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その60 そして峰山さん、談

 ここまでくるともう、何が何だかわからない!

 三波は調べていくにつれてかなり関心が高くなっているみたいだが、峰山の過去の悪事を明らかにしたところで俺達みたいな高校生にはどうすることもできないんだよな。今建設が進められている廃棄物リサイクル工場にしたって、また平気で垂れ流しとかされたらかなわないけど、直接は俺に関わってくることでもないし。

 俺達にとって重要なのは――フィルが無事かどうか、それだけ。

 彼女はかなり高い確率で峰山の悪事を知っていて、そのために自由を奪われているハズ。

 要はフィルさえ救い出して話を聞ければいいんだけど、その方法がない。

(うーむ。手詰まりか……)

 ベッドの上に寝転がってあれこれと考えていると、例によってリーネちゃんと遊んでいたマサが

「よォ、タツぅ! お前、こないだから何悩んでんだァ? なんか、くれェよなァ!」

 悪かったな。

 たまにゃ、真剣に考え事したっていいじゃねぇかよ。

「ん……この前、みんなで話してただろ? フィルって人魚のコを、どうやって助け出したものかなぁと思ってさ」

「あァ? ンなコトで悩んでたのかよォ!」

 マサはニヤリとして

「だからよォ、そのなんたらってヤツをシメればいーんだって! ぜってェなんかわかるって!」

 はいはい。

 だから、腕力とか暴力に頼らずにシメる方法を考えているんです。

 峰山の口からフィルの居場所と安否を喋らせる手段をね。

 ま、マサがいうのは「首根っこをつかまえてうんぬん」の方でしょうけど。

「きゅー! きゅー!」

 ヤツが自分の方をむいてくれないものだから、リーネちゃんが怒り出した。

「はいはーい! ごめんねリーネたん! ちゅーしよーか、ちゅー!」

 心の底から楽しそうなマサ。

 アイデアをひねり出さねばならないような今の状況では役に立たないけど、彼の存在によって不幸だったリーネがこれだけ幸せそうにしていることだし。それはそれでいい。

 また天井を向いて脳内サーフィンを始めようとすると

「……達郎さん。あっしは思うんですがね」

 まるで番人のようにドアの前に正座していたドツボさんがずずいっと膝を進めてきた。

「その、峰山さんたらいう方とは、直談判されましたので?」

「いや。あんまり会わないし、あの電話の一件以来喋ってないけど?」

 そう答えると、ドツボさんは「きゅっ」と眉間にシワを寄せて

「あっしみたいなバカモンの浅知恵で大変心苦しいのですが――ここはいっそ、正面きってぶつかってみるという手はどうなんでしょうねぇ。なんかこう、上手く言えませんが……詰まった時には思い切ってぶつかってみれば、意外と開けたりなんか」とまで言って、ドツボさんはカリカリとアタマを掻いた。「いや……差し出がましい口を叩いて申し訳ありません。聞かなかったことにしておくんなさい」

 ずりずりと後退していって、まだドアの前で狛犬みたいに座っている。

「……」

 考え込んでいる俺。

 言われてみると、そういうものかも知れない。

 俺は何とかして峰山の裏をかこうとしているけど、あれだけスキを見せないヤツのバックをとろうなんて、それ自体が現実的でないかもしれない。その方法を考えているだけで日が暮れるよな。

 逆に――どーん! ってぶつかってやれば、予想もしなかった展開が起こるかもしれない。

 ああいうヤツだから、かえって面食らうんじゃないだろうか。

 俺はがばっと上体を起こした。

「ドツボさん」

「へい!」

「そのアイデア、もらった! それでいこう! 明日、ヤツに真っ向から訊いてみるよ」

 一瞬びっくりしていたドツボさんはちょっと嬉しそうなカオになって

「あっしみたいなヤツの話を聞いてくださるなんて、達郎さんはなんとお心が広いんだ! 感激しやした!」

 ずいっと身を乗り出した。

「ようがす! あっしらも、なんか手を考えてみましょう! フィルとやらに恩はねェが恨みもねェ。困ったヤツには手を貸してやるのがポイズン組の掟ですからのう」

 あれ?

 ポイズン「グループ」じゃなかったっけ?

