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その6  天然素材

「ねぇ、今の……何だったの?」

 真昼に怪異を見た(現にそうなのだが)といった表情でそう尋ねてきた春香ちゃん。

 俺は咄嗟に叫んだ。

「……さっ、さかな!」

 ――見ればわかるよな。

 春香ちゃんは固まっている。



 朝の一件以来、もしかすると、お呼びでない連中がぞろぞろやってきて学校をメチャメチャにしてくれるのではないかという恐怖感が絶えず俺の胸中渦巻いていた。

 が、幸いにしてそういう学園ファンタジー的展開は発生しないまま、俺は平和な月曜日を終えた。

「ただいま――」

 夕方、帰宅するや否や

「お帰りなさい、達郎様!」

 麗しの葵さんが優しい笑顔で出迎えてくれた。

 彼女に抱き抱えられているナーちゃん、俺を見るなり「がばっ」ときて

『お帰りなさいませ、達郎さま! いらっしゃらない間、とってもさびしくて……』

 その件はあのバカイワシから承っております。

 正直、学校にいるうちはナーちゃんの存在をふっと忘れかけていた。

 が、こうして目の前でうるうるされると、ツラいものがある。

 人魚ってのはここまで情の深い生き物なのかねぇ?

 ナーちゃんは俺を上目遣いに見て

『ご迷惑なのはわかっていますが……明日から、私もお傍にいさせていただく訳にはまいりませんか?』

 とんでもないことを言い出した!

 それだけは勘弁してください。

 心の底からお願い申し上げます、姫様!

 すると、俺達の会話がわかるらしい葵さんが

「姫様。達郎様を困らせるものではありません。達郎様には達郎様のお努めというものがあるのですから。私やイワシャールがいるではありませんか? 何かあれば、すぐに達郎様の元へ馳せ参じることもできますから」

 と、宥めてくれた。さすがは葵さん、素敵だ!

『そうですよね……』

 ナーちゃんはしゅんとしている。

 ちょっと、可哀相かも。悪気はないからなぁ。

 そこへ、幸子が楽しそうにやってきた。

「あら達郎、お帰り。――ふふーん、今日はあんたとナーちゃんのために、いい物をゲットしたのよぉ!」

 すごくイヤな予感がした。

 この母親がこういう笑い方をする時には、大抵ろくなことが起こらない。その昔、幸子が笑った直後に隣の家が火事になったこともある。

 幸子はエプロンのポッケをごそごそとさぐり、見覚えのない携帯電話を取り出した。

 それって――

「ふふっ、達郎とナーちゃんの赤い糸よぉ! これさえあれば、いつでもどこでもラブラブでしょお!」

 いい年こいて身をよじるな。気持ち悪い。

 大体、ラブラブって単語、あんたの年代が使うとブキミなんだよ!

 ってか、人間以外に携帯電話を買って与えたのは人類であんたが初めてだ。しかもそれ、ワンセグの最新機種じゃねぇかよ。俺のヤツなんか赤外線すらついてないのに。

「あ、あのさ……通話料とかどうすんだよ? 携帯一台新規契約したら、毎月その分だけ金がかかるのに」

「大丈夫だって! 達郎の預金口座から引き落としだから、家計には何の問題もなし!」

 大問題だろーが!

 勝手に契約しておいて、自分の子供に払わせるバカ親がいるか! わかってるのか、幸子!

 ――それからすったもんだの挙げ句、結局その真新しい携帯電話はナーちゃんに託されてしまった。もちろん、月々の通話料は俺負担である。

『達郎さま? これ、どのように使うのでしょうか?』

 何だかよくわからないながらも、嬉しそうなナーちゃん。

 新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、さわったりすかしたりしている。

 念のため葵さんに訊いたが、やはり海の世界に携帯電話はないとのこと。……当たり前か。

 俺は内心、ウソの番号でも登録しておこうかと思ったが……やめておいた。それはさすがに人間としてできる行為じゃあない。

 と、いう以前に

「達郎の番号とナーちゃんの番号、ラブラブプランだかっていうのにしておいたわよ? いくら通話してもメールしても、無料なんだって。今の時代の恋愛は便利ねぇ」

 やっていいことと悪いことの区別がつかんのか、幸子の頭は。

 しかもそれ「カップルプラン」だ!

