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その58 海をめぐるお話(Aさん、談)

 放課後。

 俺はめぐみ、三波と連れ立って、例の工場建設場所を訪れた。

 案の定、今日も反対派な皆さま達がコワい顔をして建設現場を睨んでいる。

「あのーすいません! 潮清高校報道新聞部の者ですが……ちょっとお話をうかがうことはできませんでしょうか?」

「え? 潮清高校の生徒さん?」

 頭にハチマキを巻いたつるっぱげのオッサンにさっそく胡散臭い顔をされた。

 こりゃやっぱり追い返されるか?

 思ったが、後ろにいたおばちゃん達のうち、一人が

「あら! 潮清の新聞部でしょう? 知ってるわよ! 市の高校生新聞コンテストで何度も金賞に入ってるのよぉ! ちょおーどいい人たちが来てくれたわぁ!」

 パッと顔を明るくして

「せっかくだから、取材してもらいましょうよ! そのへんの一般紙なんかよりもしっかりした記事を書いてくれるわよ?」

 すると、他のおばちゃん達も

「まあ、そうなのぉ? らっきーじゃない! この際、峰山の悪事をしっかり報道してもらわなくちゃ!」

「そーね! アタシもいいと思うわ!」

 おばちゃん達が一斉に賛成してしまったものだから、つるっぱげは戸惑った顔で

「え、そうなの? 潮清高校って、俺はてっきり頭の固いガリベンさんしかいねぇもんだと……」

 俺やめぐみみたいに頭ふやふやな連中だってたくさんいるんです。

 ――といういきさつがあり、二十分後、俺達は「建設反対住民連合副会長」とかいうおっさんの家にいた。

 ちなみに、会長さんとやらは例のビラによって訴えられているから、今日はその対応でいないらしい。

「いやー、よく来てくれたね。あなた達のような若い人たちに関心をもってもらえて、すごく良かったよ」

 にこにこしながらそう言った副会長のおっさん、名を沼田さんという。

 見た目、通常のおっさんである。

 一歩現場に踏み込むと燃えてくるらしい三波は「キラーン!」とメガネを鋭く光らせ、目にも止まらぬ速さでノートを開きペンを構えた。

「では、さっそくですが……今回の経緯について、詳しく伺いたいと思います」

 やる気百二十%の態度の彼女を見た沼田さんはちょっと嬉しそうにしたが、すぐに表情を曇らせ

「まったくさぁ、酷いもんだよ。峰山のやり方は……。魚住も魚住だったけど、ありゃあ、魚住以上だよねぇ――」



「いやぁ、アタシ、ぜーんぜん知らなかったぁ! ひどい話だね!」

 ぷんぷんと怒りながら、アイスコーヒーをちゅーちゅーやっているめぐみ。

「まだ、結論を出すわけにはいかないけれども……あの方達の話を聞く限りでは、かなり悪質だと思うわ。記事にする価値、十分よ」

 三波のメガネが光った。

 沼田さんから詳しい話を聞き、ついでに建設現場の写真を隠し撮りしまくった俺達。

 のどが渇いたと騒ぐめぐみのために、最寄のファーストフード店に立ち寄っていた。

 取材で聞き取った話。

 ――数年前、俺達がまだ潮清に入学するよりも前のこと。

 現在建設工事が進められているあの一帯は、近海市による臨海地区再開発計画によって埋め立てが行われた。近隣で漁業を営んでいる人々はその計画に反対していたが、市は潮の流れなどを詳しく調べた報告書を開示し、埋め立ては漁業にはほとんど影響を与えないという説明をした。それでも反対する人々はいたが、埋め立て地は工業用地とはせず、臨海公園ならびに地域の業者に運営を委託した商業施設を建設するという話だったから、住民達はしぶしぶながらも反対運動を収めることにした。多少の影響は出るかもしれないが、工業用地でないなら水質の汚染等も発生しないだろうと判断したからだ。

