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その65 祈り、清らかな夜に

 その後どういうコトになったのか、俺にはよくわからない。

 あの夜の一件以来、臨海再開発地区のドタバタには興味なくなったし。

 ただ、MCGが突然工場建設工事を中止し、それに伴ってあれだけ騒いでいた反対派住民の皆さま達もいらっしゃらなくなったということだけはわかった。

 いなくなったといえば、峰山の野郎。

 あれっきりヤツのクラスになんか行かなかったから知らずにいたのだが、近くで女子達が

「ねぇ、峰山クンって、ガッコーやめて海外に行っちゃったんだって」

「うっそ? お金持ちの人は違うよねぇ」

 とか会話しているのを耳にして、俺は初めてそのことを知った。

 さらに聞くところ、ホントかウソか――ヤツが行った先はなんと、ブラジルだという。

 フィルーシャを追っていったのか? それとも偶然?

 まあ、どっちでもいい。

 ピラニアだけは気をつけて欲しいものだが。

 俺はといえば、あれからまためぐみだったり貝田なんかにも相談したりして、専門学校へ行って何か技術を学ぶ方向に決めていた。

 めぐみはどうやら清水先輩をあっさり振り、その後は飲食店のバイトに精を出しているようだ。

「あたし、ぜったい料理人になるんだ! 目覚めたよ!」

 何に目覚めたんだか。

 来いと言うから一度、海藤家一行で彼女がバイトしているという大きな中華料理店へ出かけてみた。

「はーい! いらっしゃいあるねー! 何食う? ラーメンはダメよ! 日本の食べ物ね!」

 どこのインチキ中国人だよ、お前は。

 チャイナドレスのコスプレなんかで喜んでいる場合か。

 ――ってな具合に、ワケのわからなさに一層拍車がかかったような気もするが、本人がモチベーションMAXで頑張っている以上、特に問題はないだろう。

 ちなみにその日はマサもお呼ばれで来ていて、ドルファちゃんと大食い対決をかましてくれた。

 中華料理でヤメてくれよな。

 一皿幾らすると思ってるんだ。

 とまあ、相も変わらずドタバタは続いていたが、それでも一日一日と近づいてきている。

 ――俺とナーちゃん、婚礼の日。



 いよいよ前日。

 俺はナーちゃんと二人でぶらりと街へ出かけていた。

 もう十二月だから、かなり寒い。

 ナーちゃんは由美さんが送ってくれたコートを着て、良く似合っている。 

『達郎さまっ!』

『ん?』

『去年の今ごろ、達郎さまはどのようにされていたのですか?』

『去年の今頃かぁ……そうだな』

 夏にナーちゃんとお別れしてから軟式野球部に入って、ひたすら自主トレに励んでいた俺。

 そういや、三ヶ月みっちりやった成果が出てきてホームランを打てるようになって、ついでに四番の称号をもらったのも今くらいの時期だったような気がする。

 大きな出来事っていえば、マサと出会ったのもちょうどこれくらい寒い頃だったな。

 それからほどなく、由美さんとも会ったんだ。

 ナーちゃんや葵さんと別れたのは辛かったけど、そのおかげでマサや由美さんに出会い、さらに二人の力を借りてふたたびナーちゃんと一緒になることができた。今こうしてあらためて考えてみると、一つ一つのコトに大きな意味とつながりがあったんだなって思う。

 今年の夏にナーちゃんと再会して彼女を守る立場になった。しばらくは敵対する連中と戦う力の強さだけを追及してばかりいたけど、滝女さんに出会って本当の強さが何なのかどこにあるのかを教えてもらった。そうしてたくさんあった困難を一つづつクリアにして、ここまでやってきた。

 何だか、色んな出来事が多すぎて、夢でも見ていたような気分になる。

 でも――俺の目の前、腕の中に現実にナーちゃんがいて、楽しそうに微笑んでいる。

 全部、良かったと思うよ。

『ナーちゃんは去年の今ごろ、どうしてた? すごく、大変だったんだろ?』

『はい。私は、確か――』

 夏休み前に海岸で俺とお別れした葵さんはイワシャールと共に海獣組の連中がいるアジトに乗り込み、やっとのことでナーちゃんを助け出した。

 そうして逃げるようにブルーフィッシュへと戻ったのだが……すでにリーネの支配下にあったSAは執拗にブルーフィッシュに襲撃を仕掛け、その都度葵さんや魚人たちが力を合わせて防戦した。ナーちゃんはナーちゃんでバランサー達に協力を求めようとしたが、海獣組はバランサーにも攻撃を仕掛けていたから、上手く連携することができなかったのだという。

 やがて俺達が進級した時期、こっちでいえば春にブルーフィッシュはとうとうリーネの勢力によって蹂躙され、ナーちゃんと葵さんは囚われの身となった。葵さんは総督府の奥深くに監禁され、ナーちゃんもセイゾーの元でひどい扱いをうけていたが、そのうちリーネと組んだ人間達に売られることになった。魚住興業の近海マリンミュージアムだ。

 しかし、後でわかったことだが――ナーちゃんを買ってショーで見せ物にしたヤツというのは、実は峰山のMCGからスパイ同様に潜り込んでいた連中がやったことであって、魚住興業側の人間が自発的にやったのではないという事実だった。

 ただ、裏側では、あれだけ敵対していたハズのリーネとフィルーシャがナーちゃんを貶めるためだけに協同していたようだ。だから、このあたりの事情がまったくわかりにくかったということのようである。ま、今となっては二人とも、その報いを受けたワケなんだけど。