 ま、とっても頼りになる葵さんがついていることだし、なんとかなるだろう。

 ――と、思ったのが大間違いだった。

 


 次の日。

 一時間目の授業あたりから、俺は異変に気が付いていた。

 ズボンのポケットに入れている携帯が鳴りっぱなし。

 鳴っては切れ、鳴っては切れ、それがもう何度続いていることだろう。ほとんどストーカーからの電話と変わりがない。されたことはないけど。

 三度目くらいから、発信先が誰なのか想像はついていた。

 が、授業中に携帯を見ただけでも怒られるので、俺はじっと我慢していた。

 ――結局電話が鳴り止まないまま、一時間目は終わった。

 休み時間に入り、そっと着信履歴を見てみると……

『8:55 ナーちゃん』

『8:56 ナーちゃん』

『8:57 ナーちゃん』

 面倒くさいので以下省略。これが延々と続くワケだ。

 一分刻みですかっ。電池の残量、すでに残りワンメーターになってるし。

 ああ……使い方、教えるんじゃなかった……。

 せめてメールだけにしておけば……。いや、彼女は日本語がわからん。

 ――などとげんなりしていると、またも携帯が鳴り始めましたよ!

 ここで出てやった方がいいのだろうか? 

 さにあらず、出たが最後、きっと延々と切らせてくれないに違いない……。

「――おい海藤、ケータイが鳴ってるぞ? 出ないのか?」

 背後から声をかけてきたヤツがいる。

 高波史郎というクラスメート。こいつとは中学校からの付き合いで、仲がいい。

 高校球児な彼はセンターで四番。俺とは違ってさわやか系イケメン男だから、女子からモテることこの上ない。春香ちゃんは何とも思わないのだろうか、ちょっと気になる。

「あ、うん、いいんだ。迷惑電話みたいだし……」

 そう適当にウソを言ったのだが、史郎は画面をひょいと覗き込み

「迷惑電話? でもこれ、電話帳に登録されている名前じゃないのか? ナーちゃん、ってなっているぞ? 知り合いじゃないのか?」

 あーうー。

 ちょこっとKYな史郎は、時々そういう「言わんでもイイ」ことを言ってしまう。天然みたいなものだから、苦情の言いようもないのだが。

「あ、そ、そうか? ナーちゃんからか。そーかそーか……」

 この時点で俺、かなり苦しくなっていた。

 なおも携帯は狂ったように鳴りまくっている。

 史郎は妙な想像と気遣いをしたらしく

「ナーちゃんって知り合いなんだろ? 出てやれよ。長引くようなら次の授業、俺が先生になんとか上手く誤魔化しておいてやるし」

 大声で言いやがった。

「……ナーちゃん?」

 !!

 この声は!!

 恐る恐る振り返ると――あってはならないことだが、そこには春香ちゃんがいた。

 彼女は無表情のまま、机の上で暴れ続けている俺の携帯を「じっと」見つめている。

 そして

「……出ないの? 何度も鳴ってるケド?」

 うわー!

 ぎゃー!

 ぎぃええぇ!

 声に感情がこもってない!

 だよなぁ……。ナーちゃんなんて、フツーに聞いたら女の子の名前だって思うよな。ってか、本当に女の子なんですがね。

 ついでに、一度きりならまだしも、何度も鳴らされているのを見れば、さすがに怪しむだろう。

 ――俺はなす術を知らないまま、ただ固まっているよりなかった。

 そのうち、とうとう電池が切れたらしく、携帯は沈黙した。

「お? 電池、切れちまったな。後で俺の充電器、貸してやるよ」

 涙が出るくらい心温まる言葉を残し、史郎は去っていった。

「……」

 あとには、皮膚呼吸が出来ないくらいに気まずい空気に包み込まれている俺と、それを放っている春香ちゃんが残されている。

 キーンコーンカーン―― 

 二時間目の始まりを告げる、無情のチャイムが鳴り響いた。

 すると、春香ちゃんは「はあっ」と大きく一つ溜息をつき

「高波クンに充電器貸してもらってから、掛けなおしてあげたら? そのコ、きっと電話を待ってるわよ?」

 つかつかと、行ってしまった。

 わかってます!

 そんなことはわかってます!

 十分すぎるくらいにわかってますよ!

 わかってますけど……わかってますけど……。

 そういうハナシじゃないでしょう? ねぇ?

 ここ二ヶ月間の、春香ちゃんとお近づきになるためのあの苦労は一体なんだったんだ! 苦労の甲斐あって、せっかく、せっかく、あと一息というところまでもってくることができたというのに……ああ……。

 そんなのはお前の思い込みかもしれない? いや、ほっとけ! 俺には確信があったんだ!

 ……あったんですけどね。何もかも、ぶち壊しっすよ。

 完全に打ちのめされた、俺。

「おい、海藤! ケータイしまえよ。授業は始まってんだぞ」

 教師が入ってきたことすら、気付かなかった。

 もう、いいんです。

 俺は本日、破滅しました。

 どうなったっていいんです……。

 何もかも失ってしまったような気がして、当然、授業なんか耳には一言も入らなかった。

 入るとも思えなかったし。

 ――そう。

 次の三時間目の途中までは。  

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