだそりゃ!?

 今から日本の領海をぐるっと一周した挙げ句、飛び出して西アジアまで行けってのか!

 一瞬、冗談かと思ったが、メイドサンマ達はいたって真面目な態度でいる。

「あ、あれぇ……? これから二ヶ月も……ですか?」

 固まっているナーちゃん。寝耳に水らしい。

 姫様は知らんと言っとるぞ! どうなんだ、お前達! 

「はい、二ヶ月と少しくらいでしょうか。長旅になりますが、私達もお供いたしますので、不自由はおかけいたしません」

 十分、不自由だろう。

 サンマが三匹いたところで、何の足しにもならん。

「そ、それは中止ってことで。今すぐとか言われたって、こっちには何の用意も――」

「いーえ、なりません!」右側のメイドサンマが迫ってきた。「それがしきたりですから、ちゃんとお守りいただきます! ささ、旅立ちの準備をなさいまし!」

 う、有無を言わせてくれない……。

 これはいったい、どうしたものだろう?

 黙っていたら俺達、日本一周&アラビアへの旅に連れて行かれてしまう。

「どうしましょう? まだ、みなさんとたくさんお話がしたいのに……」

 ナーちゃんもすっかり弱っている。

「――おぅ、タツぅ、ナー! 挨拶は済んだのかァ? こっち来いよォ!」

 そこへ、離れていた由美さんが近づいてきた。

 済んだどころじゃないんです。

 これから途方もない挨拶回りに行けと、このサンマ達に強制されてまして――。

 そうだ。

 俺の頭に、突拍子もないアイデアが浮かんできた。

 強制されるのも――つまらない。

 しきたりなんていうものは、意味があって初めて役に立つもの。

 意味がないなら、守る必要なんかさらさらない。

 ってか、この際だからぶっ壊してしまえばいい。

「由美さーん! ジーナさーん! ちょっと、お願いがあります!」

 大声で叫んだ。

「おォ! どォしたァ?」

「はいよ! 呼んだかい?」

 二人がやってくるのを見計らった俺は「そこにいるサンマのメイドさん、ちょーっと後ろから抑えてもらえますか?」

 ヘンなコトを言う、といった顔をした由美さんだったが「がっ」とメイドサンマを二匹ばかり背後から抑え込んで「……こうか?」

「あっ! 何をなさいますか!? これはもしかして……達郎様っ!」

 メイドサンマの一匹が叫んだが、もう遅い。

 俺はナーちゃんを抱っこしたまま、全力ダッシュでその場から逃走を開始していた。

 何がなんだかよくわかっていないナーちゃん、あっけにとられたカオをしている。

「こらーっ! お待ちなさーい!」

 由美さんとジーナさんの抑えを振り切ったメイドサンマ達が、ばたばたと後を追っかけてきた。

 ついでに由美さんやマサ、ドルファちゃん達も何か異変があったと思ったのか

「おい、タツぅ! どーしたんだよォ!」

「達郎さまーっ! ナタルシアーっ! どこ行くんですかぁ!?」

 みんなで走ってきやがった!

 何だかよくわからないが、後に続く人数はどんどん増えてきて、いつの間にやらほとんど大集団鬼ごっこ状態。

 せわしなく前へ前へと足を運びながら俺は

「……逃げるからね! せっかくナーちゃんと一緒になったのに、あんなメイドサンマの連中と二ヶ月も顔合わすのはゴメンだ。――二人きりになれる場所まで行くよ。いいね?」

 こりゃあ、前代未聞だ。

 婚礼の会場から、花婿と花嫁が突如脱走。参列者達が総出で二人を追いかけている。

 面白くなってきた。

 このまま息の続く限り、突っ走ってやろう。

 いっぺんこういうの、やってみたかったんだよな。

 追いつかれたところで、ここまで騒ぎが大きくなれば――挨拶回りの話なんか吹っ飛んでしまうだろうし。

 俺の言う意味がわかったらしく、花嫁姿のナーちゃんは

「はいっ! わかりました!」

 にっこり笑ってうなずいてくれた。

 駆けながら上着やネクタイを外して投げ捨てた俺。すると、ナーちゃんも面白がって身につけていたヴェールやらアクセサリーをぽいぽいと放り出したりしている。

 俺はしっかりと彼女の顔を見つめて 

「行くぜ、ナーちゃん! もうちょい先まで!」

「はいっ! お気の済むようになさいませ! 私はどこまでだって――」

 とびっきりの笑顔で彼女は

「ダンナ様についてまいりますから!」


 <やっぱ海でしょ! 了>


お目通しくださいましてありがとうございました。

この作品は2009年夏から秋にかけて「海へ行きましょう」「やっぱ海でしょ!」と分割してアップした作品を一括し、全体的に修正・加筆のうえ修正版としてアップさせていただいたものです。本来一度掲載した作品を再掲載するというのは良いことではないのですが、筆者なりの思い入れが強かったことから、修正版掲載に踏み切らせていただきました。

喋り言葉がそのまま文章になっている部分が多く、ある程度修正はしましたが読みにくい部分があった点はご容赦をお願いする次第です。

内容について殊更に述べるべきではないと思っていますが、一点だけ述べさせていただくと、この作品を貫くテーマは

「自己の成長を志向することの大切さ」

「協調・調和」

ということになります。

上手くお伝えしきれていないかも知れませんが、僅かでも感じ取っていただけたなら筆者としてこれほどのことはありません。

ありがとうございました。


2011年9月15日 筆者 北野 鉄露

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