 しかし、埋め立て工事完了後に急ピッチで建設が進められたのは――大きな工場だった。

 住民達の猛抗議に、市の職員は冷たく一言。

「予定が変わりましたので」

 建設現場へ押しかけていって抗議するも、警備員や建設会社の人間によって住民達は追い返され、誰も彼等の悲痛な抗議に耳を傾ける者はなかった。

 結局、そのまま工場は完成して稼働を始めたのだが、少し経ってから住民達は異変に気がついた。海の色が次第におかしくなっている。魚も急に取れなくなった。それだけではなく、住民達の中にも健康を害する人たちが現れ始めたのだった。

 あの工場は明らかに、有害な排水や煙を垂れ流している。

 大学の先生などを呼んで調べてもらうと、結果は明白だった。

「いやぁ、おかしなこともあるものですね。これだけ基準値を上回る有害物質が検出されているというのに、市は何もしないのですか」

 ついに漁師さん達を中心に、市や工場の経営者を相手取って裁判を起こそうということになった。

 しかし、その矢先。

「ごめんください。MYリゾートと申しますが――」

 そう名乗る業者が、住民達の前に姿を見せるようになったという。

 自らも当時者であるところの沼田さんはしみじみと言った。

「思えば、あれも峰山だったんだねぇ……。一帯をリゾート地として開発を計画中で、用地買収を進めているだなんて。ハナシが出来すぎているとは思ったんだけど」

 業者は言葉巧みに言ったらしい。

 今、皆さんは裁判に持ち込もうとしているが、それではいつになったら結果が出るかわからないし、あるいは負けてしまえばそれまでです。私達はこの辺を造成してゴルフ場にしたいと考えているのですが、どうでしょう? 土地をお譲りいただく方が、現実的に解決できるのではないかと思いますが――。

 断固として首を縦に振らない人も中にはいたが、結局は一人、また一人と契約に応じる者が出てきてしまい、ついには残る住民の方が少なくなってしまった。そうしているのも束の間、やはり汚染されていく空気や海には耐え切れず、とうとう全ての人が立ち退いていき地域は無人と化した。

 これはいつぞや、俺がイワシと共に葵さんを助けに行って、そして別れたあのあたりだ。

「ちょっと、待ってください」

 三波が遮った。

 人差し指でメガネの端をぐいっと上げながら

「その、市の職員が言った『計画の変更』というのは、どういうことなのでしょう? 最初に皆さんに提示されたプランはウソだったということですか?」

 いやいや、と片手を左右に振った沼田さん。

「いくら何でも、いきなりウソの説明はないですわ。弁護士を通じて調べてもらいましたけど、埋め立て工事が行われている当初は確かに、臨海公園と商業施設を建設する予定だったみたいです」

 だが、と彼は付け加えた。

「その後で、明らかに……何かがあったんです。さもなくば、ああもあっさり計画がひっくり返るワケがないですからね。なんでそったらことになるんだって、何度も説明は求めたけんども」思い出していて腹が立ったのか、沼田さんの口調に訛りが混じってきた。

「――市はぁ、なんの説明もなかと。変更になったってぇ、一点張りでさぁ」

「じゃあ、何があったのかは、調べようもなかった、と」

 念押しをするように、三波が重ねて尋ねると

「いんや。魚住興業ばぁクビんなったっていう人から聞いたさ。臨海公園と商業施設はぁ、魚住で請け負うことになっちょったと。それが急に――」

 ばしっとテーブルの縁を平手で打ち

「……峰山に持ってかれたんだって! やつら、市の人間に手ェ回したんだ。でもなけりゃ、ここまで決まったモンはひっくり返らんとよ! 間違いなか!」

 ここまでが、俺達の知らなかった部分だ。

 これ以降の騒ぎは今年の初めになって起きている。

 工場が爆発事故を起こして警察が現場検証に入り、その時になってようやく工場内部から秘かに排水を海へ垂れ流していたことが明らかになった。工場関係者の証言で市がこの事実を黙認していたことがわかり、峰山グループの社長以下関係者だけでなく、市の方からも逮捕者を出す騒ぎになった。しかしながら、魚住が受注していた工事が突然峰山にひっくり返された件についてはなんら詳細がつかめず、真実が明らかにされることはなかったようである。

