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その61 決着をつけましょう

 それから、幾日も経たなかった。

 とうとう反対派の人たちが実力行使に踏み切り、工事車両の入り口に座り込みを始めたのだ。

 警察もやってきて大騒ぎになり、新聞にも割と大きく取り上げられた。

「あらあら……こんな工事現場で座りこんだりしたら、服が汚れてしまうわねぇ。クリーニング屋さんが儲かるじゃないの」

 天然幸子は新聞を見ながら、またワケのわからん感想を述べてくれた。

 ちょっとだけ、峰山に同情したくなった俺。

 市民というのは自分に関わらない限り、割と無責任だものな。この幸子がいい見本だよ。

 峰山と話をして以来、俺も少しは街のことに関心をもつようにしてみた。

 そうしたら、近海市も意外と大変らしい。会社としては大きいほうだった魚住が潰れ、それに伴って経営がやばくなりそうな中小企業が幾つか出てきているようだ。それとか、土地の安い郊外に大きなショッピングセンターが幾つも建てられ、それによって昔からある商店の店じまいが加速していること、などなど。

 ま、そういう話はだいたい親父に訊くから、親父とのコミュニケーションの機会が増えたのは海藤家にとって喜ばしいことなのだが。

 とはいえ――もはやのんびり構えてもいられない。

 どこから聞きつけたのか、峰山は報道新聞部の動きを知って圧力をかけた形跡がある。

「突然、顧問の塩尻先生に呼ばれたのよ。何かと思ったら『あの工場建設の件を取り上げるのはちょっと見合わせなさい』だって。どうしてですかって訊いても、塩尻先生ってばきちんと答えてくれないのよ。……もう、アッタマきちゃう!」

 三波が怒りながらも報告をくれた。

 なんでも、あの建設現場で親が働いている生徒もいるからとの理由らしいが――どうもアヤシイものだ。峰山からワイロでももらったんじゃないだろうか。塩尻ってのは中年の暗い教師で、特定の生徒ばかり目にかけるとかであまり評判がよくない。

 それに、峰山が言った「海を汚すだろう」というあの一言、どうやら現実味を帯びてきた。

 反対派の住民が、大きな排水パイプやら機械が搬入されていくところを目撃したらしい。そういうこともあって、例の騒ぎは起こったようである。耳の早い親父が教えてくれた。

 やってくれるじゃないか。

 ヤツが言う「正義のため」なのか、あるいはそんなことはこれっぽっちも考えていなくって、単純にMCGの好き勝手なのかはわからないけども。

 俺は意味不明な発言を繰り返している幸子を無視して自分の部屋へ戻った。

 ベッドの上ではナーちゃんがすやすやとお休み中。

 ここのところ、日中は海の連中の話をあれこれと聞いてやっているらしい。

 心優しい姫様。そりゃあ、疲れるよな。

 傍らに腰掛けて彼女の頭を優しく撫でてやっていた葵さんが俺の方を見て

「……姫様ったら、達郎様をお待ちしていたんですけれども、気がついたらこの通りですの」

 苦笑している。

 俺はふむ、とうなづいて自分のチェアにどっかと腰を下ろした。

 ナーちゃんと葵さんのほかに、ジンベエさん・ジーナさん夫妻、ドツボさん、トビタロー、そしてマサがいる。例によって抱っこされているリーネちゃん、可愛く寝息を立てている。

