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その64 最後の試練

「――まったく、あなたというコは! 自分のダンナ様が一人で危険に立ち向かっているという時に、平和にぐうぐう寝ている妻がありますか! 昔からあなたは寝てばかりでしょう! だからそうやっていつまでたってもみなさんに迷惑ばかりかけているのですよ!」

『ごめんなさい……』

 峰山との対決を終えて帰宅した俺。

 たっての頼みでエルシナさんをお連れしたのだが――ナーちゃんと再会するなり、猛然と説教が始まった。

 案の定、俺が留守にしている間に峰山とフィルの指示を受けたアザラシやトドの連中が襲撃してきたらしい。しかし、ポイズン達の巧みな諜報網(というよりただの見張りだが)によっていち早く察知したみんなは迎撃に出た。何せ、こっちにはあのセイウチですら敵わないジンベエさんジーナさんがついている。あっけなく奇襲部隊はコテンパンに返り討ちを食わされ、ほうほうの体で逃げていった。

 しかし、みんなはナーちゃんを守るためにあえて彼女を眠ったままにさせておいたのだが――気持ちよく眠っていたところを叩き起こされた挙げ句いきなり怒られたナーちゃんこそ災難だった。

 今にも泣きそうな顔をしてうなだれている。

 何をそんなに怒る事やある……とハタから見ていて思うくらい、エルシナさんは怒る怒る!

 海の世界の一番偉い存在だけあって、誰も口出しできずにいる。リーネちゃんは自分が怒られているような気になっているらしく、マサの胸に顔を埋めたまま動かない。葵さんも何か言いかけたが、マシンガンのようなエルシナさんの口撃には、なす術もないようだった。

 なんだかんだとナーちゃんを責めていたエルシナさん、ついには

「そのようなことでは、達郎様のような立派な人間の方に人魚族として合わせる顔がありません。結婚は見合わせていただいて」俺をちらりと見てから「ナタルシアにはしばらく大西洋にいてもらった方がいいのかとも思うのですが」

 たちまち、えっ? という空気が部屋中に流れた。

 それを真っ向から受けたナーちゃん、大きく目を見開いてエルシアさんを見つめていたがこらえきれず、たちまち涙をあふれさせてくすんくすんと泣き出した。

 かわいそうに。

 ナーちゃん、何にも悪くないのにさ。

 これはさすがに――黙ってられない。

 俺は立ち上がってナーちゃんの傍に行き、そっと抱き締めた。

 俺にすがりついてひっくひっくと泣いているナーちゃん。

「……ちょっと、いいすか?」

「なんでしょう、達郎様?」

 俺は怖い顔でエルシアさんを見て「納得いきません。ってか、ムリです。撤回を要求します」

 きっぱり。

 今度は空気が凍りついた。

 ちらりと見えたドツボさんの顔が「やっちまいましたな! 達郎さん!」ってカンジになっている。その隣で声にださねど「ひえぇっ!」と叫んでいるドルファちゃん。ただ一人、マサだけが「あァ?」っていうキッツい顔に。

 でも、知ったコトじゃない。

 せっかく、ここまできたってのに。

 人魚族の長だか何だか知らんが、こっちの事情を無視して勝手な権力の行使は俺が認めない。

 それをいうなら、ここまで海の世界のドタバタを放置していたあんた達の責任はどこにある――ということになりはしないだろうか。

 が、エルシアさんは表情を消したままで

「人間の方と人魚族が結ばれるという事自体、一見とてもロマンチックなことです。ですが、人間の方の世界と海の世界では、違いがたくさんあります。好きとか愛しているというだけでは、とても一緒には暮らしていけないのです。私には、ナタルシアにその覚悟がないように思えたのですが……ならば、達郎様?」

 彼女の眼差しがぐっと深くなった。

「あなたには、一生人魚を愛する覚悟がおありなのですか? どんなことがあっても、ナタルシアを守りきる覚悟が」

 男女の間で、これはとてつもなく重い課題。

 プロポーズとか結婚披露宴とかでよく、男が「なんたらさんを守ります!」とか言ったりする。

 正直な俺の意見。

 ――ありえん。

 守るって何?

 守られるってどういう立場?

 そりゃあ、そんな言葉で愛を表現するのが悪いとは言わない。

 もし、本気でそれができるとかしようと思っているんだったら……ただの傲慢妄想、白昼夢だ。

 守るも守られるもないと思う。

 愛し合った男性と女性、互いに力を合わせるから一緒に生きていけるんだろう。

 逆に、力を合わせないんだったら一緒にいる意味なんかまったくない。どっちかがどっちかのために尽くすとか捧げるとか、そんなのは論外暴論狂気の沙汰だ。

 あの日、滝女さんが言ってくれた。

 あなたはあなたのままでいいではありませんか、と。

 そう。

 特別怪奇な自分、そこにない他所のどっかから別の自分をもってこようとするから無理が起こる。

 違うんだ。

 今のままの自分にできること、今はちょっとできなくても少しづつ頑張ってできるようになることがたくさんある。それらから目を背けて、夢の世界の自分を追い続けていたっていつまでたっても何もできやしないんだ。

 一緒にたくさんいろんなコトをしようって言ったらナーちゃん、嬉しそうにうなずいてくれた。

 それで十分じゃないか?