 港湾の汚染を看過した責任をとって市長が辞職したことによる市長選挙が終わったあと、市は急いで工場跡地付近の再開発計画を立案し、汚染区域を埋め立てた。同時に、入札によって敷地の使用権を魚住興業が取得し、あの近海MMがオープンしたのだ。

 だが――魚住興業もまた、裏ではろくでもないことをやっていた。

 どこでどう接触があったのか、リーネなる人魚と手を組んで展示用の生き物を調達していたのはまだしも、リーネが策略によってナーちゃんを捕らえて近海MMに引き渡すと、彼女をこともあろうにショーに出してさらし者にしていたのだから。ただし、このあたりの詳細は正直わかっていない。何せ、ナーちゃんや葵さんは囚われていたのだし、彼女達が人間側の事情なんか知る由もないのだ。

 まあ、それはともかく。

 俺は沼田さんに訊きたいことがあった。

「過去の経緯はわかりましたけど……峰山も今は経営者も母体となる会社も当時とは異なっているはずですよね? どうして皆さん、反対運動をされているんですか?」

 すると、彼はふうっと大きく一つため息をつき

「そりゃあね、一見あん人達は何にも悪いコトしてないように見えますよ。でもね……」

 とんでもないことを言った。

「……魚住は、峰山、って今のMCG、ですか? 一杯食わされたんですわ。魚住もあちこちで評判が良くないコトはしてましたけど、それは一つ一つ見ていけば地主とか相手の業者にも非がある話なんですよ。――ケド、峰山は違う。あやつら、最初から水族館(=近海MM)が失敗するように、身内の者を知らん振りして送りこんどったんです。それだもの、ふた月しないで潰れるワケださ」

 ……はい?

 今、なんと?

「今の峰山、あれはぁとんでもなくズルいヤツだァ! 兄弟のほうの会社がいずれ上手くいかなくなるのを見越して、魚住に手ェ回しといたんだもの。ああ、市にもだ。……今度リサイクル工場なんかつくるっていってるけども、なぁんも、すぐ工業薬品の工場さ変えちまうから! そうなったら、あんた、この辺の海なんかもーもー」

 ぶるぶると首を振った。

「――死の海だ。どーもなんね」

 要するに、近海MMの施設を改築してできるであろう工場とやらは、名目上「廃棄物リサイクル施設」となっているものの、沼田さん達はそうではないという事実を握っているらしい。そして過去の経緯、それからMCGのやり方から、必ず連中は住民にとって有害な汚染を繰り返すであろうと考えているようである。

「ただ、ちょっと建設を差し止める根拠には乏しいわね。薬品工場云々はいいとしても、イコール環境汚染だというでは、話が飛躍しすぎだわ」

 俺は三波の意見に賛成だ。

 何かやっている、と、何か仕出かしそう、じゃ全く違うからな。

 建設差し止めの訴訟に踏み切れないでいるのは、そういう事情もあるかららしい。

「ま、もう少し調べてみたほうが良さそうね。一方の意見を聞いただけじゃ、何とも結論は出せないから」

 ノートとペンをしまっている三波。

 記事になるならないはともかく、今日のところはこの三波が動いてくれただけでも収穫だと思った。取材に同行するまでは、事の中身がよくわからなかったし。

「うーん。でもさぁ……峰山はアヤシイよ」

 めぐみは長く伸びた前髪をぴっぴっと引っ張りながら

「なんだかんだいったってやっぱりみんな、同じコトを繰り返すのよ。清水先輩だってそうだもん。もう目移りはしないっていったのに、やっぱりほかの女の子を見てるし」

 他の席にいる女の子達をちらりと見やった。

「やっぱ、付き合い取り消しにすっかなぁ。あんな浮気野郎だなんて、思わなかった」

 本決めでなくて暫定だって言ってたしな。

 清水先輩、ツメが甘かったようだ。

 せっかくこんなにいい女がうんって言ってくれる寸前だったのに。

 が、すっかり冷めてしまっているらしいめぐみはあっけらかんとして

「……真砂子、あんた、どんな人が好きなの?」

「私? 私は……」

 三波はしばらく宙を睨んで考えていたが

「……浮気性でもいいわ。それはそれなりに、なんか面白い情報がいろいろとつかめそうだもの」

 おい……。

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