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その59 海をめぐるお話(Bさん、談)

 帰宅した俺は夜、みんなに事情を打ち明けた。

「――ってことで、峰山の親父の会社はみんなに相当恨まれていて、しかもヤツ自身もクサいんだ。俺が想像する限り、フィルーシャは恐らくヤツによって自由を奪われているんじゃないかと思う。彼女がどうして峰山に接近して、何で用済み扱いされているのかがよくわからないんだけども」

 すると、仰向けに寝転んでリーネちゃんをあやしていたマサ、

「ンなの、カンタンじゃねェか。ボコってやりゃあいいだろォ?」

 ――そうくると思ったよ。

 しかし、ヤツの腹の上にちょこんと座ってにこにこしていたリーネちゃんが

「きゅ!」

 急に怒った顔をした。ダメでしょ! とでも言っているようだ。

「リーネたんってば、じょーだんだよォ、じょーだん! あははー!」

 ダメだこりゃ。

 完全に虜になっちまってる。

「でも、困ったねェ。アタシ達、狙われているのに気がついていたからリーネの動きには気をつけていたんだけど、フィルーシャはノーマークだったしねェ。彼女、セイウチ一派に幅を利かせてはいたけど、といって海の世界で悪いコトをしていたって話も聞いてないし」

 これはジーナさんの発言。隣でジンベエさんが大きく一回、うなずいた。

 眉間にシワを寄せて難しい顔で黙っていたドツボさんも

「あっしらも、リーネに脅されてバランサーを襲うようには言われたが、それ以前のコトには関わり合ってないですからねェ……。ま、達郎さんを襲ったのも、結局はバランサーに協力する勢力を潰すという目的だったみたいですし――よう、わかりませんのう。お役に立てずにあいすみませなんだ」

 アタマを下げた。

「いや、いいんだ。ブルーフィッシュを追い詰めた一連の黒幕はリーネだったんだし。その間のどういう場面にもフィルーシャは登場してこない。と、すると……」

「なぜ彼女は峰山さんという方のところに身を寄せたのでしょう? そこがわかれば、少しは見えてくるような気がするのですが」

 葵さんが言った。

 俺もそう思う。

 フィルーシャが何をしたかったのかがわからないために、真相に近づきたくても近づけないのだ。

 以前ドルファちゃんが教えてくれた話では、セイウチ一派の中心であったところをリーネによって追い出され、彼女をひどく恨んでいたという。と、すれば、リーネへの恨みを晴らしたいという気持ちはあっただろう。そのために人間である峰山に接触したと考えれば、かなり自然な気がする。

 もう少し突っ込むと――リーネと手を組んでいる魚住もまたフィルの敵であり、峰山は魚住を蹴落とそうと企てている。つまり、フィルは峰山のため、魚住を陥れる何らかの働きをした可能性があるんじゃなかろうか? そして魚住が脱落した今、秘密を知っている彼女は逆に峰山から邪魔者扱いされてもおかしくはない。それ以外に、疎まれるだけじゃなく用済み呼ばわりまでされる動機は考えにくい。

 自分の頭の中の整理も兼ねてみんなに話してみると

「ありえますわ! もし峰山さんとフィルが仲違いしただけなら、彼女は海へ帰されるだけで済むはずですもの!」

「だねェ。アタシも、そんな気がするよ。フィルのお嬢ちゃん、惚れる相手を間違ったねぇ」

 ジンベエさん、無言でこっくり。奥さんの言い分はなんでも賛成なようだ。

 相変わらず不景気な面をしたドツボさんはずずいっと膝を進めてきて

「……ご高説です。さすがは達郎さんだ!」

 恐縮です。

 ――とまあ、なんとなくわかったような、わからんような。

 推測は幾らでもできるのだが、問題はフィルの安否だ。

 もしも人間達の手によって彼女の身に危害が加えられるようなことがあれば――彼女自身にも責任があるとはいえ――海の世界と人間達の関係を悪化させてしまいかねない。俺に言わせれば、峰山達は恐らく……フィルを利用したのだろうし。

 さて、どうしよう?

 残念ながら、こっから先についてはいい知恵が浮かばない。

『すやすや……』

 夜更かしができないナーちゃん、すでにお休み中。

 ふと見ると、マサの腹の上でリーネちゃんが幸せそうに眠っている。

 そしてマサ本人も

「……ぐぅ……ごごっ」

 寝ていた。

 人間と人魚。

 こんなにも仲睦まじいカップルがまた一組誕生したその反面、不幸な状況を迎えたカップルもいる。

 あの頃の峰山とフィル、何だか幸せそうに見えたのに。

 ――わからないものだ。



 明後日に学力診断テストを控えていたから、翌日は早々に下校して自宅で学習。

 で、テスト終了後。

 峰山やフィルの件があったから真っ直ぐに帰ったものかと思ったが、かといって今できることが思いつかない。

 やむなく帰ろうとして教室から出たときだった。

「海藤クン!」

 呼び止められた。

 振り返ると、そこには三波の姿が。

「おォ、三波か! どーした?」

 彼女は相も変わらず表情も愛想もない顔で

「海藤クン、これから何か用事ある?」

「いや、特にないけど……」

「じゃあ、一緒に行かない? この間の件で、取材に」

「取材? またあの反対派のおっちゃん達のところか?」

 三波はかぶりを振り

「ううん、違うの。今日は別なところよ」

 別なところ? まさか、MCGに乗り込むとか言わないだろうな? 反対派の一方的な意見だけじゃ判断できないとか言っていたし。

 いぶかしんでいると

「意外なところに取材すべき対象があったのよ。妹の同級生の家。昨日まで私も知らなかったんだけど、実は――」そこで三波は声をひそめ「……そのコの父親、峰山グループの社員だったのよ。春先の事故で大怪我を負って会社を辞めたらしいんだけど、背後にいろいろあるみたいなのよね。妹を経由して話を聞かせてもらえないかって頼んだら、OKだって。さっき、メールがきたの」