 ってか、それ以外に余計な何かを求めたりしてはいけない。

 そういうのを余所見ってんだ。

 以上は俺の胸の中で、一瞬で通り過ぎていった思い。

 だから、エルシナさんに向かって口を開いたタイミングは、ほぼ即答だった。

「……守るとか守らないとか、そういうのは傲慢です。大切なことは、男だろうと女だろうと、人間だろうと人魚だろうと、二人で一緒に力を合わせて……いや!」

 だけじゃない。

 俺はみんなの顔を見回した。

 葵さん、ドルファちゃん、マサ、ドツボさん、トビタローにジンベエさん、ジーナさん――

 一番大切なのは、一人でも多く、みんなが心を一つにしていくこと。

「……俺達だけじゃなくて、人間も海の世界のみんなとも力を合わせていこうって、前を向くことが大切だと俺は思います。俺とナーちゃん二人だけで生きていくワケじゃない。なんだかんだでみんなと一緒に生きていかなくちゃならないんだから、俺はみんなにとって幸せがあるように、ちーっとでも努力する。そういうコトですよ。―-ヘンですか?」

 いつの間にやらナーちゃん、泣き止んで俺の顔を見上げている。

「……」

 エルシナさんほか、一同沈黙。

 すると、おもむろにマサが

「へっへっへ――」

 笑い出した。

「このバカ野郎、タツぅ! なァにてめェ、カッコつけてんだよォ! ちーっと努力だなんて、バカ言ってんじゃねェよ! おめェもオレも、いっつもバカみてェに全力こいてンじゃねェか? だろォ!?」

 言葉は果てしなく汚くてどーもならんが――マサはマサなりに、俺にエールをくれたんだな。

 ありがたい友達。

 このバカの力になりたいと思うから、俺は踏ん張れるワケで。

 それはマサと俺とだけじゃなくて、みんなと俺と、みんなとみんなの間でインターネットのネットワークのようにつながっている。

 マサの笑顔にほっとしたのか「きゃっ!」リーネちゃんも笑った。

 すると、凍った空気がするすると溶けていくかのように、葵さんやドルファちゃん、ドツボさん達も可笑しそうに表情を緩めていった。

「マサ様ったら、達郎様のことがお好きなのですね? 男の方の友情って、ステキですわ!」

「だろォ? 最初はクソ真面目でとっつきにくい野郎だと思ったケドさァ……なんか、そのうち病み付きになりやがんの。こってりラーメンみてェに」

「ひどいひどーい! 達郎様のことをラーメンと一緒にして!」

 ぷんぷん怒っているドルファちゃん。

 気がつけば、流れはすっかり一変していた。

 難しい顔をしていたエルシナさんはふうっと大きく一つ息をついて

「……きっと、そのように言うのではないかと思っていました」

 じんわりと染み入るような笑顔をつくった。

「どんな生き物よりも愛情深いといわれている人魚族よりも、まだ大きな心を持った人間の方もいらっしゃるのですから、世界というのは不思議なところですね。-―ナタルシア?」

 はい! というように顔を向けたナーちゃん。

「必ず、幸せになるのですよ? ……いいえ、あなたはもう、幸せなハズです。こんなにも、素敵な人間の男性と、それから仲間達と一緒にいられるのですから」

 それが――承諾の言葉だった。

 エルシナさんの言う意味がわかったのか、ナーちゃんはたちまち嬉しそうに微笑んで大きくうなづくと

『達郎さまっ! 私、私……』

『あァ。これで文句もないだろ。まだ何か言うヤツがいれば、その時はまた俺が――』

『いいえ! ――達郎さまがお一人で大変な事に立ち向かわれているのに、眠っていたりしてごめんなさい。これからは何があっても、私も達郎さまと一緒に参りますから!』

 ナーちゃんは俺の首にしっかりと腕を回して、ぐいっと唇を押し当ててきた。

「やれやれ。一時はどうなることかと思ったよ」

 それまでずっと沈黙していたジーナさんがようやく口を開いた。

「あたしゃ、エルシナさんが反対しようとも、達郎ちゃんとナタルシアちゃんの結婚には断固賛成だったんだからね。それでも反対されるなら、バランサーの意地をかけて物申そうと思っていたけど……しなくて済んだようだね」

 彼女独特の、にこーっと横に裂けそうな笑顔になった。

「……そうだ。そうだ」

 隣でジンベエさんが何度もうなづいている。

 するとドルファちゃんがきゃたきゃたと笑い出し

「やっだ、ジンベエさんたら! ジーナさんが言うことなら、何でも賛成なんでしょお?」

「……そうだ、そうだ」

 あとはもう、大爆笑。

 エルシナさんまで、口に手を当てて笑っている。

 ――でも、こういう夫婦っていいよな。

 俺達もいつか、こんな風になれたらいい。



 そういえば、だけど――エルシナさん、陸上なのに普通に喋ってる。

 不思議に思って訊いてみると

「ふふ、それはですね、こわね草を口にしているからですよ。確かに、こわね草は普通の人魚が口にすれば心を喪ってしまう恐ろしい海草です。でも、強い心をもってその副作用に打ち勝つならば、心を喪うことなく声を得ることができるのですよ」

 ふわっと微笑んでから、すぐにきりっと表情を引き締め

「――これが、人魚族の長たる宿命をもった者の試練なのです。こわね草やおしない草の毒にも負けない強い心がなければ、とても海の世界を平和に治めていくことなどできませんもの」

 ――壮絶すぎる試練だな。

 一歩間違えばリーネのようになってしまう。

 だけど、それを乗り越えたエルシナさんはどこまでも強い心をもった人魚だということになる。

 そして、その彼女を納得させた俺にも――強い心がいくらかでも宿っているっていうことだろうか。

 ちょっとだけ、誇りかも知れない。 

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