 いつから組を結成したんだか。



 翌日。

 昼休みになってから俺は峰山の姿を探した。

 ダメもとでヤツのクラスをのぞいてみると……うまい具合にいた。

 女子達に囲まれて、なんじゃかんじゃとお喋りに興じている。イケメンはやっぱりモテ度が格段に違うものだ。とはいえ、もっぱら喋っているのは傍にいる女子達で、峰山自身はクールな顔でうんうんと聞いているだけだが。

 俺はずかずかと教室に突入していき

「……峰山、ちょっといいか?」

 輪の中に割り込んだ。

「おや、海藤君じゃないか。君の方から僕を訪ねてくるなんて、珍しいね。……何か、あったのかい?」

 微笑している。

 俺はウンとうなずいて

「話がある。ちょおっと、来てもらえないだろうか?」

 不愉快そうな顔をした女子がいる。せっかく大金持ちのイケメンボンボンとお喋りしていたのに、といったところだろうが、知ったことではない。

 どうせ断られる理由なんかないだろうとタカをくくっていたけれど、案の定峰山は

「話、かい? ……いいだろう。じゃ、場所を変えようか」

 あっさり快諾。

 ヤツはすっと立ち上がると

「じゃあみんな、申し訳ないが、続きはあとで聞かせてもらうことにしよう。ちょっと、失礼するよ?」

 女性陣にそうことわりつつ、俺のあとについてきた。

 先に立って歩いている俺は、屋上を目指している。

 多少天気は良くないが、屋外ならよほど大声でも出さなけりゃ、誰かに話を盗み聞きされることもないだろう。ヤツにしたって、内容的にあまり聞かれたくないハズだ。

 二年生の教室は四階建て校舎の三階にあるから、二フロア登れば屋上に出られる。

 分厚い鉄製のドアを開けてみると、屋上に生徒の姿はほとんどなかった。

 俺は誰もいない方角へすたすたと歩いて行って、くるりと振り返るなり

「話というのは、フィルのことなんだが」

 単刀直入に切り出した。

「ふむ」

 峰山は顔色も変えずにうなずいた。

「俺、この間、先生に頼まれて一階の倉庫まで実験用具を取りに行ったんだよな。そうしたら、お前がいて電話で喋ってた」

「……」

「悪いとは思うが、聞こえちまったから仕方がない。――お前、フィルは用済みだとか何とか、言ってたよな? あれ、どういう意味なんだ?」

 ヤツの表情をじっと注視している俺。

 こいつのことだから、動揺したりする筈がない。

 しらばっくれるか、あるいは事実を認めつつも開き直るか。

 すると

「……彼女とは別れることになったっていう意味だ、と言っても君のことだから信じないんだろう?」

 うん、と思いっきりうなずいてやった。

 んなワケねーだろ。

 もっと上手い言い訳は考えつかなかったのかよ。

 峰山はつと俺から視線を外すと、ふうっと大きく一つ息をついた。

「洞察力の鋭い君に対して隠し事は通用しないだろうから、正直に言おう。――確かに僕は、魚住を潰す策略のために、彼女を近づけた。そして狙い通り魚住が倒れた今、フィルには何の用事もない」

 おーおー。

 ずいぶんと身勝手なお話ですな。

 フィルも腹に一物もっていたとはいえ、人魚である彼女を営利のために利用した挙げ句、あっさり切り捨てるなんてさ。時代劇の悪代官じゃないですか。

「かといって」

 手すりの傍まで歩み寄っていって片手をかけながら峰山は

「……彼女を傷つけたり、あるいは命を奪おうとか、誓って言うが、全く考えたりした事はない。今の工場建設の一件が済んだら、海へ返してやるつもりだ。だが、今はできない」

「なんで?」

 ヤツは俺の顔を見て微笑をたたえ

「色々、知られてしまっているからね。峰山としては仕方がなかったことも多いのだが、かといってそれを公にされるとこっちも都合が悪い。フィルはあの通り見た目に可愛いコだが、僕の愛情を失っているからには、きっと復讐の一つも企むだろう。……そういう人魚さ、彼女は」

 あれよあれよと手の内を明かされてしまうと、なんだか気が抜けてしまう。

 だけど、俺はヤツの話を全面的に信じる気にもなれなかった。

 ものすごい偏見だとは思うけど――峰山には信じてあげたくなるような、人間としての愛嬌とか可愛げがカケラも感じられないのだ。どーせ最後には裏切るんだろうこいつ、みたいな凝り固まったフィルターしかかからないのだ。貧乏育ちな庶民のヒガミかも知れないけど、金持ちは金のためなら何をやるかわかったのものじゃない――という気がする。