 ほお。

 そいつは興味ある。

 ってか三波、お前――ホントにそういうコトに向いているんだな。



 夕刻、俺達は爆発事故を起こした工場で働いていた、元峰山グループの社員だったという三波の妹の同級生の父親に会って話を聞くことができた。

 奇跡的に一命を取り留めたというその人の半身にはその時に負った傷の跡が残っているようで、事故から半年を経た今でも体の右半分が上手く動かせないのだという。

 峰山が莫大な利益を上げていた裏側では、秘かに排水や廃棄物を海に投棄するようなことをやっていて、その事実を知る社員達はなぜか仕事とは不相応に高額の給与を支給されていたのだった。

「つまりは、共犯ということだね。不法投棄の実態を知っていて、その上でどう考えても不自然に高額な給与をもらっていたんだから、これは口止め料と言ってもいい。今となっては、バカなことをしたものだと後悔しているよ。このケガは、その報いなんだね……」

 俺達が訪れたその家は、やったらとでかくて新しかった。

 一年少し前に新築したらしい。

 その給与でもって購入したのだろう。

「会社と補償をめぐって係争中とはいえ、今の収入はゼロ。この家のローンも残っているんだ。上の子は大学進学をあきらめて知り合いの会社に就職して働いてくれているけれども、それでもかなり厳しい。家を手放さなくちゃならないかもねぇ」

 そんなとりとめもない話ばかりが続いて、俺も三波も肝心な部分を聞けないでいる。

 とはいっても、わざわざ時間を割いて思い出したくもないことを喋ってくれているワケだから「もう結構っす」なんて言えやしない。

 ただ、一通り後悔めいた話の最後に、彼はこんなことを言った。

「工場の機械には定期的に交換しなくちゃいけない部品があるんだけど、それらの交換なんか私が知る限り一度もなかった。非常に危険だと思って工場長に上申したことがあるんだけど、工場長は『それができるのなら、やっているよ。でも、上が……』って言ったきり黙ってしまってねぇ。――ところが、その工場長は少し経ってから辞めさせられたんだ」

「辞めさせられた……? どうしてです?」

 三波がすかさず突っ込んだ。

 すると

「理由はわからないんだ。ものすごく急な人事で、ある日突然いなくなったようなものさ。それでその後やってきたのが私よりも若い工場長だったんだが、着任早々一通り設備を見て回ってから『これはいけない。よくこんな老朽化した機械を使い続けていたものだ。早急に設備の全面的な交換を検討しよう』って、ね。今まで会社が認めなかったものを、今さらできたものかと疑ったんだが、次の日にはすぐプロジェクトチームも立ち上がって、あれこれ本社と調整を進めていたよ。今度の工場長は手腕が違うなぁって、みんなで感心していたんだけども、ちょうどその矢先さ、あの事故は……」

 遅かったのか。

 あと少しだけ工場長の交代が早かったら、あんな事故は起こらずに済んだかも知れない。

「で、その工場長は警察に捕まったんですか?」

「いや。機械設備の運転全面休止という措置が取れたはずだといって責任は問われたが、なにぶん彼自身は何とかしようとしていた側の人間だからね。最終的には逮捕もされずに済んだようだよ。峰山グループがどうにもならなくなっているうちに、MCGに引き抜かれていったようだけど」

 ――三波の妹の同級生宅を辞去したあと。

 バス停にむかって坂道をぶらぶらと歩いていると

「……」

 三波があごに手をあてて、なにやら考え込んでいる。

「どうした? なんか、引っかかることでもあったか?」

 何気なく訊いてみた俺。

「……海藤クン、おじさんの話の最後、気にならなかった?」

「最後? 工場長が変わったってところか? なんかまあ、運が悪かったのかも知れないと思ったけど」

 事故が起こったのは、設備の交換に向けて動いている最中だった。

 ならば悪いのは新しい工場長よりも、その先代のせいだと考えるのが普通だろう。上層部が認めないからって、老朽化を放置し続けていたのだから。

 そういう意味のことを言うと、三波は眉間にシワを寄せて俺を見た。

「っていうか、なんかおかしくないかしら? 先代の工場長が気弱で上にモノを言えない性格の人だったかも知れないけど、その後になって会社は設備の交換を認めているのよ? そこで工場長の首がすげ替わった理由がわからない。だって、その人は明らかに老朽化の危険性を知っていて、設備交換には反対してなかったんでしょう? おじさんの話を聞く限りにおいては」

「でもさ、新しい工場長の力をしてやっと会社に危険性を理解させたっていうセンもなくはないだろ? 先代の工場長がきちんと会社に伝えきれていなかったかも知れないんだ」

「それにしてもおかしいのよ。工場長が替わってすぐにいろんな動きが起こったってのは」

 しかも、と言ってめがねの端を右手でくいっと上げた三波。

「……新しい工場長、事故の後に一人だけMCGに引き抜かれてるのよ? どうも自然じゃないわ。――何となく、作為的なニオイがするんだけど。私にはね」 

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