 実は人魚の二人(といっても、リーネちゃんはわかっていないだろうが)を除くみんなには、峰山との話の中身を伝えてある。

 そしてこれから俺は――一人出かけるつもりでいる。

 峰山が指定してきた場所へ、フィルの安否を確認するために。

「達郎ちゃん。やっぱり、誰かと一緒の方がいいよ。アンタになにかあったら、真っ先に姫様が悲しむんだよ? せっかく、婚礼の段取りも進んできたってのに」

 いかにも心配そうなジーナさん。

 やっぱりジンベエさんが隣でうんうんとうなづいている。

 葵さんも

「私もそう思いますの。私のオーシャンイーグルなら、多少の人数でも達郎様をお守りできますし」

「おォ! なんだったら、オレがいくぜェ? 人間相手にすんなら、オレしかいねェだろォ!」

 拳を固めているマサ。

 実は俺、ナーちゃんが眠ってしまうのを待っていたのだ。

 彼女は絶対に「私も参ります!」って言うハズだから。

 案の定、すーすーと気持ちよさそうに爆睡してくれているけれども。

「ありがとう、みんな。気持ちは嬉しい」

 俺はみんなの顔を見回しながら

「……だけど、万が一、ということもある。俺がいないスキをついて、ここへワケのわからん連中が押し寄せてこないとも限らないんだ。それに、俺一人なら逃げるのも簡単だしね」

「だったら達郎さん、せめて、ポイズンの連中を……。何の役にも立たないかも知れませんが、せめて急を告げにここへ戻ってくることくらいはできますぜ?」

 ドツボさんが言うと

「じゃあ、ボクの方がいいよ! フグさんとかゴンズイさんよりも早く飛べるし!」

「そっ、それは……」

 真面目なドツボさんと無邪気なトビタローの話に思わず笑みを浮かべてしまったが、俺はすぐに表情を引き締め

「ありがとう。でも、峰山にサシを要求したのは俺だから、俺が約束を違えるワケにはいかない。もし、今夜中に俺が戻らなかったら、その時は――」

「バカなコト言ってんじゃねェ」

 マサが唸った。

「タツ、お前に何かあったらここにいるみんなで、その峰山たらいうヤロー」元・近海の番長は鋭い目をギラリと光らせ「……ぶっ潰すからな。止めてもムダだぜ?」

「あァ、わかってるよ」

 俺は立ち上がった。約束の刻限が迫っている。

「別に、ヤバいことがあるって決まったワケじゃない。あくまでも、フィルの無事を確認できればそれでいいんだからさ」

 部屋を出ようとして、ふとナーちゃんを見た。

 ごめん。

 こういう危ないことは、これで最後にするから。

 もうこれからは二度とナーちゃんに心配なんかかけたりしないよ。

 胸の内で固く誓った俺。

「じゃ、行ってくる」

 玄関先には、ミノカサゴやマッチョ鯛、キンメがいた。

「こんな時間にお出かけですかい?」

「ああ。すぐに戻るよ」

「お気をつけて。婚礼も近づいてきてますからな」

 そう。

 アジーノさんとニシンシアさんのおかげで、何とかナーちゃんのドレスもできた。

 ブルーフィッシュやレッドバック、ポイズンの連中があちこちの海へと出かけていって、俺達の婚礼について触れ回ってくれている。より遠くの海へは、ドルファちゃんをはじめバランサーのみんなが行ってくれているようだ。

 何だかんだと派手に議論はあったが、とりあえずはブルーフィッシュでやることになったのだ。

 マサや由美さんはともかく、親父やおふくろを海の世界に連れて行ったら途中で溺れ死ぬだろうし、かといって人魚族のコ達を地上に上げるのも困難がある。彼女達は陸じゃ喋れないし。

 こっちの世界で結婚式を挙げるのは俺が十八歳になってからにする。人間の世界の掟だと、男は十八歳にならないと結婚できないしな。ついでに由美さんが「アタシがナーのドレスを用意すンだからよォ! アジとイワシのドレスで満足してんなよなァ!」とか(ほとんど脅迫に近い)メールを寄越してきたという事情もある!

 ただ、その前に――決着をつけておかなくちゃならない。

 峰山、そしてフィルーシャ。

 ヤツらに海を汚されてしまっては、二度とブルーフィッシュへ行けなくなってしまう。

 それに、フィルーシャの身にもしものことがあってもいけない。

 色んな思いを抱えつつ、夜道を独りてくてくと歩いていく俺。

 行く先は……あの工場建設現場。

 しかし、妙な場所を指定してきやがったものだ。

 みんなには申し訳ないが、もしかすると――タダで済まないかも知れない。

 そんな気がした。

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