「じゃあ、そういうならさ」

 俺はビシッとヤツを指し「元気なフィルに一目、会わせてくれ。そうしたら、信用しよう」

「何かと思えば、そんなコトか。お安い御用だよ。いいだろう」

 よし。

 ドツボさんの言う通り、真っ向からぶつかってみて良かった。

 フィルが無事なら、とりあえずは安心だし。

 だけど――せっかくの機会だから、もう少しツッコんでみたい。

 峰山が今、何を企んでいるのかを。

「フィルのことはまずよしとして……お前んち、何を仕出かそうとしてんの? 住民の皆さんに、えらい恨まれようじゃん。一方的な見方をするつもりはないけどさぁ、なんか、ヤバいんじゃないの?」

 そう、ど真ん中ストレートをかましてみた俺。

 すると、峰山は

「……信頼されてないのはわからなくもないさ。おじさんの会社がやったことは、ずばり犯罪だからね。別組織とはいえその身内の会社とくれば、なかなか理解されないのもやむを得ないというものだ」

 表情から笑みを消し、遠くの空を見るようにした。

「だけど、この街の人たちはわかっていないんだ。これという大きな産業を持たないままでは、現代は街そのものが生き残っていくことはできないんだよ。色々と恨まれこそしているけど、MCGやかつての峰山グループがあったから、この近海はやってこれたに決まっている。そうじゃなかったら今ごろ、近隣との市町村合併で近海市はなくなっていた筈さ。バブル以降、経済が振るわないからね」

 言い分はわからなくもない。

 ぶっちゃけ、大きな企業がやってきてくれればそれなりの経済効果で街は潤うが、そうでなければ人は寄り付かないし、金も動かない。だから、街は潰れていってしまう。少子高齢化とかいうヤツで、全国の市町村がそういう問題に頭を悩ませている筈だ。確か、公民の授業で聞いた記憶がある。

 でもなぁ。

 そのために海を汚したり古くからいる人々の生活を圧迫したりするってのはどうなんだ?

 峰山の言い分は、何となく「悪事の正当化」に聞こえなくもないんだけど。

 そんな意味の事を少し言うと、珍しくヤツは憤然として

「だけど、考えてみたまえ。この街で漁業に従事してきた人達、魚住のような地元密着の産業に携わっていた連中、彼等が一体何をしたというんだ!? 魚が獲れなくなってきたからといって工夫をする訳でもなく、輸入製品が入ってきたから自分達の産業が圧迫されたといって文句を言う。――何も努力をしない奴らに限ってそうさ。今回の工場の件も同じだ。工場が完成して稼働すれば環境が汚染されるとか騒いでいるようだが、その彼等は自分達の生活しか考えていない。結局、近海市の産業を支えているのが誰かなんて、市民の誰も考えちゃいないのさ」

 資本家という人たちは、きっとみんなこういう考え方をするのかも知れない。

 俺はヤツの顔を眺めながらそう思った。

 確かに、その辺の海で魚を獲っていたオッサン達になにか知恵があったとは思えない。

 だけどオッサン達にも、この街で生きていく権利がある。

 峰山だろうと魚住だろうと、そのオッサン達を追いやる権利なんかないんだよな。

 といって――今のこいつと議論するだけ時間のムダだ。

 峰山は峰山で、自分の正義を信じているから。その正義とやら、どこまで正しいかはわからないが、少なくとも完全な間違いではないと思う。

 そろそろ、昼休みは終わるだろう。

 屋上にぽつぽつといた生徒達が、教室に戻り始めた。

「お前の正義を否定するつもりもないし、正しいか間違っているのか、今の俺に判断する材料はない」

「……」

「ただ、一つだけ聞きたい。……あの工場、いずれまた、海を汚すのか?」

 俺の問いに、峰山は不思議そうな顔をした。

 何を聞こうとしているのか、意図がつかめなかったようだ。

 が、すぐに目を細めて首を縦に振り

「必要とあらば、ね。この街のためには、そういう多少の犠牲はやむを得ない」

 わかった。

 こいつとは、分かりあえない。

 そして、俺は確信した。

 MCGが建設中のあの工場、反対派の人たちが言う通り、いずれ――排水を垂れ流すに違いない。

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