 だけど、俺も悪かった。

 ナーちゃんのどこまでも深くてまっさらな愛情に気がつくのが遅すぎたんだ。

 そのせいで一年近くもナーちゃんは悲しい思いをしなければならなかった。

 もう二度と、そんなことがあってはならない。

 でも、それは俺一人で気負うんじゃなくって……たくさんの人たちや海の連中の力になってやって、俺達もみんなに力を貸してもらおう。

 そうすれば、みんなが幸せに、平和に暮らしていけるから。

 悲しい思い出ばなしは途中でやめることにして、俺は

『明日の婚礼、俺達はどうすりゃいいんだ? 人間の世界じゃ、挨拶したり酒注ぎまわったり、色々あるんだけど……』

 訊いてみた。気がつけば、まだ何も段取りのコトなんか調べてなかったのだ。

『私もよくわかりませんけど……たぶん、大姉さま(エルシナさんのことだ)が皆さんにご挨拶をして、私と達郎さまで誓いの儀式をするのですわ。あとはみなさんと楽しく過ごすのだと思いますけど。――ごめんなさい。私もよくわかっていなくて』

 いいよ。

 行ってみりゃわかるさ。

『……あら? 空から何か落ちてきましたわ、達郎さまっ!』

「……お?」

 雲がどんより厚いと思っていたら、何やらちらちらと舞ってきたよ。

『まあっ! 達郎さまっ、これはもしかして……雪、というものですか?』

『ああ、雪だよ。もしかしてナーちゃん、初めて見る?』

『はいっ! ずーっと陸の世界に来たことがなかったものですから、私、雪を見たことがありませんでした! ――とっても綺麗なのですね!』

 そうか。

 じゃ、少し雪が落ちてくるのを待っててみようか。

 陽が暮れた街はどこもかしこもイルミネーションが瞬いていて、ちょっと眩しいくらいだ。

 クリスマスとか年末が近いから、街中飾りつけに気合いが入っている。

 それがまた美しいといって、はしゃいでいるナーちゃん。

 エルシナさんは、人魚が人間の世界で暮らすことは簡単じゃないって言ってたけど……そんなことは人間同士だって一緒さ。

 分かり合おうとか、合わせようなんて思っていたら、何年かかるかわかったものじゃない。

 あんまりじめじめ悩んでも仕方がないんだよな。

 一人で困ったら二人で考えて、二人で困ったらみんなで考えてみて。

 ま、ナーちゃんを見ていたら思うよ。

 綺麗なものを見て、素直に「きれい!」って言えることが大切なんだって。



「ただいま――」

 そうして帰宅した俺達を、思いもかけない珍客が待っていた。

「……いよォ、タツぅ! 元気でやってるかァ!」

「由美さん! 来てたんですか?」

「たりめェだろ! タツとナーの結婚式だもの、来ないワケねェだろォ!」

 すっかり武装天女の面影がなくなっている由美さん。

 ファッション系なお店の店員らしく、お洒落に着飾っている。そもそもがキレイだから、いっそう映えて見えるよ。

 俺もさることながら、何よりもナーちゃんが喜んだ。

 がばっと由美さんに抱きついたりしているし。

「おォ、ナー! 可愛さに磨きがかかったなァ! アタシが送ってやった服のせいか? あはは」

 その夜は、久しぶりに戻ってきた由美さんを迎えて大騒ぎの宴となった海藤家。

 ジーナさんと幸子が世間話をしている傍で、ドツボさんとさしつさされつ一杯やっていた親父。しかし、あとからやってきたエルシナさんを一目見るなり、鼻血を噴いてぶっ倒れてしまった。彼女は相変わらずセミヌード姿だったからだ。服を着る習慣なんかないから仕方がないのだが。

 幸子はちらと一瞥しただけで、あとは何事もなかったかのようにジーナさんと喋り続けている。

 慌てたのは葵さんで

「あらあら! 大変ですわ! お父様が血を!」

 慌てて親父の手当てに駆け回っている。いつもすみませんね。

「あははは! なんだァ、そりゃ? マサの腹踊りよりヘンじゃねェ? あははは――」

 やっぱり一座の中心は由美さんで、缶ビール片手にポイズンやレッドバック達の不思議な踊りを見てはゲラゲラと笑い転げている。彼女を慕っているドルファちゃんも、いつになく嬉しそう。

 思いがけないことに、あのマサはリーネちゃんやトビタロー、その妹のトビノちゃんを相手に遊んでやっていた。ツッパっていた頃は、子供が大の苦手そうだったのに。とてもほほえましい光景。

 俺とナーちゃん。

 二人、庭に出て舞い降りる雪を眺めていた。

 ふと見ると、ナーちゃんは目を閉じてじっとしている。

 眠ったのかと思い家の中に入ろうとすると、ゆっくりと目を開けて

『もう少し、ここにいませんか? 達郎さまっ』

『ああ。ナーちゃん、眠っちゃったのかと思ってさ。カゼひいたらまずいから中に入ろうかと』

『眠っておりませなんだ。ずっと、祈っていました』

『祈り? なんだい?』

 俺が尋ねると、しんしんと降る雪の中でナーちゃんはこの上なく清らかな笑顔になり

『――来年も、そのまた来年も、ずっとずっといつまでも、達郎さまとこの雪を見ることができますように、って!』 

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